吸血鬼の夢/盲目
Q太郎・Qシロー
弥七
モリ
落語家
トワ
テツ
シマ
落語家 上手から登場
座って一礼
「ちょっとばかりお付き合い願おうかななんて思っており
ますけども。え~、皆さん、「隔世遺伝」って言葉、一度は耳にしたことがあると思います。この「隔世」ってのは世代を隔てると書くんですね。ご存じでしたか?あたくしは学生の頃から勉強の方はてんでダメだったんでね、最近まで目が覚める方の「覚醒」だと思っておりまして。まあ、そんなことはどうでも良い話なのでございますが。遺伝ってのは生き物が繁栄するのにとても重要なもので、親から子へ、子から孫へと形質などを伝えていくシステムなんですね。「アンタの鼻、おじいちゃんと一緒ね」とか「その頑固な性格、誰に似たのかしら」とか、こういうのも全て遺伝の成せる業でありましょうな。今回させて頂くのはそんなお話でございます」
「さて、いつの時代か分かりませんが、こんな話があります。昔、ある島に弥七という三味線屋がおりました。この弥七は婿養子として先代のQ兵衛から店を継ぎ、一人の男の子をもうけました。この子の名前はQ太郎と言います。幸せムードいっぱいの弥七でございましたが、幸せというのはすぐに逃げちまうもんで、そう長くは続きませんでした。相次いで先代と奥さんを病気で亡くしてしまったんですね」
弥七 「いつまでもクヨクヨしてられん。俺がしっかりせねば、
誰がこの子を育てるんってんだ!」
落語家「弥七は父と子の二人で生活することを決心しました。最
初は大変だったのですが、時間がそれを解決していきました。Q太郎が十になる頃には、家業と子育ての両立がちゃんと出来ていたんですね。婿養子というものは家の中では肩身が狭いものでして、先代のQ兵衛や奥さんが生きていた頃はいくらかそう感じてはていたのですが、二人とも亡くなっておりますもんですから、子供の成長と自由への喜びをひしひしと感じておったのでございます。しかし、そんな彼にも不安なものが一つだけあったんですね」
弥七 「いいか、Q太郎。吸血鬼に気を付けるんだぞ」
落語家「この言葉を口を酸っぱくして言うんですね。一方、Q太郎はこんなに小さい頃から言われ続けておりますもんですから」
Q太郎「もう分かったって」
落語家「といった調子でございます。ある日の晩のことです」
Q太郎「ねえ、父さん」
弥七 「どうした、Q太郎?」
Q太郎「父さんはさ、吸血鬼伝説って信じてるの?」
弥七 「なんでそんなこと聞くんだ?」
Q太郎「今日、学校でこの村に伝わる伝説を習ったんだ。その中のひとつに吸血鬼伝説があった。父さん、口を酸っぱくして言ってたろ?吸血鬼に気を付けろって。それを思い出したんだ」
弥七 「そうか、まあ、うん、信じてるよ。この辺りに住んでる人は皆信じてるんじゃないか?いつの話かは分からんが、相当昔の話だろう」
Q太郎「そっか。でもさ、いつの話か分からないくらい昔の話だったら、伝説としては残ってても本当にあったかはどうかも分からないよね?」
弥七 「……」
落語家「先ほどから彼らが話している「吸血鬼伝説」とは、この辺りで昔から伝わっているおとぎ話みたいなもので、いや、おとぎ話と言っちゃあ可愛い過ぎる表現ですな。まあ、一地方に伝わる怪談のようなモンでございます」
弥七 「Q太郎、お前いくつになった」
Q太郎「この間の誕生日で十三になった」
弥七 「そうか、お前ももう大人だな」
Q太郎「何言ってんだよ、父さん。成人の儀式は十八になってからだろ」
弥七 「いや、お前はもう大人なんだ。良いか、今からする話をよく聞いてほしい」
Q太郎「どうしたんだよ、父さん。さっきから何かおかしい。十三の僕をもう大人だと言ったり、そう言ったと思ったら、いきなり畏まって話を聞いてほしいだなんて」
弥七 「驚かせてしまったなら、謝る。すまない。お前にはまだ成人の儀式をやっていなかったと思ってな」
Q太郎「だから成人は十八なんだってば」
弥七「この国の法律ではそうだ。だけど、代々ウチの家系では十三になると成人の儀式を行わなければいけない。そこにどんな理由があるのかは知らない。何故なら父さんはこの家には婿養子で入ったからな。なに、心配するな、歯を抜いたり、刺青を入れたりするわけじゃない。ただ俺の話を聞けば良い」
Q太郎「父さんの話を聞くだけでいいの?」
弥七「ああ、そうだ。その代わり、話が終わったら、その……感想を聞かせてほしい」
Q太郎「分かった」
弥七 「よく言った。……今日みたいな満月の夜だ」
Q太郎「満月……」
窓から外の景色を見る
照明変化とともに遣い魔(二人)が大きい幕を持って登場
