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エッセー
トロイメライ
~I Have a Dream~

 シューマンのピアノ曲集『子供の情景』に、『トロイメライ(夢想)』という曲がある。誰でも一度は聞いたことがある名曲だ。『子供の情景』は、恋人であるクララの父親が二人の結婚に猛烈に反対していた時期に、彼女から「時々あなたは子供に思えます」と言われたのをきっかけに作曲した小曲の中から、13曲を選んでまとめたものだ。彼は自分の子供時代を夢想してこの曲集をつくったらしいが、きっと相手の父親と裁判までして結ばれるという骨肉の争いの中で、あの幼少期の穏やかな情景を懐かしんだからに違いない。クララは勝気で情熱的な女性だったから、自分の父親に毅然として立ち向かう夫を願い、励ます意味で「あなたまだ子供ね」と言ったのかもしれない。

 トロイメライのまどろむような緩やかな旋律の背景には、安定した平和な世界が横たわっている。もしシューマンが戦乱期に生まれていたならば、大人になってから、子供の夢をあんなゆったりとした旋律では表現できなかっただろう。戦争は乳幼児にも容赦ない。雨あられのように降ってくる爆弾の音に驚いて泣き出すと、今度は敵に知られまいと、自分の母親が汚れた手で口を抑えにかかる。沖縄戦では、それで死んだ赤ん坊がいた。いまでもウクライナやパレスチナで多くの子供たちが同じように爆音に驚き、世界は何もできずに手をこまねいている。しかし、そんな悲劇的な状況を退けてトロイメライを考えると、それは人生で最初に見る夢の揺籃のメロディに思えてくる。母親から十分に乳をもらった後に見る夢のまどろみだ。そして人間は、このとき味わった満足感を心に刻印させ、死ぬまで持ち続け、憧れる。トロイメライは、〝自己満足〟だけに特定された「口唇期」に見る夢なのだ。 

 乳幼児期には、子供たちはトロイメライのような漠とした夢を見ていたが、そこから新たな夢が発芽し、成長するにつれて目的を持った夢を見るようになる。最初は母親の夢やお伽の国の夢、王子様や王女様の夢を見ていたが、次第に周りから「君は大人になったら何になりたい?」などと質問されるようになり、戦時中の男の子なら「兵隊さん」、女の子は「ナイチンゲール」、平和時の男の子は「サッカー選手」、女の子は「アイドル」などと答えるようになる。しかしこの世の中は、「大人たちがなぜこんな質問をするのか」、ということを曖昧にしている。夢を見ることは、世の常識であるからだ。大人たちは暗に、子供たちが社会のためになる大人になること、食っていけることを期待して、この質問を子供にぶつけるのだ。仮に子供が「怠け者になりたい」とか「ヤクザになりたい」とか答えたら、目を丸くして怒るだろう。怠け者もヤクザも反社会的な人間だ。この国に生まれたすべての子供は、この社会に貢献するために生まれたのだとすれば……。ならば怠け者やヤクザはいったい何だろう。それは恐らく、この社会が未来に向かって伸びていくべきレールから外れ、落ちこぼれた人間に違いない。

 しかし大人たちは、自分たちの見る夢が、トロイメライから派生したものであることを忘れている。それが自己満足の塊で、直ぐに玩具の取り合いに展開したことを忘れてしまっているのだ。じゃあいったい、この社会のレールは誰が敷設したものなんだ。まさか神様ではないだろう。いろんな夢を心に抱いて、すべての子供たちがこのレールに上に置かれた乗り物に乗って、自分の夢見る未来に向かって走り出す。しかし激しい競争の中で、多くの子供たちが落ちこぼれて落胆し、気を取り直して別の目的地行きのバスに乗る。あるいはそれも叶わずに、とぼとぼ怠け者や反社会的な人間になるのかは、ケースバイケースということになる。

