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【戯曲】釣り糸/水彩奴

エス
エヌ(声のみ)

照明中央のみ

奥の方に台が設置されてある
舞台上にはエスのみ

エヌ 「ホントに、これで良いのか?」

エス 「良いんだ。これで」

エヌ 「別に今じゃなくても、良いんじゃないのか?」

エス 「今だから良いんだ」

エヌ 「これじゃなきゃダメなのか?」

エス 「これじゃなきゃダメなんだ」

エヌ 「これを逃したら次はいつ来るんだ?」

エス 「分からない。明日かもしれないし、明後日かもしれない。来年かもしれないし、もう来ないかもしれない」

エヌ 「なるほど。確かに今じゃなきゃダメそうだな」

エス 「そういうこと」

エヌ 「あーあ、お前とも今日でお別れかー」

エス 「なんだよ。さっきまで普通だったのに」

エヌ 「いやー、そうなんだけど、実感が湧いてきた、と言うか。ホントにいなくなるんだなー、みたいな」

エス 「今更、止めろとか言い出すんじゃないだろうな?」

エヌ 「そんなわけないだろ。お前が決めた事だ。俺は応援する」

エス 「ありがとな」

エヌ 「まあー、さすがに最初は驚いたけどな」

エス 「でも、俺の言うことに納得してくれたじゃないか」

エヌ 「あまりにもお前が真剣だったからな」

エス 「まあ、確かに、相談と言うよりは説得って感じだったけど」

エヌ 「気迫が凄いんだよ。こう、エネルギーがさ、ガァ~って出てるから」

エス 「そんなに凄かったか?」

エヌ 「そうだよ。凄いんだよ、お前は」

エス 「おい。そういう感傷的な雰囲気出すの止めろよ」

エヌ 「ごめん、ごめん。向こうに着いたらさ、手紙とか出せるのかな?」

エス 「あ~、どうなんだろうな?多分、出せないんじゃないかな」

エヌ 「なんだよ~、自由の国なんだろ?それぐらい出来るだろ~」

エス 「だと良いんだけどな。逆にさ、お前から送ることは出来ないの?」

エヌ 「ああ、確かに。どうなんだろう?」

エス 「……。無理そうだな」

エヌ 「うん。良いよな~、自由って」

エス 「そう思うなら、お前も来いよ」

エヌ 「うん。それも結構考えたんだけどさあ、やっぱり怖くて」

エス 「自由になるのが?」

エヌ 「うん。結局さ、自由になりたいとか言いながら、みんな不自由が心地いいんだよ」

エス 「自分から進んで自由なろうとしないのは、失敗したときの言い訳を作るためってことか?」

エヌ 「さすがだね。そうだよ。自由って自(みずか)らに由(よし)って書くんだ。つまり、自由っていうのは自分に責任を持つってことなんだよ」

エス 「その点、不自由は良いよなあ。周りに責任を押し付けることが出来る」

エヌ 「言うねえ」

エス 「俺はロボットみたいにはなりたくないんだ」

エヌ 「自分で考えることを善しとする。お前らしいな」

エス 「だいたいな、不安があることを悪い事とするからいけないんだよ。不安があることは真剣に考えてる証拠だろうが。不安が無いこととを自由だと思い込んでる奴が多すぎる」

