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フィクション

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ある言い回しを使いたいがために書いたり、自分の気持ちを比喩に落とし込んで書いたりしたものをここに仕分けています。 小説風にすることで無責任になれます。
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【短編】渇き

【短編】渇き

終電の一本前、仕事で憔悴しきった私を自宅の最寄り駅まで運ぶ電車が、ホームを煌々と照らしながら入ってきた。
伸びる人影はそれほど多くはなく、こちらもまた疲労を肩に担いだサラリーマンが幾人と、それをさらに強調するかのように酒の臭いをまとった騒がしい若者が少し。
私にもあんな時期があったことを、あたかも遠い過去のように思い出しながら電車が止まるのを待つ。
彼らとの年齢の方が近いはずなのに、中年のサラリー

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【短編】タバコと雨

【短編】タバコと雨

「今までありがとう」

少し前、そう置き手紙を残して、彼女が部屋を出て行った。

釈然としないわだかまりを常に抱えながら、今日も電車は、仕事終わりの私を運ぶ。

駅から出ると、風が雨のにおいを運んできた。
もうすぐ降るな、そう感じた。

夜の暗がりに押しつぶされて、窮屈そうにうなだれる街灯。
風が吹くたびに身を寄せ合い音を立てる樹々の葉。

ポケットに突っ込んだ手を、少しだけ強く握りなおし、家路を

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【短編】ある朝の話【解釈は2通り】

【短編】ある朝の話【解釈は2通り】

就活生の頃、母から「頑張ってね」という言葉に添えられたネクタイを貰った。
青と白。ストライプ。
とてもシンプルなデザイン。
扱いに慣れておらず、うまく結ぶのに時間がかかる。
鏡で見ながら丁寧に結び方を覚えていく。

これから私は社会人になる。
これまでの怠惰な学生生活を抜け出すのだ。

鏡を見る視線は、いつの間にか手元から自分の顔へと移っていた。
無意識にテカテカした自分の顔に、思わず笑ってしまっ

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