ネクロポリス
Ⅰ
老人は力尽き、モノトーンの冥界に落とされた
出迎えた人々はどれも見覚えのない顔をしていて
死顔のように白く、穏やかな微笑みを浮かべていた
「生前親交のなかった方々が出迎えてくださるとは……」
「意外ですな、いつも気にかけてくださっていたのに…」
老人はもう一度彼らを眺め回し、おどおどしながら尋ねた
「いつごろのお知り合いで?」
「半世紀はゆうに越えております」
「その頃の記憶はあまり定かではない……」
「それは不思議だ。現に私たちとあなたは運命の糸で結び付いている」
老人が自分の臍を見ると、無数の細い糸が出ていて
彼ら老若男女、一人ひとりの臍と繋がっていた
「私たちは胎盤を通して、ずっと冷たい血を送り続けてきたのですよ」「……そうだ、私の心臓はずっとずっと冷え切っていた」
「しかしこの世界では、あなたのすべてが熱から解放されるのです」
「嗚呼、心だけが死んだように冷え切っていたのに……」
「もう、そのアンバランスに悩むことはないのです」
「そしてここでは?」
老人は不安そうに尋ねた
「ここは恩讐の彼方にあるもう一つの世界です」
「すべての熱から解放される世界、……ですか」
「そう、操縦桿を狂わす脂汗からもね」
「嗚呼、私は……」
老人はその場に崩れ落ち、泣き出した
「忘れなさい、謝ることもない、ここではただハグをするだけです」
臍から伸びていた紐帯はいつの間にか消えていた
老人はよろよろと立ち上がり、渾身の力を振り絞り、直立して敬礼し
それから前に歩み出て、ゲルニカの人々、一人ひとりとハグを始めた
Ⅱ
老人は暗い森で道を失った
少し歩くとツタの垂れ下がる桜の老木に出くわした
九分咲きの花びらが白々しく揺れている
幹には沢山うろが開いていて
一つひとつに少年たちの蒼ざめた顔が埋め込まれていた
どいつも見覚えがあるけれど
思い出したくない顔ばかりだった
「とうとう来やがったな」
老人は無言のまま通り過ぎようとした
ツタが腕に絡まり身動きもままならない
「貴様は過去を背負ったままここへ来たのか?」
顔たちが一斉に笑い出した
「君たちには過去以外なにかあるのかね?」
「ここは未来のない世界さ」
「現在なんてものもありゃしない」
顔たちの笑いは収まらなかった
「俺たちにとっては戦友との思い出だけさ」
「そんなもの、俺にはガラクタだ」
老人は力なく反論した
「貴様、長生きしたよな……」
「楽しくはなかった……」
「そんなことはないだろ?」
「にわかには信じがたいな」
「さあ爺さん、貴様の特等席があるんだ」
「たったいまフクロウを追い出してやった」
「ようやく同期の桜も満開だな」
「嗚呼、怨霊ども、いい加減に解放してくれよ!」
老人はツタを振りほどき、一目散に駆け出した
Ⅲ
老人は小川に行く手を遮られた
幼い姉妹が川底から瀬戸物の欠けらを拾っている
老人を見ると灰白い顔でニコリとした
「みんな欠けてしまったんです」
「弟の茶碗を探しているのよ」
「弟さんは?」
「母さんだって父さんだって、どこにいるか分からない」
川岸には掬い上げた欠けらが散乱している
「みんなあっちにいると思います」
「だったら茶碗は必要でしょ?」
「そうだね、きっとお腹をすかせている」
「見たこともない茶碗ばかり……」
「それはそれで大事な欠けらだね」
「みんな粉々なんです」
「きっと弟さんもご両親も、亡くした欠けらを探している」
「本当に一瞬だったもの……」
「宇宙の法則なんだ。壊れるときは一瞬さ」
「幸せも?」
老人は、姉妹の瞳から灰汁の涙が流れ落ちるのを見た
「そう、涙袋がパチンと破れるように……」
Ⅳ
老人は崖っぷちに佇む美しい女性を眺めていた
彼女は手招きし、「ごらんなさい」と両手を天にかざす
一つひとつの指から黒い糸が谷底に向かって落ちていった
「運命の糸よ。私って人形師。下界の何もかも、この指で操れる。糸は粘菌のように近しい人たちを結びつけていくの。一人の不幸は、周りの不幸になる」
「女神よ、いったいいつ釣り上げるんか?」
知らぬ間に、野次馬連中が集まってきた
「下々の世は底ざらいが必要なの」
女神は鬼のような形相になって唸り声を上げ、黒糸を引っ張り始める
糸は輪になって足元にどんどん積みあがったかと思う間もなく
老人の前にステルス爆撃機がガチャンと落ちた
ずぶ濡れのクルーが三人出てきて笑顔で敬礼をする
「いやはや助かりました。何回も訓練をしましてね。逆さになって海に落ちたときの脱出訓練。うまくいきましたよ。訓練は辛かったけれど、いえ、途中で失神して、ダイバーに助けられたこともありました。いずれにしても、そんな訓練を毎年やりましてね。その成果がこの命拾いです」
「自分のことばっか機関銃みたいに」
「おいらの命はどうすんの!」
機長は灰かぶりの野次集団を見て顔を硬直させた
女神は冷ややかに手を差し伸べ、モノトーンの息を機長に吹きかける
「ようこそ死後の世界へ」
機長は彼女の手の冷たさに驚き、転がる魚のようにポカンと口を開けた
ほかの二人は目を丸くして、互いの頬にそっと掌を当て
浮世の火種が燃え尽きるまで、泣きながら身動きもせずに見つめ合った
Ⅴ
老人は、断崖の岩に腰かけ涙する男を見かけた
男は老人に便箋を一枚渡し
「妻が棺桶に入れてくれた手紙です」と言った
それは「死んだあなたを送るうた」というタイトルの
とても悲しい詩だった
生きているつもりでも
心の中では死んでいました
だいぶ前のことよ
あたしを叩いたとき
片隅にあったガラスの愛が
カラカラ軽い音して割れました
愛の破片はあたりに飛び散り
二人の体にいっぱい刺さった
致命傷 毒を塗った矢じりたち
じわじわと 毒が回った
最初はとても厚かったのに
冷えれば冷えるほど
融けていく氷のガラス
重い心で渡れば水の底
知っていたくせに 私も死んだこと
生きてる振りが滑稽な人形芝居
さようなら あなた
さようなら あたし
胸を突き刺す
あなたの白けた眼差し…
Ⅵ
老人は泣く男から離れると
岩に穿たれた小さな穴に出くわした
穴の底はキラキラと輝いている
泣く男がやってきて
「ピカドン教室さ、穴に耳を当ててごらん」と囁いた
授業中らしく、中から先生と子供たちの声が聞こえてくる
みんな科学の恩恵で生きているんだ
君たちを琥珀の中のアリさんにしてしまったガラス玉
これはいったい何ですか
ハイ教室の窓ガラスです
バンソウコウが張られていた薄っぺらなやつだった
爆弾が落ちるとビリビリ震えたやつだった
臆病なガラスが科学の力で水晶玉に早変わり
君たちの永遠の住処になりました
でも、窓からぼおーっと眺めていた景色はどこ?
