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インガ

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世界規模の感染症パンデミックにより、国家という枠組みが瓦解して企業自治体が乱立した世界。 感情を表層化するIMGシステムにより管理された社会で、謎の人型ロボット「インガ」に命を狙…
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2022年9月の記事一覧

インガ [scene004_03]

「何があった、タカハシ」 『ガキどもがホテルから出てくる…次々と。まるで撤退しているようだ。 目標に爆弾つけられてんだろ?何かある…ヤシキさん、今すぐ避難した方が良い!』 嫌な想像が俺たちの脳裏を過った。 子供たちの動きは、露骨に目の前の爆弾が秒読みに入ったことを表しているようだった。 「ワタナベ、お前の見立てを聞かせろ」 慌てる様子も無く、ハナヤシキ先輩が言った。いや、内心はどうだったことか…小隊長殿の手前、冷静を装っていたのかもしれん。 「時限性の装置はついてい

インガ [scene004_04]

「全くよう、ワタべぇも肝っ玉が座ってやがるぜ。なあ、ヒバカリ」 回収したドローンをバックパックに片付けながら、タカハシが言った。 ワタナベは別行動を始めていて、モブに送られてくる位置情報を見るに中野エリアへ向かって子供たちと移動しているようだった。 アドワークスの本社は歌舞伎町と中野のちょうど中間辺りに位置しているので、大きく迂回しながら子供らの本拠地に戻るらしい。 時刻は既に18時を回っていて、夕闇が俺たちを包み始めていた。ワタナベたちが本拠地に着く頃には、完全に陽が落ち

インガ [scene004_05]

明朝5時、まだ空が白み始めて間もない頃、俺たちは会議室に集められた。 ブリーフィング、つまり任務の簡単な事前説明のためだ。 室内に入ると、ホワイトボードを背に立つ吉川警務部長の他、アドワークス側の部隊員数名が席に着いている。その中には、前日に俺たちが救出した小隊長殿…青山フカクの姿もあった。 「お疲れさまです。では、ブリーフィングを開始したいと思います。本日は財善の皆様がご協力くださるので、まずは挨拶を…」 警務部長殿に促され、アドワークスの面々が自己紹介を始めた。名前

インガ [scene004_06]

予定では、水道局のメインシステムを乗っ取った後、俺たちは裏手から脱出することになっていた。 そして俺たちが管制室を確保するまでの間に、アドワークス側は退路を確保しておく手筈だった。 しかし彼らからの救援要請は、なぜか表玄関の方から発信されている。 その違和感は俺たち全員が抱いていたが、とにかく現場に急ぐしかなかった。 「まずいこと」が何を指しているか具体的にはわからなかったが、通話口の背後から暴徒と思しき怒声が聞こえていたからな。囲まれているだろうことは容易に想像できた。

インガ [scene004_07]

『間違いありませんね、それは昨日私が解体した爆弾と同質のものです』 タカハシの回復を待ってから、俺たちは付近の廃屋に身を落ち着かせ、その場に居なかったワタナベに通信して状況を共有した。 すぐにアドワークス本社へと向かわなかったのは、疑念が確信に変わりつつあったから。現場近くを選んだのは、タカハシが負傷していて長距離移動が難しかったのと、しばらく敵襲は無いだろうと判断したからだ。 爆破により建物2階に居た俺たち以外は敵も味方も全滅していて、新手の気配も無かったんでな。 そ

インガ [scene004_08]

『こちら要人護送特別編成隊、間もなく現着します』 通信デバイスに移送隊からの入電があり、俺たちは警戒態勢———ああ、念の為に暴徒の襲撃を警戒していたんだがな———を解いて、廃屋の外に出た。 「ははは、あのガキどもが要人か。えらい土産を持ち帰ることになっちまったなぁ」 茶化すようなタカハシの発言を無視して、先輩が発煙弾で狼煙を上げた。移送隊への目印としてな。 何故かって? もちろん当時もGPSはあったが、俺たちが援軍と合流することをアドワークスに知られたくなかったからな。

インガ [scene004_09]

大手不動産会社が保有する、西新宿の中心に建つ高層雑居ビル。かつては複数企業が居を構えていたそこが、アドワークスの自社ビルだった。 感染症蔓延に端を発する世界恐慌の煽りを受けて、多くの企業がバタバタと倒産していき、当時そのビルでの生き残りはアドワークスだけになっていた。 建物の持ち主である不動産会社は辛うじて倒産を免れていたものの、ガタガタになったキャッシュフローを立て直そうと収益性が落ちた保有物件を売り払いだしていて、アドワークスは破格の値段で自社が入っていたビルを買い取っ

インガ [scene004_10]

作戦が始まるとき、それなりのイレギュラーは覚悟していた。 しかし、これは想定外にも程があった。 「どうしました?もしかして、私に用があるのではと思い、ここでお待ちしていたのですが」 クスクスと笑いながらそう言う吉川警務部長を、ハナヤシキ先輩が睨みつける。 「…ええ、手間が省けたというものですな。貴殿には聞きたいことが———」 「ああ、その話し合いには、ぜひ私の部下も同席させて頂けますか」 と、吉川が右手を挙げると同時に、室内と通路それぞれにアドワークスの警務部員が集

インガ [scene004_11]

気づくと俺は、吉川の胸ぐらを掴んで奴を壁に押し付けていた。 「貴様…何をしたんだ!」 「っ…、やはり貴方は野蛮だ。ハナヤシキさん、ここまでの無礼を働いた部下にもお咎め無しですか?」 ハナヤシキ先輩が俺の肩を掴み、「離せ」と低い声で言った。 当時の俺はまだ若く…いや、今だって同じだろうが、その命令をすんなり受け入れることはできなかった。 「ヒバカリ、私に代わりなさい。貴様は下がっていろ」 「…」 「ヒバカリ、上長命令だ」 先輩が語気を強める。 俺は目を瞑り、昂っ