インガ [scene004_04]
「全くよう、ワタべぇも肝っ玉が座ってやがるぜ。なあ、ヒバカリ」
回収したドローンをバックパックに片付けながら、タカハシが言った。
ワタナベは別行動を始めていて、モブに送られてくる位置情報を見るに中野エリアへ向かって子供たちと移動しているようだった。
アドワークスの本社は歌舞伎町と中野のちょうど中間辺りに位置しているので、大きく迂回しながら子供らの本拠地に戻るらしい。
時刻は既に18時を回っていて、夕闇が俺たちを包み始めていた。ワタナベたちが本拠地に着く頃には、完全に陽が落ちて真っ暗になっていることだろう。
「…ワタナベさんは大丈夫でしょうか」
アドワークス小隊長がボソリと言った。
成り行き上仕方がないとはいえ、結局は人質がすげ変わっただけ。彼としては、その責任を感じているらしい。
「私の部下は柔な鍛え方をしていないのでね、その気になれば単身で逃げ帰ってくることも出来ますよ。
そもそもヤマト少年が言っていた通り、彼ら自身が約束を反故にするような真似をするとは思えん。
ご心配なさらずとも、奴は無事我々の元に帰ってくる。
ただ青山殿…申し訳ないと思うのでしたら、私の疑問を晴らしていただけるかな」
憔悴して座り込んでいる小隊長に、中腰になって向かい合うハナヤシキ先輩。そして手にしていたアサルトライフルを地面に置き、
「貴殿は我々を見たとき、死にたくないと言った。その真意を教えていただきたい」
小隊長殿がハッとした顔になり、すぐさま青ざめた。
そう、それは俺も気になっていたところ。
ホテルの一室に捕らえられていた小隊長殿は、確かに爆弾を取り付けられ「命を握られた状況」だった。
しかし、彼の隊を襲撃したのはヤマト少年率いる子供たちであり、俺たちとは見るからに装いが違う。つまり混同しようがないということ。
そもそも彼が最初に「死にたくない」と発したのは、先輩が名乗った後だ。
普通に考えれば、俺たちが救出に来たと思いこそすれ、処刑人に見紛うはずもない。
「御社の依頼で来たと言った我々を見て、なぜそんな言葉が?それも『殺さないでくれ』ではなく、貴殿は『死にたくない』と言った。いったい何故だ?」
表情や声音こそ努めて———あの人なりにという意味だが———優しく振る舞っていたものの、仲間の俺たちからすれば「答えを間違えれば、どうなるか判っているな?」という裏が透けて見えていた。
無意味にビビらせてしまえば、却って小隊長殿の口元を硬らせてしまう。
しかし、そんな先輩の気遣いも空しく…というよりは他の何かに怯えているのか、返ってきたのは
「あなた方が、弊社の部隊ではなかったからです。救助をアウトソーシングしたということは、私は見捨てられたのだと…そう邪推してしまい、取り乱してしまったのです」
という、それらしくはあるが釈然としない答えだった。
何が腑に落ちないって、アドワークスの警務部長が言っていた「子供相手に引き金を引けるエリートは居ない」という社内事情を、管理職である彼が知らないはずもなかったことだ。
事態に太刀打ちできるリソースが無いことを知っていながら、そこが外注されたことに絶望する理由は無い。
俺たちは顔を見合わせ、小さく溜息をついた。
「それらしい答え」で茶を濁したということは、この小隊長殿にアドワークスへの忠誠心が残っていることを意味する。
命の恩人という、道理で考えれば自力での救助を諦めた上司や同僚より優先して然るべき相手に、真意を語らないという不義理な意思決定をしているわけだからな。
こうなってはもう、彼から裏事情を引き出すことは諦めた方が良さそうだった。
まさか、痛めつけて口を破らせるわけにもいくまい。
というわけで俺たちは、小隊長殿の言い分に納得した素振りを演じ、アドワークス本社への帰投した。
「さて諸君、タイムカードを切るまでが任務だ。気を抜かず、アドワークス警務部小隊長青山フカク殿の護衛にあたれ。道中の厄介ごとは———」
「「全て無視、アイサー」」
タカハシと俺が口を揃えた。
道中は何事もなく、民間人同士の小競り合いを何度か見かけはしたが、30分も掛からずアドワークス本社に到着した。
「ああ皆さん、当社の青山を救出いただきありがとうございます!
