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【おはなし】 おやつと評定

「殿、マスクをお忘れでござる」

いつものミスドに入ろうとすると、半蔵が僕を止めた。

「先日、江戸でちょっとした事件がございました。ノーマスクでそば屋に入った与太郎と店員との間で一悶着あったのです。お気をつけくだされ」

伊賀忍者の首領的存在が言うんだから間違いない。僕はマスクをイヤイヤ付けて店に入った。

開いているカウンター席を先にキープしてからドーナツを選ぶ。トレーとトングを取り出して「今日は何にしようかな」って考える時間が好き。じっくり考えて選びたいときに限ってお客さんが少ないのは、どうしてなの?

急いでポンデリングとホットコーヒーを注文して支払いを済ませると、店員のお姉さんが黙ってフォークをくれた。

席に座っておやつタイム。僕はフォークを使ってポンデリングを切り分けていく。数珠みたいに丸いドーナツがつながっているのがポンデリングの特徴。人数によって取り分が変わってしまうのが残念なところ。

今日のお供は半蔵と三成。僕としてはお世話になっている彼らを労ってあげたい。

ポンデリングは8個に分けることができる。半蔵と三成に3個ずつあげよう。僕は2個でいいや。


         ●半蔵
      ◎ボク    ●半蔵
    ◎ボク        ●半蔵
      ○三成   ○三成
         ○三成
        

「ありがたき幸せ」× 2

半蔵と三成はトレーの上で正座をしながらポンデリングを手掴みで食べていく。僕はお上品にフォークに刺して食べていく。

3人で食べるからコーヒーの減りが早い。おかわりをレジまでもらいにいくのは僕の役目。だって、彼らは他人には見えないだもん。

僕がコーヒーのおかわりをしたいときに限って混んでいる。ミスドのいいところは、レジが混んでいてもおかわりを優先してくれるところ。

「今日はペースが早いのね」

レジのお姉さんが話しかけてきた。

「ええ、拙者、のどが乾いてまして・・・」

「ふ〜ん」

僕はおかわりを終えると、半蔵に教わった忍足で素早く席に戻った。

「あの女中、拙者たちが見えているでござるな」半蔵が言う。

「ってことは、あのお姉さんは他人じゃないんだ。他人の目を気にしてマスクを付けなくてもいいってことか」僕は答える。

「しかし、他人の定義によるでござる」と三成が疑問を投げかける。

「う〜ん・・・」× 3

僕たちは考え込んでしまった。



他人の目って、なんだろう?

他人ってなんだ、具体的に誰のこと? 山田さんか、それとも佐藤くんか。フルネームを漢字で書けない相手のことを指すのかな?

他人の反対語は自分。他人とは自分以外の全てのひと。他人という概念を消すために必要なことは、自分の範囲を広めること。

数式にしてみる。

人間=自分+他人 であると仮定すると、他人という概念を消すためには、他人を自分に変えてしまえばいい。

人間=自分+自分 
他人が消えて、他人の目も消えた。



冷たくなったコーヒーをひとくち飲んで決めた。僕にはもう、マスクは必要ない。自分が付けたいときにだけ付けるんだ。

他人の目を気にして、やりたくないことをする必要はない。他人の目を気にして、やりたいことを我慢をする必要もない。だって、他人の目はオバケと一緒だから。

「ねえ、あたしのドーナツはないのかしら?」

仕事を終えたお姉さんが隣の席に座った。



おしまい