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【ルリユール倶楽部】 03 | いろいろうまくいかない日に総革装をやっちゃいけない

2024年6月某日、第3回目のルリユール倶楽部前夜、かよさんから「どんな感じ?」のメッセージが届いた。「革を干物にするところまでこぎつけました!」と返信。仕事部屋の一角に吊るした革たちを眺め、しばし満ち足りた気分に浸る。「革を干物にする」とは、剝き終えた革に薄糊を塗って乾かすことで、ここまでくればいよいよ表紙貼りができる。

倶楽部活動をはじめて以来、日々ちびちびとルリユールする習慣がついてきた。ここしばらくは校了作業に追われていて、以前のわたしなら「この仕事が終わるまではルリユールはお預け」と決め込むような状況だったが、前回途中で投げだした背のラッパージュも無事に終えた。寝る前の30分で背の化粧貼りをしたり、資料動画を見ながら革を剝いたり、これまで特別扱いしてきたルリユールが日常に馴染みつつある。


そんなこんなで揚々と迎えた倶楽部活動当日、かなり早めに家をでて、まずは近所のパン屋へ向かった。前回のように空きっ腹を抱えたまま作業しなくてすむよう、30分前に本づくりハウスに着き、ゆっくりと昼ごはんを食べてから作業する算段だ。ところが、パン屋の前に長蛇の列ができていた。これではとても間に合わない。パン計画はすぐさま頓挫した。

パンをあきらめ、開始時間15分前に到着。すると、本づくりハウスの鍵をもつ明子さんから「電車遅延で遅れます」との連絡が入った。わたしが勝手に早く来たばかりに明子さんを焦らせてしまった……申し訳ない。

こんな調子だったから、本づくりハウスの扉が開く頃には気づいていた。今日はいろいろうまくいかない日だぞ、と。そういえば、朝いちでややこしめの仕事メールが届いていた。あぁ、あれがはじまりだったのか。この不穏な影がルリユールという聖域を犯さないことを祈りつつ、倶楽部活動開始!


第3回目にできた作業は以下の通り。ルリユールの工程の中でもハイライトといえるであろう、表紙貼りの段階に入った。

ルリユール倶楽部
2024年6月某日
 作業記録 
● 書物装飾・私観(ボネ):進捗なし
● 朗読者(シュリンク):表紙貼り(総革装、背バンドあり)
● 若草物語(オルコット):進捗なし
● クマのプーさん(ミルン):溝の掃除
● モモ(エンデ):進捗なし

この日は『朗読者』の表紙貼りから取りかかった。一口に「革装」といっても、総革装、半革装(背のみ革でくるむ)、コーネル装(角を革でくるむ)、背バンドのあるものないものなど、さまざまある。『朗読者』は、この中でも難易度の高い「背バンドありの総革装」だ。手の遅いわたしは、この作業だけで2時間以上かかる。

背バンドありの場合、「パンサネール」という特殊な道具を使う。幅広の平ペンチのようなもので、これでバンドを挟むのだ《写真2枚目》。革が形を覚えてくれるまで、何度も何度も。しかし、背バンドばかりに気を取られてもいられず、コワフ(花布にかぶさる部分)を整えたり、アンコッシュ(コワフの両端の切れ込み)を入れたり、とにかく忙しい。

そして、この作業の終盤にやらかした。パンサネールで背バンドに傷をつけてしまったのだ。革の特性、力の加減、パンサネールの研ぎ具合……要因は複数あるが、いろいろうまくいかない日に、よりによって難易度マックスの作業に挑んだ自分が恨めしい(単に未熟なだけなのだけど)。

この日は、かよさんも表紙貼りをしていた。前夜のメッセージの時点ではそこまでいけそうもないといっていたけれど、わたしからの返信を見て、「やっぱりやろう」と夜な夜な革の干物づくりをしたそうだ。かよさんの熱心さに励まされて気を取り直し、『朗読者』を麻糸でぐるぐると巻く《写真1・3枚目》。こうして背バンドの周囲を固定した状態で乾かすのだ。

休憩を挟み、『クマのプーさん』の作業に移る。こちらは「背バンドなしの総革装」で、数日前に表紙貼りをしたものだ。革剝きの際に勢い余って小さな穴をあけ、それをごまかすのに難儀したが、比較的うまくいったと思う。

表紙貼りをした本は、いきなり開いてはいけない。アンコッシュに水を含ませながら、少しずつ開く《写真4枚目》。開いたらソーブギャルド(本文を保護するために綴じつける白紙)を外し、溝に残った紙片や糊を取り除く。ここで「この作業に便利よ」と、かよさんが骨へらを借してくれた。かよさんは鋭度や形状の異なる7種のへらを自作している。わたしもへらをつくらなきゃ。ルリユール沼はどこまでも深い。


この日は、かよさんの熱心さのみならず、その言葉にも元気をもらった。表紙貼りを終えた『朗読者』や『クマのプーさん』を見て、「このコワフ、あやさんの形よね」といってくれたのだ。わたしのコワフは丸っこい。コワフやアンコッシュはつくり手の個性がでやすい部分なのだが、わたしは丸っこくしたくてしているというよりも、なぜか丸っこくしかならないのだ。それでも、「あやさんの形」といってもらえたのがうれしかった。


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