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【自殺した彼を思う7月】2023/07/16#027

7月は大好きだった婚約者の亡くなった日が近づくから心が落ち着かない。
思い出しては謝って、泣いて、後悔してを、28年繰り返している。
だれでも生きていたら、消えてしまいたいとか、死んでしまいたいとか考えることはあると思う。


自殺した彼を見つけたときの私もそうだった。
一瞬何を見ているのかわからなくて、状況を理解したとき激しく叫んだのを覚えている!
そして両親に助けを求めた。
そのあとは、救急車や警察、病院の先生が来て、なんて答えたかも覚えていないけど、翌日の通夜、葬儀と何も考えられないまま過ぎていった。
私はあの日のまま止まったままなのに、何事もなかったように過ぎていく世の中に嫌悪した。


彼が死んだ後、勤めていた会社を辞めてしまった私は、いつ死のうかと考えてばかりいた。
彼は、小説家志望で会社勤めをしながら小説や詩を書いていた。
新人賞に応募するのに、控えの原稿用紙をコピーするため夜のコンビニにふたりでよく行った。
彼のノートには、物語のメモや、詩、詩集の編さんや、あとがき、なんでも書いてありました。
能天気でお馬鹿な私には、なんのこっちゃ?みたいなことも書いてありましたが、それはそれ、私の想像では追いつかないくらい未知の人でした。
私は、ただ真面目で素直で裏も表もなく心はひとつでした。
だから、勝手に彼を支えられると思っていました。
だけど彼には、触れてほしくない心や、人に見せない心があったんです。


私の後悔は、彼に「頑張って!」って言い続けたこと。
彼からしてみたら、「今だって頑張ってるのに、これ以上どう頑張ればいいんだ!」って思ってたんだ。
だから、彼のノートの最後の詩が
【あなたはもっと頑張らなくちゃ=あなたなんか死んじゃえ】になってたこと。
私の頑張っては彼には死んじゃえに聞こえてたんだ。
結果的に大好きな彼を追い詰めて死に追いやったのは私。
ただ、私はふたりの未来を想像して「一緒に頑張ろう!」って、つもりだったけど彼には辛い言葉だった。


今の私なら少しはわかる。
うつの人に「頑張れ!」なんて絶対言わない。
あの頃、メンタルヘルスなんて言葉も知らなかったし、生きづらさなんて考えたこともなかった。
能天気でお馬鹿だけど、それまでの私は、すごく幸せに生きれていたんだと思う。
だから知らなかった。
何にも知らなかった。
彼が亡くなった後、思い出しては後悔し、泣き続け死ぬことばかり考えていた。
彼と同じようにタオルを首にかけてみたけど、私はヘタレで怖がりで死にたいと思っても自分で死ぬことはできませんでした。


それに、両親と弟妹が私のことを、とても心配してくれました。
遠方で勤めていた弟は、その年の有給休暇を全て使ってギリギリまで一緒にいてくれました。
父は普段電話なんてしないのに、昼間ひとりで家にいる私に電話でどうでもいいような用事を頼んだり。
何も言わなかったけど、みんな私に「死なないで!」って気持ちだったんだと思う。
私のように悲しい思いはさせたくないから。


だから!
あの日から28年。
今日も生きてる!


そして、
どんな形でも思い出したい。
彼がこの世に生きていた証。

24歳の誕生日に貰ったメッセージカード




最後まで読んでくださりありがとうございました。





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