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【ただいま増補改訂中】 『製本家とつくる紙文具』 ができるまで 04 | 撮影からの……知恵熱

秋の深まりとともに、『製本家とつくる紙文具』の制作は佳境を迎えていた。工程写真の準備に励んでいた10月は、同時に原稿執筆の期間でもあった。スケジュールでは、11月中旬にレイアウトUPの予定だ。ということは、遅くとも10月末までには原稿をそろえなくてはならない。

工程写真とそれを説明するテキストは、当然ながら相関関係にある。準備をしてはじめて「ここは2カットに分けたい」と気づくこともあれば、原稿を書いてはじめて「この動作はことばでは伝えきれないから、写真が必要」とわかることもある。さらに『製本家とつくる紙文具』の場合、一工程につき48字までというレイアウト上の文字数制限があるので、それも考慮しながら工程を分割し、書き進めていく。

さらに、製本の実用書には寸法や構造を示す図面が不可欠だ。わたしはアナログでしか図面化できないので、下書きを用意し、プロの手でデジタル化してもらうことになる(下の写真は実際の下書き)。

図面の下書きも10月末が締め切りとなった。花粉症で暑がりで寒がりのわたしにとって、秋は唯一心おきなく過ごせる季節なのだが、今年の秋はまったく心おきなくない。あたふたしながら、10月31日の26:00(11月1日の2:00ともいう……)に原稿と図面の下書きができあがった。


そうこうするうち、とうとう11月6日の撮影日がやってきた。作例や道具や万が一の場合の予備の材料をどっさり車に積み込んで、いざ撮影場所へ。

撮影は、5作例の完成写真からスタート。淡いグレーの背景紙を水平と垂直の2面に貼ってセットをつくり、フォトグラファーの清水さんがライティングを調整する。デザイナーの守屋さんとは、各作例について「これは大きく広げて」「これはぐっと寄って」など、それぞれの特徴が伝わる撮り方を相談。それを踏まえて作例をセットに置くと、清水さんがすぐさまアングルを探ってシャッターを切る。

そうそう、一部の完成写真にはちょっとした小道具を添えているのだが、実は、それぞれの本にちなんでいる。例えば『グリム童話集』には赤ずきんのフェーブ(小さな陶人形。編集担当の山本さんの私物)を、『モモ』には時計の針(10年以上前に蚤の市で買ったわたしの私物)を、といった具合。誰も気に留めないことかもしれないけれど、ただ小道具を置くのではなくて、理由があって置くのって、意外と大事な気もしている。


ランチ休憩を挟み、午後からは工程写真を撮る。背景紙を濃いグレーに変えて、わたしは手で登場することになるのだが……。最初のカットで背景紙に染みができた。犯人は、ほかでもないわたし。原因は、念入りに塗ったハンドクリームにあった。だって、既刊ページの手(7年前)に比べてカサカサしてたら悲しいじゃない? 予備の背景紙に差し替えて事なきを得たが、妙齢女子のつまらぬプライドがみんなに迷惑をかけてしまった。

ハンドクリーム事件のあとは、準備の甲斐あってさくさく進んだ。切り抜き写真やTIPS写真などもどんどん撮って、いよいよ表紙撮影! ぺこぺこのお腹をお菓子でごまかしながら、「これはどう?」「こういうのはあり?」と、みんなで意見を交わして試行錯誤を重ねた。3パターンの表紙を撮ったところで、撮影終了。窓の外は漆黒に包まれていた。


実用書制作において、撮影は一つの峠だと思う。文字原稿やレイアウトと違って、撮った写真はあとからそうそう修正できない。ここで進行上の楔が打たれ、構想から具体化へとフェーズが変わり、その本の世界観が確定する。

それにしても、著者として撮影に立ち会うのは、編集者として立ち会うのとはぜんぜん違う。何が違うって、ありがたみが違う。自分の本をよりよくするためにみんなが一生懸命動いてくれるなんて、夢みたいなことだ。もちろん撮影以外の時間も動いてくれているのだけど、撮影は、このことが可視化される貴重な機会でもある。

いま思えば、オフショットを残せたらよかったが、あの日のわたしにそんな余裕は微塵もなかった。その証拠に、撮影峠を越えた翌朝……めったに風邪をひかないわたしが、知恵熱をだしましたとさ。

『製本家とつくる紙文具』 ができるまで 過去記事一覧はこちら


● 『週末でつくる紙文具』永岡綾(グラフィック社)


● 英語版『Japanese Paper Craft』Aya Nagaoka(Hardie Grant Books)


● フランス語版『MANUEL PRATIQUE DE PAPETERIE JAPONAISE』Aya Nagaoka(Le Temps Apprivoise)


● ドイツ語版『JAPANISCHES PAPIERHANDWERK』Aya Nagaoka(Haupt)


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