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「会社推し」という概念について

今回もまた『定額制夫の「こづかい万歳」』についてである。まさかの4部作になっちまったぜ。

この漫画を象徴するエピソードはやはりステーションバーであるが、そのステーションバーに勝るとも劣らぬ衝撃を与えた概念がある。それが、作中のゲストの大石さんが提唱する「会社推し」だ。

2010年代の中頃から広く使われるようになった「推し」という言葉。単純にファンであるだけではなく、他人に薦めたい、広めたいと強く思うほどの存在、あるいは、人格や生き様そのものに傾倒するほどの存在に対して使われる。

主にアイドルなどの芸能人に使われることが多いが、お菓子などの商品に対して使われることも。

中でも代表的なのは、きのこの山とたけのこの里のどちらが推しなのかについて論争する「きのこたけのこ戦争」なるものである。

今ではメーカーが公式に採用しているほか、wikipediaにも「きのこたけのこ戦争」の項目があり、現在に至るまでの勝敗について詳しく記されている。……これを書いた人、よっぽど暇だったのか?それを読んでいる私も暇人だが。

しかしながら、「会社」を「推す」という表現は、少なくともこの漫画でしかお目にかかったことがない。なかなかに斬新な発想である。

この「会社推し」がどういう内容なのかというと、氏は会社というものが大好きで、社史を熟読し、社歌を愛聴し、出勤時刻の1時間前には出社して社内を掃除し、さらには小遣いの多くをデスク周りの備品のために使っているという。

残業を自ら申し出るのはもちろん、休みの日の夜は「明日は会社に行ける」と思って遠足の前日のごとくソワソワし、さらには、リモートワーク中心になって会社に行けなくなった時期は会社ロスになってしまい、スーツを着て電車に乗って会社まで行くエア出社、いったん家に戻って仕事をしてまた電車に乗って退勤気分を味わうエア退社を決める始末。

学校が大好きで誰よりも早く教室に登校してくる子の大人バージョン、と思えばいいのかもしれませんが、やはりなんだか闇は感じてしまう……。

ちなみに彼いわく、これはいわゆる「社畜」とは違うのだそうです。「社畜」は会社のために自分を犠牲にすることだが、「会社推し」は自分が好きでやっていることなので、というのが持論だそうですが、それでもなあ……。

とりあえず、休みの日の夜に会社に行きたくてウズウズするという状態は、けっこう危ないような気がする。

おそらく漫画が好きで漫画家になり、週刊少年ジャンプ推しでジャンプ作家になった冨樫義博先生は、しょっちゅう休載している。

おそらく音楽が好きでバンドを結成して、数々のヒット曲を世に送り出したL'Arc~en~Cielは、活動と休止を繰り返している。

おそらく野球が好きでメジャーリーガーになって、めちゃくちゃ練習をしている大谷翔平選手は、睡眠が趣味で、毎日2時間の昼寝をしているという。

呼吸というのは、息を吸うことと吐くことによって行われる運動で、それを両方しないと人は死んでしまうわけですが、この人に関しては、ひたすら会社に対して息を吐き続けているような危うさがあります。いつか干からびそうな……。

ステーションバーやイオン・トゥ・イオンと違って、自分にはこの要素はないなあ、と思うし、真似したいとも思いませんが、これに近い人は、過去に何人か、営業時代に見たことがあります。

いちおう終業は19時なのですが、21時台とか22時台まで居残っていることはざらにありました。でもって、そんな時間まで残業をしているのか、そんなに仕事が溜まっているのかというと、違うのです。

会社のパソコンでAmazonとかを見ているわけですよ。わけわかんねー。なぜか映画『黄泉がえり』の主題歌『月のしずく』を大音量でかけたり、オフィス内で読書したり。今おもえばあれ、会社推しムーブだったのかも。

ただ、始業時間よりも早く出勤してくる人はおらず、というか、大抵の人はギリギリ、あるいは1~15分おくれての出勤で、副社長に至っては11時まで来ないのがデフォルトでした。酒を呑む人が多かったため、みんな朝は宿酔ぎみでテンションが低いのです。

ということは、酒を呑む、という、息を吐く、という概念がちゃんと存在していたわけである。ちなみに喫煙者も多かった。

あと、業態はブラックではあったものの、給与は平均よりも高く、早ければ20代でもそれなりのポストに就ける仕組みであり、実際に高卒で入社して、まだ24歳くらいなのに課長候補の人もいました。

これは言ってはいけないことなのかもしれませんが、「会社推し」のこの人に対するいちばんの疑問は、そんなに仕事しまくっていて、進んで残業もして、時には会社に泊まって、それでいて、32歳ということは、4年制大学をストレートで卒業して新卒で入社したなら、勤続10年くらいなわけですよ。

なのに、なぜ未だに平社員で安月給なんだ……?

会社をそんなに推しているなら、その会社を動かすブレインになりたいはずである。あるいは、役職に就いていなかったとしても、社内でそれなりに敬服されるポジションにいて良いはずである。「会社推し」の目標が見えないのだ。

まだ、自分は会社に未練がないし、安月給でいいから出世コースは外れてのんびりやっていきます、もっと突き詰めて、もう金いらないから、かつてのPhaさんみたいに田舎のシェアハウスに住んでニートになります、のほうが、考え方としては理解できる。

会社というものに対して、見返りがあるのが当たり前、という意識を、そもそも捨てないといけないのかもしれない。

浜辺美波さんを推して応援していたとしても、彼女とお付き合いできるとは思わない、みたいなことかな。いやしかし、会社は浜辺さんと違っていつでも会えるわけだから、それもなんか違うな。

タダで行ける、というか所属しているところを「推す」というのはやはりよくわからん。とりあえず、彼の給与が上がっていってほしいとは願う。切に願う。報われてほしい。ご家族のためにも。

はっ、もしかして、こんなにも気になるということは、私は「会社推しの大石さん推し」なのでは……?

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