【短編】ある朝の話【解釈は2通り】
就活生の頃、母から「頑張ってね」という言葉に添えられたネクタイを貰った。
青と白。ストライプ。
とてもシンプルなデザイン。
扱いに慣れておらず、うまく結ぶのに時間がかかる。
鏡で見ながら丁寧に結び方を覚えていく。
これから私は社会人になる。
これまでの怠惰な学生生活を抜け出すのだ。
鏡を見る視線は、いつの間にか手元から自分の顔へと移っていた。
無意識にテカテカした自分の顔に、思わず笑ってしまった。
そんな話をしてくれた彼は、一年後にそのネクタイで首を吊った。
「ごめんなさい」という言葉を添えて。
朝霧のように儚い彼の命は、静かにその最期を迎えた。
会社の同期として知り合った彼は、仕事も順風満帆で、少しの愚痴はあったが人前ではいつも笑っていた。
青い空にゆっくりと流れる白い雲を、ただぼんやりと眺めながらもう戻らない彼を想う。
思い返せば、私ももう終わらしてしまおうと考えたことがある。
明日が来なければ楽になれるのではないかと、何よりも真剣に考えていた。
夢も希望も持てない日々を消費することを繰り返した。
ただ毎回決まって、それを実行する理由を探してしまう。
明日を迎えない理由。
中途半端に生きてきた私に、その答えを導き出せるはずもなく、カーテンの隙間からは悪気なく朝日が覗き込む。
彼がいなくなっても世界が止まることは当然になかったが、少なくとも私には影響を与えた。
今日もいつも通り朝日が差し込み、子供の声やパトカーのサイレンが聞こえてくる。
ゆっくりとベッドから降り、丁寧に身支度をする。
少し騒々しい朝をあくびで一蹴して、私は部屋を出る。
捨てられずにいるストライプのネクタイと、まだ少しだけ残っている気がしてしまう、彼の香りを部屋に置き去りにして。