エヌ 「以外だな。お前には不安なんか無いと思ってた」

エス 「そりゃあ、俺にだって大なり小なりあるよ」

エヌ 「例えば?」

エス 「そんな、わざわざ言うようなことでもないよ。そう言うお前はどうなんだ?」

エヌ 「俺?俺は、うーん、よく分からないなあ」

エス 「なんだよ、それ」

エヌ 「だって、想像が出来ないんだもん。明日からお前がいないなんてさ」

エス 「応援するって言ってくれたじゃん」

エヌ 「応援はするさ。友達だからな。でも、お前の友達は俺しかいないじゃん」

エス 「どういうこと?」

エヌ 「だから、お前がいなくなったら、俺の、この気持ちを共有する奴がいなくなるって言ってんの」

エス 「ああ、そういうことか。確かに、俺、友達いないもんなあ」

エヌ 「そうだよ。お前、友達いないんだから」

エス 「うん、分かっちゃいるけど、人から言われるのはちょっとキツイな」

エヌ 「それはごめん」

エス  カメラの存在に気づく
「……。え、もしかして、今、動画撮ってんの?」

エヌ 「今更、気付いたのか」

エス 「なんだよ。照れるじゃんよ~」

エヌ 「良いじゃん、別に。観るの俺しかいないんだから」

エス 「お前、観返すのか」

エヌ 「うん」

エス 「そっかー、動画撮ってんのかあ。……。よし、分かった。お前、コレ、流していいよ」

エヌ 「え?どこに?」

エス 「え?ネットとかに」

エヌ 「良いのか?人知れず行きたかったんじゃ?」

エス 「そうだったけど、気が変わったんだよ」

エヌ 「でもさすがに、この動画は……」

エス 「じゃあ、ネットの掲示板とかに書き込めよ。ライフハックみたいなところに」
エヌ 「え~、いいよ~」

エス 「タイトルは……「俺の親友が旅だったんだが」」

エヌ 「書かねえって」

エス 「え~!共感してくれる奴がいるかもよ」

エヌ 「そんな会ったこともない人に」

エス 「匿名だから話せることもあると思うんだけどなあ」

エヌ 「お前、書き込んだことあるのか?」

エス 「無いよ。見る専だからな」

エヌ 「まあ、俺がそうしたくなったら、そうするよ」

エス 「うん。それがいいや。まあでも、もしお前がそうなった時に、流しやすいように、ちょっと喋ろうかな。旅立ちを記念して、みたいなさ。ほら、卒業式っぽくてで良いだろ?」

エヌ 「卒業式ねえ」

エス 「ゴホン。えー、俺は、あー、いや、私は本日をもってこの世界から卒業します。お前とは今生の別れになるやもしれぬ。だけど、これを乗り越えて生きていってほしい。だけど、俺のことは忘れないでほしい。これはお前が唯一の友達だからだ。お前が俺を覚えている限り、俺は生き続けることができる。以上、俺より」

エヌ 「おお~。かっこいい~」
 拍手
エス 「だろ~。即興にしては上手く出来たと思うんだ」

エヌ 「うん。……。あ、来たみたいぞ。糸」

エス  振り向く
「あ、ホントだ」

エヌ 「なあ、ホントにこんな細い糸で行けるのか?」

エス 「うん。ちゃんと調べたから大丈夫だよ。これは釣り糸って言って、人間たちがこう、魚を釣る道具なんだよ」

エヌ 「へえ、こんなんで俺たちをねえ。ホントに捕まるのか?」

エス 「うん。それが結構捕まるんだよ。ほら、ココに針が付いてて、その先に食べ物が刺さってる」

エヌ 「これで着いて行くのはおかしいだろ。これじゃあ「飴あげるから、おじさんに道教えて」っていうのと同じレベルだぞ」

エス 「まあ、アイツらアホだからなあ」

エヌ 「お前に友達が出来ない理由が何となく分かった気がする」

エス 「多分だけど、自分で考えて、自分の意思でこの糸に捕まりに行くのは、俺が最初の一匹なんじゃないかなあ」

エヌ 「そうかもしれないな。お前はプロモーション出来たポーンというわけだな」

エス 「上手いこと言うよなあ。俺、この糸でクイーンになってくるよ」

エヌ 「……。そろそろじゃないか?」

エス 「そうだな。早くしないと糸が引っ込んじまう」
台の上に乗る

エヌ 「ホントに、これで良いのか?」

エス 「良いんだ。これで」

エヌ 「別に今じゃなくても、良いんじゃないのか?」

エス 「今だから良いんだ」

エヌ 「これじゃなきゃダメなのか?」

エス 「これじゃなきゃダメなんだ」

エヌ 「次は……。いや、止めとこう。その糸が続く先には水がない。つまりその先は、地上だ」

エス 「うん」

エヌ 「息が出来ないんだよ」

エス 「でもそれを超えたら、自由だよ。この糸は
阿弥陀様が垂らしてくれたんだ。その意図は俺をこの世界から救うため。不自由という名の悪魔が巣食うこの世界からだ。俺はあくまで自由になりたい」

エヌ 「そうか。……。なあ」

エス 「ん?」

エス 「最後に聞いて良いか?」

エス 「何?」

エヌ 「俺も、お前にとって悪魔だったのかな?」

エス 「……違うよ」

エヌ 「そうか。それを聞けて良かった。じゃあ、元気で」

エス 「うん。お前もな。さようなら」
 糸を思い切り引っ張る

暗転

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