「のびのびと健やかなリーダーに」夫と歩む二人三脚経営【第三話】
歯ブラシなど口腔(こうくう)ケア製品を中心に、ユニークな商品を世に送り出す東京都品川区の「ファイン」を経営する清水直子さん。長く続いた迷いの時期を抜け出し、「のびのびと健やかな社長」という自分だけのスタイルを築きます。そして生涯のパートナーに出会い、今度は次世代に会社を引き継ごうとしています。
「会社の愛し方」が分からなくて苦しんだ取締役としての約10年間。「笑顔が仕事」と割り切ったことで、むしろ会社の隅々にまで目が届くようになった副社長の4年間。
そうした経験を経て、2010年、母和恵さんの後を継ぐ形で社長になった。しかし、最初は「社長とはどうあるべきか」ばかり考えていた。
社長たるもの、朝早く出社していないといけないし、どの社員にもどんな時にも同じムードで接しないといけない。好きなバイクも降りないといけない。「しないといけない」のオンパレードだった。
メンター役の知人に話すと、「女の姿をした男の経営はしなくて良い」とアドバイスされた。社長らしい「しないといけない」は、本当にしないといけないことなのか。
一つ一つ、そう考える理由を質問されて答えていくと、そんなふうに振る舞っていないと「社員から信頼されなくなるのではないか」という思い込みがあることが分かってきた。
社員から信頼されるには、「しないといけない」を数多くこなすことが大事なわけではない。同時に副作用があることも教えられた。「社長の私がこんなに頑張っているのに、みんなはどこまで頑張っているの?」という思考回路に陥ってしまう点だ。
「社長らしく」にとらわれる必要はない。自分らしく「のびのびと健やかな社長」でいること、そして社員がチームワーク良く、仕事をしやすい職場の雰囲気を作ることが目標になった。
そうした試みの一つとして、ボーナスを振り込みから手渡しに切り替えたことがある。その時に「この半年間の自分自慢」を社員一人一人にスピーチしてもらうことにした。「えー、そんなのないよ」と恥ずかしがる社員もいたが、ある男性社員の話にみんなが引きつけられた。
男性は早起きで、毎朝4~5時に目覚めてしまう。やることがないので庭の掃除をしているが、それでも時間が余るので、家の玄関、そして家の周りの掃除を始めたところ、近所の家々も毎朝、周囲の掃除をするようになったという。職場では知る機会のなかった意外な一面。それを知ることで社員がお互いをリスペクトするようになり、仕事も一段とスムーズに回るようになった。
「デザイナーを雇おう」やってきたのは将来の夫
先代社長である母和恵さんが、豊富なアイデアをもとに、ほとんど独力でユニークな製品を生み出していくタイプだったのに対し、自分はゼロからアイデアを出すのが苦手だと感じていた。
そこで「外部から若手のデザイナーを採用しよう」と考えた。職場に新風を吹き込んでほしいという狙いもあった。
とはいえ、中小メーカーだから、日常的にデザインの仕事があるわけではなく、まずはフリーランスのデザイナーに「デスク貸し」をすることにした。仕事場としてファインの事務所を開放する代わりに、必要な時にファインの製品のデザインをしてもらう。バイク仲間の紹介でやってきたのが、のちに夫になる曲尾健一さんだった。
社長になって3年目の2013年、ユニバーサルデザインのコップで、グッドデザイン賞を狙っていた。幼児や高齢者らがコップを使っていてむせてしまうのは、中身が少なくなっていくのにしたがって、背を後ろにそらさないといけなくなるから。そこで鼻側のコップの縁を低くして、姿勢をまっすぐに保ったまま、最後まで飲めるように工夫した製品だ。
その約10年前に和恵さんが開発した製品のリニューアルだが、フタを付けたり、取っ手を二つにしたりするなど、寄せられた要望を盛り込むのに苦労した。
大事なのは細部のデザインだ。フタや取っ手の形状、色彩をどうするか悩んでいる時に、健一さんの発想が生きた。
フタは指に引っかけるだけで外せ、食事に使う狭いトレーの上でも自立するデザインに。取っ手も指で挟むだけで持てる形状にした。色彩は元気が出て、色覚障害のある人でも判別しやすいオレンジ色に決めた。
「私が社長になって初めての新商品です。よろしくお願いします」。最終選考のプレゼンではこう訴えた。むせにくいコップ「レボUコップW」は期待通り、2014年度のグッドデザイン賞、2016年には第28回中小企業優秀新技術・新製品賞奨励賞を受賞して、ファインの名を高めた。
「こんな歯ブラシがほしい」に応える開発型企業へ
ファインの中核事業である歯ブラシは、日々使う物だから既製品に満足しない人も少なくないし、地域おこしのグッズにも使われる。
