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第37回東京国際映画祭に行ってきた!映画「トラフィック」舞台挨拶上映感想-ヨーロッパの分断と貧困問題を見て思うこと

第37回東京国際映画祭に行ってきた!
私が鑑賞したのは今年のコンペティション部門作品「トラフィック」のプレミア上映とQ&Aだ。

是非Voicyでもお聴きください♪

TOHOシネマズ日比谷シャンテで行われ、テオドラ・アナ・ミハイ監督、本作に出演する俳優のイオヌツ・ニクラエ、ラレシュ・アンドリッチが登壇した。

監督は、第34回東京国際映画祭審査員特別賞を受賞した『母の聖戦』のルーマニア出身の女性監督・テオドラ・アナ・ミハイ監督だ。

実際に起こった美術品盗難事件をヒントにヨーロッパの貧困問題を描いていて、主人公の若いルーマニア人夫婦のナタリアとジネルは、より良い生活を求めて西欧に移住するが、その夢は厳しい現実の前に破れてしまい、困窮生活のなか、ふたりは美術館の絵画を強盗するたくらみに加担することになる……という物語だ。

オードレイ・ディバン監督の「あのこと」で高い評価を受けた女優アナマリア・バルトロメイが主人公のナタリアを演じている。

ナタリアは故郷のルーマニアの村に小さな娘を残してオランダに出稼ぎに来ており、移民としての厳しい境遇と働けど変わらぬ貧困の中、悪事に手を染めていく夫は口先だけで頼りにならず、疲労感と無力感に満ちている。でもなぜか眼差しだけはいつも気丈で透明感があって美しい。心の奥底が滲み出るような静かな演技だが、無力感ゆえか淡泊な感情表現で物語への感情移入としては物足りなかった。

また、この映画は、2012年にロッテルダムの美術館からピカソやマティスの絵画が窃盗団によって盗まれた事件にインスパイアされ制作された。絵画盗難というモチーフに西欧と東欧との経済格差の問題に切り込んでいる。

この点に関して、上映後のQ&Aでミハイ監督は「これは2012年にルーマニアの小さな村で起こった事件でした。その村出身のギャングの少年たちが、オランダのロッテルダム美術館から有名な絵画を7点盗んだんです。この事件を聞きつけたクリスティアン・ムンジウが、この事件にインスパイアされて脚本を書き始めたというのがそもそもの発端でした」と説明してくれた。

この主題に関しても美術館のキュレーターの男性と主人公ナタリアが冒頭に妖しいナイトクラブで男性は仮面をつけ、アルバイトで給仕を行うナタリアに「私の愛した女性に似ている」と口説こうとする場面がある。その後、ナタリアの夫と友人は絵画を盗むわけだが、この因果の果ての邂逅が描かれずもったいなく思った。

西欧の富の象徴としての「絵画」を東欧の村の貧しい若者たちが盗む。その落差をモチーフにしたのだろうが、登場人物の感情表現と人物同志の絡み合いのうねりが不足してもう一歩盛り上がり切らない。

また、本作で脚本と共同プロデュースを担当したクリスティアン・ムンジウは、カンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得した「4ヶ月、3週と2日」などで知られるルーマニアを代表する映像作家だが「彼もわたしも、貧困などの社会的な問題に関して共通した関心を持っているということもあって、一緒に組んで作品づくりを行っています」と振り返った。

たしかにヨーロッパにおける貧富の格差を背景に、特に移民の困窮した状況と他国で出稼ぎをする苦難・差別・絶望感が描かれ、西欧と東欧の分断という背景をリアルに感じさせてくれている。

だけどやはり主人公の若いルーマニア人夫婦のナタリアとジネルの貧困ゆえに犯罪の一線を超えていく感情の揺れが伝わってこず、感情移入ができない。夫のジネルは幼なじみで既に犯罪歴がある友人に何度も金を借り、その弱みと恩義からも最初は嫌がるものの絵画強奪に参加するわけだが、その感情の推移も弱い。

ただひたすらに状況に流されていて、妻も愛娘も守れないのに、愛娘の可愛さを語り、後半は妻に見捨てられ自分を溺愛する母に抱きつき泣く。という見ていて苛々するほどの夫で感情移入しようにもできない。若い夫婦が貧困が故に出稼ぎに行き、妻は危うい仕事に手を出しそうになる。夫は犯罪に手を染めていく。この夫婦の葛藤を見たかったのだが、監督は彼らに感情移入をさせてくれない。

私は主人公のナタリアの女性としての悲哀・葛藤・意地・犯罪への視点・夫への想い・様々な感情を見たかった。でもナタリアは黙して透明感のある目で語るだけだ。

そういう意味で人物の感情が動いていかないのと、美術品盗難以降のテンポがスローで物語がなかなか前に進まない。

移民の労働、出稼ぎ、社会での扱われ方が非常にわかりやすいのだが、その中での人間の葛藤のせめぎ合いをもっと見たかった。

ここは監督に質問したかったが、もしかしたら監督が敢えてこの主人公夫婦の感情に距離を取ったのは、移民が置かれた息苦しい社会構造の中で主人公夫婦の無力感こそが、その格差の厳しい現実だと言いたかったのかもしれない。

まるで下りのエスカレーターに乗るかのように若い夫婦は転落していく。でもどこかでそれを受け入れているかのようだ。気にしているのは銀行に返さないといけない借金の期日。それと犯罪は天秤にかけようになくても地続きに堕ちていく。