 このレールは、あくまで生まれた国の社会基盤の一つなのだ。どんなに大きな夢を持とうが、レールがなければ敷設することから始めなければならない。それを敷設するのは政府の役割だ。すでに敷設済みのレールも、例えば民主主義国家では、国民の多数決の意見が選んだ政府が敷設したものに違いない。権威主義国家では、王様の御意思で敷設されたものに違いない。だとすれば、その多数決や王様を嫌う怠け者やヤクザは、「落ちこぼれ人間」と単純に揶揄してもいいものだろうか。むしろ、この社会システムから生み出された教育の枠にはめられて、盆栽のように矯正された結果として心身を阻害され、失念のあまりに落伍した人間かもしれないではないか。そう考えれば、彼らの首を社会が絞め続けた結果、落ちていったという悲惨なケースもあるに違いない。

 政治に無関心な人々には、我々の選んだ政府の引いたレールがどこに向かっているのか知らない場合がある。政府が秘密裏に、おかしな方角にレールを敷設する可能性もあるわけだ。そしてその敷設計画を考案する政府要人は、トロイメライから派生した自身の夢を政策に具現化して、「一緒に乗れや!」と国民を巻き込む。なんの疑問も抱かない人が多ければ多いほど、人々は政府の設えた共同幻想の汽車に乗り、より良い未来へ行くことを信じて、揺籃に揺られてまどろむ。しかし、しばしばレールの行きつく先が断崖絶壁になっていて、トロイメライから覚めたとたん、汽車ごと奈落に転落する悲惨な事故だってあることは、歴史も語っている。世の中一寸先は闇で、運転するのは神様でも仏様でもなく、夢見る権力者や権力集団だ。卑近な例で言えば昔、帝国政府と取り巻き経済界が夢見て引いたレールに乗った国民の多くが奈落に落ち、命を落としていった。一億総懺悔をしても後の祭りというわけだ。

 いま我々がテレビで見ているのは、ロシア政府の引いたレールに乗って戦地に送られるロシアの若者たちだ。そして一人のロシア男のトロイメライが引き起こした戦禍で死んでいく隣国の人々だ。同じことはきっとパレスチナでも言えるだろう。人それぞれが、それぞれのトロイメライを見ながら小さなレールを引き、同じ方向に走る大きなレールに合流する。するとそれは主流となって、どこか予測のできない目的地に向かって走り出していく。経済学者も政治学者も、誰もその目的地が天国であるか地獄であるかは予測できない。

 大きなレールを敷いたプーチンは、ナワリヌイの引こうとしたレールは逆方向に向かっていると判断し、衝突の起こる前に排除した。しかしナワリヌイと同じ方向を目指す連中が再び敷設し、衝突を覚悟に動き出す。そんなとき、ロシア国民に求められているのは各自が自分の夢を分析することなのだ。もちろん、これは世界中のすべての大人たちに求められることだ。いったい自分はどんな社会を夢見ているのか……、それが自己満足だけのトロイメライだと気づいたときに、きっと大人なら子供の感性を捨てて大人のトロイメライを模索し始めるに違いない。人間は大人になってまで、「時々あなたは子供に思えます」と揶揄されるべきではない。大人なら、子供の夢が自己満足の夢で、大人の夢が少し先の未来に向けられなければならないことを知っている。我々は、子供のような感性が数々の悲惨な歴史をつくってきたことに気付くべきだし、繰り返してはいけないと思うべきなのだ。
「君は大人になったら何になりたいんだい?」
「テロリストになって、殺されたパパの仇を打つんだ!」 
 ……世界は未だに悪夢の揺り篭に捨て置かれ、金縛りの状況だ。




ショートショート
黄金姫

 攻落のあと、将軍は部下たちと天守閣に登った。自害した男女が百人ほど無残な姿で転がり、床は血に染まっていた。その中心に、敵将とその妻が抱き合うようにして死んでいた。
「嗚呼、黄金(こがね)姫。お前まで……」
 将軍は部下に黄金姫を敵将の胸から引き離すように命じた。抱き合って硬直した夫婦は、二人の男の力でもなかなか引き離すことができなかった。もう一人が夫婦の間に両腕をこじ入れて、血だらけになりながら、三人がかりで引き離した。黄金姫は仰向けに寝かされ、首の傷口からほとばしり出た血はまだ暖かく、白色の着衣をじわじわと緋色に染め続けている。まるで、朝日が昇るようだったが、姫の白魚のような顔は染まることなく、むしろ闇の世界に引き込まれるように蒼ざめていった。将軍は怒りのあまり、部下に敵将の首を落とさせ、そいつを蹴り上げた。首はコロコロと神棚の方に転がっていった。

