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【おはなし】 カレーの日
ボクの働く町工場では、月に一度「カレーの日」がやってくる。
工場内の食堂で食べれるお昼ごはんの「お味噌汁」が「カレー」に変化するのだ。
普段はお昼休みに外へ食べに出かけるひとたちも、この日だけは食堂へ集まってくる。
さっきまで部下に檄を飛ばしていたこわもてのスキンヘッド部長も、普段は誰とも会話をしないひとみしりのシャイ梱包員も、根っからの関西気質のせっかちなイラチ営業マンも、カロリー計算に熱心な少食のホソヤ事務員も、ハンバーガーが恋人の大食いのマルタ配達員も、存在感のない影の薄いライト会計士も、みんながみんな、カレーの列に並んで順番を待っている。
「オイラにお肉さんを残しておいておくれよぉ~」
最後尾に並んでいるマルタ配達員が大きな声でリクエストを送った。
「わたしのジャガイモと交換して、あ、あげても、い、いいわよ」
真ん中くらいに並んでいるホソヤ事務員がちいさな声で返事をした。
「なんといってもニンジンですな」
さっきまで怒鳴られていたシャイ梱包員がみんなに聞こえる声でさけんだ。
先頭に並んでいるスキンヘッド部長がまるいお皿の上にふたつずつ具材を入れている。牛肉、ニンジン、ジャガイモ、ソーセージ、オクラ、ピーマン。全部乗せの豪華トッピングカレーのできあがり。
部長はみんなの姿を見渡せる視界のいい席に陣取ると、カレーのお皿を置いて、温かいお茶を湯呑みに入れるためにゆっくりと歩いていった。
イラチ営業マンは牛肉とソーセージだけをすくい上げると、カレーのルーと一緒にごはんの上に盛り付けて一番近い席に座りパクパクと食べ始めた。
各自がそれぞれの好みの具材を選んでごはんの上に盛り付けていく。最後に順番が回ってきた大食いのマルタ配達員にはお肉がふたつ残されていた。
「ふー。ソーセージは、なしときましたぁ~」
それでもお肉がふたつも残っていることに心をときめかせながら誰よりも多くのごはんを盛り付けてたっぷりとカレーのルーをかけていく。もうこれ以上よそってしまうと席に到着するまでに床にこぼれるくらいまでルーを盛り付けると、マルタ配達員は空いている席に向かって歩き始めた。
せっかちなイラチ営業マンが食事を終えてお皿を返却口へと運び終えた頃、ようやく湯呑みにお茶を入れたスキンヘッド部長も席に座って位置についた。
「ジャガイモ」
スキンヘッド部長が声を出すと
「はい」とホソヤ事務員が右手をあげた。
「ニンジン」
「ふぁい」
シャイ梱包員がスプーンを持ちながら手をあげた。
「オクラ」
「・・・・・・」
「ピーマン」
「・・・・・・」
「チッ」
不人気なので部長が舌打ちをした。
「お肉」
「バイ!」
マルタ配達員が両手をあげた。
「ソーセージ」
「バイ!!」
マルタ配達員が立ち上がった。
スキンヘッド部長は笑みをこぼさないように静かに立ち上がると、それぞれの具材を求められたお皿の上に配り始めた。
さっきまで怒鳴られて落ち込んでいたシャイ梱包員は、「どうもありがとうございます」と部長と目を合わせてお礼を伝えた。
お肉とソーセージをダブルで受け取ったマルタ配達員は、「ばびばぼうっす」とくちをもぐもぐさせながらお礼を伝えた。
みんなに具材を届け終えた部長は、席について静かに手を合わせた。
「いただきます」
ボクの働く町工場では、月に一度だけカレーの日がやってくる。
それがいつやってくるのかは、社長や会長さえも知らないと言われている。
おしまい