短編 | あなたは神様を信じますか?
「愛実、そろそろ出掛けますよ」
日曜日は、いつも母と一緒に過ごしてばかりだった。
本当は友だちの「今度の日曜日は、メグちゃんと一緒に遊びたいな」という誘いに「うん、喜んで」と言いたかった。
「お母さん、メグはね、日曜日は、お友だちと遊びに行きたいな」
「なに言ってるの?遊ぶのは学校だけでいいでしょ?わがまま言わないで。お母さんの言うことを聞いてね」
友だちと一緒に遊びたいという私の希望は、一度も受け入れてもらえることはなかった。
他の同級生たちは、日曜日はみんな友だちと一緒に遊んでいる。けれども、私は一度も日曜日に友だちと遊んだことはなかった。
何度も遊びに誘ってくれた友だちも、私が何回も断っているうちに、次第に誘ってくれることがなくなった。寂しさを感じたけれども、それが当たり前なのかな、と思っていた。
大学生になって親元を離れた私は、初めて男の子と付き合うことになった。
「メグのお母さんってどんな人?」
どういう話の流れなのか、忘れてしまったけれど、私は答えに窮した。
「どんな人って言われても。一言では答えられないかな?」
私は母のことを言うのをためらった。
「まさか、変な宗教とかやってないよね」
私はギクリとした。
「なんでそんなことを聞くの?私と母は違う人間だわ」
私は思わず気色ばんでしまった。
「メグ、もしかして、メグのお母さんは宗教やってるの?」
「そうよ、だから、なによ。私は私。母は母よ」
そのあと、何を話したのか覚えていない。けれども、これ以降、彼との連絡は途絶えた。
どんなに私と母は違うと言っても、他人にわかってもらえるなんて思ってはいなかった。けれども、私の人格を認めない人とは、やはり相容れない気持ちがあった。
そんなに親が宗教をやってることがいけないことだろうか?
日曜日に礼拝に行ったり、毎日のように近所の清掃をしたり。
私だって違和感がなかったわけじゃない。けれども、自分の考えを他人に押し付けたことなどなかった。
彼との別れは、私の心に大きな傷を作った。
きちんと話せばよかった。どんなに言葉を尽くしても、完全な理解は得られなかったことだろうけど。
けれども、私は彼と別れたとき、私自身が母とちゃんと向き合っていなかったことに、遅ればせながら初めて気がついた。
夏休みになった。私は久しぶりに実家に帰った。
「メグ、お帰りなさい。あのね、今度の日曜日はいつもよりたくさんの人が集まるの。メグも一緒に行きましょう」
母は相変わらずであった。
私はこのとき、初めて私の気持ちを母に伝えた。
「お母さん、私に信仰の自由を与えてくれませんか?」
これを聞いた母は最初、キョトンとした表情を見せた。それから、ワナワナと震え出した。
「メグ、何を言ってるの?神を信じなかった田中さんが亡くなったことを忘れたの?鈴木さんもそうだったでしょう?神を信じない人は、みんな不幸になるのよ」
「そんなの偶然よ。神を信じていた人だって、たくさん亡くなっているわ。私はただ、私の信仰の自由を認めてほしいだけよ」
帰省中、母と会話することはなかった。母はとても落ち込んでいるようだった。
「お母さん、そろそろ帰るね。ごめんね。私、お母さんには感謝しているのよ」
母は私の目を直視して言った。
「わかったわ。スキになさい。もうメグには、なにも言うことはないから」
なんとも言えぬほど傷心した。
でもこれで、少し前進できたのかもしれない。
ほとんど何も考えることなく、ボーッと電車に揺られた。
徐々に懐かしいキャンパスが見えてきた。ほんの一週間かそこら離れていただけなのに、妙に懐かしかった。
電車を降りたあと、私は久しぶりにキャンパス内を歩いてみることにした。気をまぎらわせるために。
「メグ!久しぶり。この前は僕が悪かった。ちゃんとメグの話を聞かなくてごめんね」
わけもなく、涙が止めどもなく流れてきた。
「私も逢いたかったよ」
私たちは人目も憚らず、抱き締めあった。
生まれてはじめて、神様が見えたような気がした。
~おわり~