光線の反射角度の問題だね
次元の問題かもしれないよ
違うよ、あれは蜃気楼だったのさ
君の見る景色と僕の景色は違うのさ
君たち科学的に考えろ
あの景色はとっくに蒸発しちまった
思い出と一緒にさ 瞬間だ
先生これって、科学の力?
何万度の熱を生み出す力さ
鼻くそから人間を造り出す力さ
パルスの空回りで、いろんな神様をこしらえる力さ
でも、時間だけは戻せない一方通行
先生僕たちはなんですか?
塵の一種さ カビも同然
だれかさんの脳裏に入り込んだ遠い昔の感傷さ
壊れてしまったDNAの化石と同じだ
しかし君たち科学の力を信じなさい
ひしゃげた細胞はいつまでも伝染続けるプリオンだ
生まれ持った頑固な遺伝子 石段を焼いた影と同じに
不気味な不気味なメッセージ
強いバイアスで怒り続けなさい
また来るピカドンの日まで…
ガラス玉がもう一度融け、ほら
みんな宇宙に飛び立っていく日だよ
Ⅶ
老人は大きな草刈鎌を巡礼杖代わりにして佇む
黒マントを被った同類に出会った
ミイラのような顔で寂しそうに微笑み
「俺は死神さ」と呟くように言った
見ろよ、ネクロポリスは広大だ
たどり着けない壁に向かい
走ろうと登ろうと
東西南北も定かでない
だが、東西南北などくそっくらえ
太陽は陽気すぎ 月は悲しすぎる
永久に続く薄暮が相応しい
快適という感覚はあってないようなもの
楽しさが楽しくないように
悲しさが悲しくないように
怒りが涙笑いに変わるように
感覚はパルスのごまかしだ
一生外へ出ることはない
飛び交うパルスに翻弄されて生きるなんて…
ネクロポリスのなかで産声を上げ
ネクロポリスのなかで灰となる それが最高の人生
たった一度も 現実を捉まえない きっとうなぎさ
いや、それは逃げ水なのだ
死んだ後の君たちにも分かる
墓の中で苦笑いさ
悲しくもなかった
楽しくもなかった
辛くもなかった
味も素っ気もなかった
人生というやつは どこもかしこも無色透明だったのさ……
Ⅷ
丘の下に大きなたらいがあった。
恰幅のいい老人が空しい眼差しで
たらいの中を眺めていた
一匹の太ったマグロが
大きな円を描いて泳いでいる
これはかつて私の妻でした
老人はため息を吐きながらつぶやいた
妻はジッとしていられない女でした
動いていないと死んでしまうのです
動けば動くほど
私のお金は減っていくのです
子供の頃からデパートに行くのが好きでした
結婚してからも綺麗なものを買いあさり
帰りはきまって寿司屋でトロを注文です
死んだらマグロになりたいわ
だって、トロが死ぬほど好きなんですもの…
それが妻の口癖でした
あたし、あなたの財産を使い切って死ぬんだから…
これも妻の口癖でした
私の会社は倒産し
ショックでこちらに参りました
妻もあとからマグロ夫人としてやってきた
大好きなトロの簀巻きになって
ずっとずっと泳ぎ続けるのです
私はそれをずっとずっと見続け
元気な妻に、ただただ驚くばかりです
Ⅸ
老人は太った老人の手招きでたらいの側にやってきた
たらいの側面に耳を当てて、妻の歌を聞いてください
昔はやった「マクベス夫人」の歌です
まるで天使の歌声ですよ
老人が耳を当てると、コケットな歌声が聞こえてきた
信じなさい
手に入るときに手に入れる
恐れることはありません
欲しいものは欲しいのだから
誰に遠慮することがあるだろう
どんどん行くの 欲深く
頭の中は欲しいものだらけ
アメーバのようにしなやかに
単細胞の気安さで
四方八方触手を伸ばし
ウワバミのようにパクリと飲み込む
溜まれば溜まるほど
大きくなって天に近づくわ
ほら、バルセロナの教会のように
みんなの注目を集めるの
あれだって
元はといえば単なる石ころ
あたしだって
元はといえば単なる女
きれいなおべべと宝石で
たちまちお姫になれるのよ
ああ 欲しいものはすべて欲しい
欲しくないものは何もない
名声も 富も 権力も
飽きたら捨てればいいだけさ
女の体が朽ちるとき…
私はわがままに
命を賭けているんだもの
Ⅹ
老人は天まで届くような巨木の下に佇む
首なし兵隊に誰何された
「昔、貴方の敵兵でした」
「ここはキリングフィールドさ。君たちが射止めた連中は
大地に帰って木々の栄養になったんだ」
兵隊のされこうべは、ヤゴの指輪になっていた
破壊され
忘れ去られたあとに
無数の巨木の芽が
ぶち割られた髑髏の隙間から
勝ち抜くための糧を得ながら
太陽に届こうと必死に伸びるのさ
嗚呼、死ぬか生きるかの瀬戸際で
立ち止まって後ろを振り向くと
眉間から脳漿とともに飛び出した熱い鉛は
二千年前の年輪に食らいついて
あと二千年巨木をおかし続ける
一瞬たりとも醒めるな!
一秒のシニズムが敗者となる宇宙の論理
草木も獣もすべてが必死になる灼熱の昼下がりは
魂という電磁波が蒸発するに相応しい草刈場だ
それは質量のないニュートリノ?
いいや、この世に質量のない物質は皆無となれば
魂は得体の知れない幻影というべきだ
だからこそ、過去も未来も、喜びも悲しみも、愛も憎しみも
捉まえ切れずにすっかり消えていく 何処へ?
