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【#読物語:本】野林健・納家政嗣 編『聞き書 緒方貞子回顧録』

「現場主義」と「現実主義」の生涯

 昨年10月、“5フィート(約150cm)の巨人”がこの世を去った。国際政治学者であり、国連難民高等弁務官(1991~2000年)、そして日本の国際協力機構(JICA)の理事長(2003~2011年)を務めた緒方貞子博士である。生前に彼女自身が幼少期からの人生を振り返った回顧録が、今年文庫化された。

 冷戦終結後の時代において、高等弁務官の任務は、民族紛争によって生命を脅かされる難民を救うことであった。旧ユーゴスラビアや東アフリカのルワンダをはじめとして、かつては共存していた民族同士が殺し合う悲惨な紛争が起き、各地で百万人単位の難民が生死の淵をさまよう事態に、緒方氏は直面する。

 国際政治上の利害問題により有力な国々が動かない中、緒方氏は現場の難民の命を救うため、自らの指揮する人道支援チームを現地に展開するとともに、各国首脳に働きかけて救援物資の輸送や難民キャンプの警護などといった貢献を引き出した。さらに一時的な救援にとどまらず、難民や兵士となった人々が再び安定した生活を送れるよう職業訓練を施し、コミュニティ再建を指導した。

 それらの実現は、国際政治の現実主義に基づく緒方氏の交渉力によるものだった。何編ものドラマが本人から語られる。

 なお、高等弁務官退任後に、JICA理事長への就任を最初に打診したのはJICAの労働組合だったとのエピソードも明かされる。理事長として緒方氏は、多くの職員の声を聞きながら組織改革に取り組む。メンツや形式ではなく、現場に生きる人のために尽力した生涯を、じっくり読んでいただきたい。(岩波書店、2020年、1,540円+税)


写真:Copyright by World Economic Forum (www.weforum.org), CC BY-SA 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0>, via Wikimedia Commons


【紙面(2021-05-25 組合機関紙)】


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