
流れ寄る言の葉/追悼・谷村新司
令和5年に他界した谷村新司は、歌い継がれるであろう朽ちない名曲を残した。そして自作曲の、それも指折りの代表的歌曲の歌詞に、明治大正昭和期の日本文学の詩歌のエッセンスを巧みに取り入れていることに気づく。それを探ってみよう。
優れた教養人であった谷村新司が、インスピレーションを受けたと思う名だたる詩人歌人は下記の人たち。決して剽窃しているというのではない。彼が曲想にふけったとき、ごく自然に彼の脳中に漂い上って来たのが、彼が親しみ、彼を潤した情緒の土壌を耕したであろうこれらの詩句だったと思う。
日本人の情緒を射抜いたことばの数々。いうなれば、本歌取りのつもりで彼はそのことばを自分の歌に入れて輝かせた。
西條八十
野口雨情
佐藤春夫
石川啄木
与謝野鉄幹
三好達治
窪田空穂
若山牧水
室生犀星
三木露風
上の詩人歌人たちの説明は無用だろう。谷村新司の歌曲ごとの歌詞部分❀と、詩人歌人たちの作品部分を対照させている。
🎹SONG① 「いい日旅立ち」
❀ 岬のはずれに 少年は魚つり 青い芒の小径を 帰るのか
「いい日旅立ち」の歌詞より
青芒 岬のまひる
少年は糸を垂れつつ
❀ 砂に枯れ木で書くつもり さよならと 「いい日旅立ち」の歌詞より
沙に 字を書いた
別れと 書いた
永い別れと
思へと 書いた
🎻SONG② 「群青」
❀ 手折れば散るうすむらさきの
❀ 海を眠らせあなたを眠らせる
❀ 泣けとごとく群青の海に降る雪
❀ 砂に腹這ひて海の声を聴く
❀ もうすぐ還るよ
「群青」の歌詞より
おもかげ見えてなつかしく
手折ればくるし花ちりぬ
群青の海のうねりのかたぶけば白きつがひの鴎ながるる
この浦にわれなくば
誰か聞かん
この夕この海のこゑ
重たげの夢はてしなく
うつうつと眠るわたつみ
山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき春の国を旅ゆく
夜は群青のびろうどの
波の上へと乗りあぐる
不言の嵐渦まける
波のゆめぢへ乗りかける
やはらかに柳青める北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに
砂山の砂に腹這ひはつ恋のいたみを遠く思ひ出づる日
芒を折りて海を聴く
幽かにとほき海を聴く
親心おろかしくして必ずや生きて還ると頼みたりしを
🎷SONG③ 「昴」
❀ 目を閉じて何も見えず さびしくて目を開ければ
❀ 呼吸をすれば胸の中 木枯らしは吠き続ける
❀ われは行く こころの命ずるままに
「昴」の歌詞より
目閉づれどこころに浮かぶ何もなしさびしくもまた目を開けるかな
呼吸すれば胸の中にて鳴る音あり凩よりもさびしきその音!
わが心はうち夢む
はてなく歩み行かむとぞ
令和6年1月 瀬戸風 凪
setokaze nagi