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彩りと心のしわあわせ【第8話】日焼けした肌と光る汗は、成長の証

*この物語のはじめから読む*

第7話を読む*


【第8話】日焼けした肌と光る汗は、成長の証



今日は、カウンセリングの予約が入らなかったこともあり、平日休みを取ることができたため、朝から店に出勤した。


10時オープンに合わせて、いつもの3組のお客さんがやってきた。

ただいつもと違う点は、みんなが仲良さそうに、同時に入ってきたことである。


「いらっしゃいませ〜!あれ。みなさんお揃いで来たのですか?」

この問いかけに、すぐ反応をしてくれたのは、そうたくんだ。

「うん!みんなで、はがのおじいちゃんのところで、野菜とってきたんだぁ!」


たしかに、そう言われてみると、みんな運動後のような汗をかいたあとの姿に見え、靴は土だらけになっている。

この晴れ渡る空のもと、収穫作業をしてきたのであれば、相当疲れていることだろう。

芳賀さんから、今日のランチ分の野菜を受け取り、すぐに飲み物の準備をした。


そして、まさか、るいさんまで一緒とは…。

思いも寄らない展開であった。

彩芽のもとに行き、こんなに仲良くなっている様子があったのかを小声で尋ねてみたが、「あ~、そういえば、昨日うちら夫婦が到着した時点で、みんなこの辺にいたのよね〜。店内では、普通だったけど。」という、なんともあっさりした回答だった。


店内を見渡してみる。

それぞれの時間を過ごしていることに違いはないが、それぞれの表情が軽やかになっていることが伝わってきた。

「自然に触れるって、他にはないエネルギーをもらえるものよねぇ。」
わたしまで、ワクワクをいただいた気分になったのだった。


その瞬間、わたしの脳内では、とある記憶が、突如呼び起こされていた。




小学校低学年の頃だろうか。

私が泣きながら、この店に入っていくところだ。

お母さんに手を引かれて、「仕事終わったら迎えに来るから、ここにいてね」と言い放ち、置いていってしまった。

その言葉で、さらにわたしは大泣きしている。


そこに寄り添ってくれたのは、おばあちゃんと、3歳上のおねえちゃんだった。

ここで言うおねえちゃんは、実の姉、彩芽のことではない。

平日の昼間に、わたしと同じように、学校に行けず、【喫茶 カラフル】に身を寄せていた子だった。


泣いているものだから、おばあちゃんも仕事にならず、困り果てている。

おねえちゃんが、「ここちゃん。畑に行こっか。」と声をかけてくれ、芳賀さんの畑に歩いて向かっていた。

芳賀さんは、泣いているわたしが来ても、変わらずに農作業をしている。

気づくと、土遊びをして、おばちゃんたちの見様見真似で、野菜の収穫までしているうちに、泣き止んでいるのだった。

その後は、ケロッとした顔で、お店に戻り、母が来るのを待ちながら、おねえちゃんと遊んでもらっていた。

本を読んでくれるおねえちゃんの横顔は、優しくて穏やかで、その時間がわたしは好きだった。




ここで、突然現実に戻ってきた。

そうたくんのママに、アイスコーヒーを渡す。
その横顔が、今思い起こした記憶とおんなじなのだ。


「あの…もしかして、そうたくんのママって、あの時のおねえちゃんですか?」

「違ったら、すみません。わたし小学生の頃、学校休んだ時には、たいていおばあちゃんの店に預けられていて、その時に、畑行ったり、本読んでくれたりして、元気づけてくれたお姉ちゃん的存在がいました。その方が、そうたくんのママに、そっくりだなと思ったんです。」


にっこり微笑んで、こう答えてくれた。

「バレちゃったか〜。ご無沙汰しています。かりなです。おとなになっても、ここにお世話になると思っていなかったんですが、私と同じように、息子も学校行けなくて。最初は、家にいたんですけど、私の心が持たなくて。つい、ここを訪ねてきたんです。そしたら、この子も気に入っちゃって。ここのおかげで、学校に行けない日でも、日中外に出て遊んだりしてるので、日焼けもしてるし、夜もぐっすり寝てくれて、助かっています。今日は、私まで、畑で楽しんできちゃいました。」


「やっぱり、そうだったんですね。その節は、ありがとうございました。そして、今日まで気づかず、失礼しました。」


「いいんですよ〜。この店を続けてくれて、本当に助かっています。お料理も美味しいし、気分転換になるので。今度、夫も連れてきたいな〜と思っているんです。たまに、土曜日休みがあるので、その日なら、来れるかな〜と思っていて。」


「ぜひぜひ!お待ちしております」


【喫茶 カラフル】は、日曜日が店休日という、カフェではあまり考えられない営業スタイルを取っている。おばあちゃんの店を、踏襲しているのだが、これには、とある理由がある。

この理由について、わたしと姉夫婦が明確に知ったのは、もう少し先のことだ。



この日、金平糖とお店のミニカードを渡す相手は、もちろん、そうたくんのママだ。 

淡いオレンジ色のカードを選び、こう書いた。


いまがあるのは、
過去を両手で受け止めて、
大切にあたためてきたから。
そのあたたかさに癒やされ、
次に歩みを進めることができているのは、
わたしだけじゃないはずです。


「これ、ささやかなものですが、わたしからのギフトです。わたしは毎日お店に立つことはできないのですが、このお店の出勤日に、出逢った方に渡すことにしています。」


「ミニカードに書く内容は、わたしの想いです。一緒に渡している金平糖は、この店の前の店主、おばあちゃんの思いを引き継いでいるものです。おばあちゃんは、『どんな人であっても、キラリと輝く原石を持っている。みんなそれぞれが気づいていないだけで、誰でも、どんな人でも、ステキな物を持っているんだよ。』と常々話していたことは、もしかするとご存知かもしれませんね。そのキラリと輝く原石が、彩り豊かで、口に含むとほっこり心が華やぐ金平糖に似ている気がしています。」


「そうたくん、いろんな人に優しく、接することができますし、たくましく成長しているじゃないですか。もっと自信持って大丈夫です。ご心配なことも、きっと、かりなさんたちのペースで、乗り越えていかれることと、信じています。」


「ありがとうございます。このカードとこの言葉、大切にします。」

じゃあ、帰ろっか。
そうちゃんと、手をつないで、仲良く帰っていった。


この日は、珍しくお客さんが多かった。
ランチのドタバタが落ち着いたのは、15時。


律輝さんが作ってくれた、まかないを食べる時間が、とっても幸せだ。
それに、今日のランチは、いつも以上の美味しさだった。みんなが一生懸命汗を流しながら収穫してくれた野菜を使っているから、当然なのかもしれない。

この楽しい空間が、永く続いていけばいいな、と願った。


この穏やかな時間が、嵐の前の静けさだとは、思いもしなかった。

第9話へつづく

#創作大賞2024
#お仕事小説部門



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RaM
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