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「スパルタ 古代ギリシアの神話と実像」 ◆読書感想文:歴史◆(0035)
まるで戦闘民族サイヤ人? 頑健屈強な軍事国家スパルタのイメージに対する実像を解き明かそうとする一冊です。
(本記事/ 文字数:約4600字、読了:約9分)
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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sparta_territory.jpg
Attribution: Marsyas, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
<こんな方にオススメ>
(1)古代ギリシア世界が好き
(2)古代ギリシアの都市国家スパルタについて詳しく知りたい
(3)古代ギリシアの歴史に興味がある
<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。
※以下、本書の本旨や核心に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。
「スパルタ 古代ギリシアの神話と実像」
著 者: 長谷川岳男
出版社: 文藝春秋(文春新書)
出版年: 2024年
<概要>
”スパルタ教育”という言葉で知られることも多い古代ギリシアの都市国家スパルタの一般的イメージを拭い去り、その国家と社会の実態と通史を古代ギリシアの歴史とともに解説することをテーマにしていると思われます。
全体は、本章で七章構成となっています。大きく4つに分かれます。
第1に、第1章と第2章でスパルタ理解への導入部として代表的なエピソードである”テルモピュライの戦い”そしていわゆる”スパルタ式教育”について説明されています。
第2に、第3章と第4章でスパルタの歴史的起源から古代ギリシア世界で覇権を握るまでが述べられています。
第3に、第4章から第6章まででスパルタの衰退が古代ローマ帝国による古代ギリシアの包摂まで解説されています。
最後に、第7章でいわゆるスパルタのイメージがどのように広まり定着しそして時代ごとにどのように受け入れられていったのかが分析されています。
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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:L%C3%A9onidas_aux_Thermopyles_(Jacques-Louis_David).PNG
Attribution: Jacques-Louis David , Public domain, via Wikimedia Commons
<ポイント>
(1)都市国家スパルタの実態の解説
これまで専門的に紹介されることが少なかったスパルタの実態について、現在に残されている史料やこれまでの研究をもとに一般向けに広く解説されています。
(2)スパルタを通じた古代ギリシアの社会と歴史の分析
古代ギリシアにおいて覇権を競ったスパルタの軍事・政治的な活動を記述しながら、スパルタを通じて古代ギリシア全体の社会的特徴や歴史について分析されています。
[著者紹介]
長谷川岳男
東洋大学文学部史学科教授。専門は西洋古代史。
リンク先:
教員紹介 (東洋大学)
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<個人的な感想>
本書「スパルタ」は、一般的なイメージが先行しがちなスパルタの実像、そしてアテナイ中心で語られがちな古代ギリシアの歴史をスパルタを中軸にして一気通貫で解説しているスパルタの概説書という印象です。
通史といいますと、だいたいは対象の起原からとうとうと始まり、というのが一般的かと思われます。しかし本書は一般向けの新書ということもあるのでしょう。まずは取っ掛かりがスパルタの印象が強烈な”テルモピュライの戦い”そしていわゆるスパルタ式の戦士育成(以下、誤解を招きやすいかもしれませんが便宜上”スパルタ式教育”とあえて記載します)という非常に注目されやすい話題から入るので、読者の関心を一気に掴んで離しません。
ではどうしてそのようなスパルタが生まれたのか? そしてスパルタの実像はどのようなものなのか? 次にそれらの説明に移るので一般の読者もスムーズに歴史に入りやすいかたちになっており、このアプローチはとても成功しているように感じました。
ただ、著者が言及している通り、スパルタに関する現存する史料はかなり限定的です。しかもスパルタが自らを語る史料はほとんどなく、同時代のものであってもアテナイなどの外部の人間(往々にしてスパルタに対立的な立場の人)のものであったり、数百年後の古代ローマ人によるものだったりします。
これでは実像を精査するとしても限界があるのは明白です。そのため現存する史料をそれぞれ照合したり批判的な視線を持ちつつ分析するほかありません。そのような限界がありながら、研究を続けて成果を出していくことは並大抵のことではないだろうなーと嘆息します。
そうはいっても、これも著者が説明している通り、これまで古代ギリシヤはアテナイを中心にして語られ、アテナイの民主政に注目されて解説されてくることが多かったように思われます。スパルタに専門特化して説明する書籍はほとんどなかったのではないでしょうか。それが一般向けの新書で紹介されるというたいへん有意義で稀少な一冊であると感じました。
たいへん勉強になりました!
