あんのこと(2024)
自然体の実力派女優、河合優実の主演作
悲しい現実から学ぶべき重厚な社会派ドラマ
今年1~3月まで放送され、生きづらい現代を生きる人々に笑いと希望を与え、大反響を呼んだテレビドラマ『不適切にもほどがある!』(’24年)で、尖ってるけど純情な昭和のヤンキー女子高生・純子を演じて、大ブレイクを果たした河合優実。
2019年のデビュー以来、『サマーフィルムにのって』『由宇子の天秤』(ともに’21年)で数々の映画賞の新人賞を受賞した後、2022年には『PLAN75』を始め、8本の映画に出演するなど、映画界ではすでに実力派の若手女優です。
宮藤官九郎が脚本を手がけたクオリティの高いコメディドラマで、コケティッシュな魅力と確かな演技力を見せつけ、一気に認知度を高めた河合がそのドラマ直後に公開された主演映画として注目された本作品。
しかし、『ふてほど』でのコミカルな河合優実の姿に惹かれた人は、あまりの違いに衝撃を受けるでしょう。
河合優実が演じるのは、実在の女性をモチーフにした21歳の女性・杏(あん)。モデルとなった女性は、2020年春、未知のウイルスによる未曾有の混乱が始まろうとする中、自死してしまったそうです。その頃、女性は薬物から更生し、新たな人生を生きはじめていたにもかかわらず……。
女性の自死事件を扱った小さな新聞記事を読んだ今井悠監督が〈今、伝えるべき物語〉と感じ、担当記者への取材で得た事実に着想を得て、脚本化。不遇な境遇から抜け出し、幸せをつかもうとした女性の魂の叫びをスクリーンに焼き付けました。
学校に通っていなかったり、お金をたかられたりするなど、毒母の元に生まれた杏の境遇が悲惨すぎて、見ていてとても辛くなります。
多々羅や桐野の協力で、絶望的な日々を乗り越え、少しずつ生きることに前向きになる杏を河合優実が繊細に演じています。
愁いをにじませた表情、たどたどしい物言いなどが特徴的な河合の演技はどこまでも自然で、杏という女性が生きているようにしか見えません。
シェルターに身を寄せた杏は、夜間学校に通い、福祉施設で働きはじめます。勉強やお年寄りとの交流などに楽しさを感じはじめた矢先、コロナ禍が杏の生活を狂わせます。
悲しい結末へと向かう原因となるコロナ禍でのエピソードはフィクションとのことですが、杏は身勝手な大人たちの欲望の渦に巻き込まれたように思えます。彼女は何も悪くないのに、何の因果か、普通の少女のように、生きたくても生き抜くことができなかった杏を思うと涙が止まりません。
迫力のある佐藤二朗、安定感のある稲垣吾郎のほか、杏の母親を演じた河井青葉が恐ろしい毒親を熱演。信頼できるバイプレイヤーたちが難役をこなす河合優実を支えています。
2023年度の第75回カンヌ国際映画祭で、カメラドール特別表彰を受賞した『PLAN75』の制作スタッフが再結集し、社会の片隅で起こっている悲しい現実に光を当てた社会派ドラマです。
************************************************************************
【河合優実の最新主演作が2024年9月6日より公開】
冷めたZ世代の心のうちを見つめる