30歳を迎えて受け入れ難いこと

6月某日、30歳のお誕生日を迎えました。
この1年間、ずっと頭の片隅にもうすぐ20代が終わることがあったのに、いざ当日を迎えるとただ日常の延長しかなく、あっけなく終わってしまいました。もともとは、自分の誕生日に普段行かないような奄美大島への旅行も企画していたけれど、6月だし台風来たらやだからといってキャンセルしていた。そのおかげで、台風直撃も回避できたけれども、あんまり天気がすぐれないから近くのケーキ屋さんでホールケーキを買って、カラオケで0時ギリギリまで20代を楽しむということで終わったのです。

そんなこんなで、色々ともがいた20代が終了を告げ、一旦最近の色んなことをここに吐き出していきたいと思います。(てか、noteをこまめに更新する目標はどこに行ったのか…)まあ、それはさて置き、この存在を忘れていなかった自分偉いと褒めておきましょう。さて、最近感じていることをそのまま綴ってしまうと、「自分は一向に進歩しないなあ」「むしろ後退しているんじゃ」という不安に駆られています。

30代にもなると、食べたら食べた分太っていくし、肌は潤いを与えてもどんどんなくなっていくし、出来てしまった傷は治らず「時間はもう戻らない」ことを色んな場面で感じざる得ません。そのどれもが、昔周りにいた大人たちが口をそろえて言っていたことだったはずなのに、いざ自分がその年齢となり、自ら実体験で感じることでは全然別物のように感じます。そして、同じように「年齢を重ねることの楽しさ」を語ってくれる優しい大人たちの声を一生懸命自分に言い聞かせているけれど、やっぱり「若さへの憧れ」というのはまだ受け入れられていない自分がいます。しみじみ若いっていいなあ…と実感しています。

だって、これから先の未来を考えた時どうしたって他人からの評価を受ける機会が減るし、むしろ一歩間違えれば「惨めさ」の称号をもらってしまう可能性だってあるのだから。1日1日の自分の積み重ねが、この10年20年先に自分がどうあるかを作っているということを意識せざる得ないのです。そう思うと自分に「このままで大丈夫?」と問い掛けたくなります。

でも、その問いに対する答えは持ち合わせていません。仮に、それに対して「大丈夫ではない!」と即答できるのであれば、とっくに現状を変えるアクションに移していけるだろうし、「大丈夫!」と自信を持って言えるのであれば、こんなにも悩んでいないでしょう。そのどちらでもない「大丈夫だけど大丈夫じゃない」中途半端な答えだから、この現状に悩みつつ、今あるそれなりの幸せを投げ捨てる怖さもあるんだと思います。これこそ最初に綴った気づいたら後退しているんじゃないかという不安の正体なのです。

この正体はどこから生まれているのか、もう少し考えてみました。これは、人間が欲張りということなのではないかということです。これまで20代はガムシャラに働いてある程度自分のお金で稼いで、自分を理解してくれているパートナーにも出会えて、好きなものが手に入る生活が送れるようになりました。それ自体とても幸せなはずなのに、なぜか不安に思う。それは、手に入れたものだけで満足せずもっと欲しいという欲の現れだと思います。それは、今自分は人生の岐路に立たされているのです。それは、女性として子供が産めるタイムリミットがある中で、自分の子供を考える人生、やりたいことをチャレンジする人生、色んな人生を「選択」することで他の道がなくなってしまうことの怖さがあるのです。どれかを選ぶことはどれかを諦めることになるのではないかという恐怖。それが今自分が足踏みをしてしまう理由だと思います。

さて、ここまで書いてきて自分もどう締め括ったらいいかわからなくなってきていますが、自分でもこの答えはまだ出せていません。ただ一つ言えるのは、このなんとなく最近モヤモヤしていることを吐き出して、自分の考えを言語化していくことこそ、自分と向き合う何よりも大切な時間だなあと感じます。最初は単純に「歳を取ることへの怖さ」だと思っていた不安感は、実は「今の選択が他の選択肢を諦めることへの恐怖」なのだというのはこれを綴るまで気づきませんでした。でも、ここがわかることで、自分が何に悩みそれをどう解決したらいいかよくわかりました。そして、自分は今やはり子供がいる、いない人生どちらも魅力に感じ、とても悩んでいるのだと思います。多分、どちらを選んでもいいけれど、何かが引っ掛かりその決断ができない、この悩んでいる状態は非常に苦しいことですが、自分なりの答えをゆっくりゆっくり出していき、前向きに頑張っていきたいと思います!

最後まで読んでくださりありがとうございました!
また気まくれで更新しますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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