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地獄の鼎談

閻魔●ようこそ地獄へ はるばると
意外なことに ここは果てしなく続く芥子畑
現世で踏み潰された悪人どもの魂を
痺れる力で癒そうと 鬼たちが汗を流して花を摘む
大天使ミカエル率いる天国の軍団に対抗すべく
地獄の閻魔軍団に迎え入れようその前に ザックリ割れた心を縫い直すのだ
人間だけに設えたステージなんぞありはしないが地獄は別だ
知恵の実を食べたのは君たちだけだが悪知恵の実もついでにくすねた
おかげで人災対策本部が急きょ設置したのが地獄だ 食えん奴等の毒消し施設さ
しかしそのイメージは君たちのような悪餓鬼が減るようにと
生臭坊主がこさえたウソ八百のつくり話 偽善者どものデマゴギー
おかげでスタッフ一同お客の期待を裏切らないようにとてんてこ舞
君たちの祖先が遅遅と築き上げてきた文明も… 種を明かせば子供騙しだ
ならばこの地獄というやつ 文明が崩れれば一緒に消えてしかるべき
今宵は我を含め罪深き三霊で 宇宙の通奏低音たる虚無の恩寵について
芥子酒を肴に自由闊達に語り合おう
君たちは蜃気楼を蹴散らしてやってきた 
その見分け方は一瞬にして消え去るものかどうかだ
ちょうど餓鬼が巣穴に群がる蟻を踏みつけるように 
あとに残るは亡霊どもの夢のあと… 残骸ははかない夢の終焉さ
しかし土の中には挫けぬ蟻どもが好機をうかがう
美しい国 美しい町々 美しい女たち 加えて荒くれ男ども
命も感性もニューロンもイカサマであることを見抜いたから
皇帝ネロのように初期化を試みたのだ 一同葉巻をくゆらせ談笑しながら
「やりまっか」とはあまりに軽い終末談義
錬金術師は黄金の代わりに途轍もない爆竹をこさえ上げた
パカリと炸裂させれば現は夢、夢は現と早変わり
遅遅として積み上げた歴史は粉々に砕け
未来とやらは卵のままに過激な音に驚いて
途方もない遠くへ逃げちまった こいつもはかない逃げ水さ
駆け込み寺は二度と戻らぬ宇宙の裏側 天岩戸よりも遠いところだ
残ったのは宇宙の法則という冷厳・苛酷な不滅理論 
嗚呼イカサマでないのは冷え冷えとした方程式だ無機物たちのためにある
山河は燃え町々は燃え女たちは燃え男たちは燃え あらゆる幻は燃え尽きてしまった
そして煙たなびく焼け跡の石段に 吹き飛んじまった未来人の影を見るだろう 
そうさあの爆弾のことさ 君たち嬉々としてこさえ上げたビッグな発明
あれは暗黒宇宙へのとばくちブラックホール
人間どもの夢と現、未来をパクリと吸い込む烈火の大法則
さあ話してくれたまえ 君たちが見た真実、いや、仮付けした真実とやらを

 航空隊員●そうさ真実なんかとっくに消えちまったさ …陽炎のように
隕石の衝突だろうが巨大噴火だろうが 閻魔の高みから見れば
一瞬に消え去るものはどれも蜃気楼さ了解だ
ならば俺の真実は俺の信念…のようなもので通しましょう
それは祖国の信念でもあるのさ仮付けにせよ…俺には十分生きていける
俺の任務は信念を真実に変えるだけ 冷静沈着に…だ
「翼よあれが標的だ」 まさに爆弾を積んだリンドバーグさ
初の快挙を目指して飛び立った 拍手喝采!
雲の切れ間から見えたものは
故郷とかわらぬ静かな町のイメージだったな
飛行士ならだれでも驚く平和な光景 
嗚呼見るだけで 人間どもの生活の吐息が伝わってくる
だが、騙されてはいけない
蔓延っているのは地球を汚す蛆虫ども
ないしは下等な猿どもというこれも立派な真実さ
少なくとも同類ではない 百歩譲って人間としても、「敵」だ
祖国を蹂躙しようと企む侵略者 
宇宙からきたインベーダーだと仮付けしよう
画鋲で貼り付ければ国が権威付けした真実だ
映画を見ろよ 奴らは地底人にそっくりさ まるで蟻だ
家々の中には地底に通じる穴が張り巡らされている
強力な爆弾が必要だ 奥の奥まで蹴散らすんだ
誰も異議を唱える者はいやしない
在来蟻を脅かす外来蟻は効率的に駆除するのが常識だ
祖国愛護組織から与えられた御墨付きのミッションなのだ
こいつは命がけの戦いだ ばい菌は抗生剤で一掃するのが鉄則さ
もちろんずぼらな脳味噌には想像もできない惨劇とやらを想像したさ…
一応は天秤にかけても見ましたよ 神への礼儀を重んじて
対するは祖国が猿どもに支配され 妻が犯され子が殺される惨劇
カミカゼ野郎に仲間たちがズルズルポロポロ消えていく悲劇さ…
受け入れがたい可能性のほうはずっしり重かったね… 弁証法は失敗だ
未確定のイメージだが確定すれば現実です 女神さんに任すわけにはいかないさ
悲劇の置き所は違っていた 止めたとしても二番手が飛び立つのさ尖兵だもの
決断は右手の中にコロコロ転がっていたのだよ お国の恥をかいてはいけません
さあ空想を現実に変える時間だ 多くの仲間の期待を込めてアルマゲドン
哲学・形而上学なんぞに耽っている暇があるもんか
こっちのカタルシスがあっちのカタルシスを浸食し あっちの炎は踏み消されて鎮火した
俺はボタンを思い切り押した すべてを早く終わらせるために…
間違いはなかったぜ 宇宙の法則だけが真実だ 一発でケリを付けたぜ!

 高射兵●「翼よあれが地獄の火だ」とは名言だよ
幸か不幸か成し遂げたときの感激は同じものに違いない 悪事でも
けれど爆弾野郎にピューリッツァ賞は上げられない
山の上から遠眼鏡で君の顔を眺めていたのだよ
君は単なる兵隊ロボット 一騎当千のスナイパー 
与えられた任務を実行するだけで頭がいっぱいだ 熟練完璧パーフェクト
勝ちつつあるプロが勢いづくと 撃つことしか考えない
心に余裕ができてさらに気勢を強めるものの傲慢な野獣は一見冷静
しかし君は少しばかり興奮していた ごらんよ閻魔のこの顔を…
他人の命運を握っている自信と快感、興奮に満ち満ちて 
ふてぶてしい勝者の笑みだ 似ているなあ…
過剰な腕力 過剰な権力 過剰な破壊力は君を神の操縦席に座らせた
しかし単なるニューロンの下卑た興奮 頬を火照らしているものは…
ライオンが獲物に襲い掛かるときの下等なメカニズムさ
嗚呼脳内麻薬よ 多くの罪づくりの元凶 あまりに単純な興奮作用…
素直な本能に理性が勝るわけはない あいつは込み入った哲学のように難解すぎる
戦争だもの単純な乗りが正解さ 殺せ、倒せ、潰せ、蹴散らせ! 
五体を貫く基本の背骨 肉体が朽ちるまでしっかり残る大黒柱の心意気
さらに君は極めて簡潔、ティピカルな人間だった その誉は成し遂げること 
しかし無意識であっても 少しばかりの不安からか神がちらつき
数え切れない命の燃え尽きる光景がよぎったのだ「ボタンに触れる指が震えていたぞ!」
同時にそれは痺れるような快感に変化して 武者震いへと変わっていった絶妙に 
人間的な、あまりに人間的な… いったい何に緊張していたのだ
失敗は許されないと思ったのか? 累々たる命を思ったのか?
秒読み段階に入ると 緊張はさらに強まり 顔面が蒼白になるのを見た
しかし次の瞬間 多量のアドレナリンが一気に放出されて脳味噌を炙り
凍った頬が鮮やかなピンク色に変わるのを目撃した
少しばかり 少しばかり 少しばかりと 君は早漏気味の興奮を押さえて
あらゆる感情 イメージ 観念が 四方八方から引っ張り合い 
うまい具合に円い照準と重なった瞬間
「今だ!」
思い切りボタンを押したとき 体中のテンションが解き放たれ 
お前はカウチに横たわるブタのようにダボダボと腹の脂肪を震わしたのだ、意外と小心
嗚呼成功だ 立派に任務を果たした おめでとう 祖国の英雄よ 敵国の悪魔よ
紋切り型の人間よ! 敵ながらあっぱれ
冷酷なまでに冷静な、プロフェッショナルの殺し屋よ!