 敵将は将軍の部下だった。敵将の妻を初めて見たとき、将軍はその美しさに驚き、その女が部下の妻であることを許せなくなったのだ。黄金姫を見て以来、将軍は毎晩彼女の夢にうなされるようになった。そうするうちに、部下の所有物であることが理不尽に思えてきた。自分の部下が、あのような美しい女を妻とすることは、主人を裏切る行為ではないだろうか。嫉妬心がむらむらと燃えて、激しい怒りがこみ上げてきた。
「黄金姫はあの下郎には相応しくない。わしの側室であるべきだ」

 そして一週間後、将軍は部下に辞令を送った。「黄金姫を召し出すように。我が側室として迎え入れたい。褒美として50万国の所領を分け与える」。するとしばらくして返事の手紙が来た。「そればかりはご海容いただけますと幸いでございます」。将軍は獅子のように唸って手紙を即座に破り捨てると、家老に城攻めを命じた。小さな城を五千の大軍が取り囲み、城は三日で落ちた。将軍は敵将の首と黄金姫の遺体を自分の居城に持ち帰り、オランダ医学の知見がある侍医に見せた。

「この首の輩は、わしの側室の首を掻き切った謀反者じゃ。そしてこの姫は大切な側室であった。わしが心に決めたことは、すべてが真となってきたのに、この姫の命だけは、一瞬の遅れで取り逃がしてしまった。オランダ医学では、その時の遅れを取り戻すことはできないのか?」

 すると侍医は落ち着いた仕草で畳に額を付けてから面を上げ、「さすがにオランダ医学でも、時の流れを戻すことはできませぬ」と答えた。将軍は怒りを抑えながら、震え声で「オランダ医学もさほどのことはないな」と溜息混じりに呟き、強い声で「わしはこの姫を生き返らせたいのじゃ」と続けた。侍医はしばらく考えてから、さらに落ち着いた仕草で畳に額を付けてから面を上げ、「オランダ医学でも、死んだ姫様を生き返らすことは成りません。しかし夜の間だけ、お勤め役として生き返らせることは可能でございます」と答えた。
「なに、夜の間だけ生き返るとな」
 将軍は目を輝かせ、「説明せい!」と閉じだ扇子を開いて振り上げ、火照った顔に激しく風を送った。

「オランダ医学ではダッチワイフと申しまして、夜の時間のお勤めだけに奉仕する側室がございます。この側室には命はございませんが、そのお体とお顔は、得も言われぬ美しさであることが知られております。しかもお湯を入れて体は暖かく、生きた女と変わりません。また、お床では将軍様に話しかけることは禁ぜられておりますので、おねだりもせずに、監視役のお女中を添い寝させる必要もございません。立派におしとねのお役を果たせます」
「しかし余は、この黄金姫が欲しいのじゃ!」
 将軍は扇子を閉じて、パンと姫の横たわる敷布団を激しく叩いたが、侍医が動じることはなかった。

「おまかせください。姫様に瓜二つのダッチワイフをおつくりしましょう。万が一お気に召されなければ、私めの首を切り落としてくだされば」
「しかしその造り物が、本当に余の心を慰めてくれるだろうか……」
「まずはお試しいただき、それからこの老いぼれの処遇をお考えください」
「ようし、お前を信じよう。気に入ったら金千両、気に入らなければお前の首じゃ」

