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【おはなし】 機械とボクの日常

ボクは毎日メモ帳をつくっている。

製本機の電源を入れて、入り口に紙をセットすると、機械が中間の工程をぜーんぶ自動でやってくれる。あとは取り出し口から出てくる完成したメモ帳を検品するだけの簡単なお仕事。

ときどき機械の調子が悪くなると、職長さんが停止ボタンを押して、不備のある箇所を修正してくれる。10秒くらいで終わることもあるし、数分かかるときもある。

機械が動き始めると休憩時間までノンストップで働かなきゃいけないから、機械の修正時間は僕たち「したっぱ」の人間にとっては貴重な休み時間となっている。

職長さんが忙しくメンテナンスをしているのに、したっぱが休んでいるのが申し訳ないと、入りたてのボクは考えていたんだけど、職長さんの動きを観察していると、スムーズに機械が動いているときには退屈そうに時間を持て余しているから、おあいこなのだ。

ボクは空き時間にかんたんなストレッチをして体の筋肉を柔らかく伸ばしていく。前傾姿勢で紙を機械にセットするから、背骨まわりの筋肉がカチカチになりやすいのだ。

トントントン、と背中をたたく。軽く握りしめた両手を使ってほぐしていく。

腰に手を当てて体をうしろに逸らしていく。ラジオ体操のメニューにも採用されている定番の動き。

あとは、足首をまわしたり、屈伸をしたり、両手を空に向けて背伸びをしたり、その場でジャンプをしたり。

気をつけないといけないのは、どのタイミングで機械が動き始まるのか、ボクには分からないこと。いつでもすぐに仕事の体制に戻れるように、耳は休むことができない。

グイーン ♪

この音が鳴りはじめると、機械が動き出すサイン。ボクは急いで持ち場に戻って紙を入り口にセットするのだ。



今の職場にボクが参加して1ヶ月くらいが過ぎた頃。

職長さんが話しかけてくれた。

「どうだい、笹本くん。少しは慣れたかい?」

「あ、はい。ちょっとは慣れてきましたけど、まだ体が思うように動かなくって困ってます」

「背中まわりの筋肉が痛いんだろ?」

「やっぱ、わかっちゃいますか」

「わかっちゃうねえ。俺も最初はそうだったから。でも、そのうち慣れるよ」

「そうですか。少しずつ慣れてきてると思うんですけど、座り仕事が長かったのが影響しているのかもしれません」

「以前は、たしか、事務系の仕事をしてたんだっけ?」

「あ、はい。椅子に座ってパソコンの画面をにらんでました」

「俺はずっと立ち仕事だから、そっちの方が疲れそうだよ」

「なるほど・・・。考え方しだいってことですかね」

「まあ、気長にいこうよ」

「はい、ありがとうございます」

いいひとだな、ってボクは思った。自分のことを気にかけれくれるひとがいるだけで、ちょっぴりがんばれそうな気がしたんだ。



この職場に参加して3ヶ月が過ぎた頃。

新しいメンバーがボクの部署に加わった。

「どうも、はじめまして。わたしはハリネズミのミイと申します。穴を開けるのは得意なのですが、機械の操作は、はじめてのことですので、ご迷惑をたくさんおかけすると思うのですが、どうぞよろしく指導してやってください」

なんと、ハリネズミのミイさんは、職長さんの被っている帽子の上から自己紹介をはじめたんだ。ボクが彼女の立場だったら、恐れ多くてそんな大胆な行動に出ることはないだろう。ずいぶんと肝が据わった新人さんだ。

「じゃあ、ミイさんの指導係は、笹本くんにお願いしようかな」

なんと、職長さんはボクに大変な任務を振り当ててきたぞ。

「よろしくお願いします、笹本さん」

「あ、いえ、こちらこそ・・・。どうぞよろしくお願いします」

新入りだったボクに後輩ができてしまった。しかも、彼女は人間じゃないんだもん。ハリネズミの指導係なんて、ペットショップや動物園の職員さんじゃないと務まらないんじゃないのかな。

まあ、でも、せっかくの機会だから、ちょっとがんばってみようかな。

桜の季節が来る前に、あれこれと悩み多き日常が始まろうとしていた。



グイーン ♪

・・・というような、ありそうで、なさそうな、でも実際にあったら楽しそうなこと想像しながら、ボクは機械と一緒に毎日メモ帳をつくっているよ。




おしまい