「ふれる」だけでも/「ふれる」だけだから
人は動く・触れる
研究対象としての"ヒト"と、
生きて暮らしている"人"の
違うところは、
「動く」ことと
「触れる」ことで
"人"にはそれらができるし、
それらなしには(健やかには)在ることができない
ということではないかしら。
卒業した大学では、生物化学を専攻した。
それは、(動かない)(個体のシステムとしての)生命現象を追究する精密な自然科学で、それもまた貴重なベースになっている。
勤めた大学では、「動く」人の身体科学を研究する現場に居た。
動くと、静止している個体とはまた違う相のことが起こる。
そのことを熱くワクワクと追究する先生たちと共に働かせてもらった。
生業の外でも関わってきたのは、
瞑想とボディワークとアドラー心理学。
「触れる」のは、
手でモノにタッチすることもあるけれど、
手で身体にタッチすること、
それから、手によってではない
言葉や、ただ在ることで、タッチすること、もある。
他者に触れる/同時に触れられること
が、有り体な、一人ではない現場で起こる、
そして必需な、もうひとつの相ではないかしら。
(養生講座を作りながら、こんなことを掘り起こして時間が過ぎてゆく)
合谷
手のツボ「合谷」(ごうこく)は、よーく使われる、お役立ちツボ。
目や鼻、頭、首肩の症状にも、いわゆる「免疫力」アップにもと、治療にもセルフケアにも出番が多いです。
鍼を打ったり、お灸を据えたりもいいですし、自分でぎゅーっと圧しても、そして圧してもらっても、イタキモチイイところ。
で。ですが、やさしくつつむようにふれてみよう、の動画をアップしてみました。
少しだけー1,2分でもーゆっくりの時間をとって、掌で手にふれてみましょう。
右の掌で左の手に触れたとき
左の掌で右の手に触れたとき
感じの違いはありますか?
呼吸のかんじはどうでしょう?
首まわり、肩まわり、あるいは目のあたり、
めぐっているかんじはするでしょうか?
(これは静かに耳を澄まして)
触れること。
皮膚表面に軽微に触れる刺激によって、メカノレセプターを介して自律神経反射を起こしたり、内因性オピオイド(いわゆるモルヒネ様物質)の放出を促したり、といった研究結果も出てきています。
圧さなくても、揉まなくても、温痛覚刺激を与えなくても
…というと、鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師という国家資格で仕事している治療家としてどうなんだ、とも思われるかもしれませんが、
広く「ふれる」ことの仕事人なのだと私は私を思っています。
また、「ふれる」こと、ときどきお伝えしていきます。
あたたかくしていてくださいね。