亡父の仕事関係の方の訃報を喪中欠礼のはがきで知った。父の葬儀ではお世話になったし、少しだけ交流もあったのでお花を贈ったら奥様から「誰?」という感じの電話をいただいた。お話しして受け取っていただいたけど、なんかもやもやしていたら、礼状が届いた。 差出人を確認せずに不躾な電話をしたことを詫び、父とご主人との思い出を語り(その頃がいちばん充実していたように思いますとのことばまで添え)、最後にこちらの健康も祈るという、まさに礼状の手本のような手紙であった。達筆で便箋にさらりとまとめる
倉庫に預けていた古いアルバムを取り出した。父母の若い頃の写真、祖母(?)の写真、誰(?)の写真がほとんど。思い切って全部処分することに。若き父母の写真だけiPhoneで撮影。人物写真ってその人を知らないともう意味がないと実感。
「クローズアップ現代」の「狙われる高齢者」を見た。一人暮らしで、認知症の一歩手前くらいの高齢者をターゲットにクズみたいな不動産を高値で買わせるという商法だ。一人暮らしにつけ込んで親しくなり高額のものを買わせるという昔からある手口だが、「カモリスト」的なものが共有されてさらにひどいことになっているらしい。 見ていて、母方の祖母を思い出した。祖母は独身の娘(私の叔母に当たる)と一緒に暮らしていたが、叔母が仕事に出ている日中は家で1人だった。どうもセールスが定期的に出入りしていた
ETV特集「1000番地」を見た。登場した不動産屋2世は「自分たちは街作りをしているのに悪者扱いされる」と言っていたが、結局のところデヴェロッパのパシリの地上げ屋じゃん、とラストの更地になったままの土地を見て思った。
日本シリーズの中継を見つつ、前回ベイスターズがリーグ優勝して日本シリーズに進出したときは父は存命だったなぁ、などと思う。 我がタイガースを破って進出したのだからベイスターズには頑張って欲しい。
荒川放水路通水100周年アニバーサリフェスに行ってきた。 就職で家を出るまでの二十数年間、荒川放水路の旧岩淵水門(通称赤水門)近くに住んでいた。親が健在だった頃はそれでも時々は近くに行っていたが、両親亡き今、実家は更地になり卒業した小学校も中学校ももう廃校となった。おそらくもう2度と訪れることはないと思うので最後の記念としてちょっとしたセンティメンタル・ジャーニーであった。 赤羽駅から実家のあった場所のそばを通って会場へ。数え切れないほど通った商店街、ここにはあの店があったな
アマプラで「アメリカン・フィクション」を観た。 酔っ払いながら書き飛ばした小説が映画化の話まででてきてさらに騒動が広がるので出版業界およびエンタメ業界全体に風刺が広がっている。 モンクってこの人が同僚だったらいやだろうな、という感じ(言葉の端々に皮肉がはいってくる)で、それが原因でせっかくうまくいきそうになった彼女にもふられちゃうし、弟(ゲイはともかくヤク中の整形外科医ってアメリカではありなのか?)にも嫌われているけど、演じているジェフリー・ライトの好演のおかげでいい感じに
以前に書いた父母の終の住処予定だった家。ときどきGoogleストリートビューで見ていた。ずっと10年ほど前のままの映像だったのがついに最新情報(今年の6月)に更新されていた。外壁は再塗装され、すでに入居している人がいる模様。完全に人手に渡ったのだなぁ。 この夏長野駅まで行く用があって、かえりにちょっと足を伸ばしてどうなっているか見にいこうと思っていたのをあまりの暑さに諦めたのだが、それでよかったようだ。ただの不審者になってしまうところだった。
宅配買取に出した母の着物の査定結果が届いた。笑っちゃうくらいの低価格。辛うじて値段がついたのは帯だけ。まぁ、処分を丸投げしたようなものだからと無理に自分に納得させる。