波動となって宇宙のそのまた宇宙へ……
されこうべよ、果報者
見るものに不気味な感傷を引き起こす白濁
得体の知れない物体よ……
得体の知れない本質よ……
Ⅺ
あてどもない放浪は、広大な塩湖に阻まれた
死の海の畔の岩に、ギリシア風の戦士が腰を掛け
浮き沈みする無数の塩玉を眺めていた
それは赤子の魂のようにまん丸だった
俺は金平糖のように尖っていたのさ……
アテネに滅ぼされた小さな島の大将だよ
あいつらは身勝手なさざ波に無抵抗を選び
我慢しながら少しずつ育ってきた
俺たちはプライドを背負ってここに来て
息子たちの魂を眺めている
あいつらはここで、真珠のように光っている
世の中から戦争を無くす方法を教えてあげよう
人が物を奪った場合、見て見ぬ振りをすることだ
人が物をくれとねだったら、全部を与えてしまうことだ
人が自分の土地に家を建てたら、自分が出て行くことだ
人が自分の頬を叩いたら、もう一方の頬を差し出すことだ
それでも気がすまないというなら、気の済むまで殴ってもらうことだ
失ってしまっては生きていけないその馬鹿げたプライド
それすらも欲しいというなら、目の前で潰して丸めてあげることだ
生きる意欲が無くなってしまったら、死んでしまえばいい
徹底的に吸い取られ、空気のようになってしまうことだ
お前の魂は、じりじりと焼かれた砂漠の上昇気流に乗って霞となり
いつのまにか世界から忘れ去られてしまうだろう
確かにこれは、お前の夢みる平和ではない
しかし死は、まったく戦争のない平和な世界だ
Ⅻ
どこまでも続く灰色の台地が
老人に不安を抱かせた
塩湖の近くに灰色の水をたたえた湖があって
無数のピンポン玉がさざ波に弄ばれている
そうだ私はかつてここにいたことがある…
網を持った老女がそいつらを掬い上げては
破れかぶれに投げ飛ばしていた
ピンポン玉は遠くまで飛んで視界から消えていく
あたしは昔、取り上げババアだったのよ
こいつらはみんな人間の卵で
下界に落ちると産声を上げる
ここでは小波だけれど下界はずっと大波だ
まったく修羅場さ、波にもまれて体をすり減らし
潰れちまって反吐を吐き、シワシワになって戻ってくるさ
あんたのことを言っているんだ、人ごとじゃないんだよ
ネクロポリスは広い、広い舞台裏
表舞台じゃ全員参加の悲喜劇がご盛況
残念ながらあんたの出番は一回ポッキリのエキストラ
お蔵入りの小道具みたいに埃を被って夢見るだけさ
シンデレラなんて嘘っぱち、うまい話は詐欺だと思え
生き返りたけりゃ、畜生にでもおなんなさい
核爆弾
潰れちまった家族は夢の一部だったのさ
吹っ飛んじまった戦友は運が悪かったのさ
逝っちまった恋人は単なる感傷の産物さ
紙が燃えるようにすべてが灰となり
たった一つ残ったのは案山子のようなお前の身と心
引き潮のように呆然と、怒れる復讐を待っている
嗚呼、お前は人よりも前に無垢な動物であることを…
破れた皮膚から中身を引っ張り出すがいいさ
そいつはボロボロの布切れに過ぎないが
有史以前からの怨念が染み付く長い長いDNAだ
無数のハエたちが吐き出す反吐にまみれた
耐え難い臭いを放つ惨劇の歴史…
そしてそれが地球規模で始まったとき
怒れる人々は雲散霧消し きっと
歴史は繰り返さなくなるんだから…
金ちゃんのこと
科学者の計算によると、第二の衛星は直径五メートルほどの球形で、その組成は純金百パーセントであるという。
原始の地球に巨大彗星が衝突したとき、放出された金や銀、白金などの貴金属たちもそれぞれの比重ごとに集って球体を成した。
このとき、残されたガラクタが集ってできた衛星は月と命名され、その鉱物資源を巡ってはこの数十年のうちに戦いが始まろうとしているが、実を言えば劣化岩石の塊で期待外れに終わることは明白である。
月は地球と太陽との絶妙な距離に位置したため、地球の唯一の衛星となることができたが、金以外はすべて地球の引力から逃れて宇宙の彼方に散逸してしまった。
それでは科学者が推定した直径五メートルの純金製衛星は仮に親しみを込めて「金ちゃん」と命名しようが、これは未だに発見されていないために、未確認飛行物体と間違われているとか、とっくに地球に吸収されて溶けてしまったとか、いろいろな学説が飛び交ったが、科学者や占師、いや科学者は占師でもあるわけだから科学者を含めた占師たちの一致する見解としては、存在しないことはないということである。
それというのも、近年宇宙物理学が大きく進歩したことにより、地球の引力場の歪みを解明するには直径五メートルの金ちゃんが不可欠になったと高名な理論物理占師が表明し、これまた高名な実証物理学占師にその証明を委ね、二人そろってのノーベル賞が期待されたからである。
そこで金ちゃんの捜索に世界中のアマチュア惑星ハンターや預言者、下賎の占師、暇人も動員され、天体望遠鏡の需要が十倍にも増えたが、一向に見つからなかった。
ところが相模湾の漁師から警察に届けられた話によると、早朝に漁をしていると大波が小船を襲い一瞬にして転覆し漁師が海に投げ出されたとき、目の前に巨大な金の玉が海面上に踊り出て高さ百メートルほど飛び上がってから再び海の中に消えたという。
この小さな新聞記事に高名な実証物理占師が目をつけてちょうど日本の裏側にあるブラジルの過去の新聞を調査したところ、やはり一年前の同じ時期にブラジルの漁師から同一の報告があったことを知り、高名な理論物理占師と二日間にわたって議論をしたすえ導き出した結論は、金ちゃんは地球の第二の衛星として認めるべきであり、その軌道はきわめて直線に近い扁平の楕円で地球内部にあるということ。
軌道の鋭角的な部分は相模湾とブラジル沖の海面上に出ていて、それぞれの場所に一年に一回は顔を出していることが分かった。
恐らく巨大彗星の衝突から間もないうちに地球に吸収され、地球が柔らかいうちに何回も周回しているうちに通り道が作られて、地球表面では固体、内部では液体へとその形態を変えながら衛星としての機能を保ち続けている。この学説を知った日本、ブラジル両国政府は領域内に顔を出す金ちゃん(ブラジルではオロロッカと命名)の所有権を主張したが、国連では金ちゃんを一国が支配すると世界の金市場が混乱するため、圧倒的な反対票で主張は認められなかった。