 閻魔●まあそう皮肉ることもない
そうさ君は冷静沈着に任務を果たし終えたのだ
この雄々しい精神は優等生の戦士魂となって代々受け継がれていくだろう
しかし今は少しばかり後悔しているといった顔付きだ 君は歴史の変革者
アポロ一一号とはまったく違う歴史の方向は自爆
君から始まったぶっとい人類の歴史だよ たがの外れた破滅の歴史
お猿の時代から積み上げてきた文明さんはビックラこいて
飛び跳ねちまった宇宙の彼方に…君たちの未来とスクラム組んで
繰り返そう 一瞬にして吹き飛ぶものはことごとく蜃気楼だ
あいつは所詮猿が積み上げたバベルの塔 神の創造物ではないのだよ
気が付いたかねその正体を 紙のように燃え尽きてしまう薄っぺらな可燃物
カサカサと幾層にもぶつかり合い スカスカの穴が開いているから燃えやすい
だが孤独に生きている 君たちを尻目に勝手に成長するが寿命はある 
その屍は燃え尽きるか化石になるかだが 殺すのは巣食っている君たち寄生虫 
いやつくったのは君たちか… 
進化・革新と叫びながらめくらめっぽう吐き出す得体の知れぬ凝固材で
嗚呼…積木崩しのようなもの
さあポンプかマッチかはっきりしろ 燃え上がる炎を消すのは爆風さ
失火の火元は修羅のごとくの怒れる蛆虫ども それに比べりゃ閻魔なんざ若輩者さ
すばらしい過激さ 怒りの焔は地獄の釜より強烈だ 
憎悪は心の臓から血液に乗り 枝葉末節にいたるまで燃えたぎる
怨念が築き憎悪が壊す悪魔のデススパイラル
ならば思い切って業火で地球を初期化して ゴキブリさんからやり直すもいいだろう 
次なる爆弾まで億万年は生きのびられる計算だ ちゃちい破壊は姑息な治療
悪性腫瘍はことごとく摘出しないと再発しますと医者も言う
いったい何発炸裂させればチャラですか 答えておくれよ爆弾職人 
このままではどんどん重くなるばかりさ地球も地獄も …いたるところがカサブタだらけ
世の中あと三倍広ければ 皆さんもっと美的に生きていけたのに残念だ…この木賃遊星
君たちの星は、なんて貧乏な星なのだ

 航空隊員●閻魔さんもお人が悪い 数多くのマーキング動物と
ちっぽけなビー玉しかくれなかったのは
創造主たるあんたの親分のドケチ根性さ
きっと消し去るべき数の命を決めたのなら
一度に消しても小出しに消しても 消えていく数に違いはあるまい
おいらはサポーターだよ神様の
一気にやるかもったいぶるかの問題は朝三暮四のようなもの
閻魔さんが率先して爆弾を落す必要もあるまいて
地球上の生き物は勝手に増え勝手に滅びるのが鉄則だ
文明なんざ放っておけばいずれ滅びいずれ蔓延る
時間が経てば丸く収まるものだ 茶々を入れるな放っておけ!
図々しくもしゃしゃり出るのは権力主義者の特徴さ
そうさ単なるイメージの問題であると俺は思う
ここにいる君だって 仲間の首をはねたのだ
あいつは高射砲で射抜かれて 落下傘で落ちてきた
君はあいつをとっ捕まえて釜茹でにして食べちまった
目の前の人間を平気で食うほうが 俺には残酷に思えて仕方ない
俺はシミュレータ感覚で殺戮ボタンを押したのだ…思考停止さ
見えざる敵は見えざる蟻んこ
バケモノ雲しか見えなかったさ 入道雲の親分だ
君が浴びたのは生暖かいドクドクトした血潮だ生身の人間…
そうだ君はニワトリさんのようにちょん切ったのだよ冷酷に
大量も小出しも関係ないぜよ罪つくり 基本は同じさ家畜扱い
みなさん資源を絶やさぬよう 殺戮制限を設けましょう
いや人間は貴重な動物とは言えないな レッドデータではあるけれど…
しょせん生物理論が間違いなのだ 
ならば閻魔様のおっしゃるように
性欲、食欲、闘争欲という個体維持の本能に加え
人さまだけには「怨慾」という新語を加えておくれ…
仲間たちの怨念をかき集めてこさえた爆弾だもの…
成功すれば怨の字さ

 高射兵●嗚呼あの炸裂音 腹に響くぜ君たちの怨念、ずっしりと…
たわけたことを言うものだ だがも一つ足りないワードは「妄想」さ
リーダーの妄想、科学者の妄想、兵隊の妄想は異常かつ尋常に膨らむ
大将、あまたの敵を効率よく排除できるシステムを思いつきました!
閣下、劣等民族を効率よく去勢する方法を考えました!
俺が敵を食ったなどとは言いがかり 地底人じゃあるまいし…
俺は刀で敵の首をスパッとちょん切り
土の中に丁寧に埋めてやったさ 伝家のマニエール
釜茹でにしてやりたいところだったが五右衛門さんに失礼だ
ところで君の作品 巨大雲の下を紹介しよう
俺があそこで見たものが地獄でないなら
ここはいったい地獄でしょうかと疑いたくなるほどさ
小さな残酷大きな残酷 小宇宙大宇宙 一人殺した万人殺した
どちらも罪には違いはないが 俺は序の口、君は横綱
とても相手になりはしない 社会も悪もヒエラルヒーは必要さ
世の中に与える影響を考えておくれよ
君はわざわざ遠方から 地獄の小包を届けてくれた
俺が山から下りたときには 無数の血肉が吹き飛んだもぬけの殻
きっとお前が空の上から見た雲の下には
地獄の釜が煮えたぎっていたにちがいない しかし一瞬にして尽きてしまったよ
心の臓、両の目玉まで灰と化し 燃えるものなど何もない 
君には物足りないちっぽけな町さ 遠慮するなよオツに澄まして…
嗚呼俺は見たのだ 嬉々として高度を上げ飛び去る悪魔の翼
俺はやみくもに高射砲をぶっ放し 撃ち落とそうと試みた
悪魔を殺すためではない 君の親指の効き目を確認してほしかった
小さな神経の発火が地球の発火を招く歴史の始まりだ
そうだ遠くから眺めるものではないのだよ 余興の花火では済まされない
惨劇は深くじっくり味わうものなのだ やられちまったと後々まで尾を引く味わいさ
しかし君が地上に降りて見るものは すでに化石さ一秒後のビッグバン
悪魔が平らげた皿のようだがそれでも満足 俺と同じ景色を見せられるのだから…
肩を組んで地平の廃墟を眺めれば 共感する部分もあったろう 
君の罪についてもじっくり語り合えただろう 俺の罪と同様に
君のオツムも少しは放射能でビリビリ傷付く必要があったろう…
俺の脳味噌だって家族を取られてズタズタビロビロなんだから

