エッセー「印象派的政治論」 & ショートショート「徳川埋蔵金」 & 詩
エッセー
印象派的政治論
~ルックスが歴史を変える!?~
(一)
先日、米大統領選での両候補の討論会を見ていて、子供の揶揄合戦のように見えてしまい、失笑した。自分が当選したらアメリカをどう変えるかなどと大風呂敷を広げるのは当然のアピールだが、その数倍の時間をトランプは嘘か誠か分からない大げさな揶揄に費やし、ハリスもそれに応じて時間を取られるなど、高度なディベートにはならなかった。僕にとっては環境問題が肝心要の話題だと思っていたが、それもあっさり終わった。当然、受けが悪いと判断して腫物扱いしたのだろうから、そうなると多くの聴衆は自分自身のことばかりに関心があり、おかしな皮肉を連発するお笑い芸人を観るように、自分の不満をデトックスしているに過ぎないことになる。国民の最大関心事が目先の経済なら、当然環境問題など二の次、三の次だ。
討論会もスポーツ・イベントの一つだが、プロレスショーみたいに客層により手加減する。我欲で揺れる浮動票を逃したくないから、石油もガスも産出量世界一という米国民の前で、ハリスは再生エネルギー否定派のトランプに切り込めなかった。しかし、10年後の米国民に降りかかる災禍は、竜巻・ハリケーン銀座と化した沸騰アメリカの地獄だ。
真摯な政策提示よりも口喧嘩で相手を打ち負かした方が、選挙民の好印象を得るのだとすれば、それは愚衆政治の極みということになり、アメリカの将来も明るいものではないだろう。結局メディアがどっちかに軍配を上げるのだから、泥仕合でも勝てば官軍というわけだ。そんな討論会が大統領選を左右するのなら、選挙民にとっては直近の1、2年が大事で、10年後、20年後の子や孫はどうでもいいということになる。
日本の場合も、経済ファーストであることは同じだ。経済は麻薬のような快楽で、その世界は旧約聖書の町ソドムとゴモラに類似する。麻薬はどんどん鈍感になり、どんどん嵩が増していく。富への欲望もそうだ。しかし地球全体がそれを追求していけば、いずれは破局が訪れる。義人ロトは、愉楽の町に未練を残して振り返った妻が石と化したのを見て、悲しみながら町を逃れた。おそらくケネディが生きていたら、「国が環境のために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなた方自身が環境のために何ができるかを問うてほしい。我々が協力して環境のために一緒に何ができるかを問うてほしい」とでも言っただろう。
大統領選挙でも自民党総裁選でも、主役は「経済」であることは変わらない。しかも、マスコミが騒げばショー化するのも避けられない。自民党総裁選などを見ていると、地味なルックスの候補者が総裁になれば、直後解散が濃厚な総選挙で政権を維持できるだろうかと心配になってくる(支持・不支持は別として…)。候補者は皆、総花的な公約をするから、結局選挙民は洋服屋の買物のようになってしまう。見た目の印象で選ぶというわけだ。
国民が首相の実力を知るのは首相として機能してからで、それ以前にいくら立派な公約をしても、具現化できなかった例はゴロゴロしている。また、その公約を具現化しようとして、自らの首を絞めてしまうこともしばしばだ。ならば裏金問題で怒っている国民の多くが仮に自民党を選ぶとすれば、人気度ランキング上位の小泉氏か石破氏が首相であった方が可能性も高くなる。二人とも首相未経験者なので実力のほどは未知数だから、選挙民は単なる「好印象」で選ぶことになる。小泉氏は血筋とルックス、石破氏はテレビ出演の回数や、総裁選に過去4回落ちたことへの判官びいきが「好印象」の内実だ。自民党と他党の政策の違いに無関心な浮動票が自民に流れるとしたら、総裁の好印象ということになるだろう。