しかし宇宙に存在しない衛星に関する国際法は策定されていなかったため、今のうちに金ちゃんを我がものにしようと両国は密かに動き始めたのである。
もちろん有利な立場にあるのがブラジルである。金ちゃんの顔出しは数日後に迫っていたところでブラジル海軍は艦上ミサイルを装備した軍艦を数隻出現場所に待機させ、飛び上がったところを打ち落とそうと考えた。
ところが予定の時刻が来ても一向に金ちゃんは顔を出さず、数キロ離れたところで操業していた漁船から金ちゃん目撃の一報が届く始末。
ハメられたと思ったが時すでに遅く、金ちゃんはUターンして日本に向かって潜航を開始した。
ザマア見やがれと笑ったのが二人の高名な日本人物理占師と日本政府の面々だ。
あらかじめ用心のために、あるいは本当の計算ミスであるかは定かでないが、軌道の計算を数キロずらして世界に報告したことが日本の財産を他国に掠め取られる失態を未然に防いでくれたのである。
しかし、真の軌道はもうばれてしまった。日本に残されたチャンスは半年後の某月某日某時某分某秒、東経某某度某分某秒、西緯某某度某分某秒。海上保安庁と自衛隊の合同チームが結成され金ちゃんを確保すべく綿密な作戦が開始された。
「金ちゃん危うし」と全国で反対運動が沸き起こり、預言者たちも不吉な予言を繰り返す中、金に目のくらんだ政府と御用占師、癒着した産業界の面々は金と力にものを言わせて金ちゃん捕獲法案を強行採決し、いよいよ金ちゃん出現の時を迎えた。
嗚呼これ以上書くことはできない。
これまでにあれほど美しい星を見たことがあっただろうか……。
人はなぜ金のために美しいものを破壊しようとするのだろうか……。
完璧な金の玉がミサイルに射抜かれ、粉々に砕けて海の藻屑となる恐ろしい光景よ……。
後になって、金ちゃんが海底下の毒物を海に流出させないタップの役割を果たしていたことが二人の万年大学助教により明らかにされた。
そうだ。金ちゃんは希望の星だった。
もう、取り返しはつかなかった。
栓を失った海底の穴から、最初は破壊された海底油田のごとく石油がドクドクと流れ始め、それが尽きると今度は焼け爛れたマグマが止めどなく流れ始めた。
嗚呼神よ許したまえ。人間の罪深さを……
初夢
俺が第一発見者だ!
黄金の翼を羽ばたかせながら
大きな鳥がやってきて
巨木の枝に止まったが
重い体を支え切れずに枝が折れ
頭から落ちて首の骨を折った
俺たち下卑たハイエナどもは
こいつは春から縁起がいいぜとばかりに
どこからともなしに集まってきて
いつもながらワイワイガヤガヤ
滴る血の匂いに興奮しながら
嘴から尻尾まで食い尽くしていく
新春恒例、芋煮会じゃ!
怪鳥は諦め切った眼差しで
まるで神様のように大らかに
自分の食われる有様を見つめていた
気障な野郎だ!
俺はメンタマに噛り付き、すっかり食べてやった
ところがもう片方が見当たらない
俺の了解なしに誰かが食いやがった
仲間とはいえ、ふざけた野郎だ!
俺たちは仲間に取られるよりは
自分の胃袋に入れようと
ローマ貴族のように吐き出しては食べ
食べては吐き出しながら
その吐き出した汚物を
力の無いメスや子供が待ち受けていた
俺はあまりに性急ににむさぼったため
急に気分が悪くなって上から下から
すべての戦利品を体の外に放出しちまった
なんてこった、もったいないぜ!
そいつをメスと子供たちがこれ幸いと
キャッキャと奇声を上げて貪り食う愚かな姿を
どこか高いところから眺める奴がいて
俺はふと空を見上げたときに仰天しちまった
探していた眼球が裂けた枝元に刺さっていて
たらりと長い視神経を美味そうに垂らしながら
軽蔑の目つきで見下ろしているのだ
そいつを狙っていたのは木登りの上手い猿どもだ
嗚呼それは不味いぜ、俺のものだ、俺に食わせろ
そいつを食うと祟りが起きるぜ!
おれは叫んだが、猿どもは聞く耳を持たずに噛り付く
突然パンと音がして眼球が破裂し、猿どもは吹っ飛んだ
熱いマントルが俺たちハイエナどもに降りかかる
俺たちは火傷を負いながら、大挙して川に飛び込んだ
ところがそれは怪鳥の心臓から流れ出た溶岩だった
なんてこった、俺たちみんな一瞬で蒸発しちまった…
嗚呼、それは俺たちのふるさと、地球だった……
悠久の年月を俺たちのされるままに、弄ばれ
最後の最後には根こそぎ地獄まで運んでくれる
放任主義のビッグ・バードだった……
なんてこった!
俺たちは、俺たちの地球を食べ尽くしてしまったのだ
博士の異常な告白
いいですか
直径百キロ程度の隕石がぶつかるだけで
地球上の生命は消え去るのです
そこで僕は重さ百キロ程度の爆弾をつくり
生きとし生けるものを葬り去ろうと考えました
これからは隕石など必要ないのです
もちろん僕はテロリストではありません
もっと軽い気持ちの人間です
そう ゲーム感覚というやつです
世界の運命を僕が握っているという満足感
ところがつい最近になって
僕のような暇を持て余した連中が
世界中に蔓延していることを知りました
お手製爆弾の威力を競い合っているのです
インターネットで自慢し合っている
私は日本を壊滅させる爆弾をつくった
俺の爆弾はアジア規模の破壊力だ
いやミーは北半球を人の住めない世界にできるんだぜ
…などなど、まったくお笑いぐさです
みなさん軽い冗談のつもりで本物をつくっていらっしゃる
しかし、どいつも僕の相手ではないと安心しました
なにしろ僕の爆弾は ワールドワイドに粉みじんですから
で 本当のチャンピオンは誰かというお定まりの論争です
しかしこればっかりはロケットと同じで
飛ばしてみないことには分からないのです
で 某月某日にXデーを設けることにしました
世界中の愛好家が一斉にスイッチを押します
みなさんうそつきでないなら 地球は消滅です
ということは愛好家のみなさんも蒸発です
しかし こんなバカバカしいことはやめましょうと
だれも言い出すやつがいないんです
ほらほら歴史の先生がよく言っていました
走り出したら止まらないってね…
意地の張り合いになったら
行き着くところまで行くしかない
どいつも本当に頭自慢の頑固な方々です
本当は臆病者なのに誇大妄想なのです
さあ 地球のみなさん避難してください 早く早く
どこへ避難すればいいんだって?