皆さんご無事な様で何よりです。お疲れでしょう、お食事の用意は出来ていますのでこちらへ…ああ、ご報告については食後にいただければ」
そう言って出迎えに現れたアドワークス警務部長の案内で、ビル内の社員食堂に通された。
長テーブルには俺たち3人の食事が並んでいて、空腹だった俺たちは何も言わずそれを頂くことにした。
「青山、疲れているだろうが君はこっちだ…医務室でカウンセリングを受けてきなさい。私も同行する」
小隊長殿は上司の指示に従い、俺たちに頭を下げてから2人で食堂を出て行った。その様子を見届けてから、隣に座っていたタカハシがこちらに顔を寄せてきて、
「ったく、釈然としない任務だぜ。なあヒバカリ、お前今回の件どう思うよ?」
「どうもこうも、小隊長殿の態度からして腑に落ちませんよ。ハナヤシキ隊長が言っていた通り、俺もアドワークスがきな臭い動きをしているように思える。
隊長、このままアドワークスの小間使いを続けるつもりですか」
反応を見るつもりで話を振ってみると、先輩は相変わらずの顔つきで
「案ずるな。貴様らの疑問はもっともだし、そこをなおざりにするつもりは無い。とはいえ邪推で要請主に不信感を抱くというのは、仕事のパフォーマンスを下げることになりかねん。
現場でのそれは、生存率の低下を招く。今のところは、振舞われた食事を腹に収めて休息をとろうじゃないか」
「邪推?なんだよヤシキさん、奴さんらの目論みに見当がついてるような口振りじゃあないか」
「ふむ、仮説なら立っている」
タカハシがヒソヒソ話を求める様に身を乗り出す。あの人、仕事は出来たんだがな…妙にウワサ好きというか、なんでも秘密めかしたがる癖があったんだ。
隊長もそれは知っていたから、
「———が、根拠がない。無根拠な思い込みで貴様らを惑わすつもりもないのでね、食事を続けようじゃないか」
と、呆気なくあしらっていた。
「なんだよ、つまらん人だな」
タカハシが口を尖らせてそう言ったが、奴もそれからは他愛無い話しかしなくなった。
「さて、私はこれから警務部長殿に事後報告をして、本社と少年らの移送について話をつけなくてはならん。貴様らは身体を休めておけ」
早々に食事を終えたハナヤシキ先輩が、そう言い残して食堂を出て行った。
残された俺とタカハシはこれ以上やることも無いので、宿泊用に充てがわれた部屋に戻るしかない。
アドワークス本社はそれなりに大きなビルだったからな、仮眠室がいくつか設られていて、そこが俺たちの寝床だった。
疲れはあったからな、荷物を部屋の隅に放ってベッドに転がってみたんだが…変に寝付きが悪い。
先輩の言う邪推というやつがモヤモヤと頭に残っていて、睡魔を邪魔してたんだ。
邪推…つまり、裏があるのではないかと思わせる違和感。
しかしその正体がいまいち掴めなかったものだから、目を瞑って考えを整理しようとしても頭が上手く働かなかった。
まるでピースの形が定まらないパズルを前にしているような、言いようのない気持ち悪さ。
手持ち無沙汰になった感もあり、俺は部屋を出て喫煙所に向かった。
流石に、借宿で蒸すほど無神経でもないのでね。
エレベーターで1階に降り、フロアの隅にある喫煙所に行くと、そこには先客が居た。
「ああ…隊長」
「ヒバカリか。なんだ貴様、眠れんのか」
ハナヤシキ先輩だ。意外に思うか?あの人、当時はかなりのヘビースモーカーだったんだぜ。
「ええ、目が冴えちまって。隊長は会議終わりですか」
煙草に火をつけながらそう訊ねると、
