マガジンのカバー画像

好きな小説

36
お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
運営しているクリエイター

2021年9月の記事一覧

ダブルコスモス 【ピリカ文庫(2021) ショートショート】

ダブルコスモス 【ピリカ文庫(2021) ショートショート】

 納屋を片付けていたら、手金庫が出てきた。
 金庫とは、ちと大仰かもしれない。両手で包み込めるほどの箱に、南京錠がちんまりとしている。
 おそるおそる、四桁の数字をあわせてみる。
 おいそれと、カチリ、とはいわないのであった。

 祖母の手にかかると、あっけなく開いた。
「ばあちゃん、じいちゃん、父さん、母さん、私、誕生日は全部やったけど」
 ふふふふ、と祖母は声を立てずに笑う。
「宝の地図?」

もっとみる

救世主

電車に揺られ、イヤホンから聞こえるお気に入りのプレイリストに意識がふわふわと溶けていく。
今日も一日、社会生活をよく頑張った。会いたくない人とも会い、話したくもないのに話し、笑いたくもないのに笑った一日だった。
18時になったと同時に誰よりも早く学校という小さな社会から抜け出し、こうして一人で電車に揺られている時間が好きだ。
心地よい揺れに意識を手放そうとした、その時。大きな衝撃音とともに、鼓膜を

もっとみる
からやぎ【短編小説】

からやぎ【短編小説】

 インスタグラムを開けば、都会に出ていった同級生たちのすてきな日常が、私をボコボコに殴ってくる。打ちのめされて、モヤモヤとした暗雲のような気持ちが心の底に溜まっていくのを感じる。ハァ〜〜〜。煙草の煙と一緒に、思わず特大の溜息をつく。流行りの店、都会にしかない服、化粧品、話題のスポット…。そんなものこの田舎町にはない。何処を探したってひとつも無い。
「幸せが逃げたな」
いつの間に隣に立っていた上司が

もっとみる
短編グルメ私小説 「正義の消費者」

短編グルメ私小説 「正義の消費者」

地元の国道沿い、道の駅。
本館とは別に仮設のバラックみたいな建物があって、その中には飲食店がいくつか並んでいる。それぞれ好きな店の食券を券売機で買って、好きな席で自由に食事する。つまり小規模ながらもフードコートのような形式で、休日ともなれば家族連れなどで大いに賑わった。

そこに出店するうどん屋が、おれたち二人のお気に入りだった。

初めてそこを訪れた日の事。
うどん屋の調理場に立つ店主を見つめ、

もっとみる
らしさの武装と嗅覚 3

らしさの武装と嗅覚 3

まずかったな

左肩に薄い温もりと重みを感じながら、俺は久しぶりに悔やんだ。完全に体を預けてはこない。異性に寄り掛かることの意味を、一生懸命探っている感じが洋服越しにじんわりと伝わって来る。これは、ちょっとアレかもしれない、久しぶりに突いちゃいけないモノを突いたかもしれない。

俺は、富岡さんに添えていた左腕をゆっくりと外しながら、大丈夫ですか?と、首だけ少し右に傾けて顔を覗き込む体を装った。キス

もっとみる