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【ネタバレ】男は光の無い沼に溺れた。『慟哭』という社会派ミステリー&叙述トリックの傑作
最近、叙述トリックにハマっているEngineerです。
評判として名を轟かせている作品からピックアップしており、前回は『十角館の殺人』を読みました。
で、今回は『慟哭』ですが、買ったのは数年前に『殺戮にいたる病』を読んで叙述トリックに目覚めかけ、
『七回死んだ男』と一緒に買っておいたのですが、忙しくなり、気が付いたら家の隅で永眠させていました。
なので、帯は古いのでは無いかと思います。65版です。
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あらすじ
連続する幼女誘拐事件の捜査が難航し、窮地に立たされる捜査一課長。 若手キャリアの課長を巡って警察内部に不協和音が生じ、マスコミは彼の私生活をすっぱ抜く。 こうした状況にあって、事態は新しい局面を迎えるが……。 人は耐えがたい悲しみに慟哭する――新興宗教や現代の家族愛を題材に内奥の痛切な叫びを描破した、鮮烈なデビュー作。
ネタバレ感想
一言で言えば傑作です。
叙述トリックの作品として有名なので買ったわけですが、社会派としての記述が巧みで、ノンフィクションを読んでいるかのような錯覚を覚えるほどでした。
叙述トリック自体は割とすぐに感づきました。
私の場合ですと、
①叙述トリックなら、捜査本部編にいる誰かが犯人だろうと読んでいた
②信仰編の主人公が松本という名前だと判明し、佐伯が婿養子だと判明し、名字の変更がありえそうと読んだ
③佐伯の話が少しずつ娘を大切に思う展開になってきて、娘を失った松本(未来)の可能性が高まっていった
という感じです。
しかし、この作品は叙述トリックを見破ったからといって価値が下がらないのが凄いところです。
社会派ミステリーとして一流だと思います。
「あなたの幸せを祈らせてください」といった北村沙貴の天使的な雰囲気の描写は、私も松本と同じように引き込まれてしまいました。
それからの貫井徳郎さんの筆力もまた洗脳的な凄みがあり、本人たちが幸せなら良いんじゃない? という目線で読んでいました。
脱会した川上の暴露話が出てくるまでは。
北村沙貴のような怪しくない人物がガイドとしていると、沼にハマりやすい気がします。
松本はラストに「人は信じたいことだけを信じる」と言いますが、実はこれって宗教だけじゃないですよね。
慟哭が書かれた時代にはSNSはありませんでしたが、現代だとインフルエンサーというミニ教祖みたいな存在ができましたし、
信じていた有名人(特にミュージシャン)が自殺すると、後追いなんかも起きてしまいますし、宗教だけが信仰というわけでは無いわけです。
人は心のより所を求めているのは時代が変わっても同じです。
私は科学を信じており、「全粒粉はほぼ間違いなく科学的に身体に良い」と言われたら食生活に取り入れてしまいますが、
実はエビデンスにも信憑性レベルがありますし、某大学の実験で良い結果が出たからといってそれが真ではないわけです。
また、厳密な調査の結果、非常に高いエビデンスレベルで「全粒粉はほぼ間違いなく科学的に身体に良い」と言えたとしても、
小麦アレルギーを持っていたら逆効果でしょうし、完璧な答えは無いという態度を持っていないとやはり危険なわけです。
話を『慟哭』に戻しますと、唯一の不満は松本がいなくなった後の丘本が有能すぎるところです。
松本のような捜査の専門家をコナンレベルの推理力で追い詰めて逮捕できるのに、別の無能そうな犯人は未だに逮捕できていない。
ここだけは、う~ん、となりましたが、悲しいラストにするには仕方ないということでOKです。
もしかしたら「答えなんか必ずしも無いんだぞ!」という著者からのメッセージなのかもしれません。
次回は西澤保彦『七回死んだ男』を読む予定です。