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「暴力とポピュリズムのアメリカ史」 △読書感想:歴史△(0031)

ときとして日本人には理解しがたいこともある米国の過激な政治のうねり、アメリカン・デモクラシーの根幹に迫る一冊です。
(本記事/ 文字数:約4800字、読了:約10分)

《引用》 「US Capitol, west side」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:US_Capitol_west_side.JPG
Attribution: Martin Falbisoner , CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

<こんな方にオススメ>

(1)2024年アメリカ大統領選挙に興味がある
(2)米国の歴史に興味がある
(3)アメリカの銃社会を理解したい

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。


「暴力とポピュリズムのアメリカ史  ミリシアがもたらす分断」

著 者: 中野博文
出版社: 岩波書店(岩波新書)
出版年: 2024年

<概要>

アメリカにおける現在のいわゆる”州軍”(本書における”ミリシア”)の発生とその変遷を通じて米国政治史を総括している印象です。
全体で五章構成になっています。大きく言いますと3つに分かれると思われます。序章(はじめに)と第1章では2021年に起きた米国連邦議会襲撃事件を契機とした米国政治の現在のポピュリズムと結びつく暴力性についての見解が述べられています。
第2章から第5章までは、そのような米国政治の暴力性の起原・根源ともなったミリシア(民兵)と米国の軍政の歴史的変遷が米国の係った戦争(独立戦争から世界大戦など)とともに現代までを時系列的に解説されています。
最後に終章(おわりに)でふたたび、現在の米国内における混乱や分断を助長しかねない米国政治の人民武装理念(その根本となる合衆国憲法修正第2条)についての評価がまとめられています。


《引用》 「デラウェア川を渡るワシントン、エマヌエル・ロイツェ画」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Washington_Crossing_the_Delaware_by_Emanuel_Leutze,_MMA-NYC,_1851.jpg
Attribution: Emanuel Leutze , Public domain, via Wikimedia Commons

<ポイント>

(1)アメリカの軍制・軍政の歴史を概観できる
独立戦争を契機に組織・編成されることになる植民地アメリカ独立軍から始まりその後の南北戦争等や2つの世界大戦を経て変化していく、米国の国軍とその土台ともなった”ミリシア”の性質と変遷が分かりやすく説明されています。
(2)アメリカにおける連邦政府と国民(民衆・人民)の間の独特な関係性が分析されている
現代のアメリカ国軍の存在感やポジションからは考えられないかもしれませんが、独立当初は国軍という組織そのものがあまり国民には支持されておらず「敵視」とまで言い表されかねないような関係性がありました。その独特の関係性がどのように変化していったのかが非常に興味深く分析されています。

[著者紹介]

中野博文
北九州市立大学外国語学部教授。専門はアメリカ政治外交史。
リンク先:
教員紹介/北九州市立大学 ※公式サイト


<個人的な感想>

本書『暴力とポピュリズムのアメリカ史』は、「ミリシア」という米国独特の軍事組織を通じて米国政治とアメリカンデモクラシーの根幹と特徴そしてその歴史を分析・解説し、現代のアメリカ政治を評価した一冊という印象です。

「ミリシア」とは、本書においては、起原としてアメリカのなかで自発的に結成された住民等の人民による武装組織ということになるかと思われます。植民地時代に各地のいわば”自警団”的に組織された集団が、その後のアメリカにおける戦争と政治の進展のなかで紆余曲折に変遷しつつ、現在では所謂”州軍”として至ることになります。そこまでのプロセスと「ミリシア」がもたらしたアメリカ政治への影響の説明が本書の最大の柱になるかと思われます。

トランプ前米国大統領(2025年には新大統領として再登場するのか…)の煽情的なふるまいにより暴発的に起こってしまったと思われる米国連邦議会襲撃事件。これを契機に、そのようなことが起こりうる米国の民主主義の特徴を理解するために、米国の「ミリシア」の歴史と変遷から説き起こしてくれているかと感じました。またこのことは米国の銃社会の現実の理解の助けにもなるかと思われます。

2024年米国大統領選挙の結果次第で、この先の世界の歴史が大きく変わるようにも思われます。ウクライナ問題、中東紛争、米中対立、環境問題、AI等の新技術による経済革新、デカップリングやデリスキングなどなど日本もその激しい渦から免れることはできないのではないでしょうか。

本書『暴力とポピュリズムのアメリカ史』は、なぜトランプがかつて大統領に選ばれたのか、そしていまなお人気があり熱狂的に支持されているのか、その洞察に富んでいると感じました。

たいへん勉強になりました!!