断捨離というわけでもないが、実家から持ち帰ってずっとクローゼットの肥やしにしていた母の着物を処分することにした。 「あーなんか着ていたな」と思うものからとても地味なのでおそらく祖母からの形見分けと思われるもの、晩年、父が騙されているんじゃないか?と思うくらいに買っていた「○まと」の着物までいろいろ。ちなみに晩年に買っていた着物は袖を通した形跡もなく。 実家から持ち帰る時はもしかしたら着ることがあるかもと思ったのだが、それから約20年、全く着ることも見ることもなかった。和服の文
家人が部屋書斎化計画をいきなり始めた。COVID-19(幸い軽症で済んだ)で部屋にこもっている間に、まわりのものを自分のもので固めたいと思い立ったらしい。 協力することにやぶさかではないので、件の部屋にあった私の古いウォールポケットを回収し中身を整理した。 コドモたちが生まれる前からの父からの手紙(毎年誕生日前後に図書券を送ってくれていた)に「お母さんの体調は一進一退。いっぺんによくなるような特効薬があるといいのだが」という一節があった。 これを飲めば/この方法を使えばアレル
「ピクニックアットハンギングロック」の予告で面白そうと思った映画。 成績はそれなりにいいけど問題児のアンガス、頑固で同僚からも生徒からも嫌われている歴史教師ハナム、一人息子をベトナム戦争で亡くしたばかりの料理長メアリー。 ホリディシーズンに学校にとりのこされた3人の人生がちょっとだけ交差し、別れていくのを描く。 ほろ苦い最後だけど、そして3人が再会することはおそらくない。でもアンガスの心にきっとハナムは居続けるだろう。
「虎と翼」、ここまではっきり主張する朝ドラは初めてかも。だって「内容が政治的すぎる」とか自分の経験(親の家庭では女性は酒を飲まなかった、「男女7人夏物語」では女性が酒をを飲むのは変と描写していた)だけで内容を批判するコタツ記事が出てくるのだから。 と思っていたところで脚本家さんへのインタビュー記事が出て腑に落ちた。 そして「ハンチバック」で芥川賞を受賞した市川沙央さんのインタビュー記事を思い出した。 そう、弁えた控えめで下手に出る態度をして初めて権利を認められるのだ、わか
毎朝楽しく視聴している「虎と翼」、今週は重い展開。 一緒に法曹界に入った先輩が離脱していく中自分だけは頑張らなければと励む寅子が過労で倒れ、恩師に妊娠を告げると「今は子供のためが母である女の務め」と言われ、さらに勤め先では「子供優先で」と真綿で首を絞められるような形で退職を余儀なくされた上に「戦友」のよねには絶交を告げられてしまう。 つらい。誰も悪くない。神の視点で見ている視聴者は「違うんだよー!」とよねや寅子に言いたいけどそれはできない。そして当時としては女性に対して進歩的
1985年公開時に結構話題になっていて、ちょっとミステリアスな雰囲気のCMも 手伝って観に行きたいと思っていたけどできなかった作品。 今回4Kレストア版が公開されると聞いて早速行ってきた。ありがとう Bunkamura。 https://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/24_picnic.html 原作はあらかじめ読んで予習すみ。原作はゴシックミステリ風味だったけど映画は美しくも謎めいたオーストラリアの自然の中で忽然と姿を消した少女たち
フォローしている社会学者さんのXで子供の頃に飼っていた猫について申し訳ないという思いしかないという意味の記述を見た。 それを読んで自分が初めて飼った猫「ねー」を思い出した。彼女は初めて飼った猫であり、本当にかわいかったけど、はやいうちに(今うちにいる甘えん坊より若いうちに)虹の橋を渡らせてしまったことに本当に後悔している。私が死んだ後も彼女にはきっと会えないだろう。 「ねー」がうちに来たのは私が高1の時だった。かわいいかわいいとうちの猫にしたけど、当時は室内飼いなどという考