しかし、小泉氏と石破氏のどちらが浮動票を獲得するかといえば、小泉氏に違いない。無党派層の多くは石破氏が多々出演してきた番組を見ていないから、見た目の勝負となるからだ。だから、より確実に政権を続けようと思えば、自民党は小泉氏を選ぶ以外にないだろう。仮に切れ者の茂木氏やその他の候補者が総裁になったとしても、総選挙で浮動票を獲ることは難しいに違いない。地味なルックスでは、政治に熱心でない人々の「印象」が薄いからだ。要するに、政治家はアイドルの仲間だと思えばいい。
(二)
選挙に限らず、世の中を動かしているのは「印象」だ。生き物にとって、自分の体外に存在するものはすべて感覚を通して印象となる。つまり、生きる環境はすべて印象になり得るわけだ。どんな下等な生物でも、右側で好ましい感覚が得られれば、そちらに寄って、それがエサだと分かれば食らいつく。そしてそれは印象となって稚拙な脳神経に刻まれる。反対に、左側で嫌な感覚が得られれば、そこから逃れようとする。それは天敵の臭いなど、自分に害を及ぼす何かしらで、記憶として印象付けられる。それらは原始生物由来の「好印象」と「悪印象」で、個体の生死が関わるゆえに瞬間的な感覚として作用する「チョイス」の行動指針だ。原始生物の単純な反応が経験化、記憶化され、長い年月を経て人間となった。そして人間は生死に関わるその感覚を基本に、好き嫌いという好みの領域まで印象を拡大した。我々は、それを燈明として人生を歩んでいく。仮に悪印象の領域で足掻いているとすれば、発奮して好印象の領域に逃れようとするわけだ。そして逃げ切れなかった人間は肩を落とす。
印象は脳内ホルモンを刺激して、「好印象」の場合は胸のときめきとなり、「悪印象」の場合は胸騒ぎとなる。一目ぼれは視神経を通して一瞬にして胸をときめかせる。ウグイスはオスのさえずりで、極楽鳥はオスの優雅な踊りで、アマミホシゾラフグはオスの完璧な巣作りでメスに好印象を与え、結ばれる。そして政治に熱心でない人々は、党首のルックスで票を入れる。その顔が好印象のカテゴリーに入っていて、本能的・性的に引き付けられるからだ。人の行動を支配しているのは「印象」であることは、内紛で石をもて追わるるごとく首相の座から降ろされた過去の歴代総理たちのルックスを見れば分かるだろう。
彼らは就任当初から不動の人気を得るだけのセックスアピールがなかったから、党内で「〇〇降ろし」というプチ権力闘争が起きても、国民は冷ややかに傍観し、全ての責任を背負って退陣する。首相に人気があるうちは誰も足を引っ張ろうとは思わず、弱った状態を見透かして牙を剥くが、きっとルックスが良ければ国民も少しは同情しただろう。クレオパトラの鼻じゃないけれど、あと1センチ鼻が高く、あと0.5センチ目が大きければアイドルの座も維持でき、引きずり降ろされることはなかったかもしれない。政治家のルックスは歴史を変えるということだ(この偏向的意見は、人への影響は言語情報7%、聴覚情報38%、視覚情報55%というメラビアンの法則に文句を言ってください)。
人は「好印象」「悪印象」で日々行動を決めている。小さな買い物から仕事の選択、一大決断まで、印象が行動の源泉であるなら、「好み」というプチ印象から、「感動」や「恐怖」というグランド印象まで、様々なグレードの印象が存在し、それらの毛色も個人によって異なってくる。ベートーヴェンに感動する人もいれば、XJAPANに感動する人もいる。感動や恐怖が神経の興奮作用なら、「印象」も単なる神経の興奮作用だということになる。好印象は神経の良き興奮で、恐怖は神経の悪しき興奮だ。小泉氏を見たときは、大なり小なり神経の良き興奮が起こり、ゴキブリを見たときは、大なり小なり神経の悪しき興奮が起こる。嫌いな男が寄ってきて鳥肌が立てば、それはゴキブリを見たときと変わらない悪しき神経興奮だ(いきなり男女問題)。
(三)
