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エッセー
さらば赤の女王

 「赤の女王仮説」という、生物進化の仮説がある。『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王」が「その場に留まるためには、全力で走り続けなければならない」と言ったのを、提唱者の進化生物学者が借用したものだ。その意味は、「他の生物種との絶えざる競争の中で、ある生物種が生き残るためには、常に持続的な進化をしていかなくてはならない」ということ。仮にその種の進化が停滞すれば、進化し続ける周りの競合他者に追い抜かれ、結局絶滅の憂き目に遭うことになるという学説だ。

 世の中すべてが競争で、人間も生物の端くれなら、当然この仮説が当てはまることになる(仮説が正しければ)。東京オリンピックで金を獲ったアスリートは倍の努力で進化し続けなければ、パリでも金を獲れない。その間3年も歳を取り、敵にも徹底的に研究されるからだ。しかし、それはあくまで個人戦で、団体戦になれば若い有能な補充要員がどんどん入ってくるし、メンバーによって作戦も変わるし、監督による育成方針の転換もあるので、そんなことは言えなくなる。

 生物の場合、無性生殖の子孫は突然変異でもしない限り、親と遺伝的に同じになり、有性生殖では突然変異がなくても様々な遺伝的組み換えが起こり、多様な子孫が生まれる。無性生殖は個人戦で、月日の変化、環境の変化に弱いが、有性生殖はスクラムを組んだ団体戦で、逆境でも新しい遺伝子を武器に、一部が生き残って盛り返す可能性も出てくる。特に生殖力の遺伝子変化が起こると、爆発的に繁殖して競合を蹴散らしていく。

 「進化」の勝ちパターンにはA。B二つの形がある。旺盛な勢いで競合相手を凌駕し、我が物顔に繁殖していくような進化(A)と、ひっそり大人しく、だが細く永く我慢して、絶えることなく生き続ける進化(B)だ。前者は日向者(?)で後者は日陰者(?)。地球上の個や種は命のバトンタッチを基本に、太く長く、細く長く、太く短く、細く短く、と様々な生き様があり、人間の個も種も、その宿命の中に呑み込まれている。例として「太く短く」を上げると、「産めよ増やせよ」というスローガンは、1939年に厚生省が発表した家族計画運動のスローガンで、いまのロシアと同じに「帝国」を夢見てA的進化を目指した政府が、いまのロシアのような兵士不足に陥らないために掲げたものだ。当時の日本もロシアと同じに、拡大意欲に満ち溢れていた。生んだ子供が戦死すれば、結果として「太く短く」生きたことになる。

 一方1979年に始まった「一人っ子政策」は、戦後の体力不足でA的進化を断念した中国が、疲弊した国力が回復するまでの間、餓死者をなくすためにB的進化をチョイスした政策だ。2014年に廃止されるまで「細く長く」になってしまったが、中国政府は「共産主義」を日向者にすべく、食糧問題を解消して着々と国力の回復に注力してきたわけだから、それも進化の一形態なのだ。彼らは共産主義がいずれ日向者となり、世界を席巻するだろうと信じていた。一転いまは少子化という副作用が出ているが、当時はそれがベストな政策だった。日本の厚労省だって、コロナ・ワクチンの副作用が将来さらに顕在化したとしても、当時はそれがベストな政策だったというだろう。こうしてみると、進化Aと進化Bは、生物由来の「俺たちは生き抜く」という基本コンセプトは一緒で、それが叶えば合格だ。当然のこと地球は競争社会だから、B的進化の場合は環境の好転を願って、水面下で我慢しながら虎視眈々と様子を窺っているような感じだ。中国だって、いまの不景気を脱すれば、進化Aに転じて台湾に侵攻する可能性はあるだろう。彼らは。「台湾は元々俺たちの土地だ」と考えているのだから……。しかし大勢の台湾人がそう思わないなら、戦争ということになる。