人間でしょう そんなことは自分で考えなさい 自覚を持って
こっちだって徹夜して 一生懸命爆弾をつくったんだからよ!
休戦
灰色の希望は
虹色の夢想と違い
慎ましやかなものだ
誰もが生き残れる
小指大の安穏…
ゲルニカ色とは異なる
暁闇のわずかな赤みは
灰に落としてしまった
幸せの欠片
後ろを振り向かず
前の方角にひとまず半歩
重い義足に灰を被らせ
杖を使って倒れることなく
爆音しない灰色の空を見上げるのだ
嗚呼、何が欲深い人々を生み出し続ける
何が恐怖に苛まれる人々を駆り立てるのか
信じる者は救われぬという基礎方程式が
砂つぶてとなって顔面に吹き付け
憎しみの浄化を汚濁し
許し合う諦めに泥水を注す
しかしほんのひと時砂嵐は治まり
うっすらとした紅色の空に気付くだろう
それは人々の心から迸り出た一点の
希望というときめき色…
牙
昔は生きていくために必要だったのに
今は生きていくために捨ててしまった
一振りで事済む野獣の長い刀だ
象牙の白に染み入る鮮血の赤は滝をのぼる錦鯉
それは昔 食い物を奪うための凶器
それは昔 雌を奪うための一物
君たちはどんよりしたスモッグの中で
透明になろうと引っこ抜いてしまった
草を食む動物には角のほうがお似合い
牙は肉を割く野獣の道具なのだから…
けれど君たちは軽率だった
牙でなければ守れないことがあるはずだ
牙がなければ届かない雄叫びがあるはずだ
獲物の尻に食らいつく快感もあるだろう
君たちはいつかきっと知るに違いない
自由だと思っていたのは夢の中で
現実は身動きの取れない網の中だと
牙を捨てた君たちはただ虚しくもがき続けるだけ
破らなければ外へは出られないはずなのに…
目的とは…
地球上に生命が誕生した目的とは何だろう
いたるところで生物が進化していった目的とは何だろう
人間があらゆる生物の頂点に君臨した目的とは何だろう
どこかの人間集団がどこかの人間集団を支配した目的とは何だろう
どこかである人間が生まれ、そしてその人間が死んでいった目的とは何だろう
俺がおまえを求め、お前がおれから逃げた目的とは何だろう
人類が消滅し あらゆる生物の目的が消滅したときに
地球が掲げなければならなかった目的とは何だろう…
目的が必要とされた目的とは何だろう
君たちが生きている目的とはなんだろう…
従軍画家
死体の折り重なる丘を彷徨いながら
手拭いで鼻を塞ぎ
「玉砕」のイメージを浮べつつ
許された時間の中で
一体一体、選び出さなければならない
丘のこちら側にはわが兵
あちら側には敵兵が固まって死んでいた
しかしキャンバス上では
両者が入り乱れなければならなかったのだ
見えない銃弾を考えては絵にならない
白兵戦で斬り合わなければ迫力に欠ける
わが兵は刀や銃剣で敵を刺さなければならない
死にゆく敵兵は目を閉じ
諦念の安らぎを得なければならない
わが兵は目を見開き、悔しさを滲ませ
後に続く兵たちに、怨念を伝えなければならない
しかし目の前には残念なことに
瓦礫と化した腐乱死体が転がるばかりだ
敵も味方も古びた雑巾のようにボロボロとなり
まるで、敵軍兵舎の横のゴミ捨て場だ
画家は「想像する以外にないな…」と苦笑いし
とりあえず怨念に溢れる眼だけでも探そうと思った
どいつも腐った魚の目のように淀んでいて輝きがなかった
あと二日ばかり早く来ればまだ増しだったと後悔した
画家は意欲をなくし、とぼとぼとボートに戻ることにしたのだ
しかし後ろから誰かに見詰められているような気がして振り返ると
腐乱死体の股間から飛び出した白い顔を確認した
遠目にも生きているように見えたのだから、しばらくは生きていたのだろう
画家はしめたと思い、踝を返し早足で戻ったのだ
それは美しい面立ちの少年兵だった
見開いた瞳は輝いていて、頬はかすかに微笑んでいた
蝿が三匹、鼻から出てきて飛び去った
少年は天国に旅立つ仏の顔付きで
求めていた怨念は微塵も感じられなかった
画家はチェッと舌打ちして、その場を立ち去ろうとした
するとその少年が話しかけてきたような気がしたのだ
「おじさん、久しぶり…」
画家は振り返って少年の顔をまじまじと見詰めた
仏の顔が、隣家の悪餓鬼に変わっていた
「嗚呼、こんなところで死にやがって……」
画家は号泣しながら画帳を開き
震える指で素描を始めた
微笑みの星
幾千年もの漂流が終わり
少しずつ進化を続けてきた私の心が
宇宙の果てにたどり着いた星では
すべての生き物たちが
終末を迎えようとしていた
すでに木々は枯れ 動物たちは死に絶え
穴蔵の中に閉じ込められた人々は
次々と仲間を失っていった
彼らは私を友として迎えてくれた
ようこそ死に行く者たちの星へ
私たちはいま 本当の幸福を見出したのですよ
彼らはだれ一人として微笑を絶やさなかった
さああなたも笑って
私たちの仲間なのですから……
微笑むことがこの星の掟 人間として
最高の幸せを分かち合う仲間なのですから
そう、ここは死に行く者たちの星
私たちの体をどんどん蝕んでいく敵たちは
私たちに人類の理想を具現してくれた仲間
ここには諍いがありません
夫婦喧嘩も、親子喧嘩も、兄弟喧嘩も、仲間喧嘩も
死を前にしては何の意味がありましょう
私たちの周りの世界は、すべて死につつあるのです
そして私たちが崩壊するとき、すべてが消え去るのです
私たちは死を前にして あらゆる欲から
あらゆる虚栄から、あらゆる罪から開放されたのです
そして、生というあまりに苛酷な試練からも……
さあ、もっとわらって、幸せを感じてください
私たちは死という巨大な友を前に
早々と心の安らぎを楽しんでいるのです
ここは微笑みの星
人間の性から解き放たれた終末の星
そうだ本当の幸せは
限りない不幸の中から掘り出すものであると……