しかし、多くの女に嫌われる男にとって唯一の救いは、蓼食う虫も好き好きということだ。第一印象を気にする女もいれば、気にしない女もいる。付き合って良ければすべて良し。「印象」の多くは生まれた社会の通念で形成されていく。だから、母国では持てなかった人も、外国では持てることもあり得るわけだ。例えば、欧米社会では目の大きなことは普通だから、却って細めの人がオリエンタルなアーモンド・アイとして好まれ、浮世絵美人も通用する。反対に日本では細目が普通だから、目の大きな人は持てはやされる。持てる女一人をとっても、日本人は欧米風美人に憧れ、欧米人は浮世絵美人に憧れる。また、海外で流行っている刺青にしても、日本では江戸的な刺青をヤクザな奴と思い、外国ではクールだと思われる。
人は映画を観て涙を流し、怖い目にあって涙を流す。涙はカタルシスで、神経の興奮を鎮める浄化作用だ。だから涙が出た後は、人生の新たな出発点にもなり得るだろう。そこで神経がクールダウンし、感動や恐怖を得た後の新たな人生が始まる。昔僕は、「あの映画を観て人生が変わった」という友達を「頭の軽い奴だな」と軽蔑したが、ここまで年を取ってみると、彼の言は正しかったと思えるのだ。残された未来が少ない人間にとって、精神を満たしているのは過去の記憶ばかりで、感動や恐怖、過ちから得た印象は心に刻まれ、しっかり残っている。そしてそれらは、その後の人生において何らかの作用を及ぼしてきたことを、歴史学者のように読み取ることができるからだ。その他の思い出は、地味な国会議員のように茫漠としている。
記憶に残る印象は、まるでモネの『印象・日の出』のようだ。モネはフランス、ル・アーブルの港を写実的に描かず、実景を見ながら目に焼き付いた「印象」のみをリアルタイムに抽出し、同じく心に湧き出た「心象」で全体を肉付けしてまとめ、朦朧とした作品に仕立て上げた。それは、我々が過去に出会った風景を、同じ場所に再び訪れて思い出しながら比較し、懐かしむのとは真逆の行為だ。彼は実景の窓辺にイーゼルを立て、心に浮かぶ過去的景色を描いたのだ。夕日のような朝日は、原始時代から人類が脳裏に刻んできた太陽の記憶だ。それは朝日でも夕日でもあり、一日の初めに現れ、一日の終わりに消えゆく愛すべき太陽で、人類の遺伝子に刻まれた太古からの「好印象」なのだ。
僕はあの絵を見たとき、昔どこかの港で見たような気がしたのは、過去に出会った太陽や港たちが、そのようなおぼろな印象として脳裏に残っていたからだ。印象は一瞬の間に過去形となって心に刻まれる。それは実物そのものではなく、ミケランジェロの粗削りな未完彫刻のように心に刻まれるのだ。鑑賞者はそれを見て、完成された姿を想像しながら作品を楽しむだろう。過去形となった印象も、記憶としてそうなるから、実景との齟齬をきたすわけだ。当然、実景が過去形に劣るのは、過去形には歴代の人心に刻まれた太古からの感動や恐怖が加味されているからだ。それ故に、「好印象」はさらなる感動となって選ばれ、「悪印象」はさらなる恐怖となって遠ざけられる。いまでも人間どもは、印象という内圧のもと、出っ張ったり引っ込めたりのアメーバ的流動性で、表層的な好悪の感覚をよすがに歩むべき方向を定めている、……ということは、我々は未だにアメーバのお作法で、お気楽に政治に関わっていることになるだろう(ひがみかなあ~)。
PS 政治家の能力は結果論だから、ルックスで選ぶ以外ないっしょ! といきがる妻もおります。小泉氏が政権を担うのなら、結果は見てのお楽しみ、ということでしょう。
ショートショート
徳川埋蔵金
(一)
高治家は戦国武将の末裔で、地元の名士として明治以降は代々国会議員を輩出してきた家系だ。当主の中虎は前回の参院選挙で落選し、次なる衆院選挙に打って出ようとしたが、現職議員でないために裏金ももらえず、資金繰りに困っていた。仕方なしに、先祖代々受け継いできた広大な宅地の一部を売却しようと、地元の不動産屋を呼んだ。
中虎が案内した場所は、小高い丘の上に建つ屋敷から50メートルほど下った傾斜地で、鬱蒼とした灌木に覆われ、そこから30メートルほど下れば広々とした水田になっている。もちろんその水田も中虎の所有で、近隣の農家複数にレンタルしていた。