 スポーツの団体戦では、対戦する両チームとも同じ人数で戦うことになる。それがルールだ。ところが戦争となると、勝てば官軍だからルールなどなく(国連憲章はあるが無視される)、核使用だって反則にならないなら、みんな核を持ちたがる。核ミサイルは、「俺たちは生き残る」という進化の道程に腰を下ろした道祖神だ。織田信長のようなテクニシャンは別として、結局武器の威力や物量に勝る側が勝つことになる。当然、負けた側はB的進化を強要され、日向者に返り咲く未来を思いつつ「我慢だ……」と呟く。もちろん、その状況に甘んじて諦める連中もおり、人それぞれだ。

 団体戦においては基本、参加する個人は駒で、戦争では捨て駒と言い換えることもできる。団体が永続的に進化するために、個人は捨て駒の覚悟で奉仕しなければならない。「産めよ増やせよ」と言われて産んだ子供は、将来的に捨て駒となって、短い人生を終えることになる。そして彼が死んだ後には、別の捨て駒が補充されることになる。そんなときに、Bを選択しようとして身を隠しても、隣組に密告されて投獄されてしまうのが落ちだ。ロシアにもウクライナにも兵役逃れのずるい連中はいるだろうが、生物学的に卑怯だとはいえまい。Bは生物由来の進化の一形態で、彼は「正義」という団体戦的な価値観から逸脱しただけの話だ。国の将来を慮らずに、個人の将来を慮ったとして何が悪い。集団の尊厳よりも個人の尊厳を優先させただけで、兵隊蜂よりはマシな頭を持っていた。人間は蜂よりも頭が良いはずなのに、戦うときは蜂になる。

 しかし虫のような人間は別として、進化に自己犠牲などありはしない。滅ばないために進化するので、細く長く淫靡に生きていくことも、生物進化の一形態だ。「卑怯」や「恥知らず」という観念は、A的進化を目指す集団文化が生んだルールという妄想だ。要は、社会的人間から個的人間にイメチェンジすればいい話だし、AからBへと脱社会すれば人様の非難など「蛙の面に小便」となる。当然、生活パターンは集団志向から個人志向に変化する。卑怯者として、孤独に生きていけばいい。

 敵前逃亡を「卑怯」と思うのは、Aをベストと考える集団の考えで、生物の基本コンセプトは、ABともに個も種もどれだけ永く生き続けられるかだ。「死んじまったら、お終めえよ~う」なら、個は種に勝る。ならば人間が生物である限り、Bを選択して生き続けたとしても批判される筋合いはない。だから国土を蹂躙されて祖国が消滅し、占領国の統治下で個人が惨めに生きても、最低の食い物で長寿を全うすれば、それは一つの生き様なのだ。地球という勝ち負けで成り立つ生態系では、人類の発生以来、Bをチョイスせざるを得なかった人間は連綿と存在した。地域と場所によって呼び名は違ったろうが、皆同じだ。「不可触賤民」「奴隷」「穢多・悲人」「土人」「少数民族」「被征服者」「被迫害者」「貧乏人」云々。これらはすべて支配者側の言葉で、彼らはAをベストと考える集団の中で脇に置かれ、好むと好まざるとに関わらず、B的進化を選択して日向者たちに踏み付けにされながら、しぶとく細々と生きてきた人々だ。

 しかしこれを「進化」と言えるかというと、種的に存在し続ける限り、生物学的には正解だ。AとBはコインの裏表で、AがあればBもあり、陰陽ともに未来へ向かって走り続ける。「赤の女王」の言う通り、地球上の生物は進化を終えれば退化か絶滅だ。いまの我々も走り続けている。けれど永遠に走り続けるのは不可能だ。個人が死を迎えるように、種もいずれ絶滅を迎える。結果として、人類は絶滅に向かって走り続けているが、当然のこと、舗装の良し悪しで航続距離は違ってくる。いくらバトンタッチの技術を研いても、走路が凸凹であれば長続きはしない。走路というのは地球環境だ。我々はそいつが年々悪くなっていることを意識している。おまけにバトンタッチ技術も、遅々として向上しない。それは地球を牛耳る日向者(A的エリート)たちが酔っ払いで、高級ワインを手放せないからだ。

