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彩りと心のしわあわせ【第10話】今できること。ここから始めること。

*この物語のはじめから読む*

第9話を読む*


【第10話】今できること。ここから始めること。



お店で、おばあちゃんのお別れ会イベントを企画した。

お別れ会といっても、しんみりしたものではない。
明るくとまではいかないけれど、この場で、あのときと同じように、それぞれが時間を過ごす。
それだけでもいいと思った。

おばあちゃんは、きっと、この空間に、みんながいるところを見続けたいはずだ。


そうたくんは、パパママと一緒に来てくれた。

おばあちゃんの絵を描いて持ってきてくれた。

「かわいく描いてくれたねぇ。ありがとう。」
そんなおばあちゃんの声が聞こえて来たような気がした。

そして、芳賀さん夫妻も、大根やら白菜やら、冬に旬を迎えるお野菜をたくさん持ってきてくれた。

チキンといっしょに、シンプルなグリル焼きにすることにした。

うちのシェフは、こういうシンプルな料理が得意だ。
香ばしい美味しそうな香りが店に広がってきた。

おばあちゃんの時は、和食の良さもあったけど、今は、いろんなテイストの食事を出せるようにと、工夫を凝らしてくれている。



今日は、イベントなので、店員も一緒に楽しむことにしている。

おばあちゃんの写真を、定位置において。

みんなと囲む食事は、やっぱり一番美味しい。



開始時間を過ぎても、るいさんは来なかった。

だめだったかな…。
チラシはなくなっていたから、見てくれたと思うんだけど…。


諦めかけた時、お店のドアが開いた。


そこに立っていたのは、るいさん、のような人だった。

ようなと思ったのは、以前見ていたるいさんとは、まるで雰囲気が変わっていたのだ。


「すみません…遅くなって。これ、よりさんに返したかったのですが、間に合わなくて。本当は、生きていらっしゃる間に渡したかった。全額じゃなくても返したかった。わたしの覚悟が決まるのが遅くて、まさかこうなるなんて。また返しに来ますので、一旦受け取ってください。」

るいさんが、泣きじゃくりながら話してくれた。

こんなに感情をあらわに話してくれた姿を見たのは、初めてだ。
今にも崩れ落ちそうになっていたため、席に誘導する。そうたくんが、心配そうにるいさんのことを見つめていた。


るいさんの特等席は、カウンターの端の席だったが、あまりに泣いているため、奥の仕切られたスペースに案内した。

るいさんの目の前で、受け取ったものを開封した。

急いで入れてきてくれたようだ。
封筒こそ、使い回したものだったけれど、中には8万円という大金が入っていた。


「るいさん。これ、どうされたんですか?」
不思議に思ったわたしは、率直に尋ねた。

「よりさんの体調が芳しくないということは、察していました。それでも、その事実を認めたくなくて、甘えてきました。もしかしたらご存じだったかもしれませんが、私、実は毎日庭の水やりさせていただいていて、そこで、たまによりさんとふたりの時間を過ごしていたのですが、ある時に来なくなって。これは、もういよいよかもしれない。そう思った時、ようやく覚悟が決まりました。清掃の仕事につきました。いろいろ大変だったことも、うまくいかないこともありましたが、私が仕事をする目的ははっきりしていたので、辞めるわけにはいきませんでした。今回お渡ししたものは、清掃の仕事で稼いだものです。よりさんには、たくさんお世話になりました。もう数え切れないほどの助けをいただきました。本当は、直接お礼を言いたかったですし、渡したかった。叶わなかった。でも、これが今の私にできる最善だと思ってます。」

るいさんの、誠実な思いが、ひしひしと伝わってきた。

一旦お水を飲みませんか?と、水分補給を促した。

るいさんは、口に水を含み、再び話し始めた。

「覚悟が決まったからと言っても、まさか仕事ができるようになるとは、自分でも思っていなかったんです。でも、ここで清掃を褒められたことが、うれしくて。掃除ならできるかも!と思って、求人に応募してみました。毎朝、花に水やりをした後、仕事に行っていたんですが、現実はとても厳しかったです。やっぱり、この歳まで、いろいろな経験がありませんでしたから、そういう目で見られても当然というか…。生活リズムが安定していたこと、社会の所属があるとあうことは、安心にもなりますし、何より親との関係性が良くなったんです。本当に、よりさんと、私が私としていられる喫茶がここにあり続けてくれたおかげです。」