 閻魔●いけないもう時間がない
近頃体験ツアーも増え出して 地獄は順番待ちの盛況だ
暇を明かせた連中が ゲテモノツアーにやって来る
しかし失礼ながら 安易に地獄の名前を持ち出さんでくれ
地獄はうちらの登録商標 いくら悲惨な光景だって
あまたのものは地獄と認めないようにしているのだ
なぜなら 地獄は決して化石にはならない人間様のいる限り… 
下々の似非地獄の上澄み液が阿鼻叫喚で そいつをすくい取り
新鮮なまま詰め込み続けるのが我が地獄釜さ 延々と…
君たちのメモリアルはだいぶ風化し冷え冷えだ 食えたものではない
いやこれらの残骸は 釜の炉壁に使えそう
地獄の釜が冷えたときは 人間どもが途絶えたときでもあるのです
地獄はここしかないのだよ 閻魔がいるのはここだけさ
地獄の一丁目一番地 ここから釜の中に落とされる ごらんひっそり佇む芥子畑の落し蓋
とばくちは狭いが釜の中は無尽空間 地獄は無数の魂が火を噴くところなのだ
君たちが見た光景は地獄であるわけがない 本家地獄に過去はないのだよ
現世地獄は 身勝手な理想を築く前の ほんのささやかな地均しさ
思い出したかい 君は平和を夢見ていた そして君も平和を夢見ていたのだよ
お互い平和を夢見ながら平和と平和がぶつかり合った
平和というのは小さい球の上で こすれ合って血を出すカサブタさ
平和と我欲は兄弟で平和と怨念は裏表
人間どもは平和を奪い合い、勝ち取るのだ。
やったことはすぐに忘れ 受けたことは根に持つものさ
こいつはミジンコ由来の学習本能
平和の下にはドロドロとした怨念が燻り続ける
マグマも膿もはちきれるときが再び火を噴くときだ だがここは地獄の本家本元
この際水掛け論はチャラにして 生前の恨みは水に流し
お互い握手をしたらどうだろう 地獄は敵同士が等しく苦しむ場所なのだから…

 航空隊員●閻魔様も良くできたお方だ
和解というのはお互いの怨念を解消することではないのだよ
心の深いところ忍耐の箱に閉じ込めて
二度と出てこないようにかんぬきを掛ければいい いや一時的に…
食欲性欲と同じものが怨念であるなら 無くなるときは死ぬときだ
さあ規模の差はどうであれ 残されし者の悲しみはみな同じ
勝者も敗者も関係ないが勝者は忘れ敗者は根に持つ
だから魂を抜かれた今だからこそ 握手ができるというものさ

 高射兵●分かりました 地獄の釜の前で誓い合おう兄弟よ
水掛け論も興ざめなこと らちの明かない言い訳合戦など
閻魔様のお白州で通用するものでもないだろう
俺たちはもう許し合う不遇の身
きっと俺が山の上から見たものも
君が空の上から見たものも そこで途切れた文明の化石…
あれは月の世界のように 音もなく死んでおりました
やがて新しい地帯類がうっすら覆い隠してくれるでしょう
しかし閻魔が見て見ぬ振りをしながら ほくそえんでいることも合点だ
すっかり忘れろ 仲直りだ… 怨恨は忘れる以外に方法なし
やはり地獄は人間だけに設えたステージでした 
閻魔も悪魔も人間も ルーツを辿ればエデンからの追放組
しかしあれらが地獄でないなら 地獄の釜に焚きくべる燃料にちがいない
文明の化石が増え続けるかぎり 地獄の釜を消すこともないのですからな
否 地獄の釜を維持するために 閻魔はカタストロフィーを求め続ける巧みな仕掛人

 閻魔●正解だ、名答だよ 
わしの仕事場も鬼たちも人の魂で食っているもの
かさぶたは地獄の釜の貴重な固形燃料 蛆虫どもは鬼を養うタンパク源のベストミックス
我が地獄を存続させるには惨劇と罪人の安定供給が不可欠なのだよ
さあ、君たちの運命はこれで決まった おめでとう
鬼たちよ芥子畑の落し蓋を開けよ この二匹の罪びとを釜の中に投げ込んでやれ
二人とも現世の毒気で麻痺して シズル感を求めているのだ 
爆弾雲の下で起きている灼熱地獄の再現じゃ… 
釜の中では平和も怨念も妄想もみな熔けてアマルガム あるのは苛烈な苦しみだけさ…
平和も怨みも憎悪もヒラメキもみんなみんな燃えちまって消えちまうのさ 

どこへだって? これはまたあどけない子供のような質問
高い高い虚無の煙突から宇宙に向けてに決まっている 
苦しみだけをリサイクルするシステムなのだ 地獄も地球も
世の中が幸福で汚染されぬよう… 我々は日々努力しているのだ

 
永遠回帰

犬に追われたテロリストが
けりを付けようと樹海に入った
格好の枝があちこちにあったが
なかなか決められず
迷っているうちに出直したくなった
途中で死にかけている老人を見た
うつろな眼差で男にウィンクし
「お前とはまた会うだろう」といった
男は三日三晩歩き続け
再び老人の所に戻ってきた
「お前は回るばかりだ。死ぬまで歩き続けるがよい。次に会うときは私も亡骸になっているだろう」
しかし三度目の遭遇でも老人は生きていた
「ここは小さな地球さ。回り続け、あらゆる事象も空回りする。日は沈み、昇る。愚者は死に、生まれる。争いは終わり、生じる。地球が閉じられている限り、生き物たちも空しく回り続けるだろう」
「そして人類はいずれ消滅し、新たな猿どもが生まれるというわけか」
「そう、出口はないのだ。回帰するしかない。地球も脳味噌も殻から出たら破裂する。お前の猿知恵は大玉の内側をバイクで回るサーカスさ。音ばかり大きいが、大した技じゃない」
「しかし宇宙は広がり続けているじゃないか」
「ビッグバンはお前が引き起こしたのだろ。そう、泉の広場でさ。宇宙が広がり続けるのは、お前の同類が絶やすことなくやらかすからさ。そうだ宇宙もまた、空回りを続けているのだ。そして、その活力となっているのが、お前の心を満たしているダークエネルギーだ。およそ虚空のある限り、得体の知れない力が宇宙を浸潤し、爆発を駆り立てるのだ。お前の心のちっぽけな宇宙も同じさ」
「俺の人生は空回りの連続。前に進んでも、いつもお前に出会ってしまう」
男は自虐的にわらい、ようやく理解した。虚無は電気抵抗のない円環を回り続け、エネルギーを減らす術がないことを。そしてそれは、若者の心に入り込み、時たまリークして爆発することを。偶然男が手にした爆弾から、拡大宇宙が誕生したことを。そして、宇宙はどこもかしこも、ダークエネルギーに満ちていることを…

 
ネアンデルタール

お前らホモ・サピエンスよ
俺はネアンデルタールの英霊だ
か細い心でいつもおののき
平穏を愛し、大げさなことは大嫌い
風に背を向け、戦う前に滅び去る
かつて俺たちはエデンの園にいた
お前らの高慢は神の怒りに触れ
俺の気弱さは神の失望を買った

俺はお前らに愚弄されるため
お前らは俺を愚弄するため
仲良く追い出されたのだ
ここは焦熱地獄 
太陽に背中を焼かれ
深い洞穴に逃げ込んだ
ところがお前らは
太陽を浴びながら風を切り
殺し合いにうつつをぬかす
面の皮の厚さ 立ち直りの早さ
地獄を天国に変える錬金術

薄々気づいているだろう
どちらも神のなぐさみもの
そして俺はお前ら専用の踏み台 お前にとっての悪
悪賢いヘビの弟子となり 園を追われたお前らは
だまし討ちを覚え 悪を踏みつける喜びを知った
まずは小手調べに俺を蹴りつけ
異種の純血を汚してやろうと 妻を陵辱する

きっと百一獣の王は二人いらない
しかし内輪揉めは手ごわいぞ
嗚呼、罠に掛かった亡者の叫びは
お前ら獣の耳には妙なる調べ
あるいは聖戦への進軍マーチ

神はネアンデルタールを
お前らのコマセに撒いたのだ
まるで地球はコロッセオ
俺は地中に隠れたハリモグラ
きっとお前らにわらわれるべく
神ははなから望んでいたのだ
弱肉強食の設計図をひけらかし
ダーウィニズムはこの世の掟
勝者にこの星を与えよう
勝者のみが正義だと…

死屍累々たる敗者たち
弱きものの怨念が飛び交う
無念の涙が露と化し
草の裏に息を潜めつつ
道行く子供を選別する
痩身蒼白 臆病者のヨチヨチ歩き
腐った肺から飛び出た痰のごとく
粘着力で坊やを捕らまえた
飲み込んでおくれ 不気味な遺伝子を
立派なコマセに育てましょう…
泣きんぼはネアンデルタールの末裔 
穴倉を住処とする生きた屍
否、生餌 死ぬための生命体
太古から細い糸で結ばれてきた
淘汰すべき感性 うじうじした精神 空回りする妄想…
嗚呼、サピエンスの血に注いだおいらの滅亡遺伝子よ
ずっとずっと祟り続けろ