炎の呪い
人はなぜ神聖な場所に炎を燈すのだろう
それは昔、プロメテウスという悪党が
下衆な人間たちを助けるために
天上から盗み出して与えたからだ
人間はそれを盗品だと知っていて
神々の怒りを少しでも鎮めるために
ローン返済の方法を利用して
少しずつ返しているという話だ
しかし悪党から譲られた炎を
下衆どもは盗品と知りながら
それを元手に手広く使うようになり
資産としてどんどん増やし続けた挙句
いまでは水や空気と同じレベルで
生きてはいけない必需品となった
神々は冷厳な眼差しを人間に注ぎ、呟く
嗚呼愚かな下衆どもよ、大いなる誤解だ
炎はお前たちに必要のないものだ
与えてはいけないものだったのだ
お前たちは夜になると洞窟を飛び出し
暗黒の大地を徘徊して腐肉をむさぼるべく
我々が創り出した下衆な生き物に過ぎないのだ
所詮炎は、お前たちの扱える代物ではない
下衆なお前たちにとって、それは単なる火遊びだ
さあ、周りの野山を良く見渡すがよい
お前たちが弄んだ炎が、そこかしこから
お前たちを滅ぼす災禍となって
お前たちに迫る光景を…
だるま夕日
太陽が溶鉱炉のように溶け出し
ドロドロの吐液を海に垂らした
水平線に大きな爆弾が落ちたように
遠い向こうの大陸が燃えている
太陽はなんと傲慢な星だろう
あいつはなんて悲しい奴だろう
神の戯れを理解することもなく
託された容赦ない破滅の法則を
光と闇の狭間に向けて
置き土産に投げ落とす
この星に海が生まれたときから
からかう素振りで続けゆく
嗚呼いい加減にやめてくれ
ここらに生きる卑しい猿たちが
すっかりそのカラクリを盗み取り
戯れ始めてしまったのだから
楽しそうに、嬉々として……
猿の挽歌
お前は猿だった
群れの中では凌ぎあい削りあい
食い物とメスを奪い合ってきた
隣の群れにはひと塊になって戦いを挑み
ちっぽけな縄張りと揉め事の絶えない一族を守ってきた
何のために…、惨めさから逃れるためだ
猿よ 基本は同じだ 神から命じられるまま生き残れ
なにがなんでも生き残り 種を守り続けよ!
…誰も神を見たこともないくせに…
繁栄し 増やし 弱い奴らを蹴散らし 餌場を拡大せよ!
…誰も神を見たこともないくせに…
猿は猿らしく 狡猾と悪知恵を全開し さらに基本的欲望を満足させろ!
…誰も神を見たこともないくせに…
ほら、がむしゃらにならなきゃ足をすくわれるぞ!
敵を倒したとき お前に至福が訪れる
しかし さらなる敵が立ちはだかる
…誰も悪魔を見たこともないくせに…
充実には限りがないのだ 邁進せよ!
猿族が生まれて以来
敵に背を向け 射掛けられ 神と悪魔と運に見放され
踏みにじられた多くの猿たちよ 累々と
黒ずみ 浮腫み 粘液を出し 乾き 朽ち果て 蒸発する
お前たちは空の上でようやく悟るにちがいない
闘争遺伝子の欠如 致命的な欠陥だ…
嗚呼惨めさを甘くみたものだ、温情などない
徹底的に剥ぎ取られる 残すべきものは何もない
肉も皮も内蔵も バクテリアの大好物さ
これでお前は怨霊にもなれんだろう
否 しゃれこうべは残してやろう古のメモリアルに…
心を殺され 尊厳も肉体もズタズタ
欲の中で 憎しみの中で 愛の中で
惨めにも 奪われてきた命たちよ
神は何も守ってくれない 悪魔は何も助けてくれない
この星はなにも答えを出してくれない
食い物とメスが欲しいのなら
ただ戦うのみさ 猿はみなそうしている
何のために? 惨めさから逃れるためだ
宇宙びとの部屋探し
笑っちまうぜ
ちっぽけな星に閉じ込められてさ
自由だ自由だって叫びやがって
奴らは殴り合いながら
ちっぽけな縄張りを争いやがって
掠め取った奴は狂喜して
取られた奴は泣き叫ぶ
笑っちまうぜ
奴らは下等生物のくせしやがって
みんなみんな王様気分でさ
相手の自由を分捕るのが自由だと
ちっぽけな頭で思い込みやがって
隣どうしで殴り合いながら
王様の王様を決めようってんで
赤黒い反吐をかけ合ってやがる
笑っちまうぜ
ちっぽけな星に住んでるくせに
でっかい星に生まれた気分になってよ
ケチな心の中にはでっかな夢があってさ
そいつが自分の物にならないからってよ
乱杭歯をギシギシいわせやがって
涙を小便みたいに流してさ
悔しがってやがる ガキさ
ガキだね 赤ん坊だ どいつもこいつも赤ん坊さ
笑っちまうぜ
奴らはみんな王様なんだから
心の卑しい王様野郎だ
どんな馬鹿げた野郎も
どんなうぬぼれた野郎も
どんなへこたれた野郎も
みんなみんな王様気分なんだ
笑っちまうぜ
奴らはみんなみんな蛭野郎だぜ
自分が王様になれないと感じりゃ
なんか王様になれそうな奴を探してさ
そいつの腰めがけて巾着みたいにベタっと
甘ったるいチョコケーキみたいによ
「私を上に持ち上げて」ってなこと言って
へばり付きやがってさ
虎の威を借る狐みたいに吠えやがる
ウラーッ!
笑っちまうぜ
へばり付かれた奴は図に乗って
それこそ王様気分になっちまってよ
俺ってスーパーマン? なあんちゃってさ
どでかい爆竹をブンブン振り回すってわけさ
一度振り回したら止まらんぜよ
こんなちっぽけな星で、危ないよう
火祭りじゃないんだからさ 要するに
バカほど怖いものはないってこった
いやバカだからバカな夢を見るってことかな
なんてこった!
笑っちまうぜ
ちっぽけな星に住んでんのを忘れちまってよ
とうとうやっちゃった
取り返しの付かないことをさ
どでかい花火が目一杯炸裂して
みんなみんな吹っ飛んじまったんだ
笑っちまうぜ
バカだからカーッときたんだな
奴らちっぽけな脳味噌の中でさ
ちっぽけな星の全部が
自分の物だと思ってたんだな
誰の物でもないのにさ
みんながみんなそう思ってたのさ
そいつはどでかい勘違いだぜ
宇宙はいったい誰の物なんだよ!