るいさんは、目に涙をためながらも、感謝の言葉を述べ続けてくれた。

「るいさん。ちょっとだけ、ここで待っててもらっていいですか?」

そう伝えたわたしは、一度その部屋から出て、ギフトの準備をした。


淡い黄色いカードを選び、こう記した。

夜が明ける怖さしか
見えていなかったかもしれません。
でも、今のあなたなら、
きっとわかってくれると思う。
どん底な時期が続いた先に、
明るい空が美しい
と、思える日がくることを。


部屋に戻った時、こちらから言葉をかける前に、るいさんからこう打ち明けられた。

「もう1つ、謝らなくてはならないことがあります。るいさんと呼んでもらっているのですが、実は、るいというのは、本名じゃないんです。本名は、明美って言います。あまりに自分の人生とかけ離れている気がして、名前がいやだったんです。それで、ここでは、「るい」って呼んでもらってました。ここで、るいさんって声をかけてもらえるようになって、とても気に入っている名前です。これからも「るい」で大丈夫ですので。みなさんも、るいの方が呼び慣れていると思いますし!」


わたしは、ひと目ミニカードに視線を落とした後、るいさんにほほえみかけながら、こう伝えた。

「謝る必要なんて、まったくないですよ。るいさんも、明美さんも、どちらもあなたであることに違いありません。どんな人でも、陰と陽があります。見えている面が、すべてとは限らないですもんね。」


金平糖と、ミニカードを手渡す。

「これ、ささやかなものですが、わたしからのギフトです。ミニカードに書く内容は、わたしの想いです。一緒に渡している金平糖は、この店の前の店主、おばあちゃんの思いを引き継いでいるものです。おばあちゃんは、『どんな人であっても、キラリと輝く原石を持っている。みんなそれぞれが気づいていないだけで、誰でも、どんな人でも、ステキな物を持っているんだよ。』と常々話していました。そのキラリと輝く原石が、彩り豊かで、口に含むとほっこり心が華やぐ金平糖に似ている気がして、選びました。」


るいさんは、すぐにミニカードのメッセージを読み、顔を上げてこう話した。

「ありがとうございます。え。私の本名知ってました?」

「いいえ。存じ上げませんでした。おばあちゃんからも、お名前については、何も言われませんでしたから。でも、違うかもなあ〜とは、薄々感じていました。なので、先程のお話を聞いて、わたしもびっくりしちゃって。」
「おかげさまで、良い時間でした。おばあちゃんも、きっと喜んでくれていると思います。お腹空いてませんか?るいさんの分も、ちゃんと取ってありますので、よかったらご飯食べて行ってください。」
 

「はい、もちろんいただきたいです!」

いつものカウンター席で食べてもらっていると、るいさんのもとへ、そうくんが駆け寄っていった。

「おばちゃん!久しぶりだねぇ。僕、おばちゃんが来ない日に、おねぇちゃんたちのおそうじ、手伝ったんだよぉ。」
褒めて褒めて、と言わんばかりに、そうくんがアピールしている。

「ありがとねぇ。おばちゃん、うれしいわあ。」


ふたりの会話を聞きながら、おばあちゃんの方に目を向けると、写真の中のおばあちゃんの笑顔が、よりあたたかなカラーを纏った気がした。



ーねぇ、おばあちゃん。こんな景色、想像してた?わたしは、とてもびっくりしているよ。その時どきの今できることを積み重ねることが、未来の今を作るんだね。おばあちゃんが続けてくれたことは、本当に大切なことだったんだね。


あたたかい気持ちのまま、お別れ会を終えた。



第11話へつづく

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