いやいやネアンデルタールは呪えない 怒れない 
蟻んこを踏みにじる快感を
憤りがすべての勇気を
俗悪という名の正義を
なにはともあれ
お前と俺は別の生き物 
だからこそ前祝だ
お前らホモ・サピエンスの滅亡を祝して
もうすぐ、きっと俺たちの少し後
最初は弱きものから…
おいらの血に怯える者から…
それがこの星の乗車マナーというものだ

寒風に晒される蓑虫の
無防備なボロをまとい 不規則に
あてどなく揺れ続ける悪しき遺伝子
ネアンデルタールの末裔という不名誉
弱き息子たちよ 同じ土俵に上がるな
この堕落はきっと悪質なゲームだ 
お定まりの結末… 宇宙の摂理 
神様の仕組んだ… 夢の中の… 
そう、悪夢の中のシナリオ
名作は始めに結果ありき…
神は最初に結末を書いたのだ


ポンテベッキオの宝石屋

赤く染まったアルノの流れを
いくたびも見つめ続けてきた老橋に
客のいない店がある
「宝石屋」の看板に二つの弾痕

ショーウィンドウには
フニャフニャに融けたベッコウアメの
創作菓子にしては不味そうな
だが色あせた琥珀色や苺色や水飴色の
エトナから流れ出る溶岩のような不気味なやつも
アメーバみたいな見る者を不安にさせる不定形
流れるままに任せて固まった偶然のアートたち
窓越しにからかう者はいようが
入ってまで冷やかす物好きなんかいやしない

僕はしかし かび臭い色香に驚いて興味津々
不覚にもドアを開けてしまった
蒼白い顔色の痩せた女主人 
年老いた だが品のある…
ショーケース越しにぎごちなく微笑み
お客様はひと月ぶりですわと…
いや僕は客ではありません グヮルティエル・マルデという貧乏学生です
これらの濁った色に惹かれたのです ピュアでない
偶然を装う自然の必然とでもいうような…
ただただその名前が知りたかっただけ…

宝石はみんな神様の御意志で創られるのです
でも宝石の命名権は手に入れた方にありますわ
いえいえ例えば琥珀、瑪瑙、蛋白石など…
女は琥珀色の雫を連ねた首飾りを取り出し
琥珀は不吉な宝石でもあるのです、…と
それはそれは遠い昔 恐竜たちにむしられ剥がされた
木々の涙がさざれ石となって漂着したタイムマシン
触ってごらんなさい 傷口は頑なに熱を閉じ込め
冷えることなく続いてきた怨念の結晶 されるがままの無力感ゆえに…

ならば壁にかかった超新星の爆発痕は? 
鮮やかな深紅と漆黒が織りなす瑪瑙は激しい怒り
火がついてしまえばもう止めることはできない
女は流れ落ちる血糊を壁から剥がし歴史的な壁飾りよ、…と
嗚呼黄ばんだ壁紙がくっついている まるで引きずり回された皮膚だ… 
石になるにはあと数万年は必要です きっと人はもぬけの未来への遺産
触ってごらんなさい 憎しみで煮えたぎる血潮が沸々と
冷えることなくくすぶり続くレジスタンスの結晶
負け犬の血糊は壁に走って素敵な宝石になるんです 

ならばその半透明で少し黄ばんだ可憐なイヤリングは
女はショーケースからひと雫を手に転がしながらうっとりと…
触ってごらんなさい 残されたものの涙はオパールです
繰り返し繰り返し貯め育てた悲しみの結晶 遅々として…
閉じ込められた虹のかけらは思い出たちに違いない
嗚呼奥さんもったいない 貴重な原液を垂れ流してはいけません
いいのです 私の涙はおおかた水ばかり 味も塩気もない条件反射
虹の出ないオパールなんてただのガラクタよ
もう夫の顔もとっくに忘れてしまいましたから…

 

節穴

いつか遠い昔
誰かに頬っぺたを叩かれたとき
目に火花が散って
網膜に小さな穴が開いた

それは用もない節穴だったが
覗いてみると万華鏡で
数知れぬ昔人たちが
数知れぬ昔人たちに
頬っぺたを叩かれていた 

若い女に叩かれた男がいた
親に叩かれた子供がいた
夫が妻に、妻が夫に叩かれていた
生徒が教師に、教師が生徒に
部下が上司に、兵隊が上官に
大臣が王様に叩かれていた
奴隷が主人に、蛮族がローマ兵に
町人が浪人に、落人が百姓に
皇帝が夷狄に叩かれていた 
…愛国者が愛国者を叩いている

男は頬っぺたを
誰かに叩かれたことを思い出した
地下の拷問室で
後ろ手に縛られ…

 

戦場の母

だいぶ昔のこと
すっかり忘れちまったが
僕は母親の腹の中にいて
柔らかな胎盤の和毛に守られつつ
人生で一番幸福な時を過ごしながら
きっと何かを考えていたにちがいなく
必死にそれを思い出そうとしている

たぶん母親が祈っていた
僕の命のことだったかもしれないし
僕自身がその命を祈っていただろう
へその緒でしっかりと結ばれた
母親という大きなおまけだったかもしれない

そいつはきっと打ち上げロケットのように
僕を広大な虚無空間まで運び上げると
ここぞとばかりに一気に切り離し
僕は驚いて泣き叫びながら
裸のまま手足をバタつかせ
居心地の悪い別世界に着地させられた

嗚呼、なんという裏切りだろう
僕は慣れ親しんだ住家を追われ
仕方なく虚弱な足を奮い立たせ
虚無の大地に始めの一歩を印したのだ

もうだいぶ時が経って
命を弄びながら機銃を抱え
荒廃した大地に足を踏み入れて
慣れ親しんだあの家を覗いてみると
ミサイルで壊された瓦礫の中に
忘れちまった最初の揺籃が
朽ちた姿で転がっていた

嗚呼、どうしちまったんだ
地獄と変わらぬ世界に揉まれて
驚いて泣き叫ぼうにも
僕の涙はすっかり枯れ果て
胎盤の香りに似た腐臭を浴びながら
機械的に母を抱き上げ
目をつむって何回もキスをした
かつて彼女がこの頬に
がむしゃらにやったみたいに…

 

 収縮をはじめた宇宙

遠い未来 恐らく数千年も先のことだ
その先の未来は過去であるというおかしな事態が発生した
膨張する宇宙は宇宙の果ての壁にぶつかって
本能的に収縮をはじめたに違いなかった
人々は宇宙が巨大なアメーバであることを発見したのだ
宇宙が収縮をはじめると 究極の目標はビッグバンに設定される
無限大のシリンダー空間から砂粒以下のハナクソまで
宇宙の運動は巨大なピストン運動であったことが実証されるだろう
人々はそんな途方もない御伽噺の中で生きていることに失望した
特に科学者にとってもっともやっかいな問題が発生した
宇宙の収縮期においての時間の取り扱いである
時間はアインシュタインの予言どおりに逆流を始めたのである
世の中はまるでフィルムを逆に回したように過去へと退化していった
いやこれは見方によれば進化とも言えるし 変わりゃしないという奴もいるだろう
しかし世の中でいちばん喜んだのが幽霊どもに違いなかった
骨壷は墓から引き出され 焼場で再生されて肉付けされ
魂を吹き込まれて遺族の元に帰っていった
もちろん喜んだ遺族もいれば悲しんだ遺族もいる
遺産をもらった息子や再婚した妻には深刻な問題が発生した
殺された人間は生き返って殺人犯を捕らえるが
そもそも生きているのだから殺人はなかったことで和解した
幽霊の次に喜んだのが老人たちである
白髪は黒髪に 禿には毛が蘇り むらむらと異性を求めてうろつきはじめた 
ところが政府が調査をして意外な事実を発見した
多くの貧乏老人がまたまた辛い人生を繰り返すのが嫌で自殺を試みたという…
しかし宇宙の収縮期において自殺は不可能なパラドックスである 
人のみ授かった唯一の特権を神に取り上げられてしまったのだ
全宇宙の起点は逆転した すべての人間は母胎に戻って死んでいく
嗚呼 この事実が新たな課題を人間に投げかけた それは寿命の問題だ
もっとも喜ばしいと同時に悲しい出来事は 死んだ幼子が蘇ったことなのだ
幼子は墓場から出てすぐに母親の子宮に戻り消えてしまった
母親はしぼんでいく腹を擦りながら別れの涙を流した 二度の絶望…
世の中はもちろんのこと 人生も悲喜こもごも…
時間が逆行しようとするまいと 慣れてしまえば同じことだ
いや 慣れる以外になにもできない無能な人間ども…と言うべきか
ただひとつ 余命がはっきりとして人々は覚悟を決め
その分少しは賢くなったに違いないが 
ささやかな財産は子供にもどって落としてしまった 
嗚呼 そして人々はようやく理解することができただろう 熟成も老成も無味乾燥
世の中なんにも変わらなかったということを…
今はあの戦争の最中だが 兵隊たちはゾンビのように蘇り
嬉々として鉄砲を打ち合っている 
死への恐怖をまったく忘れて…