[本書詳細]

「暴力とポピュリズムのアメリカ史 ミリシアがもたらす分断」 (岩波書店)


《引用》 「マサチューセッツ植民地の民兵隊」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:First_Muster_1637.jpg
Attribution: Don Troiani, Public domain, via Wikimedia Commons

<米国のラジカルで過激なデモラクシー>

”ポピュリズム”といいますと”大衆迎合主義”と解釈されることが多いかと思われます。ただ米国においてのそれはむしろ”人民主義”という言葉の方がしっくりと感じるように個人的には印象を持っています。

「自主」「自立」「自律」の個人がまずあることが大前提であり、その個人が社会を構成していること。それとは別の枠組みとして便宜上、”国家”(政府)という組織がある。だから国家(政府)は社会に必要以上に介入したり干渉したりしない(そして”させない”)そのような意識・認識が強いように感じています。いわゆる”小さな政府論”的なものでしょうか。

日本人はややもすると「国家」(政府)ありきの社会という認識が漠然と広汎に共有されているようにも感じることがあります。「国の言うことには逆らえない」というお上意識、「親方日の丸」のような依存感覚。親が小さな子供に「そんなことしたらお巡りさんを呼んで怒ってもらうよ!」とか言い聞かせたり。まあ、最近ではだいぶ変わってきてはいるかなぁーという気もしますが。

米国には、戦争をして独立を自ら勝ち取ったという精神と気風がいまも社会の中に記憶や理念として世代を超えて脈々と生き続け受け継がれているのではないでしょうか。米国は移民社会です。独立後も次々に移住してきた人々が同様のチャレンジ精神や独立心などの気概とモチベーションを持っていたがゆえに、その社会的気質に融合しやすく独立当時の社会的意識が停滞したり霧散することなく継続されてきたのかもしれません。

しかしその反面では、「米国人民が根本であるのであれば、もし国家・政府が間違ったことをすれば、それを転覆してもOK」などのような過激な思想や行動を惹起しかねないパワーとエネルギーが底流にあるようにも見受けられます。そのようなエネルギーの発露が度重なる大統領の暗殺行為を引き起こしているのではないかと疑ってしまいます。

そのような考えや行動が、現代(将来)において、あるいは国際社会の中で、「米国としてどうあるべきか」「国家・政府としてどのような姿であるべきか」「世界にとってどのような影響を与えるか」という考えを跳躍または消し飛ばして、米国人民第一が唯一無二で比肩の無い価値とする強大なダイナミズムを生み出すアメリカン・デモクラシーの根源的な本質なのかもしれません。しかしながらその考えの行きつく先はある種の「アナーキズム」や「カオス」になってしまうのではないのか?とも感じるのですが……どうなのでしょうか。


<補足>

州兵 (Wikipedia)
アメリカ合衆国憲法修正第2条 (Wikipedia)
2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件 (Wikipedia)
アメリカ独立戦争 (Wikipedia)

<参考リンク>

書籍「シリーズ アメリカ合衆国史① 植民地から建国へ 19世紀初頭まで」 (岩波書店)
書籍「シリーズ アメリカ合衆国史② 南北戦争の時代 19世紀」 (岩波書店)
書籍「シリーズ アメリカ合衆国史③ 20世紀アメリカの夢 :世界転換期から1970年代まで」 (岩波書店)
書籍「シリーズ アメリカ合衆国史④ グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀」 (岩波書店)
書籍「アメリカ政治講義」 (筑摩書房)
書籍「アメリカ大統領選」 (岩波書店)

敬称略
情報は2024年6月時点のものです。
内容は2024年初版に基づいています。


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(2024/08/01 上町嵩広)

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