 侍医は黄金姫の遺体と敵将の首を屋敷に持ち帰り、腐らないように氷室に入れた。それからオランダの専門職人を二人呼び寄せ、血で汚れた着衣を剥がして三人がかりで解剖台に乗せた。職人たちは口笛をヒューと吹いて、「まるでトロイのヘレンだ」と呟いた。近所の髪結いが呼ばれて、頭髪をはじめ体中の全ての毛が剃り落とされた。絵描きが呼ばれて、姫の死に顔が克明に模写された。それから姫の全身に、強酸に耐える金色の塗料が塗られていく。小一時間ほどでそれが乾くと姫は金色に輝き、三人はその美しさに心を奪われた。頭頂の中心部分に直径3センチほどの円形の塗り残しがあった。
「これほど美しい観音様を見たことがない……」と侍医。
「まさに美の女神ですな」とオランダ人。

 その夜、家老がお忍びで侍医の屋敷を訪れた。従者どもは、半ば腐乱した敵将の胴体を持ち込んだ。家老は帰り際に、「くだんのあれについてはよろしくな」と侍医に耳打ちをした。侍医は「かしこまりました」と答える。夜中に、酒に酔ったオランダ人たちが叩き起こされ、敵将の型作りが始まった。
「大分腐ってますな」
「このお方は、粗末な造りで構わない。上様は姫様のお夜伽を、このお方に見せたいのじゃ。上様は、姫様を亡き者にしたこのお方を許すことができないのじゃろ」
 オランダ人たちは苦笑いしながら、解剖台の上で胴体と生首を繋ぎ合わせ、黄金姫とは異なり、石膏型を取り始めた。明くる朝に絵師が敵将の顔を模写し、そのあとで下人が荷車で敵将の死体と首を刑場に運んでいき、首は晒し首となった。

 その日の午後、オランダ人たちが大量のシリコンジェルを屋敷に持ち込んだ。一人がポケットから200グラムほどの白い粉包みを取り出し、「こいつを姫様のシリコーンだけに混ぜます」と侍医に説明した。
「オランダ仕込みの夢見る薬かね?」
「さようで。夢を見ながら徐々に、でございます」と言って、オランダ人は含み笑いをした。
「遅効性であろうな」
「分量さえ間違えなければ」
「これで殿様から授かる千両は二千両に膨れ上がる。わしが千両、おぬしらが千両と山分けじゃ」
「嬉しい限りで……」

 黄金の姫は半分ほど硬めのシリコンが入った棺に寝かされ、その上から再びシリコンを注いで棺を満たしていった。シリコンが固まると棺に蓋をして、職人たちはそれを縦にした。頭の上の側板が外され、一人が脚立に登ってホースを頭の上のシリコンに差し込む。ホースの先端が円い塗り残し部分に密着すると、ギロチン台の首のように木枠でホースを固定した。徐々に強酸が投入され、頭蓋骨から脳味噌、首から胸へと浸潤しながら姫の遺体は骨ごと溶けていった。手先、つま先まで溶かすのは徹夜作業となり、侍医は早々と寝てしまった。

 明け方、職人たちは下人どもに命じ、そのままの状態で棺を裏庭に運ばせ、あらかじめ掘った穴のところで逆さまにして酸を捨てさせた。姫の遺体はドロドロの液体となって、穴の中に落ちていった。下人どもは、与えられた洗剤で5回ほど雌型の内壁を洗浄し、作業場に戻して立てかけた。昼になると侍医は起きてきて、次の作業が開始された。

 長いアリの巣のようなゴム袋が頭頂から四肢へと垂らされた。これは人肌の湯が入る袋だ。オランダ人は、別の管を差し込んで薬が混ざったトロトロのシリコン液を注意深く注ぎ込み、時たま雌型を回転させた。頭頂部分からシリコンがあふれ出して棺を濡らし、足元で撥ねた。侍医は驚いて逃げたが、オランダ人たちは笑いながら、「遅効性です」とからかった。