「ここはあまり良い場所とは言えませんな。ほかに候補地はございませんか?」
「先祖代々の土地だから、本当は売りたくないんだ。売ってもいいとなると、ここだけだな。見積もりだけでも出ないかなあ……」
「承知しました。ご期待には沿えないと思いますが、お値段をお出しします。勝手に入って測量して、よろしいですね?」
「ああ……」
一週間後、不動産屋は査定書類を持ってきて、中虎に渡した。
「あれだけ広くて5千万か……」
中虎は肩を落として、深々とため息を吐いた。
「なにせ、マンションを建てても、交通の便が……」
「分かった。しばらく考えさせてくれ」
その1週間後、不動産屋が見積もりを修正して持ってきた。
「先生は私の先祖が代々仕えてきたご領主様のご子孫ですから、大勉強をさせて頂きました」と言って、提示金額は2億円になっていた。
「すごいじゃないか。本当はその倍を当てにしていたんだが、この金額でも許容範囲かもしれん。しかし、少しだけ返事は待ってほしい」
不動産屋が帰った後、議員のときに世話になった弁護士から電話が来た。「選挙も近づいております。何か、お困りごとがありましたら、気楽にご連絡ください」
中虎は不動産屋とのやり取りを話した。いきなり4倍の見積もりになったことを疑ったからだ。
「それは怪しいですね。分かりました、探偵を雇って不動産屋を調べさせましょう。悪だくみがあるのかもしれない」
数日後、弁護士から電話が来た。
「探偵に調べさせたら、不動産屋がよく通っている居酒屋で、数日前にこの地の郷土史家と話をしていたそうです。なんだか古臭い地図を広げて、高治家の話をしていたようですよ」
何だろう……、と中虎はいぶかしがった数秒後、アッと叫んで体をガタガタ震わせた。子供の頃、死んだ父親が家人を動員して二つの蔵を皮切りに、屋敷中を探し回った記憶があったからだ。父親は盛んに「どこかに埋蔵金の古地図かある」と叫んでいたが、2週間探しても出てこなかった。中虎はそのことを弁護士に言うと、「それでは2人でその郷土史家とやらに会って、確かめましょう」ということになった。
2人は郷土史家の、廃屋のような家の玄関に立ってベルを鳴らした。中から出てきたのは、70は過ぎたと思われる薄汚い痩せ老人だった。中虎を見るなり、「お殿様。ようこそおいで下さいました」と言って、6畳ほどの和室に招き入れた。擦り切れた座敷の奥には小さな仏壇があって、妻と思われる遺影が立てかけられていた。
「どこから私のことを?」と老人。
「それは言えません」と弁護士は答えた。
「あなたは私の家にあった古文書をお持ちではありませんか?」
中虎が尋ねると、老人は下卑た笑みを浮かべ、「古地図のことですかね」と聞き返した。
「そうです。私の家の蔵にあった古地図です」
「盗まれたんですか?」
「多分そうです」と中虎が答えると、弁護士は慌てて「返していただくことはできませんかね」と続けた。
「盗難届を出しておられないなら、お断りします。私はそれを神田の古書店で発見し、大枚を払って手に入れたのです。それが御領主様の御屋敷だと分かるのは、きっと中虎様と私だけです。しかし、お譲りするわけにはいきません」
「ならば売っていただけませんかね」と中虎。
「いくらで?」
「10万くらいかな……」
郷土史家は歯のない歯茎をむき出しにし、声を立てて笑った。
「いったいご先祖様はあの場所に何を埋めたんでしょうね」
「さあ、古地図にはその場所が?」
「しっかりとね」
「見せていただけませんかね」
「ダメです。場所が分かっちまう」
「何が埋まっているか、書いてありました?」
「分かりません。大事なものなのは確かでしょう」
横で2人のやり取りを聞いていた弁護士が、少々いら立って尋ねた。「で、あなたは何をお望みで? まさか勝手に侵入して、掘ろうってわけじゃないでしょ」
すると郷土史家はライターで煙草に火をつけ、思い切り吸うと、長々と吐き出し、対面の2人に吹き付けた。
「半分」
「半分?」と中虎。
「山分け。お嫌なら、交渉は決裂です」