 「金(カネ)」というしびれ酒が彼らを酔わせている。彼らは天に顔を向けて口を開け、「金」を浴びながら走っているのだ。この魔酒は彼らの足をしびれさせ、飛んでる気分にさせてくれる。「金」は依存性の極めて高い中毒物質で、酔っぱらって的確な判断ができないまま走っている。しかし、いずれはコケる時が来る。そのときは、まずはB的人間からコケさせ、A的エリートたちは最後になる。「赤の女王」は背後から、「おいおい真面目に走れよ!」とどやし続けるが、酔いが醒めるまで待つしかない。彼女から見れば、王様気分の連中は奴隷たちの神輿に乗って、真面目に走っていないのだ。

 生物は多様な環境の中で生きなければならない。ツンドラ地帯でも砂漠地帯でも、そこで生まれたからには生き続け、子孫を残さなければならない。それが人類を含めた生き物の性(さが)で、「赤の女王」の命令だ。色々な生物、色々な人間が、地球という多様な差別環境の中で生き抜いている。そして彼らは総じて、原始生物由来のA的進化を夢見て戦いながら、勝てばそのまま勢いに乗って拡大し、負ければ滅亡あるいはB的進化に追い込まれて細々と生き続ける。しかし皮肉なことに、AだろうがBだろうが、集団が巨大化すればピラミッド構造となり、仮にB集団であろうが個人はランク付けされ、その頂点の連中はA集団の仲間入りをする。そして時たま暴動が起こって、そいつだけA陣営に逃亡する。

 日本人は総じてA的進化の中にいると思いながら生きているが、周りの環境が急転すれば、たちまちB的進化を余儀なくされることを実感していない。例えば明日、東南海巨大地震が起こればどうなるか。確認すべきは、AだろうがBだろうが、進化は原始生物由来のものであり、偶発的な環境変化に支配されていることだ。大きな自然災害は防ぎようもないが、人的災害はまだ防ぎようがある。人類の終末時計があと90秒ということは、地震を想定してのことではない。我々が原始生物由来の闘争的進化を続けていると、あと90秒で人類は滅亡するよと警告しているのだ。A的進化の中には人由来の「戦争」や「化石燃料」や「核」が含まれている。そして、例えばCO2量を産業革命前に戻すのが難しいのは、全人類が負け犬気分で「A的進化からB的進化にチェンジしなさい」と言っているに等しく、先進国の多くがA的進化の利得を手放せないからだ。地球を牛耳っているのは先進国群の、しかもA的進化を走り続ける石油漬けの人々なのだから……。突然彼らにB的進化に乗り換えなさいといったら、全員パニくるに違いない。

 ならばこの原始生物由来の繁茂し続ける生物(闘争)的進化を止めなければならない。それにはA的進化を促進させてきた文明の構造を脱構築する必要があるだろう。そのためにはまず、世界が一丸となってA的進化とB的進化の二項対立における優劣関係を崩さなければならない。現在AもBも、共通する「地球的正義」は存在する。その正義を旗印に、地球規模で世界中の法体系を脱構築し、一つの完璧な枠組みとして再構築して世界法化することなのだ。地球的正義の元に、対立するAとBを弁証法的に止揚して、より高度な法的解を求めていく。

 ならば「地球的正義」とは何か。それは誰もが願っている三つの単純な正義だ。
①戦争をなくすこと
②地球温暖化を止めること
③極度な貧富の差を解消すること

 どれも重要な正義だが、③こそがまず先に解決すべき事柄だ。戦争も温暖化も、その根源には富が富を呼び、貧がさらに貧になる資本主義経済の弊害があることは確かなのだ。ヨーロッパでは、ベーシック・インカム(市民に定期的に無条件で支払われる所得)構想が論議されているが、世界法的に共通のベーシック・インカムを賦与するシステムが導入されれば、富裕層に一定の税金も課せられ、貧富の差は解消されていくだろう。当然、ますます拡大しつつあるA的進化とB的進化の差も埋められて、階層間の競争も国家間の競争も緩和されて戦争も起きなくなり、同時に富が富を生むエネルギー資源開発にも歯止めがかかる。「怠け者はますます怠け者になる」という批判はあるかも知れないが、『怠惰への賛歌』などを読めば、恐らくそれは杞憂に違いない(AIも居るしよう)。