誰の物でもないんだよう…
泣いちまったぜ
笑いこけて涙が止まらないんだ
奴らは自分の脳味噌すら扱えない
下等生物だってことなのさ
そいつを知らないまま
消えちまった 哀れだね
知ってほしかったなあ…
おいらの目から見れば
奴らは 身の程知らずの
間借り人なんだからさ
次の店子に替わるだけなのによ
さあそろそろ仲間を呼んで
降り立つことにしようかなあ…
渚にて…
天色の海原は優しく渦を巻き
ほんの数粒の潮の香りを
気まぐれな海風に託して
穏やかな波音とともに
浜に届けてくれた
かつて豪華ホテルが所有していた
美しい白砂の海辺には
金持ちたちの代わりに
ひっそり隠れていた海獣たちが
朽ちたデッキチェアを大袈裟に潰し
とこしえの日光浴を楽しんていた
海も空も太陽も、若葉色の森たちも
海風にからかわれて笑いながら
天上にそよぐエーテルのように
汚れない煌めきを降り注ぎ
海獣たちは鼻腔を開いて
大袈裟ないびきを競い合い
血潮の隅々までたっぷりと
命の精気をゆき渡らせた
そうだ 悪しきすべては終わっていた
この限りなく美しい星から
重苦しい悔恨とともに
心の汚れた猿たちは
自らの吐息に巻き込まれ
軽やかな爆風に吹かれて
陽炎のように消えてしまった
彼方へ……
皇帝の料理人
僕の悲しみなんか
世界の悲しみに比べれば
些細なものさ
僕の苦しみなんか
地球の苦しみに比べれば
ウィルスよりも小さい
ちっぽけな奴なんだ
君たちの苦しみだって
僕たちの悲しみだって
五月雨の代わりに
爆弾が降り注ぐ土地の
仲間のそれらに比べれば
つまらない奴らに過ぎないのさ
だから僕たちは
それぞれのちっぽけな奴の上に
彼らの悲しみと苦しみを
ケーキの生クリームみたいに
たっぷり上乗せして
じっくり味わう必要があるんだ
きっと吐き出したくなる苦さだろう
でも吐いてはいけないぜ
噛みしめ、飲み込み、考えるんだ
だってその苦々しさは
いま世界のどこかで広がっている
狂ったテイストなんだからさ
そんなゲテモノを流行らしちゃいけない
ドルチェは甘くなければいけないのさ
僕たちは断固抗議する必要があるんだ
苦いデザートを考案した
皇帝の料理人に……
戦争
動物たちが仲間と固まり、異種を恐れるように
人間たちも仲間と固まり、異種を恐れている
動物たちが内輪でつるみ、異種を排斥するように
人間たちも内輪でつるみ、異種を排斥している
動物たちが集団で自分の餌場を守るように
人間たちも集団で自分の土地を守っている
いま起こっていることは、動物たちの戦争だ
嗚呼地球
蒼ざめた地球は苦しみの星
生命の誕生は闘争の始まり
進化は生き残るための改造
勝者は栄え敗者は滅びゆく
友好・友愛は甘ったるい幻
愛は一族繁栄のためのもの
さあどん底まで飢えてご覧
多くの愛が忽ち消えてゆく
骨肉の争い数々のうらぎり
今こそ発揮しろ残虐な才能
代々受け継がれてきた狡知
地球は再び求めているんだ
香り立つ生き血のにおいを
嗚呼地球嗚呼生物嗚呼人間
地獄の中で夢を見る愚か者
野獣たちへ
神は大地を戦場として創られた
狩人の中の狩人たちよ
生き抜くために戦い徹せ
シンプルな感性を研ぎ澄まし
群れを成すために同調し
敵よりもすばやく獲物よりも大胆に
目的に向かってなだれ込み
あたりかまわず蹴散らして
血みどろの道を切り開くのだ
信じることは正義で
考えることは卑怯
突き進むことは勇敢で
立ち止まることは臆病
戦場は修羅場と化し
勝ち残る者だけが安息を得る
敗者の血潮は大地に吸われて腐敗し
卑しい地衣類の糧となるだろう
馬たちはこれらを食べて肥え
勝者はその馬にまたがるだろう
敗者は骨の髄まで勝者に捧げ
勝者は栄えるほどに敗者を生み出す
神は大地を戦場として創られ
敗者の血潮で穀物を育ててきた
その穀物は勝者が刈り取り
そのひと握りを神に捧げてきた
勝者であることへの感謝の印に… あるいは
神が常に勝者とともにあることに感謝して…
敗残兵
暗闇の中で
タッタッタと雫の落ちる音がする
規則的な間隔で不規則なトーンで
ひとつの悲しいメロディーになって
頭の奥深くまで響き渡る
グレゴリア聖歌の死の旋律を真似ている
タッタッタ 勇ましい騎兵隊の行進にも聞こえる
狭い狭いカラカラの洞穴で 誰かが焼け付く喉をゴクリと動かす
タッタッタ 誰もが恵みの雨を連想する
タッタッタ それは砂の上に水が落ちる音だ
タッタッタ 嗚呼もったいない たちまち砂に吸い込まれちまう
タッタッ…、突然数個の音が飛んで闇に消え
不気味な沈黙がみんなを包み込む
誰かが雫の下で口を開けた大馬鹿者を連想した
誰かが笑うとみんなが笑い シーッと怒るとみんな黙る
タッタッタ 死の旋律はもうすぐフィーネにさしかかる
ドサリと倒れる音はエンディングの不協和音
嗚呼また一人、みんなの誰かが消え去った
いつもと変わらぬアクシデントのように……
戦争ごっこ
土に埋められた子供の怨霊たちが
いろんな国や時代の兵士に扮装し
大人顔負けの戦いを楽しんでいる
矢や鉄砲玉は煙のような材質で
流れ弾に当たっても痛くはなかった
「生き埋めコーナー」と板に書かれた崖があった
崖の上から崖の下に向かって穴がいくつか掘られていて
上では穴ごとに兵隊に扮した子供が数人
座らされた捕虜役の子供を取り囲んでいる
捕虜は後ろ手に縛られて目隠しされ
最後のタバコを吸っている
吸い終わるといよいよ生き埋めとばかり
兵隊たちは捕虜を持ち上げそのまま穴の中に落とし
わらいながらシャベルで上から土を被せ始めた
ところが埋まった捕虜は崖下の穴から
ひょっこり顔を出してニコリとわらい
穴から抜け出すと再び崖の上に戻り
こんどはお前が捕虜だとばかり
友達の兵服と交換して同じ遊びを繰り返す
僕はひどく憂鬱な気分になって
遊ぶようすを見つめていた
「君たち、飽きないの?」
子供たちはキョトンとした顔付きで僕に注目する
「君たちは友達どうしなのに、どうしてそんな遊びをするんだい」
「敵を穴に埋めるのが楽しいのさ」
「きれいな蝶々の羽をもぐのと同じことだよ」
「なるほど、遊びだ。単なる遊びだな」
僕は納得した
「違うよ。お山の大将だよ。大将は腹を立てたらなんでもしていいんだ」
子供は真顔で反論する
「そうか、王様と奴隷を行ったり来たりだ
埋められる君は楽しいのかい?」
「誰がいちばん早く穴から抜け出せるか、競争してるんだ」
「穴の中で息もしないで、縄を解いて生還するんだ」
「下手すると死んじまうんだよ」
「生き返って埋めた奴に復讐するのが楽しみさ」
「そうだそうだ、もっともっと憎しみ合わなきゃ戦争にはならんぞ!」
僕は生前を思い出して怒鳴った
大将だと言った子供が泥爆弾を投げ付けた
「憎しみなんか必要ないね」
「お山の大将はお金持になるために作戦を生み出し
憎しみに駆られる兵隊を動かすのさ」
ほかの子供たちも大将を真似して
いっせいに泥爆弾を投げ付ける
僕はあたふたしながら逃げようとした
それでも捕まって穴に放り込まれ
上から土を被せられた
「近頃の子供は教育がなっていない!」
憤慨する僕の禿げ頭に土は容赦なく降りかかった…
核デトックス
人類がいずれは滅びると予測される時間帯に
糞袋ほどはあるだろう弾頭が夕日とぶつかり合い
キラキラ輝きながらヒューという鏑矢の音を立てて
限りなく混濁した黄昏の暗黒宇宙に接するその先から
巨大なヒキガエルがいきんで落とした穢れある死の輝きを
疲れはてた同類の誰もが信じることができずに逃げまとい
ダンゴ虫の形相で泥の中に紛れ込み
猿どもは土くれと化すのだ
無駄な抵抗は止めたまえ!
