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技術じゃなくて、人間関係
悩みごとは、家族や親友など関係が密な人よりも、少し距離のある人のほうが話しやすい。
家族や親しい友人の場合、すでに出来上がった密な関係があるぶん、悩みを打ち明けた後のリアクションを想像してしまう。
近い関係の人には、自分の悩みを知られたくない場合もある。
関係がそれほど密ではない知人のほうが、余計な意見や提案をされる可能性が低く、ただ「聞いてもらって終わり」にできる。
悩みごとの種類にもよるが、すぐに解決できなくても聞いてもらえたらスッキリすることも多い。だから、あえて少し距離のある人を話しの相手に選ぶのかもしれない。
臨床心理士・東畑開人さんの著書「聞く技術、聞いてもらう技術」(ちくま新書)を読んで、悩みごとを聞いてもらう相手に、少し距離がある人を選んでいた理由が分かった。
「聞く」「聞いてもらう」は、相手の関係性が重要で、その関係によってうまくいったり、いかなかったりするからだ。
「夫が話を聞いてくれない」
「息子の言っていることが分からない」
「部下が自分の話を聞いていない」
これらの「聞く」「聞いてもらう」に関する問題は、相手との関係がうまくいっていないことに起因する。
本書によると、
関係が良好な時には、相手の話を聞けていて、自分の話も聞いてもらっていると感じている。だから、「聞く」「聞いてもらう」について問題視することがない。特に意識することがなく、忘れている。
「聞いていない」「聞いてもらえてない」と感じる時は、相手との関係がうまくいっていない時だ。イライラしていたり、不安や不信があるために、「聞く」「聞いてもらう」がこじれる。
本書では、「聞く」「聞いてもらう」にまつわる問題が発生する背景や理由を、解説している。
「聞く」「聞いてもらう」が上手くいっている時には忘れられ、「聞く」「聞いてもらう」過程で失敗した時に、改めてその大切さが問われるという指摘があり、興味深かった。
本書はタイトルに「技術」と付いており、聞く技術としては、「返事は遅く」「気持ちと事実をセットに」などが挙げられている。相手の話を聞くときに心掛けると良さそうだ。一方、聞いてもらう技術としては、「隣の席に座る」「一緒に帰る」などがあり、これらをすれば相手に話を聞いてもらえそうな気がする。これらの技術を意識して使えば、「聞く」「聞いてもらう」がより円滑にできるかもしれない。
しかし、著者は、これらの「技術」を広く普及することを目指しているわけではない。
これらの技術の紹介する章には、「小手先編」と添えられており、例示された技術はあくまで「小手先」だよと言っている。
これらの技術よりも重要なのは、「聞く」「聞いてもらう」を相互にしあえるような人間関係をつくっておくことだろう。
まず、関係づくりの前提として、上手くいっている時は忘れてしまう「聞く」「聞いてもらう」ことの価値に、改めて気が付いてもらう必要がある。
書籍のタイトルに、あえて「技術」という言葉をつけたのは、上手くいくように「技術」ばかり求めてしまいがちな人々の心理を突いたものかもしれない。本書を読み進めるうちに、「聞く」「聞いてもらう」技術ではなく、「聞く」「聞いてもらう」をやりとりする人との関係性に目を向けさせられた。