 地球という狭小な生態系の中で、人類に降りかかった難局を解決するには、「赤の女王仮説」のA的進化から、人類を少しばかりB的進化に寄せていく作業が必要だ。このまま走り続けていれば突然死が待っている。いずれは滅びるのが種の性(さが)としても、人類が突然死しないために、世界中が手を組んで延命療法を考えるのは現代人に課せられた責務に違いない。延命療法は細く長く生き続ける我慢の療法だ。患者に我慢を強いるのは医者で、浮かれた人々に我慢を強いるのは法律だ。浮かれたパンデミックを制するのは世界法以外には不可能だろう。

 この行動は、「赤の女王仮説」から逸脱する行動ともいえる。人類という種を滅ぼすのは、他の種ではない。人類の競合種は人類だ。我々は、自らが創造した文明システムによって滅んでいく。このシステムは、「赤の女王仮説」に則ったA的進化に突き進む「共食いシステム」であることは確かなのだ。ならば人類は生物進化の軛から逃れなければならない。「赤の女王仮説」を妄想化するためには、人類の知恵が生物由来の悪知恵でないことを証明する必要がある。それは取りも直さず「共生」の精神で、生物進化の根源である個々の我欲を放擲することに他ならない。


ショートショート
金メダル暗殺事件

 オリンピック選手村から、某国某団体競技のサブコーチが開催地の街中にあるホテルの個室に呼び出された。男はテロリストで、サブコーチの知合いだった。
「どうだね、チームの調子は」
「いいね。このまま行けば金だな」
「そうか……。しかし、勝負は水物だからな」
「まあそうだな。番狂わせも考えられる。しかしメダルは保証するよ。不安定要因はメインコーチの力量だ。だが、一人ひとりの力はすごいから、奴が馬鹿でも何色かは獲れる」
「特にキャプテンは英雄だからな」
「あいつは本当に次の大統領になるのかい?」
「当然だろ。大統領の娘婿なんだから……」
「それより、メインコーチは死ぬんだろうな。俺にはそっちが重要だ。あいつは大統領の甥だしな」
「安心しろ、お前は次の大会のメインコーチだ。4年後の話だけどな」
「じゃあ俺たちはウィンウィンだな」と言って、サブコーチは白い歯を見せた。
「当然さ。お前がヘマしなければな」
 男はニヤリとする。
「ヘマ? いつだって俺は完璧だ。どうすりゃいいか聞かせてくれよ」

 男はバッグから、金・銀・銅の三つのメダルを出した。それはいま開催されているオリンピックのメダルだった。サブコーチはヒューと口笛を鳴らした。
「当然これはイミテーションだ。あらかじめメダルの設計データを入手して、我々が作った。しかしただの偽物じゃあない。三つともメダルの中に爆薬が入ってる、爆弾メダルさ。そしてこいつがリモコンだ」
 男は背広の内ポケットから、小さな起爆装置を出し、サブコーチに手渡した。
「手榴弾のように、ピンを抜いてボタンを押せばいい。そう、メダルの威力は手榴弾程度だと思えばいい」
「俺も道連れかい?」
「馬鹿だな、電波は100メートル有効さ」と言って、男は笑いながら続けた。
「やり方を説明しよう。まずは三つのメダルをこのバッグごと選手村のお前の部屋に持って帰る。バッグは金属探知機フリーだ。当然起爆装置も一緒にな。明日の決勝で、我が国は金・銀・銅のどれかを獲得する。そして選手たちは本物のメダルを首にぶら下げて選手村に帰ってきて、夜は大人しく騒いで各自酒を飲み、解放された気分で疲労を感じつつ眠りにつくが、中には興奮さめやらず、寝れない選手もいるだろう。しかしキャプテンは必ず熟睡する」と言って、男はやはり内ポケットから薬の袋を出した。