怯えおののく心を伴侶に旅立つこともないだろう
死に行く者の片割れとしていささか自虐的に
心穏やかに天空を睨みつけ、つかの間の未来を受け入れる
それは脈拍のリズムで刻んだ過去たちの走馬灯
子供の頃に夜空に散る花火を眺めたことを思い出し
胸ときめかせた幼心に戻って円らな瞳で見上げるのだ
滅びるときの感動は、生まれるときの感動に勝る
糞玉はとちったスカ玉みたいにばつの悪い顔をしながら
みるみる生気を失って、ほとんど空気に紛れ込み
頑なに目をつぶって向かってくるのだ
いったいどんな愚か者が粗相したの?
きっと猿のように莫迦な奴だと嗤いながら残された一瞬に
思い切り目ん玉を見開いて哀れな姿を眺めてやろう
ちっぽけな俺たちを消すのに、お前の図体は大げさすぎる
大柄な愛人が肩をすぼめるように
完璧な玉になろうとして自らを消し去り、空(くう)となった
お前は猿どもが捏造した地球、否、地球が捏造した猿どもだ!
すると抜け殻のように空しい伽藍洞に俺の思い出どころではなく
猿親父の思い出も、猿じいさんの思い出も、猿兄弟・猿親類の思い出も
猿友の思い出も、見知らぬ猿たちの思い出も、猿人も
ライオンもシマウマも、恐竜もアンモナイトもゲテモノたちも
魑魅魍魎すべての思い出がビックリ箱から飛び出した
嗚呼、茶番な玩具の戦士たち…
お前、落書きのような似非地球…
能もなく回り続ける地球ゴマ…
狂気に踊るガラクタどもを孕んで産んで
よく我慢できたものだ
風穴開けろ! 吐き出せ! 下せ! パンクしろ!
ビルの屋上から哀れな通行人めがけて落下するように
糞玉はすべてを道連れに
蛆虫どもの後始末をお前に託すのだ
ならばお前にデトックスの喜びを味わわせてやろう
所期の計画は噴飯ものでしたが
育てたすべてが半端ものなら仕方ございません
さあ初期化だ、出直しだ!
ようこそリプログラミングの世界へ
放蕩息子の帰還を迎え入れる父親のように
穏やかな死に十字切る喜びの中
俺は両手を思い切り開いて彼奴をハグしよう
嗚呼お前、ペーパーアース
破れかぶれの静しさよ
すべての始まりも、すべての過去も、すべての未来も
不要なガラクタとして打ち捨てるのがお前の裁量なら…
獄門星
恐竜どもが闊歩していたとき
ちっぽけな脳味噌は
宇宙の戯事であるこの星の役割を
これっぽっちも考えなかった
邪悪な肉食竜たちよ
おまえの祖先は
おまえを皆殺した飛礫(つぶて)と同じに
どこか平和な星の自浄作用で
瘡蓋(かさぶた)が剥がれて宙に迷い
エーテル河の流れに乗って
はるばるやってきたのだ
漂着したそいつは異臭を放ち
毒々しい酸素や濁った熱水を友に迎え
じくじくふやけた肉塊に膨れ上がり
その心は猛毒の硫化水素を糧にして
生き残るためのずる賢さを育んだ
そうだ、瘡蓋由来の用無しどもは
喧嘩好きの乱暴者となり
生きる価値を見出したのだ
最初はアメーバとして巨大化を目指し
出会うすべてを食らい、陵辱し、我が物にし
要らないものは汚物ともども吐き出した
この星の生きとし生けるものは
清廉たる宇宙から排除された
つまはじき者を母としている
だからその悲しい性を受け継いで
奪った命を瘡蓋に加工し
ケツの穴から吐き出し続けるのだ
嗚呼、彼方にあるべきイデアの星々から
芥として捨てられた
宇宙デブリの末裔たち
その痕跡らしき忸怩たる感性よ…
にじみ出る五臓六腑からの悪臭よ、悪寒よ、自己嫌悪よ!
地球という悪魔星は
逃げ出すことのできない孤立星
根を張る連中はどいつもこいつも
無用な瘡蓋として降り注ぎ
しっかり根付いた害来種
生きることは殺すこと
殺すことは生きること
殺し合うのが存在証明
されど命短し、罪とて同じ
旺盛な悪事も、つかの間の快楽も
やがては消え去る運命なのだから…
けだし愛というやつも欲望の一つなら
悲しい性を背負ってあり続けるに違いない
イデアの星々の何かしらを夢想しながら
霞のように、幻のように
この星では何も得られないという…
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「マリリンピッグ」(幻冬舎)
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