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インガ [scene004_07]

『間違いありませんね、それは昨日私が解体した爆弾と同質のものです』

タカハシの回復を待ってから、俺たちは付近の廃屋に身を落ち着かせ、その場に居なかったワタナベに通信して状況を共有した。

すぐにアドワークス本社へと向かわなかったのは、疑念が確信に変わりつつあったから。現場近くを選んだのは、タカハシが負傷していて長距離移動が難しかったのと、しばらく敵襲は無いだろうと判断したからだ。
爆破により建物2階に居た俺たち以外は敵も味方も全滅していて、新手の気配も無かったんでな。

そして炸裂した爆発の様子を出来る限り具体的に説明し、ワタナベの見解を伺うことにした。
その答えは凡そ想定通りのもので、漸く俺たちは自分達の敵を明確に定められた。

「ふむ、昨日の件も今日の件も、黒幕は同じだったということだな。そして恐らく、その正体はアドワークスの誰かである、と」

ハナヤシキ先輩が簡潔に言ったが、すでに俺は同じ結論に至っていた。青山殿が吐き出した、あの懺悔の遺言を聞いたときにな。

それはハルも同じだったろう。後から話を聞いたタカハシとワタナベもな。
だから、先輩の言葉に驚く奴は1人もいなかった。

ただ、俺たちには共通の怒りだけがあった。
嵌められたんだ、という怒りがな。

「…俺のミスだ」

放置されていた椅子に座ったタカハシが、苦々しくそう言った。奴は致命的な失血を伴う怪我こそ免れていたが、左足を骨折していた。
応急処置として接木で固定した患部に手をやり、

「斥候の務めは、あらゆる脅威の把握。まさかの事態なんて、本来あってはならない。
ドローンばかりに頼らず、この身で現場を確認しておくべきだった。
結果、アドワークスの小隊もろとも全てが吹っ飛ばされて、俺自身もこの有様だ。
…反省を活かそうにも、この足じゃそれも叶わない。なんなら、ドローンもお釈迦になっちまった。文字通りの足手まといだ。
隊長、ヒバカリ、本当にすまない」

沈痛な面持ちで頭を下げるタカハシに先輩は、

「たとえ、突入前に貴様が直接現場に踏み込もうと考えたとして、私がそれを許さなかった」

と言って、奴の肩を叩いた。

「さて諸君、あらかじめ断言しておこう。今回の件は、私の指揮に問題があった。
責を負うべきは私のみ。如何なる処分も甘んじて受け入れるが、しかしそのためにはホームに戻らねばならん。
これより私の最優先事項は、誰ひとり欠くこと無く帰投することだ…財善にな」

その宣言に、真っ先に異議を唱えたのはタカハシだ。

「ヤシキさん、待ってくれ。確かにあんたは俺たちの上司で、責任者だ。
だが、これはあんたの落ち度じゃないだろう?そんなこと俺たちゃ望んでない!なにより———」

「このまま、おめおめと帰る気にはなれない」

タカハシの言葉を引き継ぎ、俺は先輩の言う最優先事項を拒否した。
そう、つけるべき落とし前を残したまま、どの面を下げて帰れると言うのか。

…ん、意外か?
そうか。これまでの話を聞いてたら、そりゃ俺を私怨で銃をぶっ放す蛮族には思えないよな。

たしかに、当時は若造も若造だったというのを差し引いても、俺は単なる怒りや復讐心だけで討ち入りを熱望する人間じゃあない。

つまり、それだけじゃなかったということだ。

「隊長、あんたは昨晩『仮説は立っている』と言ったな。
実は俺の頭にも、仮説ってやつが組み上がってきた」

先輩は俺の目を覗き込み、

「…言ってみろ」

「最初におかしいと思ったのは、少年たちが青山殿に仕掛けた爆弾。ネイルガンや改造銃などという粗末な武装をしていながら、あれだけがワタナベさんを手こずらせるほど精巧だった。
今回も同じだ。暴徒の武装から想像できる懐事情は、あの爆薬に見合わない」

「そうだ。つまり、先ほど言った通り黒幕がいることになる。それがアドワークスだろうことは、昨晩の時点ではまだ推定に過ぎなかった」

そう、先輩の言っていた邪推というのが、正にこのことだったわけだ。

「次に、昨日も今日も、どうやら俺たちの動きは敵方に知られていたこと。
俺たちが青山殿が捕らわれていた部屋に入るや否や、少年らは建物の外に避難して交渉をもちかけてきた。これについても、今回同じことが起きている。
俺たちが管制室から出たタイミングで、暴徒達はアドワークスの小隊を包囲していた。
こちらの情報を敵方に流す存在がなければ、説明がつかないタイミングの良さだ」

ハナヤシキ先輩が、俺の言葉を肯定するように頷く。

「最後に、青山殿の発言とアドワークス小隊の動きの違和感だ。
昨日、青山殿はあんたの『助けにきた』という言葉の後に取り乱していた。あれは恐らく、俺たちを陥れる計画を知っていて、自分がその生贄にされたと判ったからこその反応だったんだ。
そして今回、アドワークス側には同じような指示が出ていて、彼らは敢えて暴徒に包囲されやすいルートを選んでいた。
裏口から出る予定だったはずの奴らが、ロビー前に居たのはそういうことだったんだろう」

死にたくない。最初にそう言った青山殿が、最期には「もういい」と死んでいった。俺たちに対する懺悔の言葉を残して。

「どうしても解らなかったのが、その“計画”ってやつだ。だがそれも、青山殿の遺言で見えてきた。
…隊長、答え合わせをさせてくれ。
アドワークスは、俺たちに都民を殺させることで、豊田の自治権を奪おうとしている。これが、俺の仮説だ」

そう、アドワークスが俺たちと暴徒達を衝突させんとしているのは、薄々わかっていたことだった。
それが邪推の域を出なかったのは、目的が見えなかったから。
単に俺たちの命を狙ってのこと?いったいそれが何の得になる。

———財善が自治権を得るために、今1番欲しいものは何だと思う。

前夜、喫煙所で投げかけられた先輩の言葉を思い出した。

東京において、武力での制圧をある程度完了させており、自治権主張の下地が固まりつつあるアドワークス。
彼らが今1番欲しているものとは?