「なるほど、交渉ときましたか。分かりました、いったん引き下がりましょう」
弁護士が言うと、郷土史家がそれを止めた。
「弁護士さん。古地図には面白いことが書いてありましてな。なんでも、莫大な徳川幕府の資金を5か所に分散し、一つをこの地に埋める、なんてことがね」
「まさか、徳川の埋蔵金?」
中虎は声を震わせた。
「の一部ってわけ」と言って、郷土史家はへへへと笑う。
「そいつは困ったな……」
「何か?」
中虎は眉間にしわを寄せた弁護士の顔を、おどおどと覗き込むように見た。
「つまり、その金はご先祖の主君であった徳川家の所有ということです。高治家のものじゃない、……ということは、大政奉還後の取り決めにより、徳川の資産はすべて明治政府のものとなり、それを後継している現政府が所有することになる。当然、発見者は報労金をもらえますが……」
「報労金だって? 冗談じゃない! 弁護士さん、何とかなりませんか?」と言って、中虎は弁護士の片腕を両手で強く引っ張った。
「ママママ、お手柔らかに」と、弁護士はその手を優しく振り払い、続ける。
「埋蔵金が発見されたら、政府に届け出る必要があります。けれど徳川なら届け出ればアウトだ。みんな持っていかれます」
「じゃが、山分けなら届け出る必要はない」と、郷土史家が相槌を打つ。「で、このことを知ってるのは、不動産屋だけ?」
「さようでござります」と郷土史家は答えたあと、「しかしあいつは勘定に入れなくてよろしい」と付け足した。
「単なる飲み友達でね。ご領主様が土地の売却をお断りになれば、それでいい。古地図のことは、贋物だったと言っときますわ」
弁護士はしばらく腕を組んでいたが、意を決したようにポンと手を叩いた。
「殿! 部下はこの私とこのご老人。しかし、山分けというのは殿にとってはあまりにも可哀そう。どうです郷土史家の先生、殿50%、先生40%、私10%でいかがでしょうか。殿だってご先祖様のお金じゃないから、政府に没収されれば10%もいかないでしょう。先生は5%もいかない。私はゼロだ。清廉潔白な弁護士が悪人になりましょう。10%の手数料は貰わないとね。先生、埋蔵金の価値は?」
「400万両。20兆円じゃ。そいつを5か所に分けて埋めたんだから、お庭には4兆円」
「10%の手数料でも、400億円か……」と弁護士。
「分かったよ」と郷土史家。
「オッケーだ」と中虎はため息交じりに承諾する、
……というわけで、3人は一応念書を交わし、悪の道に入ることになった。
(二)
それから一週間後、弁護士はトラックで大きな金庫を運んできて、中虎屋敷の土間に運び入れた。運搬には弁護士の3人の息子が手伝った。
「まずはこの大きな金庫に入る分だけ掘ることにしましょう。そして殿のお家に保管し、私が鍵を預かります。それで殿もご安心でしょう」
「了解だ」
「作業は明日開始します。息子3人が掘りますので、盗まれないよう殿は監督してください」
「分かった。僕の息子2人も作業を手伝わせるよ。早く小判を見たいからな」
「ありがとうございます」
明くる朝の8時に、大型バンで弁護士と3人の息子、古地図を持った郷土史家が脚絆、地下足袋姿でやって来た。殿も2人の息子と出迎える。郷土史家は古地図を出して、中虎に見せた。
「これかこれか、これが親父が血眼になって探した古地図か……」
中虎は感慨深げに古地図を見て、「まさにあの場所だ。この×印の書いてある下にお宝があるということかな?」と郷土史家に聞く。
「さようで。その×印は銘石と言われる貴船石です。下に石の姿まで書き込まれています。殿のお庭ですから、その石は知っておられるでしょう」
「いやいや、僕は庭石なんかに興味はない人間でね。それにこの場所は灌木や雑草に覆われてて、まずはそれを刈らないと始まらない」
「そんな必要はありません。私は郷土史家だから、いろんな城跡を調べています。草を分ければ岩は見つかる。石や岩があれば、その価値をすぐに見極められます。貴船石なら一発ですよ」
