【SF】因果平衡 第1幕第1話
あらすじ
この国にはひとつの穢れが巣食っている。ミヌ―アの領主レヒトは父親殺害の犯人を捜すため、過去へ遣いを飛ばす。遣いが重要参考人として連れて帰ってきたのは、レヒトの弟と名乗る人物だった。男は事件の犯人をレヒトだと告発し……。
登場人物
レヒト・フェアティゲン ミヌーアの王
凪 神官団長
沙舎・シュミット 未来からの帰還兵
レヒト・ドラヒェスブルク 過去のレヒト(以下レヒト・Dと表記)
リンク・ドラヒェスブルク レヒトの弟
シンクロー・ドラヒェスブルク レヒトの父親
ミヨシノ レヒトの母親
オフィークス・フェアティゲン 前ミヌーア王
汽水 前神官団長
神官/市民 ミヌーアの善良なる市民
マガジン紹介
Ⅰ神託篇
フェアティゲン王家の宮殿前広場
ミヌーアの民たちが国の窮状を訴えるために広場に集まっている。
勢いよく宮殿の扉が開いた。音に驚いた民たちが視線を向けると、そこにはミヌーアの領主フェアティゲン家当主レヒト・フェアティゲンの姿があった。
民の訴えに耳を傾けるために、王自ら広場にやってきたのだ。レヒトは民に向かって語り出す。
レヒト「我が民たちよ、神代から栄えるミヌ―アの民たちよ、いかがしたのか?嘆願のしるしであるオリーブの小枝をもろ手に捧げ持ち、座っているな。わたしは如何なる理由であろうと、民の嘆願を臣下の口から聞くことをよしとはせぬ。このレヒト・フェアティゲンがそなたらの声を聴くため、直々にここへやって参った。
さあ、話してみよ。そなたはこの中でもっともの年長者。口をきくにもっともふさわしい者である。ここにこうしてひかえている者たちが何を嘆き、何を願うておるのか、わたしに聴かせてはもらえんか?そなたの話を聴き、心を動かされない者は、身も心も冷たい鋼で覆われ、人の血の流れるかわりに、回路が体中を駆け巡る旧時代のロボットであろう。しかしわたしは人間である。そなたの話を聴いて心が揺さぶられないわけがない。今ここでわたしの手首をかき切り、溢れ出る鮮血を浴びせてやっても良い。さあ、教えてくれ」
年長の神官が恭しく窮状を述べる。
神官「ならば、この国をお治めなさるレヒト様、わたくしども年寄りも若者もこぞって宮殿の前に跪いておりますのはご覧の通りでございます。或る者はわたくしのようなホロロギーに仕える神官、また或る者はこの国を支える未来ある農夫でございます。他にも様々な者がここにおりますが、みな等しくフェアティゲンのお館に、あるいは神託を告げるホロロギーの祭壇の日時計のもとに跪く者たちでございます。
それと申しますのも、他ではありません。王御自身も目にされる如く、ミヌーアの都は厄災が引き続いて起こり、死のテンペストが吹き荒れ、作物がみな枯れはて、ハデスがペルセポネーを連れ去ってしまったきり、永遠の冬に閉じ込められたような有様。それに加え、市中では疫病が流行しており、医者に行く金のない者は死の恐怖に我を失い、幻を見る始末。巨大な鎌を持った骸が手招きして舞踊に誘うと言うのです。このように食糧も人もおりませぬから、無論、家畜の世話も出来ませぬ。また隣国ベーロイエンとの交易制限によって塩をはじめとする生活に欠かせない品々の価格が高騰しております。
わたくし及びここに並ぶ子らがこうして並んでおりますのは、レヒト様を神とこそ思わねど、人間の中ではあなたさまに勝る者はいないと考えるからであります。さあ、レヒト様、これがわたくしどもの切なる願いでございます。ホロロギーのお声を聴かれるにせよ、人知でもって解決するにせよ、何らかの救いのヴェークをお示しくださいませ」
滔々と流れ出る惨状に心を痛めるレヒト。
レヒト「アア、かわいそうなミヌ―アの民よ、分かっている。ここへ参ったお前たちの悲しみ、苦悩、願いは全て分かっている。願いは切なく、悲しみは限りなく、そして苦悩は底がない。それは本来個人の持ち物であり、他人に関わることをしないが、そのような人を見たとき、人はその一部を自分に引き受けようとする。そしてわたしはこの国の、民の、そのような情念の一切を引き受けようと願う。わたしはお前たちの悲しみを受け入れ、苦悩を分け合い、願いを引き受けよう。これは簡単な道ではないかもしれない。しかしわたしはこの国に、同胞に、家族に、自分に心を配る者の涙に対しては真摯な態度を示さねばならない。
そしてわたしはそれを示すためにすでに実行に移している。ミヌ―アの神官団長である凪をホロロギーの社へと遣わしたのだ。凪には国を救うために何を為せば良いのか、うかがいを立てるように命じてある」
ホロロギーの仮想大伽藍
建物内には未来の音が響き渡る。それはさながら天使の歌声のようだ。