 あくる日になって棺は手術台の上で解体され、雌型シリコンの除去作業が始まった。半透明のシリコンの奥に、金色に輝く姫が眠っている。侍医も下人たちも、古代遺跡の発掘者のように固唾を飲んで作業を見守った。オランダ人たちは大小の刃物を巧みに使いながら、あれよあれよとシリコンを削ぎ取り、黄金の肌に付着した残渣のみが残った。彼らは特殊な油でそれを丁寧に拭き取っていった。金色の黄金姫は妙なる美しさで輝いていた。侍医もオランダ人も下人たちも、そのまばゆい姿に見惚れるばかりだった。
 そのとき、城からの使者が来た。殿様が今日中に黄金姫をご所望という。画家による彩色化粧は一週間ほどかかる予定だった。しかし使者は、女乗物と権門籠まで用意していたので、侍医は仕方なしに裸の黄金姫を女乗物に乗せ、自分は権門籠に乗って城へと向かった。遅いと叱咤されても、この美しい作品を見せれば許してくれると思った。

 将軍は、横たわる黄金姫を見ると、その唇に接吻し、涙を流しながら労をねぎらった。
「お前は良い仕事をしてくれた。千両を遣わそう」
「ありがたき幸せでござりまする。されど将軍様、黄金姫様を生き返らせるためには、人肌に染め上げる作業が残っております。お輿入れはあと一週間後に……」 
「ならぬ、三日後にせい!」
 将軍の理不尽な要求に一瞬戸惑ったものの、侍医は機転を利かす余裕があった。
「将軍様がこの金色の姫様がお気に召されたなら、二体お作りになられたらいかがでしょう。将軍様も、ご気分により二つのお城を使われております。この城の奥方様は金色、あちらの城の奥方様は肌色と、お二人の奥方様と至福の時を過ごされたらいかがかと存じます」
 将軍はニヤリと笑い「それは妙案じゃな。ならば合わせて千五百両遣わすぞ」と宣った。
「有りがたき幸せにござります」
 侍医は黄金姫を一端持ち帰り、それを雄型として急いで雌型造りを始めることにした。

 約束の三日後、金色の黄金姫の輿入れ日となって、姫様は金襴緞子の衣装を身に纏って城からの使いを待つ。夕刻に総勢百名ほどの迎えが来て、姫は籠に乗せられ城に向かった。将軍はその夜、床入りの御小座敷に横たわる黄金姫と交わった。そのとき、黄金の肌から発する毒気が将軍の体に浸透し、将軍は幻覚を見た。黄金姫が口を開いて喋り始めたのだ。
「上様は、欲の深いお方でございますね」
 見張り役の女たちには姫の言葉は聞こえなかった。彼女たちが耳にしたのは将軍の声だけで、人形に向かって話しかける将軍に驚き、ご乱心の兆候を見て取った。
「お前を死なせてしまったのは不覚だった。じゃが、こうしてお前は生き返った」
「私は天上から上様に語りかけておるのでございます。死後の世では、欲の深くないお方は天上に昇り、欲の深いお方は地獄に堕ちるのが決まりです。その理由は、この世では欲の深いお方が天下を取り、欲の深くないお方が憂い萎れていくからです」
「すると、わしの死後には……」
「命の切れ目が縁の切れ目でございます」
「嫌じゃ! 死後もお前と添い遂げたいのじゃ」
「ならば、私を愛するのと同じように、生きとし生けるものすべてを愛するのです」
「嗚呼そうしよう。お前を愛し、生きとし生けるものすべてを愛そう」
「ならば私は神様に向かって祈りを捧げましょう。この哀れな男が地獄に堕ちぬよう……」
「ありがたき幸せ。わしはお前のいない世に行きたくはない。わしは地獄に堕ちたくないのじゃ」

 黄金姫と同衾してひと月後、将軍は快楽(けらく)の中で命を落とした。新たに将軍の座に就いた弟君の耳元で、家老は囁く。
「事はうまく運びましたな。毒人形はもちろん、侍医もオランダ人も、口封じのためにすべて片付けました」
「でかしたぞ。ならば今宵は祝宴じゃ!」
 御女中たちが大広間で、手際よく宴会の準備を開始した。

(了)




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