……ということで、古地図を持った郷土史家と中虎を先頭に、道具を担いだ弁護士や息子たちが続いて、草の中を目的地まで下りていった。
×印のあたりまで来ると、郷土史家は手慣れた仕草で背の高い雑草をかき分け、鉈で灌木も切りながら10分ほど探し回り、お目当ての石を見つけた。中虎の目には、どこにでも転がっているような地味な石だった。
「さあ、若い人5人でこの石をずらして下され」と郷土史家。
石は5人でもびくともしなかった。しかしこの辺りに莫大な埋蔵金が埋まっているのなら、そこを中心にかなり広い範囲に埋まっていることになる。石をどかさなくても、横を掘れば出てくるのは確実だった。
郷土史家はポケットからスマホのような機械を出した。
「携帯の金属探知機です」
そいつを持って石の周りを巡ると、一か所でピーピー鳴った。弁護士の息子の一人がそこにシャベルを入れる。土は腐葉土のように柔らかく、簡単に掘り進めることができた。両息子たちは交代で掘り進み、ものの20分も経たないうちにシャベルの先が固いものに当たった。5人が軍手で丁寧に土を除けると、最初の千両箱が露出し、全員が雄叫びを上げる。2人がかりで箱を地面に上げると、その下にも箱があるのを確認できた。
「やはり、私の予想通りだ。ここは傾斜地なので、長い年月の間に土砂が流出し、元々深い場所に埋めたお宝が、地表近くに出てきたというわけ。殿様はラッキーなお方だ」と郷土史家。
「いやこれは、おそらくご先祖様の願いが込められているのだ。高治家は徳川家の上に立つべき大名だった。だから、子孫の僕に果たせなかった天下を取らせるために、軍資金をつかわされたのだ。分かるかね。この金で、僕は総理大臣の椅子を狙わなければならない」
周りの全員が拍手をした。
「しかし、まずは箱の中身を確かめなければいけません」と弁護士。
「それもそうだ。みんな、ぬか喜びにならぬよう、まずはご先祖様に祈ろう」
全員が祈りを捧げ、若者がバールで思い切り蓋をこじ開けた。
全員が中を覗き込み、驚嘆の声を上げた。褐色に変色した和紙は、小判100枚を包んだ100両包に違いない。それが10包、千両箱に詰まっていた。郷土史家が一束を取り出し紙を破って小判を1枚出し、軍手で擦ると金色の輝きが現れた。
「本物だ。しかも歴史的な価値がある」と言って、郷土史家は中虎に手渡した。彼は軍手でさらに磨き、光った部分を金メダルみたいに噛み付き、ニヤリとした。
「おめでとうございます」と弁護士が祝福し、みんな拍手した。
若者たちが5箱出すと、どうやらその場所は掘りつくした感があった。「まだまだたくさん埋まっているが、今日はとりあえずこれだけにしたほうがよろしいな」と郷土史家。掘った穴は埋め戻し、持ってきたネコ車に5箱を上手く乗せ、100キロの重さを3人がかりで押して、上り坂を上っていく。屋敷に着くと、さっそく土間に置かれた大金庫に収納し、弁護士が鍵を掛けた。
「それで、山分けはいつします?」と郷土史家。
「さあ……」と言って、中虎は弁護士を見る。
「それではこうしましょう。千両箱が10箱になったら、最初の山分けだ。それまではこの金庫に保管し、鍵は私が預かる」と弁護士。
「こいつは?」と中虎は、さっき噛み付いた1枚を胸ポケットから出した。「仏壇にでも飾っといてや」と郷土史家が言うと、全員が笑った。
(二)
その夜、中虎は息子の一人を呼び、小判を渡した。
「東京のお店を探して、これがいくらで売れるものか調べてくれ。偽物かもしれないしな」
息子はあくる日の朝早く東京に出発し、古物屋に持参した小判を見せ、戻ってきた。金の量も多く、大体40万前後の価値があるとのことだ。
「千両箱で4億円か……。それが五つなら20憶じゃ」
中虎は息子たちと抱き合って喜んだ。すると息子の一人が、「あの郷土史家はもう用無しじゃん」と言ったので、「バカ抜かせ!」と怒ったものの、あの老いぼれジジイが自分の土地の出土品で大金持ちになることが、許せないことのように思えてきた。そうして弁護士を呼んだ。