小回りのきく中小メーカーであるファインには、個人や企業から「こんな歯ブラシを作りたい」という相談がひっきりなしに舞い込む。そうしたアイデアを一つ一つ実現することが、直子さんの目指す「開発型企業」への脱皮につながる。
そうする中で、健一さんとの二人三脚が、ファインの新しい製品開発の形になっていった。
異業種の仲間が集まって、富士山をテーマにそれぞれグッズを作っていると聞き、歯ブラシでも作れないかと考えた。歯ブラシの柄に富士山をプリントするだけではつまらないから、ブラシの部分に円すい形に植毛しようと考えたものの、実際に作ってみると毛先が中央に集まるため、ブラシが硬くなり、歯茎に当たると痛かった。次のアイデアが浮かばないまま、2カ月ほどが過ぎた。
そこで健一さんが考えたのは、柄の部分を富士山の形にそらせるのに加えて、ヘッドを台形にして上の方に白い毛、下方に水色の毛を植えて、富士山の形状と色にすること。この「富士山歯ブラシ」は大手航空会社関連の記念品にも採用された。
その後も、他社から依頼された「入れ歯磨き」の開発では、直子さんが植毛のアイデアを出し、健一さんは形状や色を工夫してフルーツに見立てることで洗面台に置きやすいデザインにした。直子さんが着想し、健一さんが仕上げていく。2016年、15歳差の2人は結婚した。
生分解性樹脂の「竹の歯ブラシ」を開発
自分だけの経営スタイルを身につけ、新製品開発の方程式も見つけた直子さんだが、母和恵さんが開発を手掛けた古い製品も、求める消費者がいる限り、なるべく廃番にせずに製造を続けている。その一つが、竹の粉を用いた生分解性樹脂の歯ブラシ「竹の歯ブラシ」だ。
1998年、紙と植物由来のPLA(ポリ乳酸)樹脂を混ぜたエコ素材の歯ブラシから試行錯誤が始まった。当初はエコに関心の高い顧客層を狙っていたが、思うように販売が伸びなかったり、樹脂がもろくなってヘッドが割れたりするなど多難だった。
さまざまな樹脂を試してみたものの、なかなかうまくいかない。
「そもそもエコ歯ブラシには市場がないのかもしれない」とも考え、販売終了を決めたところ、思ってもみないところから販売継続を求める声が上がった。石油系樹脂の歯ブラシを使うと体調が悪くなる化学物質過敏症の人からの電話だった。「この歯ブラシでないとダメなんです」
その頃、エコ歯ブラシの新たな素材として見つけたのが、竹の粉から作った生分解性の樹脂だった。当時ファインで一緒に商品開発をしていた長姉薫さんも加わって何度も強度試験を繰り返し、2008年に「竹の歯ブラシ」を発売した。
生分解性という特性から徐々に強度が落ちるため、2年間の品質保持期限を設定する工夫もした。東京ビッグサイトでの展示会で、いつもの2倍の広さのブースでお披露目したところ大きな反響を得た。
これから軌道に乗ると期待が高まったものの、数カ月後のリーマン・ショックで樹脂の仕入れ先が廃業。経営者とも連絡が取れなくなってしまった。
代替の素材を確保するため、特許を調べると似たような樹脂はあったが、実際に問い合わせてみると、どれも実用レベルではないという回答ばかり。それでも諦めずに、廃業した取引先の関係者を探し出し、4年後の2012年、再び竹の樹脂が入手できるようになった。
2014年からは三重県伊賀市にある自社工場横の敷地から竹を社員自らが切り出し、原料にしている。大きく売れる製品ではないものの、細々と生産を続けてきたかいもあって、近年はSDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりから、売り上げはここ2年で50倍に跳ね上がった。
より地球環境に配慮した「MEGURU」というブランドとして、2021年6月にリニューアル。デザインなどはすべて健一さんを中心とした若いスタッフに任せている。
夫に手渡す「ファインのバトン」
自分に回ってくる、とは思っていなかった後継者という仕事。悩みと苦しさを乗り越えて、自分だけの「会社の愛し方」を見つけた直子さんは今、「仕事がすごく楽しい」と話す。
父益男さんが設立し、母和恵さんから引き継いだファインのバトンをどうするのか。直子さんは15歳年下の夫、健一さんにつなぐ準備をしている。
妻から夫への承継はあまり聞かないが、十数年後、直子さんが65歳になる時に、健一さんは50歳。「いま一緒に仕事をしていて、本当に頼りになる。先のことは分からないが、そういう流れになってくれたら、うれしい」。
直子さんは日々の会話や仕事の中で、父と母から受け継いだ「身の丈経営でいいから、世の中に必要とされるものを、良い材料で丁寧に作る」というファインの「イズム」を伝えようとしている。
(初出:毎日新聞「経済プレミア」 2022年8月10日)
<終わり>
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