向日葵畑

幅の狭い
ずっとまっすぐな
ぬかるんだ道
どこまでもどこまでも
枯れちまった向日葵畑
今日も老女は
デートのときの
朽ちたドレスを着て
松葉杖を支えに
いつもの所まで来ると
深いため息でキョロキョロ
家の近くの遠い道

てのひらを陽にかざし
どこだろうねえ
この指は……

若かったとき
赤ん坊を抱え
地雷を踏んだ
左の足と左の薬指と
左の胸に抱いた
生まれたばかりで
死んだばかりの
赤ん坊が砕け散った
犯され生んじまった娘さ

敵に連れ去られたと嘘を言い
あのとき流すはずの
小川の近くに埋めた
干からびた左足と一緒に…

戦地で死んだ恋人は
いつになっても戻らない
誰もいない墓を造った
隣にちゃっかり自分の墓も…
こっちはあたし
あっちは形見
亡くしちまった指には
婚約指輪がはまっていた

向日葵が満開になると
なま暖かい風に揺られて
金色に輝く何かを見た
少し離れた畑の中で
夏の光をキラキラ撥ね返す

お日様を元気に見上げる
丈の短い小さな向日葵
子犬のような円らな瞳で
眩しい世界に驚いている
白茶けた細首には指輪のチョーカー
嗚呼奇跡だ どうしましょう
婚約指輪を押し付けて
殺しちまったんだ 
鶏みたいにさ

パアンと悪魔の音が蘇り
鋭い悲鳴が飛び散って
頭のどこかがプツンと切れた
耳を塞いで倒れ込み
開いたまま地面を叩き 
搔きむしられた大地の底から
大袈裟な声を絞り出し
地獄に届く罵声を上げる
チクショウ!

嬉しいやら恐ろしいやら 
まるで恋人の骨でも見つけたように
泣き叫びながら小川に向かって 
匍匐前進を開始した
嗚呼 幸せな家庭を築くんだ
まるでおままごとみたいにさ…

 

 SOLDATO SCONOSCIUTO
_天国からの手紙_

セレネッラは清掃員だ
任されたのは無名戦士の墓
広い広い芝生の敷地に
石の墓標が並んでいるけれど
この一画には名前の代わりに
「知られざる兵士」と書かれている
彼女がここを任されたのは
他の仲間よりは静かだからさ

仲間の連中ときたら
名前がないのをいいことに
勝手に名前を命名して
語りかけたりする
やあジョバンナ、元気でいたかい?
ハイ、アントニオ、今朝は朝露を飲んだの?
カルロ、生きてたらきっとモテモテだったわよ
エットーレ、また夜中うろついたでしょ!

息子の骨を返してもらえなかった親が
「君は僕のマリオかい?」なんて花一輪置いてくのを
いつも近くで見ていたからなんだ
年取った親たちは
どこかに息子がいるって信じ
小さな奇跡を期待してるんだ
花束から一本ずつ抜いて
一つひとつの墓に置いていくのさ

だけど墓はいっぱいあるから
花束はすぐ無くなっちまう
そしたら、今度は次の墓から
始めるってわけだ
みんな、自分の息子が恋しいのさ
息子の骨だと信じたいのさ
この墓地に、息子がいると思いたいんだ
自分たちも、息子の隣に眠りたいからさ

セレネッラの仲間たちは赤の他人だから
萎れた花をいちいち片付けるのも面倒だし
皮肉半分に耳に入った名前を使っちまうんだな
好きだった誰かの名前かもしれないけどさ

でもセレネッラは仕事中も休憩中も
何も喋らずニコニコしているだけなんだ
けれど時たま箒の手を休めて
悲しそうな眼差しで墓を見つめ
暗い顔して深いため息をつくのさ
言葉にはならなかったけど
きっと仕事が辛いにきまっている
彼女はもうけっこうな歳なんだ

ある日、墓の一つに薄汚い紙が乗っかっていた
セレネッラはそれを摘まんで丸めようとしたけど
薄いインクで何か書かれているのに気付いたのさ
そして初めて大きな声を張り上げたんだ
「アンジェロ、貴方だったのね」
彼女はそれから、墓の前で泣き崩れたのさ
疲れてたんだ、良くあることさ
それとも、昔の彼氏でも見つけたのかな…

 

 送る花

死んだ仲間たちの穴に花束を投げ入れよう
ネアンデルタールの人々がそうしたように
そしてその伝統を我々が引き継いだのなら
色とりどりの花を並べる店が消え去っても
雪解けの野辺に生える草の小さなつぼみを
涙で濡れた傷だらけの手で優しく摘取ろう
つぼみたちは常春の天国で力強く開花して
ほかの花々と目覚めた仲間たちを祝福する
猿どものしがらみから解放された愛の象徴
たとえ信じられない過酷な世界が襲っても
春が来れば花たちはつぼみを綻ばせるのだ
不条理な死を遂げた人々に野の花を送ろう
ただひたすら倹しく穏やかな来世を願って


無言歌

まだ人々が生きていた少し未来のこと
彼らの祖先は大きな戦いを生き抜いて
死んだ者へのせめてもの償いを考えた
心の中の悪いもの汚いものを洗い出し
小さな胃袋に一つ一つ丁寧に積み重ね
剝き出た廃墟の上に一気に吐き出した
吐液は血色の瓦礫をじわじわと溶かし
永い間の風雨と風雪がそれに加わって
灰と血を混ぜた斑模様の土に変わった
血に飢えた兵士の迷彩服にも似ていた
それでも肥沃な土から植物たちは育ち
知らぬ間に深い森に変わってしまった
人々は昔起きた出来事をすっかり忘れ
朝には小鳥たちの歌声で目を覚ました
恋人どうしは愛を語り合うこともない
人々は語り合う言葉を失っていたのだ
彼らの心には美しいものだけが残って
それらは言葉などなくても通じ合った
小鳥のようにメロディアスにさえずり
最後は哀調を帯びたマイナーで終った
まるで古の悲しみを思い出したように 

 