「確かに、本来ならすべて殿さまのものです。しかし、あの古地図に徳川の埋蔵金と示されている限りは、政府が所有権を主張してくる」
「ならば?」
「そう、古地図さえなければ、これが徳川の埋蔵金だと証明はできない。しかし、あのボロ家を燃やしたところで、銀行の貸金庫に入れていたらアウトだ。一番確実なのは、あのジジイを殺し、家に火を点けることです」
「放火殺人? 重罪だ」
「私の息子はアメリカに移住したがっています。3億円現ナマでご用意していただければ、息子がやります」
「エッ、本当かい。けど、そんな大金、小判売らなきゃできないよ」
「あれは売ってはいけません。いま大量に売ったら目立っちまう。早いうちに片付けたかったら、借金してでも工面してください。私の取り分は、倍の20%でいかがでしょうか」
「20プラス3億円かい? 吹っかけるな」
「息子を殺人犯にするんだ。当然でしょ。殿さまの儲けを考えたら、蚊に刺されたようなもんだ。まだまだお宝が埋まってるんだし」
「それもそうだな。分かった。明日返事をする」
(三)
それから数日後、郷土史家の家は放火され、郷土史家が行方不明になっていることが地元の新聞に掲載された。そしてその1週間後、中虎は支援者宅を駆け回り、選挙資金と称して3億円をかき集め、ホッと胸を撫で下ろして弁護士を呼んだ。弁護士は息子1人を連れて、大袋に現ナマを詰め込んだ。
「君が殺ったのかい?」
「ええ、兄弟3人で。死体は山に埋蔵しました」
「ハハハ、そうかい。ところで、次のお宝掘りは?」
「2週間後ですな。こいつは明日、アメリカに留学です」と弁護士。
「そうかい、頑張れよ。するとあとの2人が来るのかい?」
「そういうことです」
しかし、2週間経っても弁護士から連絡はなかった。中虎が電話しても、電話に出ない。仕方なしに弁護士事務所に出向くと、そこは空き部屋になっていた。中虎は胸騒ぎがして、鍵屋を呼び、大金庫を開けてみた。蓋の空いた千両箱の中身は偽物の小判で満たされていた。他の4つの千両箱の中身は、石ころと砂だった。中虎と2人の息子は、腰を抜かしてヘタヘタとその場に崩れた。
同じころ、弁護士をはじめ詐欺グループの面々がワイキキビーチの豪華レストランで宴会を開いていた。3人の息子役は若手メンバーだ。不動産屋はグループのボス、郷土史家は不動産屋の父親だった。
グラスにシャンパンが注がれると、全員が立ち上がった。
「たった1枚の小判で、3億円をゲットしました。プロジェクトの成功を祝して、乾杯!」
不動産屋の号令で、チンチンと乾いた音が鳴り響いた。
(了)
詩
命の終わり
男の痩せた肉体は床に縛られ
夢は枯野を駆け巡った
長い時間を費やし
黄昏色に包まれて
ようやく命の意味を理解したのだ
いつの日だったろう…、朦朧とした夢の中で
気高い峰に立った昔を思い出した
不覚にもあのときの命は軽々しく
360度のパノラマが意味する奇跡を
深く噛み締めることはできなかった
それは現存する命が捉えた
ほんの一瞬の感動……
人生は一コマ一コマの一瞬が
長い長いフィルムとなって続いていく
途切れることのない長大な映像だ
男は連綿と続くシーンを丁寧に思い出し
軽く流してきた過ちを後悔した
命は途切れない感動を生み出す優れた監督
しかし若いアクターは緩慢な手法にいつも不満だった
男は悔い、その過失に涙した
それは小津作品のように、退屈な日々の流れだ
なぜ一つ一つのシーンを深く味わい
謳歌しなかったのだろう…
生きることの芸術性を
その時々で嚙み締めなかったのだろう…
つまらなく思えた男の人生も
いまはキラキラと輝いている
そして人生の輝きが天の輝きに移った瞬間
突然バシッと音がしてフィルムは切れ
リールがカラカラ空回りし、嗚呼…
感涙の波形はフラットになった
看護師が足早にやってきて手を触れる
まるで古の映写技師がそうしたように…
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