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武川蔓緒
2022年8月13日 23:55
かつては駕籠。時はすすみ人力車。そしてクルマ。と、私の一族を数百年、形は変れど、迎えつづける男が独り、いる。「一族」「貴い家柄」……なんて、笑止千万。昔の話。乱れ崩れうらぶれた果て、唯独りのこった末裔は、クラブホステスの私。それでも、迎えはくる。前当主の父が変死したその日、喜助は私のもとに現れた。父とは疎遠ゆえ、他人より「○○家当主には迎えの従者が今もいる」と伝説か冗談の
穂音(ほのん)
2021年9月13日 20:00
納屋を片付けていたら、手金庫が出てきた。 金庫とは、ちと大仰かもしれない。両手で包み込めるほどの箱に、南京錠がちんまりとしている。 おそるおそる、四桁の数字をあわせてみる。 おいそれと、カチリ、とはいわないのであった。 祖母の手にかかると、あっけなく開いた。「ばあちゃん、じいちゃん、父さん、母さん、私、誕生日は全部やったけど」 ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑う。「宝の地図?」
野やぎ
2021年11月15日 11:29
「ヨシダはいねぇのか、ヨシダを出せコラ!」「ヨシダは、死にました。」「…………!!!!」人が、言葉を失った瞬間にはじめて出会った。+どこにでも、物申したいひとはいる。不満を解消したいわけじゃない。怒ってるわけじゃない。何かを得たいわけじゃない。ずっと、言い続けたい。そんなひと。コールセンターに長く勤めていると、嫌でもひとの嫌な面を見る。たとえどんなに素晴らしい商品でも、
走鹿
2021年9月18日 21:32
電車に揺られ、イヤホンから聞こえるお気に入りのプレイリストに意識がふわふわと溶けていく。今日も一日、社会生活をよく頑張った。会いたくない人とも会い、話したくもないのに話し、笑いたくもないのに笑った一日だった。18時になったと同時に誰よりも早く学校という小さな社会から抜け出し、こうして一人で電車に揺られている時間が好きだ。心地よい揺れに意識を手放そうとした、その時。大きな衝撃音とともに、鼓膜を
ばしゃうま亭 残務|小説とエッセイ
2021年8月24日 17:11
「見ててな」藤野は上目で俺を見ながら、人差し指で自分の目頭を差した。そこから、ツー、と涙が溢れ出す。鼻筋を通って、口元まで垂れてきたところで、涙を手で拭う。俺は、急に泣き出した友人をまじまじと見る。「まあ、びっくりするよね。これが俺の特技というか、特殊能力」藤野はテーブルの紙ナプキンで涙を拭き取っている。「自在に涙を流せる・・ってこと?」藤野は頷く。テレビで見るような、