『水星の魔女』はガンダムだけどガンダムじゃない! 一期の8000字レビュー - 『水星の魔女』の魅力
『水星の魔女』、おもしろい
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』、おもしろいよね!!!!! という勢いから、この文章を書いている。(Season 2 放映日の前日)
新世代のファンを意識して制作されたという本作※0 は、制作者側の意図にたがわず、この作品を「はじめてのガンダム」として観た方が結構いらっしゃるようである(リアルの知り合いでもちらほら)。
正直、いちガンダムファンとして、ニコニコしている。
この作品の魅力をさらに伝えるために、ぜひいいたいことがある。それは一言でいうと、『水星の魔女』の魅力の一端は「ガンダム」だけど「ガンダム」じゃない点にあるんじゃないか、という話。
『水星の魔女』とは
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(以下『水星の魔女』)は、2022年10月よりTV放送・配信が開始されたサンライズ制作のテレビアニメで、ガンダムシリーズの最新作である。監督 ⼩林寛氏、シリーズ構成・脚本 ⼤河内⼀楼氏。
ガンダムTV放映シリーズらしからぬ「学園もの」という設定、初の女性主人公、そしてそのストーリー展開とキャッチーな台詞から、2022年10月放映のSeason 1 時点において、SNS上でも大きな話題を呼んでいる※1 。
ファンの間では、スレッタおよびその登場機体であるエアリアルをめぐった謎への考察がなされていたり、ラストシーンの「グロい」描写の意義や是非についていろいろと主張がされたりしているが、あえてこのnoteでは触れない※2 。
なぜなら、そこは自分が思う『水星の魔女』の魅力のメインではないから。
ガンダムシリーズの「お約束」
まず『水星の魔女』の「ガンダム」らしさを語る上で、ガンダムシリーズの「お約束」を復習しておこう。
ガンダムシリーズがファンに期待させるストーリーラインを、あえてひとこと※3 で述べるなら「宇宙移民時代に、地球周辺を舞台として、宇宙や地球の組織・国家が、ガンダムなどの人型ロボットを使いながら、人類や地球の未来をめぐって、争う話」 である。
もちろん作品によって濃淡はあるが、TV放映された宇宙世紀シリーズ、およびアナザーガンダムシリーズ※4 は、基本的にこの物語の定型を踏襲している。
例えば初代の作品『機動戦士ガンダム』※5 は、スペースコロニーと呼ばれる宇宙居住地への移民がすすんだ未来のお話である。地球から最も遠いスペースコロニー国家「ジオン公国」が、地球の連邦政府に対して、独立戦争をおこすのがメインのストーリーライン。その際に兵器として使われるものが人型のロボット「モビルスーツ」であり、ガンダムはこの一種で、作中では高性能な試作機としてえがかれている。
この初代の作品単体だけでも、大小さまざまな組織・人物が登場するため、それらの戦う理由を一概に述べることは難しいが、それでもマクロには、「地球と人類の行く末に関するある一定の主義・主張」と「それらに関連する対応や私怨」を動機としてその争いが展開していく。
これ以降の作品は、宇宙世紀シリーズはもちろんのこと、アナザーガンダムシリーズも含めて、多くの作品がこの物語の類型に属している。
『水星の魔女』は、他の作品同様、それらの多くの部分を踏襲しているが、同時に新しい魅力もうちだしている。
『水星の魔女』は何が「ガンダム」じゃない?
では『水星の魔女』の新しい魅力とは何か。ここでは説明をわかりやすくするために、5W1Hにそって順にみていく。
When 時代
これまでのガンダムシリーズは、だいたいは「宇宙への移民がすすんだ時代」の話であり、そして『水星の魔女』もこれを踏襲している。
ただ異なる点として、「数多の企業が宇宙へ進出し、巨大な経済圏を構築する時代」と公式にあるとおり、その主体が国家や宇宙移民ではなく、企業※6 となっているのが新しい点といえる。
学校で習う歴史が、幕府や国家の存亡ごとに時代が区切られることが多いように、時代を記述する際に何を主体とするかという視点は非常に大事なポイントである。この時点で、すでにこれまでの作品と切り口が異なる※7 ことを予告している。
Where 舞台
従来シリーズでは地球圏が舞台となっており、具体的には「地球・月・スペースコロニーおよび周辺の宇宙空間」で話の多くが展開される。それ以外に登場するのは、惑星でいうと火星、せいぜい木星あたり※8 で、水星という場所に大きく視点があたるのはほとんど初といっていい(気がする※9 )。
もちろん水星は『水星の魔女』でもSeason 1 時点ではそこまで言及・登場しているわけではないが、それでも作品のスコープの違いがみて取れるだろう。
Who 組織
従来は「国家・自治体やその連合体、あるいは反政府組織」などがメインだったが、今回はなんと「学園」※10 である。
ただ学校といっても、公教育の場というよりは、大企業の下部組織として存在するエリート養成機関というおもむきで、イメージとしてはイギリスのパブリックスクール(全寮制の私立学校)に近いものである。
しかしこの「学園もの」の導入によるガンダムシリーズへの影響はすさまじく(!)、少なくとも『水星の魔女』Season 1 時点においては猛威をふるっている。具体的には、「謎の転校生」「ツンデレお嬢様」「お金持ち学校」「生徒/生徒会の強大すぎる自治」「少女漫画的ハーレム」「俺様キャラ/謎の美少年/腹黒生徒会長」「部活動」という数々のテンプレートの部分的な導入により、話の展開をしやすくしており、それでいてガンダム作品としては「新しい」ものになっている。