 丘の一本樫
 
村はずれの禿山に生えた一本の樫の木
双葉から老木への五○○年もの間
住人どもを一瞥してきた
昔は走り回る人間がうらやましかった
崖っぷちに囚われ、風にからかわれるがまま
年輪を重ねるうちに賢しくなった
自由である人間の不自由が分かり
不自由な大木の自由も分かった
人間にとっても樫にとっても
一年を乗り切るのは至難の業だ
しかし孤高の樫には立ち枯れる自由があった
群れなす人間どもは死の自由さえも奪われ 
互いの体を絆で縛り合った
嗚呼、運命共同体という不自由
男どもはせわしく動き回り
王や地主に頭をペコペコ下げた
子供たちは腹を空かせ、弱い子は強い子に盗んだ実を捧げた
女たちは金持ちの男に色目を使った
老人たちは物乞いのように息子の顔色をうかがった
人間どもは、薄汚れたねばねばしい縄で結ばれ 足を絡め取られ
断ち切ることもできずに脱腸のように引きずっていた
寝床で死のうが野垂れ死のうが
しかし死ぬときは穏やかな顔つきになり 
それは闘争が終わり、天から自由が来た証だった
しかしつかの間の喜びは蛆となり、たちまちにして朽ちていった
比べるに、一本樫は五○○年泰然として穏やかだった
大風で軋ることはあった
寒さに震え上がることもあった
喉がカラカラになったこともあった
しかし怖くなかった 孤立していた
守るべき誰も抱えていなかった
大樹の心を持っていたのだ それは仲間を知らない心だ
春には無骨な根塊から栄養がなみなみと上がってきた
葉を通して太陽の恵みが降り注いだ
比べるに、人間は春を夢見るだけの飢えた動物だ
貧乏人はまだしも、地主も王様も夜には夢を見た
さらなる高みへと 収まらない欲望が募り 
下卑た狡知を加速度的に育ませた
しかし樫は 哀れで愚かな人間が好きだった 
樫は、夢見ることがまったくなかった
ただ見守るためだけに生きてきた老木だった
「私が生まれるずっと前から、彼らの祖先は捕食者を恐れる性格を持ち続けてきた。その恐怖が妄想を育み その妄想が悪知恵を生んだ。そしてその妄想は生きがいとなったのだ」

あるとき 村の利発な少年が樫のところに来てたずねた
あなたは五○○年も生きているのに父さんはなぜ四○年で死んだの?
人間があなたと同じくらい生きられる方法はないの?
坊や それは実に簡単なことなんだ
トカゲの尻尾が切れても伸びるように
嵐で吹き飛ばされた私の枝もまた伸びるのさ
それはすべての生き物の特権なんだ
そう、人間も例外ではない まだ知らないだけさ
老人の細胞を赤ん坊の細胞に置き換えるだけの簡単な話なんだ
少年は大人になって不死の薬を作り出し 王様に献上した
そして王族と金持ち連中は 五○○年の寿命を得ることができたのだ
そして世界はいつしか 少数の長寿族と多数の短命族に分かれてしまい
短命族は長寿族の奴隷となった

芽吹いてから一○○○歳の誕生日を迎えた日
悪魔が天から降りてきて第七の枝に腰をかけた
俺は小鳥ではない、神の使いとして降り立ったのだ 
お前に一○○○年もの命を与えたのは
人間どもの最後を見届けさせるためだ
人間を愛しすぎ、神の秘儀を漏らしてしまった罰さ
神はすべてを平等に創造されたのだ
すべての生命に 相応の命を分け与えるため 
あえて単純なからくりを試されたのだ 
神は人を見くびったが人も神を見くびった
生命の神秘は川に沈む黄金の指輪に等しい
指輪を手にした者は人類を滅ぼすことになるのだ
プロメテウスは神から火を、お前の少年は不死を奪った
神は二度も愚弄され、去っていった
神は死んだのではなく、去ったのだ 
天は消え、人の上には人が造られ、人の下には人が造られ
人は人の道具として生まれゆくようになった
もはや人は神が創られた生命ではない 
人が造った機械に過ぎない それは怪物だ
神はすべての生命に従順さを求めてはいない
しかし怪物が神の代わりになることには耐えられないのだ
さあ樫よ、プロメテウスの子孫にその意味を示すときが来た
目には目を、火には火を
悪魔は枝の上でタバコに火を点け、そいつを枝葉に押し付けた
老木は巨大な松明となってファイアストームが起こり
一瞬にして、愛すべき丘の下の家々を焼き尽くしてしまった

 

 ハンスト・エレジー

僕はレストランでステーキを頬張りながら
あの断食芸人のことを思い浮かべているのだ
なぜ死ぬまで断食を続けなければならなかったのだろう
きっとあいつの体は純粋で
異物を体内に取り込みたくはなかったに違いない
おそらくあいつは僕以上に偏屈な男で
外部から栄養を取らなければ死ぬという
この星のシステムを嫌っていたからに違いない
だって明らかに金のために断食をしたわけではない
明らかに意地を張って断食し続けたわけではない
明らかに自慢をしようと思ったわけではない
客にバカされていることは分かっていたのだから…
ならばこの世が嫌になって、死のうとしたのだろうか…
そうだやっぱり、この星のシステムの問題に違いない
あいつはこの星の住人であることを恥じたのだ
断食というルーチンを終えた後の開放感を恥じたのだ
習慣化した断食明けの食欲を忌み嫌ったのだ
そうだあいつは食うという行為自体を恐れたのだ
なんという恥ずべき行為だろう
牙をむいて肉を噛み砕く下卑たしぐさ
食って、消化して、便を垂れるというえげつないしぐさ…
嗚呼グロテスクだ、耐えられないぜ、この世のシステム
あいつは詩人のようにナイーブな男だったのだ
僕は急に気分が悪くなり
便所に駆け込んで牛のように吠えながら
盗んだ金で食らいついた
高価な肉塊を全部吐き出してしまった

その明くる日、僕は逮捕され
あげくに不法滞在で入管施設に収監された
嗚呼グロテスクだ、耐えられないぜ、この世のシステム
どこに行っても自由に生きられないなんて…
街中に迷い込んだイノシシ以下じゃないか!
僕はあの断食芸人のように
ハンガーストライキに突入した
仮放免を期待したからだって?
冗談じゃない!
砂漠の夜空に輝く満天の星を見てごらんよ
あそこには、こことは違う世界が広がっているって
子供の頃、イマームから教わったんだ……
僕はあの断食芸人に会いにいくことにしたのさ

 

 戦場の詐欺師

昔、指を患者の腹に差し込んで
心霊手術をする詐欺師がいた
腹から血が出て、医者も騙されたが
血は豚の血で、患者の腹の中はもとのままだった

尖った耳の宇宙人も、その手の詐欺だと疑う人は多かったが
一夜の空爆で廃墟と化した町に、多くの母親たちが集まった
肉の欠片があれば、そこから新たな生命が誕生するのです
砕け散った息子や娘の肉を瓶詰めにしてアラック酒を注ぎ
宇宙人の前に置き、焼け残った財産をすべて提供した

ひと月後に宇宙人は笑顔で現われ、母親たちに告げた
成功しました、皆さんのお子さんを再生することができました
トラックの幌の中から、たくさんの赤ん坊が運び出された
足裏には、死んだ子供たちの名前がマジックで書かれていた
母親たちは子供を受け取ると、狂喜し大泣きした
父親たちは諸手を挙げて宇宙人を神と讃えた

しかし赤ん坊はすべて、あの空爆の夜に
瓦礫の中をうろつき回る火事場泥棒たちが
死んだ母親の胸から首飾りとともに奪い取った
みなし児たちだった……

 

 鬼軍曹の死

自分が埋めた地雷を踏みやがった
五メートル浮き上がって
どでかい音が鼓膜を破った
首はもげて八メートル先の池に落ち
黄色いカエルを真っ赤に染めた
右足は付け根から十メートル飛ばされ
右手はもげても軽機銃を離さず
ドドドと撃ちまくりながら
敵陣十二メートルをひとっ飛び
銃剣がラワンの太っ腹に突き刺さり
台尻からキラキラ血が滴り落ちた
首無し胴体はそいつを見ることもなく
二階級特進してじたばたせず
泰然として砂地にソフトランディング

少尉殿は横目でそれを見ながら
死んだ奴は知らんとばかりに
奪還だ、奪還だと叫びながら
鬼の顔して部下たちを引き連れ
ジャングルの中に消えていった
やがて銃声が遠のくと
野良犬が三匹やってきて、キョロキョロと
もげた右足をウーウー引っ張りあいながら
仲悪く森の中に消えていった

最初に来たのは村の男でキョロキョロと
軍曹殿のポケットをまさぐって
時計や財布を巻き上げていった
次に来たのはバカンスにやってきた
ずっと昔に火あぶりで死んだ
北方の魔女たちだ
ちょうど昼時で腹が減ってたから
何世紀ぶりに魔女会でもしようということになり
沼から生首と赤ガエルを捕まえてきて
巻き付いてた血塗りの手拭いを
法王のマントみたいに
カエルに着せて仲良く並ばせ
どこからか大鍋を持ち出し沼の水を入れ
マングローブの根っこに火を付けた