「ふむ、移送の段取りをつけてきたところだ。休む前に一服を、とな」
「どうでした?話はまとまりましたか」
俺の問いに、先輩は「愚問だな」と紫煙を吐き出した。
あの人は警務部隊長…いわゆる課長クラスの役職ではあったが、上層部にも知り合いが多くてそれなりに顔が利いたらしい。だから話が通ったというのは違和感のない結論なんだが、食後1時間足らずで決着したというのは引っ掛かるところがあった。
円滑過ぎる、とな。その疑問をぶつけてみると、
「ふむ、何も財善は慈悲のみで彼らを保護するわけではない。それなりに旨味があることを提示できたから、すんなりと話が通ったのだよ」
「旨味?」
「わからんか?…財善が自治権を得るために、今1番欲しいものは何だと思う」
当時の財善は、すでに豊田で企業統治の下地をある程度作り上げることができていた。あとは市政から統治権譲渡のハンコをもらえれば、統治企業の仲間入りというフェーズ。
豊田では暴動が起きる気配もなかったし、俺の目にはすべてが順調に見えていた。
というわけで、先輩の問いに対する俺の答えは
「わかりません」
「視野を広げたまえ…貴様は心根の良い優秀な若者だが、目にする範囲が狭いのが欠点だ。
当社は確かに統治権獲得目前だが、実際にそれを行使するにあたって最も信頼されるべき相手は誰だ?」
「…市民、ですか」
先輩は満足そうに頷き、
「そうだ。市民に受け入れられることがなければ、本質的な統治など実現し得ない。
そのためのプロジェクトもいくつか走り出しているが、居場所を無くした子供たちの受入れというのは“わかりやすい”だろう」
そこまで言われて、ようやく得心がいった。
自治権獲得を目指す企業によって生活を壊された子供たち、彼らを保護して衣食住を提供するというのは、市民たちへのアピールとしては申し分ない実績になる。
「あんた、最初からそこまで考えていたのか」
「驚くことではなかろう。大局的に物を見ていれば、自ずと効率的な解法が見えてくるものだ」
先輩は平然としていたが、俺としては格の違いを垣間見た気がしたね。
…あんなことがあった後に言っても信じられないだろうが、俺はあの人をそれなりに尊敬してたんだぜ。
「流石です。それじゃあ、俺はそろそろ戻ります」
灰皿に煙草を押し付けてから一礼し、喫煙所を出ようとした俺を先輩が引き留めた。
「ヒバカリ、明日はアドワークスと合同で暴徒鎮圧の任に就く」
「鎮圧…ハナヤシキ先輩、俺は━━━」
「わかっている、貴様の脳が出す結論は尊重する。だが、生き残るための選択は誤るんじゃないぞ」
「…ええ、承知いたしました」
「それとな…青山小隊長殿から目を離すな」
「彼も出るんですか?大丈夫なんですか」
大きな怪我はなかった様だが、この1日で小隊長殿が経験した出来事はPTSDを引き起こしてもおかしくない。どれだけ優秀なカウンセラーが診たとしても、今日の明日で復帰できる精神状態ではなかろうに。
訝しむ俺に、先輩は
「彼自身が志願しているらしい。我々と同じ現場で、力になりたいとな。しかし、私も貴様と同感だ。だからこそ、彼に注意しておけ」
「…了解です。では、おやすみなさい」
こうして、アドワークス支援任務の初日が終わった。
…ありふれた言い方だが、この時の俺はまだ知らなかったんだ。この任務が、俺にとって大きな分岐点になるとはな。
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