そして同時にこれは、視聴者の間口を広げることにも貢献している。従来シリーズは「娯楽作品」として成立させるために、ガンダムシリーズファンの期待から大きくそれない話作りが、どうしても多かったように感じる。それゆえ、前述のガンダムシリーズの文脈に触れていない視聴者にとって、それらの従来作品のハードルが高かったのは、一つの側面として事実だろう。
この「学園もの」の導入によって、ガンダムシリーズの前知識がない視聴者にもとっつきやすく※11、むしろ漫画・アニメファンの多くが触れている(と思っている)学校が舞台の作品であることは、ストーリーが一定の期待を裏切らないことを予告している。
What ガンダム
従来作品の多くでは、基本的に「高性能な試作機・ワンオフ機」の代名詞であった兵器としてのガンダムだが、今回の主役機「エアリアル」は、医療用技術「GUND」をベースとした兵器として扱われている。
ガンダム作品において、「ガンダム」が意味する概念や射程は、実は作品ごとに微妙に異なっており、それがどう説明されるかはファンにとって実は楽しみにしているところ※12 でもある。
従来シリーズでも、「ガンダムおよびモビルスーツ周辺技術がどのような技術分野をもとにしているか/活かされているか」の描写が全くなかったわけではない※13 が、明確に、かつ大々的に「医療技術」としたのはこれまで類がない※14 といえる。
これは、ガンダムという人型兵器の必要性(リアリティ)の醸成に一役かっているとともに、ただ戦うだけではないロボットの魅力※15 を効果的に訴えることの一助となっている。
Why 動機
従来のガンダム作品では、冒頭に書いたとおり人類や地球の未来をめぐったパワーゲームが繰り広げられる・主人公はそれに巻き込まれることが多い。Season 1 放映時点では正直なんともいえないところがあるが、おそらく『水星の魔女』も同様の流れを踏襲するだろう。
ただし『水星の魔女』がこの観点で異なると思われるのは、主人公の主体性である。多くのガンダム作品において主人公は、何かの争いを契機としつつも、作中で戦う意義(大義)を発見し、徐々に主体性を獲得して物語に介入していくケースが多い※16 。
一方、本作の主人公、スレッタのモチベーションは「楽しい学校生活・将来水星に学校を作る夢・ミオリネへの好意」の3つを柱としている。他のガンダム作品の主人公に比べて共感しやすく、内向的ながらも正直者・主体的な言動もあいまって、視聴者としては非常に応援したくなる。
この主体性が、今後のパワーゲームの中で今後どのように変化していくかは、非常に気がかりなポイントである。特に、母親であるプロスペラからのマインドコントロールをにおわせる描写があるゆえに、このスレッタの動機や人格には、視聴者はいやでも注目せざるをえない。
How 争い
従来のガンダムシリーズは、基本的には戦争や局所的な武力行為を解決の手段※17 としてる。
本作の場合も、Season 1 時点では断言できかねるが、後半の展開をみるに類似したものになる可能性が高そうである。
それでも本作が特徴的なのは、「学園もの」というフォーマットに導入された「決闘」というシステムである。
初見だと、なんじゃこれは、という感じがある。しかし、ヤンキー漫画における「タイマン」の概念や、「学園もの」でいえば『少女革命ウテナ』※18 における決闘など、一部の界隈・ファンにとっては非常に親しみ深い設定である(と思う)。
ガンダムシリーズとしてまったく前例がないわけではない※19 が、このように「学園もの」というフォーマットで、しかも戦争や武力衝突が発生する世界観と両立して導入されたのは、おそらくはじめてであろう。
この設定は、ストーリー展開をスピーディーにする効果をうむとともに、部分的には死人が出ることのない※20 安心感も視聴者に提供している。
『水星の魔女』がひらく地平
これまで見てきたとおり※21、『水星の魔女』は「新しくて」、「新しくない」ガンダム作品である。
Season 2 が今後どのように展開していき、最終的な作品の評価がどうなるかは神のみぞ知るところではあるが、少なくともSeason 1 の時点で多くのことをやってのけた。スレッタ出生の謎やゴア描写などを除いても、非常に魅力的で「新規性」の高いガンダム作品※22 である。
その魅力から、これまでの作品に比べて間口の広い作品となっており、新規ファンを取り込むことに成功し、そして従来のガンダムファンをないがしろにするわけでもない※23 。
「新しさがなければ新規ファンが入ってこず、新しいことをしすぎると従来のファンは離れる」というのは長期シリーズの宿命だが、今作はそのバランスを上手くとっている好例とすら個人的には思っている。
この作品が多くに人の目にとまることを、いちガンダムファンとして願ってやまない。また同時に、このnoteがあなたの視聴のおともになれば幸いである。
(文:イツキ)
追伸
おまけとして、ちょっとしたクイズを置いておきます。
答えはこちら↓
参考文献: シェイクスピア著、松岡和子訳『テンペスト』 筑摩書房、2000 年
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