湯加減が良くなったところで
まずは生首で出汁を取ろうと
魔女の一人が首っ玉を掴もうとしたら
生首が歯をむき出して手を嚙んだので
イテテと笑いながら手を引っ込めた
往生際の悪い奴だねえ
どうせあんたは腐るだけだろ
だからといってお前に食わす理由はないさ
仲間の勝利を見届けてからあの世に行きたいのさ
見るなよ、見ないほうがいい、見るべきじゃないさ
あんたの仲間は今日明日にも玉砕するんだからさ
だからといってお前らに食わす理由はないさ

ハハハと嗤いながら両手で鉄兜を引っ掴み
眼ん球を海のほうに向けやがった
そこには白い砂浜が黒くなるほど
地元の幽霊どもが蟠っていやがった
みんなみんな貧相な顔で飢えていて
スープができるのをじりじり待ってるんだ
首のない奴が両手で首を抱えてやってきて
軍曹殿お久しぶりです
こいつはあんたの刀で刎ねられた
おいらの愛しい首っ玉ですぜ
もう用なしなので
あんたと一緒にお鍋に放り込んでくだせえやし

小さな子供が十人しゃしゃり出て
お父さんお母さんを殺されて
おじさんたちが食べ物を残らず持ってったから
腹が減って死んだんだよ
早くおじさんの首っ玉スープを飲ませておくれよ
このままだと腹ペコで死んじゃうよ

子供が引っ込むと
服を裂かれた四人の娘がやってきて
無言のまま涙を流している
おいやめてくれよ、堪忍してくれ!
娘たちが二手に分かれて引っ込んだ間から
振袖姿の女が忽然と現れ
白々しく眺めている

嗚呼出征前に盃を交わした俺の女房
ヘエ空襲でねえ、お釈迦様でも知らんぜよ
私は晴れ着を出しておぼこに戻り
これから天国に行こうと思うんです
私のわがまま許していただけますか
許すも許さんも誰も地獄なんざ行きたくないさ
それに俺だって天国へ行けるかもしれんしさ
お国のために頑張ったんだ
准尉殿は死んでも鉄砲を撃ち続けました

すると魔女どもも村人も女房までもがナイナイナイと大爆笑
挙句に襟から逆三行半を取り出して軍曹殿のオデコに貼り付け
天国でいい人を見つけるのよと宣った
軍曹殿はそのイメージギャップに唖然として
軽く軽く軽々しく、天に召される女房を
重く重く重々しく、上目遣いに見送った
いつも寝る前にあいつの写真にキスしてやったのに
まあ俺の脳味噌をすすらなかっただけでも御の字か…

さあさあサイケデリックな大饗宴の始まりだ
魔女どもは箒に乗って空中を乱舞し
爺さん婆さんから小っこい子供まで
空中浮遊で過激に踊りまくる
みんなお祭りも喧嘩も好きなんだなあ…

さあいよいよ御首様の浸礼儀式が始まるぞ
マッチョの若者が二人、軍曹殿の鉄兜を厳かに取り去り
どっからかくすねた銀のトレイに首級を乗せ
坊主頭の上にカエル法王をちょこんと乗せる
二人がそいつを肩まで上げると魔女どもが降臨して
噛みつかれないよう、代わりばんこにキスを始めた
どいつもこいつも婆さんばかりで
気持ち悪いったらありゃしない
お次はゲリラ連中が首実検
こいつだこいつだと口々に
唾をペッペと吐き付けやがった
食材を手荒に扱うな!

さあいよいよ首っ玉の投入だ
トレイが高く掲げられると
ぐつぐつ煮えたぎる泥水が目の前に飛び込んでくる
驚いたカエルが跳びはねたが両足を縛られよって
かわず飛び込むお湯の音 ジャッポン!
おいおい本気でおいらをぶっ込むつもりかよ
五右衛門さんじゃないんだからよ

万事休すと思ったとたん
敵兵が五人ほどジャングルから飛び出して
敗残兵を探し始めたので首煮会は散会じゃ
幽霊どもはどこかへ消えちまった
九死に一生を得るとはこのことさ
ところが青二才の新兵が
軍曹殿の首っ玉を見つけてニヤリと嗤い
ジャップ!と吐き捨て
思い切り蹴りやがった

お味噌の少ない軍曹殿でも
さすがに五メートルしか飛ばなかったが
仲間の青二才がそいつをサッカーみたいに
波打ち際までドリブルで転がし
最後は海に向かって思い切り蹴りやがった ジャップン!

軍曹殿の鼻っぱしらは完全に折られたが
それでも鍋の具材になるよか百倍マシだ
軍曹殿はさざ波に弄ばれながら
走馬灯のようにクルクルと回転し
群がる雑魚を振り払いながら
涙ながらに故郷の歌を口ずさんだな

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 首玉一つ
異郷の岸を 離れて
汝はそも 波に幾月
独り身の 浮き寝の旅ぞ
海の陽の 昇るを見れば
たぎり落つ 異郷の涙
思いやる 八重の汐々
異郷の鬼は 故郷の仏
いずれの日にか 国に帰らん…

 

 Muishkin gene

ムイシュキン公爵が
発作で天に召されたとき
主治医は脳味噌を
ホルマリン漬けにした

百五十年後
好事家が発見し
若い学者に寄託した
「きっと地球外生物です」

学者は脳味噌を解剖し
くまなく調べたが
人類と異なる部分はどこにもない

薄切りにしてガラスに伸ばし
蛍光色素を垂らそうとすると
ふと、金色に光る
DNAに気付いたのだ

「生きているのか?
うようよいるぞ!」
電気泳動法を試すと
陽極に移動して
旋盤屑みたいに丸まり
金の玉になった

「地球だ!」
アフリカ、アメリカ、ヨーロッパ、
アジア、オセアニア、南極…
螺旋のスカスカを太陽風が抜けていく
からかうように、金粉を振り撒いて…

嗚呼、クルクル空回る金の鳥カゴ
極小宇宙の不都合な真実よ…
「貴重な宝がザルから逃げていくぞ!」
学者は悲鳴を上げ、倍率を拡大した

するとお日様の金粉が
螺旋のフィルターに引っかかり
にこやかに食らいついて
異常な速さで増殖している
まずは螺旋に金箔を貼り
ジクジクと沸騰しながら
金のペレットに育っていった

一握りの遺伝子が
地球をパンクさせないために
仲間をどんどん増やしている
「こいつら黄金の受精卵だ
倍々どころの騒ぎじゃないぞ!」

学者は雄叫びを上げた
ムイシュキンは人間だった
どこにでもいる人間だった
星々の狭間を暫し遊泳しながら
予言することなく帰還し、復活し
純朴な心でダフネを愛した
アポロンの末裔だった

そしてそのさらなる子孫が
力強く地球を支え始めたのだ
ムイシュキンは人間だった
黄金の月桂冠を頭に乗せ
永久に光明を失うことのない
人類のエッセンスだった…

ムイシュキンは人間だった
挫けることを知らない
どこにでもいる人間たちだった


爆弾?協奏曲(ウィル・フィル感染楽団演奏)

