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【おはなし】 いいね屋さん

高評価が欲しくって、誰かにかまって欲しくって、あれやこれやと投稿しているのですが、よく考えてみると、どうやら私は見えない仕組みに踊らされているのではないでしょうか。

「はい、きっとそうでしょう」 

ですよね。この状況から抜け出すには、ただ、やめるというだけでいいのでしょうか。

「はい、おっしゃるとおりです」

ですよね。では、アカウントを削除して、通信契約も解除して、小型スクリーンをリサイクルショップに買い取ってもらえば縁を切ることができると思うのですが、なにせ、この生活をずいぶんと長い間つづけているものでして、いきなりゼロにするには心理的な抵抗があって踏み出せないのです。

「はい。みなさん、同じことをおっしゃいます」

そうでしたか。こういうみんなの行動心理と言いますか、風潮といいますか、流行といいますか、気分といいますか、空気といいますか。こういった傾向には何か名前があるのでしょうか。

「はい、もちろんございます。我々はお客さま一人ひとりに沿った適切な病名を名付けさせていただいております」

私はまだ相談している段階ですので、お客という種類に分類されているのですか?

「はい。これは事前相談会ですので、今はまだお客さまという立ち位置です」

ある一定のラインを踏み越えると、お客から患者になるということですか?

「そのとおりです」

さらに、その一定のラインを踏み越えると、患者から信者になるということですか?

「そこには誤解が含まれているかと思われます。我々は宗教団体ではございませんので、信者という言葉は不適切かと存じ上げます」

そうでしたか。中毒者と言い換えた方がよろしいですか?

「そこにも誤解が含まれております。我々が処方する薬を服用することで、中毒者のようになられてしまう方もおられますが、そこには認識の相違があります」

こだわり、くせになる、やみつき、ということですか?

「我々は強制しているわけではございません。ですが、患者様の中にはそういった泥沼に陥られる方もいます」

そうですか。えっと、私は何を相談しているのでしたっけ?

「いいね教から解放されたい、ということだと認識しております」

ああ、そうでした。いいね教という団体がどこかに存在するのですか?

「ええ、あなたの親指に憑依しています」

そうだったんですね。だから私は・・・。ああ、私はいったいどうすればいいのですか?

「残酷なご提案をするなら、親指を切り落とすことでしょうね」

たしかに、ボタンを押せませんね。

「ですが他の指で代用することになりますから意味ありません」

そうですよね。

「現実的なご提案としましては、上書きすることです」

どういうことでしょうか?

「別の教団に所属するのです」

ああ、なるほど。でも・・・

「はい、結局は同じことです。なにかに囚われながら生きていくことには変わりありません。ですので、あなた自ら教祖となり自らを律する毎日を過ごされるのが良いかと思われます」

ひとりで何役もこなすということですか?

「はい、演技と思えばなんてことありません。もちろん上手下手という評価はありますけど、その評価員さえもご自身で担えば他者の言動に惑わされることは起きないでしょう」

そうかもしれませんね。ドラマや映画の役者さんは作品ごとに違う人間を演じていますもんね。

「そのとおりです。限られた枠を他人と競い合うことで弾き出されてしまうこともありますが、競い合うことで切磋琢磨できることもあります。それも含めて全ての役割をあなた自身で演じ分ければいいのではないでしょうか」

とても難しそうに聞こえますね・・・

「みなさま、最初はそうおっしゃいますけど、やっているうちに慣れてくるみたいですよ」

ちなみに、先生もひとりで何役も演じ分けられているのですか?

「はい。今は精神科医の役割を演じてますけど、別の場所では郵便配達員を演じております。ボクは迷子の子羊役を演じるのが一番楽しいのですが、近頃は迷子の子羊役を演じる方が増えてきたので別の役を演じているのです」

なるほど、世の中のバランスを取られているわけですね。

「そういうことです」

ちなみに、なのですが・・・

「ええ、なにか閃いたのですね」

はい、少し言いにくいことなのですが・・・

「かまいません。おっしゃってください」

私、先生がいま座っているその椅子に、座ってみたいのですが・・・

「ほう、そうきましたか」

はい、差し出がましいかとは思うのですが、私の好奇心が暴れ始めてしまいました。

「いいでしょう。ボクもこの椅子には長く座り続けていて、おしりが痛くなっきたところですので」

それでは、ふたり同時に立って、移動して、同時に座るということでよろしいですか?

「ほうほう、あなたはとても想像力が豊かなお客さんみたいだ。よろしい、そうしましょう」

スッ

コツ コツ コツ

ドスン

「本日はどうされましたか?」

先生、ボクは気分が優れないのです。誰かにかまって欲しくって、おもしろくもない投稿を繰り返しているのです。いいねが欲しくって、高評価が欲しくって、チャンネル登録者数を増やしたくって、数のチカラで他人にマウントを取りたくって仕方がないのです。

「それは、迷える子羊症候群ですね。最近はやりの現代病です。みなさん患ってますので悲観することはありませんよ。むしろ流行の最先端を歩いているとも言えますね」

そうなんですね。ボクはなんだか毎日が生きづらくって、胸の辺りがとても苦しいのです。

「それは、今はやりの自己肯定感に支配されているのですよ」

どういうことですか?

「自己肯定感というのは、高い、低いで分類します。ということはですね、今はなるべく低い位置にいた方がですね、あとで高い位置に上昇したときにより多くの達成感を味わえるという仕組みにあなたは囚われているのです」

つまりそれは、未来でしあわせになるために、現在で不しあわせを感じているということですか?

「ええ、その認識で問題ありません」

ということはですよ、その考え自体を手放してしまえば、ボクは楽になれるのではないでしょうか?

「はい、そのとおりですね」

でも・・・。

「はい、その考えを手放してしまうと、もう、今の役割を演じることが難しくなりますね」

それは困ります。先生、ボクに強めの薬を処方してくれませんか?

「ええ、そう言われると思って準備してました。こちらをお飲みください」

ありがとうございます。

ゴクリ



「本日はどうされましたか?」

先生、ボクは・・・




おしまい