Q太郎と弥七の姿を隠して場面変化が起こる
上手のみ暗転
波の音・カモメの声が遠くから聞こえる
テツ 闇の中から
「おい!誰か倒れてるぞ!」
下手 Qシローが倒れている
テツとモリが駆け寄る
モリ 「おい!大丈夫か?しっかりしろ!」
Qシロー「……」
テツ 「とりあえず、村へ運ぶぞ」
モリ 「そうだな」
二人 Qシローを運ぶ
下手暗転
上手明転
Qシローには布団が掛かけられていて、うなされている彼を島民たちが心配そうに見守っている
Qシロー「ハッ!」
飛び起きる
テツ 「起きた!」
モリ 「良かった~」
Qシロー「ここは……?」
トワ 「坂之島よ。海岸で倒れてたあなたをお父さんたちが助けてくれたのよ」
Qシロー「倒れてた?僕が?」
シマ 「覚えてないのかい?顔色も悪いし、かなりうなされてたのに?」
Qシロー「あ、助けていただいてありがとうございます。僕はもう大丈夫ですので、これで……」
立ち上がろうとして頭が痛む
モリ 「ダメだよ、まだ安静にしてなきゃ」
トワ 「そうですよ。顔色も全然良くなる気色はありませんし、また倒れちゃいますよ」
Qシロー「あ、これは生まれつき色白で……。すみません」
テツ 「まあ、とにかく、お前、当分ウチで安静しとけ」
Qシロー「あ、そんな、よろしいんですか?こんな見ず知らずの人をウチに上げて」
みんな「……」
Qシロー「……いえ、ありがとうございます」
テツ 「それでいいんだ」
シマ 「アンタ名前はなんて言うんだい?」
Qシロー「Qシローと言います」
テツ 「この辺りじゃ聞かない名前だなあ」
トワ 「そりゃそうですよ、お父さん。砂浜で倒れていたんでしょう?きっと外から流されてきたんですよ。あ、ごめんなさい、私ったら、失礼なことを」
Qシロー「いえ、大丈夫です。僕もその、こ、ここで目を覚ましてからのことしか、覚えてなくて……。さっきも海辺で倒れてたって聞いても、あ、そうだったんだという感じで……。ハハ……」
モリ 「まあ、記憶なんてのはそのうち戻ってくるよ。どっちにしても、アンタをこの状態で帰すほど俺たちは鬼じゃないんでね」
シマに
「さあ、Qシローも目が覚めたことだし、俺らもお暇するかね」
シマ 「そうだね。Qシローさん、困ったことがあればいつでも頼って良いからね。この親父、こう見え結構気難しいところがあるからね」
テツ 「うるせえ!とっとと帰れ!」
モリ 「あ~コワ。じゃあな。なんかあったら言えよ」
Qシロー「ありがとうございます」
シマ 「アンタもね」
テツ 「分かったよ」
モリ・シマはける
Qシロー「良い人たちですね。え〜と……」
テツ 「あのおっさんがモリ。そのおっさんの奥さんがシマって言んだ」
Qシロー「モリさんとシマさん」
テツ 「ああ、そう言えば、まだ名前を言ってなかったな。俺はテツ。こっちは娘のトワだ。よろしくな」
Qシロー「よろしくお願いします」
トワ 「Qシローさん、よろしくお願いしますね!」
Qシロー「あ、よ、よろしくお願いします」
落語家 闇の中から登場
「こうしてQシローはテツの家でお世話になることとあいなりまして。初めこそ緊張していたQシローではありましたが、段々とトワの優しい人柄に惹かれていき」
Qシロー「私と夫婦になってほしい」
落語家「とうとうプロポーズまでしてしまいました」
トワ 「はい、よろこんで」
落語家「Qシローがこの島に漂流したあの日から、たった半年でございます。事実、Qシローはそこそこのイケメンでありまして、漂流してきたというミステリアスさも相まって島の娘からは結構 な人気者でございました。くぅ~!何とも羨ましい」
Qシロー「娘さんを、トワさんを僕にください!」
テツ 黙っている
トワ 「お父さん!」
テツ 黙ったまま頭の上で丸を作る
Qシロー・トワ
「ありがとうございます!」
落語家「結婚の話はとんとん拍子で進み、祝言は次の満月の日に挙げることになったのでございます。無事に祝言を終え、結婚初夜を過ごすQシローとトワ。そんな満月の夜、事件は起きた」
上手暗転
下手明転
シマ 暗転しているエリア(二人の部屋)に向かって
「すみませーん。旦那様?おトワさん?朝ですよ、起きていらっしゃいますか?……入りますよ?」
襖を開けて部屋に入る
上手明転
下手暗転
布団が真っ赤に染まっている
真ん中に冷たくなったトワ
シマ 「エッ……!」
腰が抜ける
慌てて部屋を出る
下手明転
Qシローが目の前に立っている
左手には刃物を持っている
シマ 「旦那様!起きていらしたのですか。大変なんです。おトワさんがっ……!」
Qシロー「アア、知ってる」
右手で口を拭う
シマ 「え?」
Qシロー 親戚を刺し殺す