嗚呼ノーベルが生きてたなら
なんて嘆いてくれるだろう
俺はとうとう成功したぜ
ダイナマイトの数万倍も恐ろしい発明
世界中の爆弾を一気にぶっ放す特殊な電波発信機
十ドル札と一緒にポケットにねじ込み
世界各地を放浪しながら 気ままに気楽に軽い乗りで 
スマホみたいにポケットから取り出し
パチンとスイッチを入れると ピピピと電波が飛び出して
周囲五百キロ、地中五十メートル内にある
暇をあかせた爆弾野郎がカチンと切れて
ゾンビのように突然目覚め、いきなりドンパチっとデビューしやがる
小学校の校庭で いかした彼女の中庭で 大統領のお膝元で
おやおやこんな所にありましたかと気付いたときは後の祭り
はばからないでいっちまうのが奴らの懲りない燃え尽き症候群
驚きなのはその数の多さだよ 憎しみの数だけこさえてやがるよ人間ども
まるでニワトリさんの卵だポコポコ産んで 女の名前を貼り付けやがる
今日日ハマッているのが億万人の驚愕交響曲 人類の災禍を高らかに歌い上げろ!
いろんな時代、いろんな国、いろんな工房で 炸裂の音色は千差万別
古今東西の爆弾職人が執念でこさえたエレジーだ 嗚呼初演の日を思い描き…
ストラディバリ、アマティ、グァルネリと高貴な響きの野郎もいれば
薄っぺらな響きでパアンと屁ッこき未熟者もご愛嬌
学生さんの趣味でできちまったお気軽ポップミュージック
最初はみんなそうしたものさ ものづくりの基本は努力、怨念、妄想の積み重ね
期待してるよ新型爆弾 地球を砕く最終兵器
下手な野郎が混ざっていても一斉に火を噴きゃお構いなし
マーラを凌ぐオーケストレーションで 地獄の歌よ響き渡れ
俺はしかしタクトをぶつける天才コンダクタ 戦争付楽士長でございます
耳をつんざく響きの中から それぞれの野郎の音色やリズム、奏法はもちろん
スカやフカシも抜け目なく 聞き分けなければならんのさ
短い短いシンフォニーだが感動はひとしおだ 
瞬時の中に至福のハーモニーがあるんだよ 悪魔の協和音と人は言う
落下物の音色はあの戦争で使われた四枚翼の粋な奴 唸りを上げる回転羽が愛らしい 
エロチックなトルソーも錆付いちまったトレモロ過多のビブラフォン
カスタネットは手榴弾 テンポが転ぶよ、抜く投げるの基本を百回居残りだ
小太鼓大太鼓は親子爆弾 ドンドンパチパチ威勢がいいねトルコ風
ヒューヒュー奏でる横笛はお懐かしい焼夷弾じゃございませんか 
幽霊の騎行みたいで神々しくも気味が悪い
どいつもこいつも歴史的な殺人兵器 古爆弾演奏会じゃあるまいし
おやパラパラとピッチカートは近頃うるさいクラスター コーダの後の音漏れはご愛嬌
直線上のアリアはスマート爆弾 ガットがたわんでピンポイントに音が定まらん
おおいどおなってんだ 今日は原爆協奏曲三番「英霊」だぞソリストはどこに雲隠れ
しかしこいつは変わった演奏会 天地もひっくり返る作曲技法
最初がトゥッティで勇ましく 最後はヘラヘラアドリブ風に消えていく
イメージしたのはビッグバンさ宇宙も地球も目を覆うほどの残酷物質
いきなり刺しちゃあドラマにもなるめえ
嗚呼しかし演奏会が終わったのに 客は帰ろうとしない閉口だぜ 
「死ぬように」ってな楽譜の指示でフィナーレのところが
阿鼻叫喚ですっかり台無しだ 無教養な天井桟敷の客どもめ 
ポイントはフィーネだ宇宙に消え入る不協和音
虚無の余韻が不可欠なのだよ芸術には
何度も何度も引き出されるのはウンザリだ さらし首じゃあるまいし
はいスマート君、クラスター君立ち上がってお辞儀をしよう 
怒号が鳴り止まないのはアンコールのご要望 
分かった分かった不発の野郎を寄せ集め、軽く「死の挨拶」でもやりましょう
ほらクライシスがつくったプチ爆弾ですよ 小粋で洒落た小悪魔ちゃん
いやはやまいった客が本気で怒り出したぞ
トマトや卵、腐った玉ねぎ雨あられ 爆弾でも投げ付けかねない騒ぎだな
緊急事態だ幕を引け こいつぁまったく持続不可能
ならば持続不可能な社会に向けて 乾杯の歌で終わりましょう
持続可能な戦争 持続可能な爆弾攻撃 乾杯、乾杯、乾杯! 
アイルビーバック! アイルビーバック! アイルビーバック!
ボンボンバーン、ボンボンバーン、ボンボンドッカーン!
ハイ全滅。

 

 ジハード

生きているのが地獄なら
死んだほうがましだろう
戦いで死ねば天国に行けるのなら
誰もが戦おうと思うだろう

荒地の畑で採れるわずかな作物を食べ
死ぬまで生きるために暮らすのなら
麻薬の花を摘んで
少しは楽になろうと思うだろう

苦しければ苦しいほど
先がなければ先がないほど
追い詰められれば追い詰められるほど
若者たちは夢の中に逃れよう
そこには陽炎のように抜け道が見えるから

絶望の地で血を流し
希望の地に行けるならと
若者は爆弾を背負うのだ

嗚呼、何も知らない人々よ
貧乏籤を引いた彼らの心を
恐怖の眼差しで見てはならない
平和を願う心があるなら
大きな心で受け止めて
不都合な世界のカラクリを直そうと
共に考えなければならないのだ
人類には叡智があると信じて…

そうでなければ人類は
何も抜け道を知らない
愚かな動物に成り下がるだろう
ならばきっと、抜け出せないに違いない
あらゆる生物の、絶滅サイクルからも…

 

 ミラノの老女

町外れの石畳の上
カチカチに凍った椅子に腰掛ける老女は
近くのバールで用を済ませる以外は
三六五日二四時間椅子から動こうとしない
グロテスクにだって、それなりに理屈はあるというものさ
戦死した三人の息子が
老女の手と足にぶら下がり
必死になって地獄に落ちまいとしていると…
息子たちは英雄です 合わせて百人の敵兵を殺しました
なのに地獄の釜が息子たちの下で口を開いているんです
ごらんなさい この石畳の下深くに
古代ローマ時代に造られた地獄の釜があるのです
何世代もの兵隊たちが次々と グツグツと煮えたぎる釜の中で溶かされ
スープになっておりますわ 鬼たちが美味しそうに啜っている姿がほら見える…
けれど息子たちは英雄です 鬼の餌にするわけにはいきません
あたしだって暖かい部屋で温かいスープをいただきたいわ
でもここを離れると息子たちは落ちてしまいます
見殺しにするわけにはいきません 失いたくはないんです
お若い方 お願いです あたしは永くはありません
代わりに座っていただけませんか… 
その逞しい手を 息子たちに差し伸べてください
ほんのちょっとでいいんです あなたの命が尽きるまで…
だってあたしは息子ともども地獄に落ちるわけにはいきませんもの

 

 三途の川

物心がつくずっと前から
恐らく犬や猫がライオンのように大きく
浜辺に打ち寄せる波が巨大な高波に見え
色彩がダブルトーンで暗い影のように曖昧な時分から
確かな理想であるべきと脳裏に刻印された心象風景
幾万年もの永きにわたり 祖先が夢を育んできた希望の地
死ぬまで幸せの意味の分からぬ人間にとって
想像もつかない幸せに満ちていると人は言うけれど
誰もが夢の中で思い浮かべるに過ぎない彼の地「冥土」よ
いま私は、新大陸を発見したコロンブスのように胸をときめかせ
三途の大河に阻まれた楽園を遠眼鏡で覗き込み
百花繚乱たる無限の花園に驚き気後れし一抹の不安を覚えながらも
さらにもう一度苦しく忸怩たる思いの人生を振り返り噛み締め
ただただ逃れたい思いで再度入水を決意したのである…三途の川よ 
嗚呼なぜ私は深みを泳いでいかねばならないのか…
そうだお前もレーテーと同じように身も心も洗われて
あらゆることどもを忘れ去らせてくれるなら
善人御用達の架け橋などは進んでお断りするだろう
ならば清き人々は過去を洗い流すこともなく かの地で仲間と昔話に興じるなかで
私一人はとぼけ顔して「記憶にございません」と白を切り続けるに違いない
嗚呼善人ども… この世でもあの世でも楽しく暮らす果報者に幸あれ
さあ私は決意した まだ見ぬ幸せを求め、いざ三途の川に飛び込もう
絶対溺れずに渡り切るぞ!
ところが背後にただならぬ気配 鉄の臭いだ
バアンと大袈裟な炸裂音 銃弾が心の臓を貫通した
国境警備隊の野郎 川で溺れることもままならぬ社会に生きていたとは…





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