吉田喜重『秋津温泉』偏愛
京橋、国立映画アーカイブ吉田喜重特集で『秋津温泉』を観た。
わたしはこの映画の大ファンで、誇張ではなく300回くらいは観ているおかしな人なのだけれど、観る度に新しい発見があり、今日もああ、このシーンとこのシーンはこんな風に繋がっていたのか、など新たな発見をした。
日本映画のメロドラマの金字塔といってよいこの映画は、日本のヌーヴェルバーグの旗手と言われ、一般に難解で前衛的な作品を得意とする吉田喜重が商業主義の縛りの中でその才能を発揮した代表作である。
また、主演の岡田茉莉子出演100作目の記念作品であり、岡田は自らプロデュース、吉田喜重の才能に惚れ込み監督に招き入れた。同時に後に生涯の伴侶となる2人の出会いの作品でもある。
★↓↓動画ネタバレ注意↓↓
岡田茉莉子が愛らしく美しく気高く、戦中戦後を舞台に生と死と愛に直向きに生きるヒロイン新子という「女」を演じきっている。新子は、敗戦が色濃くなるも「日本は勝つ」という空気の中、戦意に燃える軍人に真正面から「日本は負けるわ」と言い放つ女であり、同時に敗戦の玉音放送を聞いて号泣する女なのである。
日本の四季折々の美しい風景、新子が身にまとう着物(衣装は岡田茉莉子自ら担当)、オペラなどの舞台演劇の影響を感じさせる躍動感のあるカメラワーク(吉田は後に仏リヨンでオペラ演出に携わる)、林光の情感に迫る音楽と魅力を挙げると切りがない。
一見大衆娯楽映画の体を取っていが、細部に凝った創りとメタファー、吉田監督の戦中戦後の国家観のようなものを読みと取ることもでき、何度見ても色褪せることがない。流石の吉田映画と唸るばかりなのである。
今夜は上映後岡田茉莉子さまのトークがあるということで嬉しく出掛けた。吉田喜重監督が亡くなったときはもう公の場に姿を現すことはないのでは言われていたが、今日は元気なお姿を拝見でき会場のシネフィルたちは拍手喝采の大喜びだった。
岡田茉莉子さまも「こんなにたくさんの方々に観に来ていただいてほんとうに嬉しい。吉田監督はこの劇場がとても好きだった。きょうは彼が一番ここに来たかっただろう」と涙ながらに仰っていた。
外国人もチラホラ会場にいらっしゃっていて、上映は英語字幕付きだった。会場はほぼ満席。
『人間の約束』も観に行きたい.1986年の作品で人間の老いをテーマとする社会派映画。音楽は細野晴臣が担当している。
吉田喜重監督は約2年前の2022年12月8日に亡くなった(享年89歳)。
以前シンポジウムの際、写真にサインを頂いた。執筆10年の長編小説、ナチス副総統ルドルフ・ヘスの「手記」に挑んだ『贖罪』(2020)を前夜に震えながら読み終えたばかりのタイミングで訃報を知った。書籍にサインいただきたい。でも、ご高齢だし、もしかしたら叶わないかなあと少し焦りと寂しさを感じていたところだった。
「戦中戦後」に向き合い続けた氏が召された日からちょうど81年前、1941年12月8日は真珠湾攻撃の日なのだ。
特集は11月3日まで。