 「何だいそれ?」
「睡眠薬さ。お前はこれを酒に入れ、キャプテンに飲ませるんだ。みんな浮かれてるから、お前の動作がヘマでも気付かないさ。そして奴を介抱する振りして、奴の部屋に連れていき、ベッドに寝かせる。そこでメダルをすげ替える。失敗しても慌てることはない。仮に憧れの金だったら、恐らく全員が首に掛けたまま眠ることになる。お前はみんなが寝入った後、再度挑戦だ。このスペアキーでキャプテンの部屋に忍び込み、熟睡キャプテンの首のメダルを偽物とすげ替えるんだ」と言って、さらに内ポケットから部屋の鍵を出した。
「用意周到だな」とサブコーチは苦笑いした。
「しかし猫の首に鈴を掛けるよりは簡単だろ。どっちにしろ、作戦が失敗したら俺もお前も立場は悪くなるぜ」
「分かった、頑張るよ。で、こっちの方は?」と言って、サブコーチは起爆装置をチラつかせた。
「それがお前の仕上げの仕事だ。これが成功すれば、お前は我々の英雄になれる。お前の一生は新政府によって保証される。最低でも、お前はスポーツ大臣だ」
「ありがたき幸せ! まさにライフワークだな」
 サブコーチは皮肉っぽく笑った。

 「いいかい。明後日の夜、大統領主催の歓迎式典が用意されているんだ。全国民が、お前らがメダルを持ち帰ると思い込んでいる。その式次第を俺たちは入手した。その中に、メインコーチとキャプテンが大統領の前に歩み出て、キャプテンが自分の首に掛かったメダルを取って、大統領の首に掛けるというシーンが設定されている。その後に、大統領はそのメダルを噛むとまで書かれてる」
「ハッハッハッ! どこぞやの市長さんよりゃ偉いお方だ。しかし、大統領様は金メダル以外受け付けないぜ」
「安心しろ。メインコーチとキャプテンは常に隣どうしだ。大統領が二人に近寄るか、二人が大統領に近寄るか、どっちにしろそんな機会は必ず来る。銅メダルだってチャンスはあるんだ。式典自体がなくなることはない。なにもメダルを大統領の首に掛ける必要もない。お前が好機を見計らってスイッチを押せばいいんだ。あらかじめピンを抜き、三人からなるべく離れてボタンを押す。5メートル以上は離れろ。安心しろ、サブコーチなんざ、みんなの眼中にはないさ」
「酷いことを言いやがる。しかし了解だ」
「グッドラック! 未来の御大臣様」
 サブコーチは少しばかりの期待と大いに憂鬱な気分で、爆弾どもと起爆装置を選手村に持ち帰った。

 一方、ここでは極めて平和な国のメダリスト歓迎式典が行われていた。祖国の団体チームが銅メダルを獲得したのだ。彼らが到着するまで、ホールの入口で総理大臣とスポーツ大臣が雑談していた。
「驚いたね」と総理。
「本当に驚きました。メダルを逸してがっかりしていたのに、銅メダルになるとはビックリです」
「何でも、銅メダルチームのキャプテンが、明くる日にドーピング違反が発覚したってわけで、全員メダルを剥奪され、そいつが我が国に転がり込んできたんだからね」
「この競技でメダルを獲るなんて、まさに瓢箪から駒ですな」

 いよいよ首に銅メダルを掛けた選手たちが到着し、拍手とともに首相たちの出迎えを受けた。そのとき、物陰にどこかの国の大使館員風の男が佇んでいたが、そいつはまさにあの男だった。男は仲間のテロリスト・グループから責任を取らされて、新たな作戦を立案しなければならなかったのだ。平和な国で凄惨なテロを起こし、その元凶を祖国の独裁政権になすり付けようというアイデアだった。男は薄笑いを浮かべながら、背広の内ポケットからあの起爆装置を取り出し、背広の内側で安全ピンをゆっくりと引き抜いた。

(了)



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