魔女に呪われ、人生で一番まずい肉を食った話
これは、イベントスタッフのバイトが三日連続であった時の話。
植物の展覧イベントだったので、色んな植物をせっせと運んだり並べるのが主な仕事だった。植物の多い場所と言えば、色んな虫が寄ってくるもの。ちょっとくらい刺されるのは仕方のない事だと思う。
二日目のこと。
右の足首の辺りに、見た事ないくらい大きく、真っ赤な腫れ物ができてしまった。腫れたところから左右両サイドに向けて、ミミズ腫れのような赤い線が伸びている。さながら魔女のキスマークのようであった。
と言っても、三角帽子にハートのステッキ、ナイスバディでウインクの上手なタイプの魔女では到底なく。ボロ布から覗くバサバサの白髪、眼窩は窪んで歯は抜け落ち、墓場で死体を漁っているようなタイプの魔女であろう。
三日目、つまり最終日の仕事が終わった後、僕はとりあえず皮膚科を探した。が、その日は日曜日。しかも17時半である。予約なしで今から受け入れてくれる病院など、あるはずもなかった。これが噂の医療崩壊かと歯ぎしりをし、薬局で買ったオイラックスを塗りながら街を彷徨っていた時の事。
僕はとある看板を見つけた。
ステーキのイラストの下に、『ライス&スープお替り自由』と書いてある。しかも、メニューは全体的にかなり安い。
三日間頑張った自分へのご褒美に、ここでステーキを食おうと決めた。美味しい肉を食って機嫌を直し、皮膚科のやけに少ないこの街の現状にも目を瞑ってやろう、なんて考えていた。
地下という事もあって、店内は鍾乳洞ぐらい暗い。
カットステーキ200gに、エビフライ二本と付け合わせ、ライス&スープがセルフサービスで1300円ちょいだった。安い。安すぎる。ここは本当に東京か?
テーブルはやけにベタついており、床もきったねえが、その常軌を逸した安さに加え、暗くてよく見えなかったおかげでギリギリ許す事ができた。
注文してすぐ、僕はセルフのスープを取りに行って、飲んだ。
「……ん?」
”温かい塩水”である。温かい塩水の中に、ほんの少しだけコンソメの風味がするだけ。”はだしのゲン”に出てきそうだ、と思った。
それから少しして、ステーキが運ばれてきた。量は200gくらいあったと思う。何も疑わず、一口食べた。
「なんだこれ」
ガチで声に出た。硬すぎるのだ。
みんなに伝わりやすいように言えば、”凝固したシリコン”。
伝わりづらいように言えば、”僕が公文で使っていたイヤホンのゴム製フック”。そのくらいの硬さであった。
とりあえず奥歯でゴリゴリと噛み潰す。飲み込もうとした辺りで、僕はこの肉が硬いだけではない事に気付いた。
酸化した油のような味がするのだ。酸化し尽くした廃棄油の味がする。一応言っておくが誇張は一切していない。
僕は廃棄油の味をかき消すように、ご飯と塩水で流し込んだ。
正直ここで席を立っても、神様は怒らなかったと思う。だが、僕は食べ物を残したくないタイプなので、全部食べた。ナイフで肉をかなり細かく切り、噛まなくてもいけるくらいの大きさにして飲み込んだ。
腹いせに、ご飯を三合くらい食べてやった。悪い油とのコンボで、めちゃくちゃ体調が悪くなった。
足元で、魔女が笑っている気がした。
次の日。
僕は朝から皮膚科に行き、ちゃんとした薬をもらった。ついでに、近くのステーキ屋さんに寄ることにした。昨日の口直しである。
そこはすごく綺麗なお店で、雰囲気も接客も良かった。
ハンバーグ100g、チキンステーキ100g、カットステーキ150gに、スープ、サラダ、ジンジャーエール、ライス大盛りで2500円ちょいである。
ランチセットなので少し安く感じるが、まあ一般的な価格だと思った。
今度は、ハンバーグもステーキもすごく柔らかくて、とても美味しかった。本当に本当に美味しくて、一人でニコニコしながら食べた。
一気に機嫌が直った。
悪い魔女は、やっといなくなった気がした。
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