照明変化とともに遣い魔(二人)が大きい幕を持って登場
Qシローとトワ、シマの姿を隠して、場面変化が起こる
舞台中央にQ太郎と弥七
Q太郎はうなされている
上サスに落語家登場
落語家「その後のQシローについては島民に捕まって殺されただの、消息不明になっただのと色々な話があります。しかしひとつ確かなことは、この事件を機に島には色の白い子どもが生まれるようになったということです。そう、Qシローに似た色の白い子どもが……」
はける
遠くから弥七の声が聞こえる
弥七 「おい!大丈夫か?しっかりしろ!」
Q太郎「ハッ!」
飛び起きる
弥七 「やっと目が覚めたか」
Q太郎「父さん、僕は一体……?」
弥七 「お前、満月見た途端にぶっ倒れたんだよ」
Q太郎「満月……?」
弥七 「ずいぶんうなされてたが、大丈夫か?」
Q太郎「うん。多分、大丈夫。変な夢を見てただけだから」
弥七 「夢か……」
Q太郎「うん。でももう大丈夫。ゴメン、話してる途中なのに」
弥七 「いや、今日はもういいよ。お前はゆっくり休め」
Q太郎「でも、話してほしい。今度はちゃんとするから。倒れたりしないから」
弥七 「……そうか」
落語家 登場
一礼
「いつの時代かは分かりゃしませんが、こんな話があります。ある時、島の海岸に一人の色白の男が流れ着きました。村の人たちはこの男を不憫に思い、介抱をしてやりました。この男は島で過ごすうちに、島の娘と恋仲になり、次の満月の日に祝言をあげようということになったんですね。まあ、島中親戚みたいなもんですから、これほどめでたいことはないと大騒ぎになりました。そして祝言をあげた次の日。部屋から新郎新婦はなかなか出でこない。それを不審に思った親戚の者が部屋へ行ってみますと、布団が真っ赤に染まっていて、その真ん中に、冷たくなった新婦の姿がありました。慌てて、他の者を呼びに行こうと部屋を出た。そこには!口にべったりと血がついた新郎が立っていました」
首を左右に振って一人二役する
「旦那様!起きていらしたのですか。大変なんです。おトワさんがっ……!」
「アア、知ってる」
元に戻って
「新郎はその親戚を殺してしまいました。その後の新郎は島民に捕まって殺されただの、消息不明になっただのと色々な話がされております。しかしひとつ確かなことは、この事件を機に島には色の白い子どもが生まれるようになったということです。この男の名はQシロー」
弥七 「お前の先祖だ」
Q太郎「え?」
弥七 「ウチはな、伝説に登場する「白い子」の家系なんだ。もちろんお前の母さんやおじいちゃんにも吸血鬼の血が流れてた」
Q太郎「さっき見た夢は本当だったのか?そんなはずない。僕があの吸血鬼の子ども?ボクが吸血鬼?あんなオソロシイ事件の?ソンナ馬鹿ナ。あの血が僕にも流れてるのか?」
弥七 「落ち着け、Q太郎!自分を見失うな!」
Q太郎「「吸血鬼に気を付けろ」。父さんがいつも言っていた、この言葉ノ意味がヤット分かったヨ!父さんは僕が怖いンだ!ボクがいつ吸血鬼になるかワカラナイから、「気を付けろ」って言い続けた!」
弥七 「違う!これは通過儀礼なんだ!昔からずっとうちの家系はこうやって、やってきた!」
Q太郎「古のイニシエーションがなンだ!そんな昔の難しい話、ちゃんちゃらおかしいわ!」
弥七 「しっかりと自分を保て、Q太郎!」
Q太郎「自分って何だよ!さっきから自分、自分、自分、自分。何なんだよソレはイッタイよォ!人間としての僕?ソレトモ吸血鬼ノボク?」
弥七 「俺が言いたいのはまさにそのこと!」
Q太郎「ボクが聞きたくないのはまさにそのこと!もう、知ってしまった以上、吸血鬼以外ノ何者デモないンだよ!」
弥七 「お前はお前だ!人間も吸血鬼もぜんぶひっくるめてお前なんだよQ太郎!」
Q太郎「ナルホド!通過儀礼ッてのはソウイウことだったのか!だとしたらボクはっ……!」
弥七 「Q太郎!?」
Q太郎「モウ良いんだ。父さんを殺してしまうかもしれないと知った以上、もう一緒には暮らせない」
弥七 「……」
Q太郎「実はボク、夢見てたんだ。倒れてる間に。ボクがQシローになってて、伝説と全く同じ内容の夢だった。ソレはまるで、Qシローの記憶を辿ってるようで。ボクにはQシローの血が流れてる。ここにはいられない」
家を出ようとする
弥七 「行くな!」
Q太郎「サヨナラ……」
遣い魔登場
弥七 強風に吹かれたように顔を覆う
遣い魔が幕でQ太郎を包む
遣い魔はける
気づいた時にはQ太郎は消えている
暗転
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?