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【おはなし】 アイスくん

夏休みになったわたしは図書館で過ごしている。

家にいるとお母さんがエアコンの温度がどうとか、宿題がどうとかうるさいから、落ち着く場所を探していると図書館が見つかった。

この図書館はわたしが小学生だったときに何度が入ったことがある。当時でさえも建物の中を歩くと床は軋み、窓を開け閉めするたびに「ギーギー」と気持ち悪い音が聞こえていた。だから今回もそれなりに期待ゼロ状態で入ったからなのかな。思ったよりも不快な空間ではないことに気づいてしまった。

館内を歩くとあいかわらず床は軋むがそれほど嫌な音ではない。窓は閉められてエアコンが付いているので快適な空間といえるだろう。

「こどもの記憶なんてあてにならないものね」

わたしはリュックサックにぶら下がっているクマのぬいぐるみに話しかけた。

 


空いてる席を探してどこでもいいから座りたい。できることなら自分の陣地を決めてそこを拠点にして今日を過ごしたい。

お昼ごはんを食べてきたわたしには食欲がない。だけどテーブルの上にお菓子の本を広げているお客さんを見てしまうと不思議とお腹がすいてきた。

「えっと、わたしはおやつが食べたいのかな?」

クマのぬいぐるみに答えを求めてもなにも返ってこない。

「でもまあ、席を探すのが先よね」

わたしは館内を歩きながら空いている席を探した。

見つかった、と思ったら椅子の上に荷物が置いてある。

「まるで映画館の中みたいね」

近くに寄らないと見えてこない存在の荷物。

「風船をくくりつけるといいかも」

そうすれば少し離れた場所からも「この席は利用中です」ということが理解できるのにな。

かるく館内を一周しても空いている席は見つからなかった。

わたしと同じ歳くらいの中学生や高校生はテキストを広げて友達どうしで宿題をしている。わたしよりも随分と年上のおじいさんやおばあさんは趣味に役立ちそうな本を読んだり、デカデカと新聞を広げて過ごしている。

「まあ、お年寄りには親切にしなくちゃバチがあたるもの」

わたしはクマの頭をぽんぽんと撫でながら心を落ち着かせる。

「はぁ、椅子がない・・・」

ため息と共に吐息が館内をめぐりはじめた。

席が開くのを待ちながらわたしは読みたい本を探していく。今日は宿題を持ってこなかったから楽しめる何かをここで見つけたい。

お料理の本はお腹がすくから見ないことにしよう。

新聞は家にもあるし、雑誌はなんだか物欲が刺激されそうだから違うかも。

文字ばっかりの小説は一瞬で眠りの世界に行けそうだけど今は欲しくない。

絵本はこどもっぽいし今の気分じゃない。

「う~ん、どうしようかな」

「あそこの席、座りますか?」

わたしが本を探していると、小学生くらいの男の子が話しかけてきた。

「えっ、どうしたの?」

「おねえちゃん、席を探しているみたいだから、ぼくが座っていた席をプレゼントしようかなって思いました」

「あら、そうなんだ。ありがとう」

「じゃあ、こっちです」

男の子はわたしの左手をつかむとテクテクと歩いていく。新聞コーナーを通り過ぎ、絵本コーナーを曲がって窓の近くの明るい座席に到着すると、椅子の上に置いてあるナップサックを持ち上げて席を譲ってくれた。

「ここなんだけど、嫌いじゃないですか?」

「ええ、明るくてとってもいい席よね。だけど、キミはもういいの?」

「はい、ぼくはもう今日の分の宿題を終えたので。あとはボーッとしてたんです」

「そうなんだ。じゃあ、遠慮なくこの席を使わせてもらうわね」

「どうぞ、どうぞ」

「どうもありがとう」

わたしは男の子に譲ってもらった席に座ると窓から見える景色を眺めた。少し離れたところに商店街の入り口が見える。大きなアーケードを日傘がわりにして休んでいるお年寄りの姿が見えた。

「もしかして、あの男の子には、わたしがおばあちゃんに見えたのかな」

誰にも聞こえないように小さな声でわたしはぬいぐるみに話しかけた。



次の日。

わたしは朝から家を出た。

リュックの中に宿題を入れておやつも入れて、お母さんに作ってもらったお弁当も入れて図書館に向かった。さすがに開館時間前から並ぶのは気が引けたので30分後に到着するように計算して家を出た。