凪と神官たちがホロロギーの日時計の御前に跪き、神託の儀式を行っている。
凪・神官たち「イン・プリンキピオ・エラト・ウェルブム。エト・ウェルブム・エラト・アプド・デウム。エト・デウス・エラト・ウェルブム。(始めに言葉ありき。言葉ば神とともにあった。言葉は神であった。)」
神官団長である凪は跪いてホロロギーの言葉に耳を傾けている。
神官は凪の傍らで共に祈っている。
すると、日時計が過去へ向かって回りはじめる。それに重なるように、ステンドグラスから月と太陽が入れ替わり、立ち代わり顔を覗かせた。繰り返された戦の映像が立ち現れ、朝と夜とがミヌーアの記憶に同期する。次第に時間の流れが遅くなり、日時計は昔を懐かしむのをやめた。神殿の中には夕凪の静けさが戻ってきていた。
フェアティゲン王家の宮殿前広場
宮殿の前の広場にはレヒト、民たち、そして凪が率いる神官団が集まっている。
ホロロギーの神託を受け取った凪から、話を聞くために集まったのだ。凪は静かに語り始める。
凪「よきお告げをいただきました。耐えがたき苦しみも、正しきヴェークへと進みますれば、万事幸いに収束する、とわたくしは申しておきましょう」
レヒトは不服そうだ。ありきたりな神託など無いも同然くらいには思っている。
レヒト「実際の言葉は?そのようなことを聞かされてもわたしの平穏はやってこない」
凪「この者たちの前で聞こうとおっしゃるならば、お聞かせしましょう。さもなくば――お館の中へ」
凪は恐れ多い神託の言葉を直接民に聞かすわけにはいかないとして、レヒトを宮殿の中へ促したが、断られてしまった。
レヒト「構わん。みなの前で話してもらおう。わたしの抱えている悲しみは自分自身のものであると同時に、この者たちのものでもある」
一瞬、顔に迷いが見えたが、観念して話し始める。しかしあくまで静かに。
凪「さようでございますか。……。ではわたくしが神よりうかがったことを申し上げましょう。我らが主、ホロロギーの命じたもうところは以下のようでございました。この国はひとつの穢れが巣食っている。さればこの穢れを国土より追い払い、因果から抜け出さねばならない」
民たちは顔をゆがめたが、凪は顔色ひとつ変わらない。
レヒト「して、そのヴェークは?」
凪「ヴェークはただひとつ」
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『受胎告知』天使ガブリエルのようなポーズをとった。その神々しさたるや。執政務官を兼ねる巫女は全て知っているぞと言わんばかりの、深い青色の眼にレヒトに向けた。
「穢れの根源、すなわち罪人の追放、もしくは血をもって血を償うことでございます」
民はざわついた。この窮状は一人の罪人によって引き起こされていたことに対する恐怖と、それと同時に、それさえ除いてしまえば、また平穏な暮らしに戻れるという期待が確かにあった。
凪「この国に吹き荒れるテンペストの風上には、その流されたる血がありと」
レヒト「一体、誰の因果であろうか」
凪「それは他でもございません。あなたの御父上でございます!」
民はまたもざわついた。どんな階級の人間にも分け隔てなく接する、優しくて誇り高いこの若き領主の父が、この国の呪いに関係していたことに驚いたのだった。そして民たちは知っていた。父と子の間には切っても切れないほど固く結ばれた「血」という縁が常に付きまとっていることを。
レヒト「父上だと!? わたしの父上を殺したのはシンクローであった。そして、そのシンクローはこのわたしが討ち取ったではないか」
神官「恐れながら、レヒト様。シンクローは確かにオフィークス様に反旗を翻した逆賊でございましたが、あくまで指示をしたのみということもあり得ます。別な実行犯がまだこのミヌーアの街で生きておるのかもしれませぬ」
レヒト「なるほど。確かにその可能性は十分に考えられる。もしそうであるならば、早急に事件の解明をせねばならぬ。これは国のため、市民のため、そして父上のためでもある。このレヒト・フェアティゲンが万事を尽くして事に当たると伝えよ。そしてこの事件に関して心当たりのある者は、宮殿へ参上するように、とな。すぐにこちらからも正式な触れを回す。凪」
凪「ハイ」
レヒト「調査団を過去へ送りたい。準備を進めてくれ」
凪「仰せの通りに」
神官「さあ、みなの者、これより私どもの願いはレヒト・フェアティゲン様の御言葉により叶えられる。ああ、どうか、ミヌーアの守護神ホロロギーよ、御自ら地上に降り立ち、厄災の因果を断ち切りたまえ!」
次回のお話
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?