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【ルリユール倶楽部】 01 | 本の世界の絶滅危惧種を東洋の隅っこで愛す

花の季節のとある午後、「ルリユール倶楽部」なるものが生まれた。東京の片隅で、ささやかに、ひっそりと。倶楽部といってもゆるやかなもので、かつてSTUDIO LIVREの伊藤篤師匠のもとでルリユールを学んでいた仲間で月に一度集まって、ルリユールをする。ただ、それだけ。先月、第3回目の活動を終えたところなのだが、ここに倶楽部での作業を記録していこうと思う。


ちなみに、ルリユールは「製本する人」あるいは「製本」を意味するフランス語だ。とりわけ、17〜18世紀に西欧で花開いた「工芸製本」を指す。工芸的な完成度と数百年単位の耐久性を追求し、手の技だけでつくりあげるたった一冊の本。そこには、多岐の技術と忘我の労力が注がれる。

稀少で、美しい、宝石のような本。それは、はっきりいってしまえば時代錯誤な代物であり、ルリユールは本の世界の絶滅危惧種だ。ところが、そんなルリユールを愛してやまない者たちが、東洋の隅っこに生息している。


かくして、2024年4月某日、ルリユール倶楽部は船出した。「こんな活動ができたらいいね」と話しはじめたのが2023年の秋だったから、半年越しの実現だ。美篶堂(長野県伊那市を拠点とする手製本工房)の明子さん、学校図書館で働くかよさん、そして編集者のわたし、3人での小さな出帆だった。日頃から本にまつわる仕事をしている3人がどうにか時間をやりくりしてやろうとしていることが本づくりとは……ちょっとどうかしてると思う。

活動場所は、東京・飯田橋の「本づくりハウス」。古きよき本づくり文化の継承を掲げる「本づくり協会」が運営するこの場所は、ルリユール倶楽部にぴったりだ。倶楽部初日、つくりかけの本と道具でパンパンになったトートバッグを肩にめり込ませて、本づくりハウスへ向かった。


第1回目のわたしの作業は以下の通り。かねてより5冊のルリユールを同時進行中で、進捗に多少のバラつきはあるものの、倶楽部初日時点では本文は概ね形になっており、表紙の仕込みの段階にあった。

ルリユール倶楽部
2024年4月某日
 作業記録 
● 書物装飾・私観(ボネ):革の型紙づくり
● 朗読者(シュリンク):革の型紙づくり、背バンド貼り
● 若草物語(オルコット):ブランシュマン
● クマのプーさん(ミルン):革の型紙づくり
● モモ(エンデ):進捗なし

5冊のうち『朗読者』だけは「背バンドつき」(背に線状の隆起のある本)にする予定で、細く切った牛革を背に貼りつける《写真1・2枚目》。これは「フォー・ネール」と呼ばれる擬似バンドで、この牛革が隆起の芯となる。

表紙の型紙をつくった3冊は、革の裁断まで一気にやれればよかったが、荷物の量にひるんで革を置いてきてしまったのが悔やまれた(家に帰ってすぐやればいいだけなのだけど、それがなかなか……)。

少々遅れている『若草物語』は、表紙のカルトンに白い紙を貼る作業「ブランシュマン」を。糊を塗って貼るだけの単純作業だが、逆反り(外側に向かって反った状態)にならないよう、水分の含ませ方を表裏で変える。貼ったら軽くプレスして《写真3枚目》、立てた状態で乾かす。

最も遅れている『モモ』は手つかずで、5冊の進捗格差は広がるばかり。やりはじめると先へ先へと進めたくなるのだが、『モモ』だけはこまかく記録写真を撮ろうと決めていて、そのためについつい置いてけぼりになる。


この日の作業時間は4時間ほどで、うち1時間くらいはおしゃべりをしていたかもしれない。とはいえ、材料や道具を思いきり広げ、誰にも何にも遮られることなくルリユールに没頭するひとときは至福だった。

実をいうと、この至福の4時間を確保するまでが大変だった。編集というのは比較的時間を調整しやすい仕事だと思うし、わたしのようにフリーランスならなおさらだ。しかし、それでもやっぱり不測の事態が勃発し、思い通りにはいかない。よりによって倶楽部初日とゲラを戻す日が重なってしまったため、前日(当日)の深夜3時までゲラにかじりついていた。

5冊を同時進行しているなどと書くと日々旺盛にルリユールに励んでいるかのようだが、この5冊をつくりはじめたのは2023年の春で、すでに1年以上が経過している。2〜3か月放置なんてことも、ざらにある。働きながらのルリユールは、気が遠くなるほど牛歩だ。


あぁ、ひさしぶりにルリユールに浸ることのできた充足感たるや。その一方で、次回までにどこまでできるか、不安が胸をよぎる。背バンドにやすりをかけ、革を裁断し、革剝きを手配し……リストアップしだしたらきりがない。

でも、TO DOリストをこしらえて自分を追いつめるのはやめておこう。わたしにとってルリユールは理屈抜きに「やりたいこと」なのだから、それをわざわざ「やらねばならないこと」にしてしまうのは愚というものだ。


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