ミハイ監督も「わたし自身、共産主義だったルーマニアからベルギーにやってきた移民であり、東欧と西欧の両方に片足を突っ込んでいる存在なので、この映画で語ろうとしていることはよく分かっているつもり」と語り、次のようにその苦労を語った。

「わたしは80年代後半から90年代初頭にかけてアントワープに移住しましたが、当時は極右政党が『ゴミを捨てろ』というスローガンを掲げていました。そのスローガンが書かれていたパンフレットが郵便受けに入っていたのを目にしたこともありましたが、当時は10代前半だったので、なんでわたしたちがゴミ呼ばわりされないといけないのか、という思い出があります」

「わたし自身は育ちは西洋でしたが、親は生まれ故郷の訛(なま)りがとれないままに移住してきたということもあるので。社会の不正に苦しめられてきた、という経験は親の方がより強く感じていたと思います。そういう意味で、親の移民としての視点というのが、わたしの作品づくりのインスピレーションの源になったともいえます」と語ってくれた。

ルーマニア出身で移民として生きてきて、彼女自身差別も受けてきた。だからこそ骨の髄までこのどうしようもないリアルな現実を見に沁みて知った上で描いている。

だからこそ社会情勢に忠実に、人物描写は悲壮感よりも無力感を前に、感情はフラットにしたのかもしれない。

しかし、そんな監督の視点と私の感情移入させてほしいという乖離を、最後この作品は埋めてくれる。

国際的に警察包囲網を敷かれて逃げ場もなく、絵画を盗んだ夫と友人は捕まるのだが、肝心の絵画のありかがわからない。警察は村中の家を探すが見つからない。

あのナタリアを冒頭見染めた美術館のキュレーターも村まで来て絵画への執着と愛を語るが、絵画の行方は予想外の顛末を迎える。

貧しい村でひっそり暮らす夫の母親が証拠隠滅のため絵画を燃やしてしまうのだ。

この場面は「愛する息子を思う気持ちと自分たちの貧困の原因は国にありという思い」が時価何百万ドルという絵画を暖炉で簡単に燃やしてしまい、灰になるシーンはなかなか感慨深かった。そこで私は心の奥底にストンと納得できた。

このヨーロッパの分離感と貧困問題の闇の深さ。有名な美術品盗難が国際問題になりながらも両国の警察は牽制し合い、手を打つのが遅れた故に、最後村の片隅の身動きすら難しい老いた母親によって焼かれてしまう。

これがこの問題の解決できない闇の深さを表しているような気がした。

上映後のトークセッションで登壇した監督はとても柔和な雰囲気の女性で丁寧に作品に対する思いと視点を語ってくれた。共に登壇したルーマニア俳優2人は初めて日本に来た喜びとカルチャーショックを話してくれた。

最後にミハイ監督は「映画を勉強していた頃から、日本のいろんな作品を観てきました。黒澤明監督の作品はもちろんのこと、最近の作家ですと是枝裕和監督の作品などからも大きな刺激を受けています。
(ミハイ監督の2014年の初監督ドキュメンタリーである)『Waiting for August(原題)』は、是枝監督の『誰も知らない』からインスピレーションを受けているんです」と日本映画への思いを語った。

この映画を観ながら私が「社会背景と貧困と犯罪」をうまく描ける日本の映画監督を考えていて、やはり是枝監督だなと思いながら観ていたところ、そのような発言が出て、なるほどと思った。

今、日本では闇バイト事件が更に加速している。数年前から首謀者の何人かも捕まり、今も全国の警察が動いているはずだが、一向に収まる気配がない。そして捕まる若者たちの表情は気持ち悪いほどに何も語らない。

私たちは簡単に犯罪に手を染める末端の彼らを「よくわからないもの」として見ているが、彼らの動機が仮に浅くとも犯罪に手を染める心情を彼ら側の視点に立って描いた日本映画も見てみたい。そんなことをこの映画を見た後にふと思った。シナリオを書くにはかなりリサーチが必要な題材だ。

気づくと夕方になり、上映後に先日インタビュー記事を掲載させて頂いた東京国際映画祭のプロモーション・マネージャーの菊地さんと日比谷のカフェでアイスモカを飲みつつ、上映後の感想を簡単に伝えたが、何せ菊地さんは秒刻み・分刻みのスケジュールで動いている。しばらくして彼は次の会場に颯爽と向かっていた。是非菊地さんのインタビュー記事未読の方は、国際映画祭の楽しみ方も語ってくれているので是非読んで頂きたい。

東京国際映画祭に来て、全く違う国の文化とそこで生きる人をリアルに描いた映画を観て、想いを込めて制作した監督・キャストを目の前にして話が聴けて、様々なことを考えさせられた。

劇場から出る時に若いルーマニアの俳優がにこりと微笑んでくれた。役柄は悪事に主人公を巻き込む悪友だったが、なかなかチャーミングだった 笑 こんな瞬間もまた映画祭の楽しみといえよう。

東京国際映画祭で映画を観るということ。それはあなたに新たな視点と気づきと思いもかけない感動に出逢わせてくれる。

開催期間は11月6日でまだチケット完売していない作品もあると思う。

是非、一度、国際映画祭の非日常的映画鑑賞を楽しんでほしい。

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