[本書詳細]
「スパルタ 古代ギリシアの神話と実像」 (文藝春秋社)
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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ancient_Greek_helmet.jpg
Attribution: Photoed by User:Mountain, Public domain, via Wikimedia Commons
<スパルタとアテナイ 古代ギリシヤ二大巨頭が残した遺産>
古代ギリシアでもっとも有名な都市国家といえば「スパルタ」と「アテナイ」の二つになるかと思われます。その知名度は他を圧倒しており抜群であると言えるでしょう。
理由はもちろん両者がギリシアの覇権を争ったペロポネソス戦争という歴史的事件が教科書で取り上げられることも挙げられます。しかしそれ以上に重要なのは、2つの都市国家が生み出し、現代にも受け継がれた遺産のためではないでしょうか。アテナイの「民主政」とスパルタの「スパルタ式教育」。
古代ギリシアが現在も注目され続けているのはこの2つの遺産ゆえではないかとも思われます。同時代の強国・ペルシア帝国がいまでは少なくとも日本においてはほとんど一般的な印象がないことと比較するとその差は歴然です。スパルタやアテナイよりもまたはギリシア都市国家全部まとめてよりも巨大・強力・富裕であったかもしれないですが。
もちろんアテナイの民主政もスパルタのスパルタ式教育も、それがそのまま現在に受け継がれたわけではなく、後世に理念的な抽象概念として生き続けてきたというべきかもしれません。どちらも現代において有意義であると認められることで注目を受け続けてきたのだと思われます。
とはいうものの、スパルタ式教育はこれからは下火になり、いずれ忘れ去られるかもしれません。暴力も辞さない厳格で矯正的な教育や指導が否定され排除されつつある時流は明白です。スパルタ式教育が模範的、理想的や効果的などのように顧みられることはなくなるのではないでしょうか。
もしかしたら「反面教師」として語られるようになって残るかもしれませんが。または権威主義的なエリート思想やマッチョな組織至上主義的な理念を尊ぶ人々は一定数いますので、そのようなグループに信奉され続けるかもしれません。
過去がその時の現在の人々から取り上げられるのは、その過去から学ぶ価値があるとされているからであると思われます。そのため学ぶ価値がない・現在や将来に役に立たない(とされた)過去は捨て去られて忘却される運命にあるのかもしれません。良くも悪くも。
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<補足>
スパルタ (Wikipedia)
ペルシア戦争 (Wikipedia)
テルモピュライの戦い (Wikipedia)
ペロポネソス戦争 (Wikipedia)
<参考リンク>
書籍「古代ギリシアの歴史」 (講談社)
書籍「ギリシア案内記」 (岩波書店)
書籍「歴史」 著:ヘロドトス (岩波書店)
書籍「歴史」 著:トゥキュディデス (筑摩書房)
映画「300」 (ワーナー・ブラザース)
映画「300 帝国の進撃」 (ワーナー・ブラザース)
敬称略
情報は2024年12月時点のものです。
内容は2024年初版に基づいています。
<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。
0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
0023 「足利将軍たちの戦国乱世 応仁の乱後、七代の奮闘」
0024 「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
0025 「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」
0026 「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」
0027 「冷戦史」
0028 「瞽女の世界を旅する」
0029 「ローマ帝国の誕生」
0030 「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」
0031 「暴力とポピュリズムのアメリカ史 ミリシアがもたらす分断」
0032 「平安王朝と源平武士」
0033 「神聖ローマ帝国 『弱体なる大国』の実像」
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(2025/01/23 上町嵩広)