「点と線」松本清張(1958)―アリバイ崩しは時刻表で―
今回読んだ本
松本清張(1958) 点と線
時刻表という文字を見て、ふと日常生活の中でほとんど目にする機会がなくなってしまったなと感じる。時々乗るバスの停留所に立っている時刻表を眺めるくらいだろうか。
一昔前は、ポケット時刻表などあり、行きたい場所に向かうために何時にどのように乗り継いでいけばよいかページをめくりながらたどっていったものだ。
現在は、マップアプリなどを使えば一瞬のうちに、行きたい場所への経路が弾き出され、その通りに動けば時間通りに着くようになっている。便利になった面が大きいが、駅や電車の乗り継ぎに想いを馳せる(悩まされる)ことはなくなってしまった。
本書は、ミステリー小説の名手である松本清張の名作の一つである。安田という政商。彼が懇意にする料亭の女中と時の政治汚職事件の重要参考人が情死(心中)するという事件が起こる。序盤からこの安田自体が犯人であることを仄めかされてはいるが、彼にはアリバイがあった。情死の翌日に北海道で商談をしており、時刻表をどのように辿っても福岡から北海道ではたどり着けないものであるのであった。
本書の主人公である刑事の三原は、安田の証言や現場検証など様々な情報をかき集めていくが、一向に鉄壁のアリバイを崩せる気配がない。さて、彼はどのようにしてアリバイを崩していくのかというのが、本筋であり読み応えのあるところである。
本書の面白さはアリバイ崩しをどうするのかという点であると書いたが、もう一つの良さは、「思い込ませること」であるといえる。
東京駅での四分間の隙間、情死、安田の病弱な妻、証言などなど疑って読み進めていたとしてもまんまと思いこまされ、種明かしをされたときになぜ気付かなかったのだろうかと思わされるところが、主人公視点で読者を没入させる筆力のなせる技であろう。
もちろん重要なところで大きく二点についてさすがに無理があるのではと個人的には感じたが、それを言ってしまえばフィクションなんてものは成り立たないので置いておくことにする。
おわりに
本書は、ミステリー小説好きの読者に向けてではなくミステリー小説はあまり読んだことがなく、そして時刻表を一度も見たことのない若い世代の人にぜひ読んでもらいたいと思う。
自分が経験として体感していない時代の話は、例え数十年昔であったとしてもある種ファンタジー的に感じるのではと個人的に考える。
知識として時代性やどのようなことがあったかと知っていても身体的には理解しえないのが、生前の時代の特性である。そんな1950年代を情景豊かな描写で映像的に脳裏に焼き付けてくる本書を読むことで少しでも身体的な理解に近づけるのではと本書を読んでそう感じた。