それはおそらく、医療機能だ。
後に財善がメディカルセンターを買い上げたのは、医療の象徴を打ち立てるため。医療機関に相当する設備や機能を有していなかったアドワークスとしては、それを手に入れることから始める必要があった。

もともと医療機器メーカーだったうちを取り込めば、必要な資材もそれを運用する人材も一度に獲得できる。

そう考えると、これまでの出来事にはひとつの筋が通った。

つまり俺たちは、財善にスキャンダルを起こさせるための生贄。

「…ふむ、貴様にしては視野を広くとった考えではないか。
そうだな、ロジックは甘いが…私も概ねそれが正しいだろうと考えている」

「だったら、帰る前にすることがあるだろう。奴らはもう、目標をひとつ達成しちまったんだ。俺たちが居合わせた現場で、俺たち以外が全滅した。
事実がどうかなんて、誰にもわからない。奴らは奴らにとって都合がいいカバーストーリーを大衆に吹聴して、財善に対するヘイトを煽り始めるだろうぜ」

俺は、統治者の椅子に誰が座るかなんてどうでもいい。
だが、利権のために身内の命を消費する奴らになど、それを譲るわけにいかない。

ここは危険を冒してでも本丸に乗り込み、首謀者の首根っこを押さえなくてはならんだろう。

そう逸る俺を、先輩は右掌で制して

「何か勘違いしているな」

「…勘違い?」

「まず、私とてアドワークスの好きにさせるつもりは無い。奴らには、今日失われたすべての命の代償を払わせてやる。
だが、落ち着いて考えろ。タカハシは足の骨を折っていて、ワタナベには移送隊到着まで子供らを護らせねばならん。
私と貴様だけで、いち企業を陥落できるとでも?」

確かに、その通り。

一丁前な意気込みだけが先行していた俺の提案———というよりは意見は、冷静に状況を見れば特攻と言っていい乱暴なものだった。

あの人はよく俺に「視野が狭い」と説教をくれたが、言い返しようが無い。
無いから、俺は黙るしかなかった。

「というわけで、足りない人手が増えるのを待ってから状況を開始する」

「…ん?」

何を言い出すのかと思って先輩の顔を見ると、あの人は所謂不敵な笑みってやつを浮かべていた。
どうやら、妙案があるらしい。しかし、

「足りない人手が増える…ってのは、どういう意味ですかい、ヤシキさん?」

「わからんか?人手とはつまり、財善の人間だ。あるではないか、我々以外の当社警務部員がこの地にやって来る予定が」

通信デバイスから、ワタナベの『なるほど』という声がした。

『移送隊と合流しよう、ということですね』

なるほど。

アドワークスの策略がきっかけで呼びつけることになった移送隊が、そのままアドワークスに討ち入るための援軍になるというわけだ。

しかし、

「彼らを我々の作戦に組み込んでしまったら、子供たちの移送はどうなるんです?
そもそも、援軍と言えるだけの人数と装備が整っているのか…」

移送隊の任務は、あくまでも移送。道中の襲撃に備えて、ある程度は武装しているだろうが、それも屋内での白兵戦…つまり近距離戦闘に耐え得るものかわからない。

しかし、そんな不安要素を隊長たるハナヤシキ先輩が見逃しているはずがなかった。

「こうなることを見越して、一個小隊を寄越すよう手配してある」

つまりあの人、この日の前夜すでにアドワークスと敵対することを予見していて、十分な備えを財善本社に要請してあったんだ。

ったく、人が悪いぜ。それはつまり、

「あんた、邪推とか言っておきながら確信していたな?」

「何を言うか。たとえ証拠不十分な推測であっても、万が一それが的中した場合に備えるのも私の務めだ。なにより———」

苦々しく、ハナヤシキ先輩はこう続けた。

「当たっていたではないか。ふん、嫌な予感というやつは、なかなかどうして信用できる」

「ハッ、違い無ぇやな。じゃあヤシキさん、移送隊との合流地点まで急ぎましょうぜ」

と言って立ち上がるタカハシの肩を掴み、先輩が首を振って再度着席を促した。

「それには及ばん。なぜなら、移送隊は今こちらに向かっているからな」

と、先輩が俺たちにモブの画面を見せてくる。ディスプレイにヒビが入っており多少の見辛さはあったが、付近のマップデータが表示されていた。
よく見ると、俺たちとは違うピンアイコンが、時速60キロほどのスピードでこちらに向かっているのがわかる。

「間もなく移送隊はここに到着する。合流後、ワタナベと子供らを拾ってブリーフィングを行うとしよう」

そう言って、先輩はモブをポーチに仕舞い込み、煙草に火をつけた。

「さて、青山殿の弔いを始めよう」

紫煙を吐き出してそう締めくくる先輩の目には、俺たちと同じく怒りの炎が宿っていた。

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