昨日に比べるとまだいくつかの席が空いている。わたしはテーブルと椅子がセットになってる場所を探す。

昨日の彼がプレゼントしてくれた席はすでに埋まっていた。4人で使うテーブルと椅子が空いている。座っているのはわたしと同世代くらいの女の子たち。静かに宿題をしているから友達同士ではないのかもしれない。わたしはここで過ごすことにした。

椅子の上にハンドタオルを置いて席をキープしてから、昨日見かけた絵本コーナーへ歩いていく。昨日は気分じゃなかったけど、あれから家に帰ってから急に絵本が読みたくなったのだ。

絵本コーナーに入っていくと、小さなお子さんとお母さんが何組か見えた。ふかふかの床に座って絵本の読み聞かせしているところだった。わたしはみなさんの邪魔をしないように、そおっと歩いて気になる絵本を探していく。

ぐりとぐらが見つかった。

わー、なつかしい。

わたしはくちからこぼれ落ちていく独りごとを我慢しながら絵本をめくった。

夢中になって読んでいると、誰かがわたしのリュックで暮らしているクマのぬいぐるみを引っ張り始めた。

「うーうー」

絵本コーナーにいてる小さなお子さんがわたしのクマちゃんに興味を示している。

「クマちゃんだよー」

わたしはお子さんに話しかけた。

「うーうー?」

「そうそう、うーう、だよ」

「ううー」

小さなお子さんはなんだか嬉しそうに微笑んでくれた。

「あら、ごめんなさいね」

本棚に絵本を戻していたお母さんが子供の動きに気づいてこちらにやってきた。

「あ、いえ。えと、可愛いお子さんですね」

「ええ、まだこれくらいの年齢だとね・・・」

お母さんはなにか含みを持たせた言い方をする。わたしはちょっと考え込んでしまった。

「お嬢ちゃんは高校生?」

「あ、はい」

「そっかぁ。お母さんと仲良くしてる?」

「えと、どうでしょうか・・・。でも、今日はお弁当を作ってもらいました」

「そう。じゃあ、まだ大丈夫ね」

「そう、なんですかね・・・」

わたしが少し困っていると、小さなお子さんが助けてくれた。

「うーうー」

それに対してお母さんが止める。

「だーめ。このクマちゃんは、お姉ちゃんのだからね」

「うー?」

「そう、うーなの」

お母さんは小さなお子さんを抱き抱えると、荷物の置いている場所へと戻っていった。

わたしはなんだか気まずくなって絵本を本棚に戻すと、ペコリとお辞儀をしてから自分の席へと戻っていった。



午前中は同世代の女の子たちと一緒の席に座ってわたしは宿題を進めていった。

午後になりわたしは図書館の中庭に出てお弁当を食べることにした。屋根のある場所にはいくつかのベンチがあるのだけど利用中。みんな食事を楽しんでいる。

「う~ん、どうしようかしら・・・」

困ったわたしがクマのぬいぐるみに話しかけると、その瞬間に風がふわりと吹いて、ぬいぐるみの右手が大きな木を指差した。

わたしは木を見つめる。そこには昨日の男の子が木陰を利用してレジャーシートを広げてお弁当を食べていた。

わたしはなんだか嬉しくなって男の子のそばに駆け寄り話しかけた。

「こんにちは。昨日はありがとうね」

「いえ、とんでもありません」

男の子は急に話しかけられたのにどうどうとしている。

「あの、昨日のお礼におかしを持ってきたんだけど、一緒に食べない?」

「それは嬉しいです。あの、もしよかったら、ご一緒にお弁当を食べませんか?」

「あ、えと、どうしてわたしがまだ食べてないって分かったの?」

「なんとなくです」

「そうなんだ。えと、じゃあ、おじゃまします」

わたしは靴を脱いで彼のレジャーシートに座りお弁当を取り出して食べ始めた。



あれから何度かわたしは図書館に通っている。

わたしが図書館に行くと、いつも男の子はどこかに座っている。

あるときは階段の上。

またあるときは扇風機の前。

彼が座っているのは椅子とは限らない。だけど彼が座っていると、そこが椅子に思てしまうから不思議だ。

「もしかしてキミは、椅子の妖精なのかな?」

「いえ、ぼくは涼しい場所が好きなだけです」

「ふうん、そうなんだ・・・」

わたしは彼のことを「アイスくん」と名付けた。

彼には不思議な秘密がありそうだ。




おしまい