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短編小説 | ロングヘアーの女
(1)
帰りの電車を降りて改札口を出たところで、毎日すれ違う女性がいた。心地よい微かな香りが漂う長い髪。私はその艶やかなロングヘアーに憧れていた。
私の高校では、肩に髪の毛がかかってはいけないことになっている。ちょっと納得のいかない校則だけど、仕方ないか。「卒業したら、絶対ロングにするから」と心の中でいつも思っていた。
(2)
今日も、そのロングヘアーの女性とすれ違った。本当にきれいだなぁ。私は思わず見とれてしまった。
いつもなら、後ろ姿を見送って、次の日に出会う時間の楽しみにする。しかし、今日は、私の視線を感じたのか、女性が振り返った。私は少し気まずくて、視線を逸らそうとしたが、目が合ってしまった。
(3)
「いつもここですれ違いますね」とロングヘアーの女性が私に優しく微笑んだ。「そ、そうですね」
私はおどおどしてしまった。
「いつも私のほうを見てるでしょ。なんか私の格好、変かなぁ?」
私は首を横にふった。
「髪の毛、すごく綺麗ですね。どのくらいの間、伸ばしているのですか?」と思いきって尋ねた。
「ありがとう。ちょっとわけがあってね」
どんな理由があるのだろう。
「あ、あの...」
「あ、ごめんね。これから仕事なの。また、お話しましょうね」
そう言い残して、ロングヘアーは人混みの中に消えていった。
(4)
その日以降、ロングヘアーの女性とは会うことがなかった。仕事に行く女性の時間が変わってしまったのだろうか?
しばらくの間、会えないことを寂しく思う日が続いた。
一頻り時が過ぎた頃、友人からロングヘアーの女性に関する噂を聞いた。
「ああ、あの綺麗な髪の長い女の人でしょ?ギャバ嬢か風俗嬢らしいよ。だって、帰る時間に会うことが多いよね。夜の街で働いてるんだよ、きっと」
そうなんだろうか?人は見かけによらないのかもしれない。けれど、あの素敵な長い髪の毛は、私の憧れでありつづけた。
(5)
今日も会うことはないのだろう。でも、会えたらいいな、と思いながら電車を降りた。
「やっぱり、もう会えないんだろうな」と思っていた。
「こんにちは!お久し振りね!」
見知らぬ女性から声をかけられた。でも、懐かしい声!
私に話しかけてきたのは、髪の「短い」女性だった。
「えっ、髪の毛、切っちゃったんてすか?」私は「こんにちは」さえ言わないまま、思わず叫んでしまった。
「あ、これ?ビックリさせちゃったかな。ヘアドネーションしちゃたんだよね。私、髪の毛しか取り柄がないから...私の髪の毛で救われる人がいるなら、こんな嬉しいことはないから...」
私の頬には、自然と涙が流れた。あんな素敵な長い髪の毛だったのに。もったいないよ。
それから数日後、私は卒業式を迎えた。長い艶やかな髪の毛への憧れは変わらない。けれども、ショートヘアのお姉さんの笑顔も素敵だったな。
ロングしようか、ショートにしようか。今、私は悩んでいる。
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![山根あきら | 妄想哲学者](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/174416477/profile_fcefecdb1e85490884f33fa4d8bca9d0.png?width=600&crop=1:1,smart)