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失われた時間を取り戻せ。『モモ』読書感想

(A)はじめに:最も好きな小説の一つ。

本書は別記事で紹介している『少女ポリアンナ』とあわせ、最も好きな小説の一つだ。

こちらも手に取ったきっかけは大学の講義で紹介されていたことだと記憶している。それまでドイツ文学に触れることはなかったが、有名な児童文学だということで興味を持った。

(B)あらすじ

本書の主人公は、どこからともなく現れた浮浪少女の「モモ」。彼女には人の話を聞く特技があり、彼女に話をすると自然と考えがまとまり、また想像力が膨らんでいくのだ。物語の前半では、そんな彼女と、同じく貧しいながらも心豊かに過ごす街の人々の交流が描かれる。いがみ合っていた隣人同士が、モモに仲介してもらうことで自然と仲直りする。子供たちがモモと遊ぶことで想像力を解き放ち、何もないところから楽しい遊びを生み出していく。
その中でも特にモモと親しくなる二人の友人がいる。道路掃除夫のベッポと観光ガイドのジジだ。二人は正反対の性格をした男性である。ベッポは老人で、常に思慮深く、よく考えてものを言い行動する。その姿は一見マイペースなので、周囲からはからかわれたりバカにされたりしているが、モモはベッポを理解し、親しくしている。一方のジジはとにかく口達者な、夢見るお調子者だ。ガイドの時にはあることないことをまくしたてており、それを訝しく思う人も多い。ジジはモモがそばにいるときだけ、更に想像力を膨らませ、モモだけの特別な物語を語ることが出来る。モモはその物語が大好きなのだ。

物語の中盤からは、街に突然現れた「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちによって、街の人々から時間が奪われ始める。灰色の男たちは、時間を節約し未来へ貯蓄しましょう、と言葉巧みにそそのかし、これまで人々が大事にしていた時間の過ごし方を変えてしまった。実際に節約された時間は貯蓄などされず、全て灰色の男たちに奪われてしまうのだ。それに気づかない人々は、節約しているはずなのに減っていく一方の時間に焦りを感じ、更に時間を節約しようと無駄を省きせかせかと生活を続けていく。灰色の男たちの魔の手はモモの周囲にも伸びていき、仲の良かった人々も次々と時間の節約を始めてしまう。
モモはとある一件から、灰色の男たちに危険人物だとみなされる。灰色の男たちの追跡を受けるも、時間の理の外側にいるというカメのカシオペイアの導きによって、時間を司るマイスター・ホラに出会う。その裏では、灰色の男が、モモを排除するために、遂に二人の親友と子供たちにも狙いを定めていた。

物語の終盤では、マイスター・ホラと共に時間とはなんであるかを理解したモモは、灰色の男たちから失われた時間を取り戻すべく、カシオペイアと共に孤独な戦いに挑む。

本書はどこかにある街を舞台としながらも、どこかファンタジーを思わせる設定となっている。一方で、テーマは「失われた時間」であり、現在社会へ警鐘を鳴らしている作品でもある。もちろん戦いの行方など手に汗握る物語ではあるが、それ以上に強いメッセージ性を感じる作品となっている。

(C)感想:「時間がない」…時間はどこへ行ったのか?

本書のテーマは「時間」だ。それまでゆったりと暮らしていた人々のもとへ灰色の男たちが現れ、倹約の名のもとに時間が奪われて行ってしまうのだ。一方で、灰色の男たちは問答無用で時間を奪っているわけではない。人々が節約して生み出した時間を奪っているのだ。つまり、奪われる時間そのものは人々が作り出している。作り出すために、ゆとりを持った生活や仕事への本来の愛着などを失っている。これには強烈な皮肉を感じる。

我々は事あるごとに「時間がない」、「暇がない」と口にする。我々の近くにも灰色の男たちが潜んでいて、せっかく節約して得た時間を吸い取られてしまっているのだろうか。作中では、モモの友人たちが時間を奪われてしまっている様子が描かれる。友人と会う時間は作ることが出来ず、会うことが出来たとしても、楽しく語り合うことが出来ない。仕事への愛着を失い、ただこなすだけの毎日。そして、サービスを受ける側も、ただこなされているだけだと気づかず、同じようなサービスをありがたがって享受している。子供たちと碌に触れ合う時間も持たず、一方の子供たちも想像力を失い、わかりやすいおもちゃで遊び、何の意味があるかも分からないまま役に立つ遊びをさせられている。更に悲しいことに、人々はこの現状に対してはっきりと違和感を感じているのだ。感じていながら、負のループから出ることが出来ないのだ。

一方、時間の大切さを知り、更に深く理解することで、人々のもとへ時間を取り戻そうとするモモは、どこかの施設から抜け出してきた、身寄りのない浮浪少女である。おおよそ一般社会の枠から離れてしまっているが、だからこそモモには時間の何たるかを理解することが出来たのだろうか。
今、時間に追い詰められている人は、実は自分自身が追い詰めてしまっているのではないか。加速する世界の中で、失われてしまっているものがあるのではないかと考えさせられる。

(D)素敵な一節

「本当に聞くことのできる人は…」

モモの才能の一つに、人の話を聞く、というのがある。
話し手すら気付いていなかったことに気づかせてくれる、そんな聞き手になりたいものだ。

「時間のかからない新しい文明の利器のよさを…」

昨今でも流行っている便利家電をはじめとする利器は、人々の「ほんとうの生活」をするための時間を生んでいるのか。気づかないうちに誰かに奪われてはいないだろうか。

「人間が、そういうものの発生をゆるす条件を…」

灰色の男たちは自然には生まれない。人間が灰色の男たちが発生する条件を作り出し、隙を与えてしまっているのだ。

(E)まとめ:失われた時間を取り戻せ。

「時間」をテーマに、現代社会への風刺が効いた本書。幼い少女の冒険譚と読むこともできるが、様々なセンテンスから時間や今の生き方を考えさせられる。言いようのないせわしなさを感じたとき、一度立ち止まって本書を読んでみるのはいかがだろうか。





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