高円寺かりい食堂さんと古代インドの魚料理「マツィヤラ」と混ぜ粥「ダーナー・キッチャーチー」を作ってみた【いにしえのインド料理研究会#2】
「最近、僕の中のインドが足りないんだよね。大好きな高円寺で、運よくカレー屋を始めることができてもう3年が経った。お店はまあ儲かってはいないけど仕込んだ分のカレーは全部食べてもらえるし、毎日カレーと向き合うことはできている。長年の夢がすでに叶ってしまった。贅沢な悩みなのはわかっているけど何かがやっぱり足りないんだよね」
増川さんは高円寺でカレー屋「かりい食堂」を営んでいるオーナーシェフだ。彼の中で「インド的な何か」が不足したときに決まって僕が呼び出され、食事をしながら昔の高円寺のこと、インドのこと、未来のカレーのことなどを話す。
小一時間も話していると、アルコールも飲んでいないのにたいてい「高円寺をもっと日本のインドにしていこう!」というおかしな終着点に辿り着く。小さくてもインド的な試みを繰り返していくことで、少しずつ高円寺はもっとインドに近づいていくのではないか。このゲリラ的なプロジェクトを「高円寺印度化計画」と名づけ、細々と活動を続けている。
「いにしえのインド料理研究会」は、『チャラカの食卓』という2000年前のインド料理について書かれた文献を参考にし、実際に作ってみる試みだ。前回はクシーラウダナとクックタユーシュという2つの古代インド料理を作った。
今回はその第二弾として、2000年前の魚料理「マツィヤラ」と混ぜ粥の「ダーナー・キッチャッチー」を作ってみる会を実施。増川さん、カレー哲学の他に6人の方が参加してくれた。
マツィヤラ
マツィヤラはシンプルな魚料理だ。構成要素はパンチフォロン、タマリンド、魚のみ。「カレー」よりも「魚の煮付け」と言った方が近い。工程としてはパンチフォロンを炒め、タマリンドペーストでチャトニのようなものを作る。そこに下拵えした魚を加えて煮るだけだ。
パンチフォロンとはカロンジ、クミン、フェンネル、フェヌグリーク、マスタードまたはアジョワンという5種類のスパイスをホールのまま同量ずつ混ぜて使うもので、今でもベンガル、オリッサ、ビハール、ネパールの一部など東インド地域一帯で使われている。
インド料理でターメリックが料理に使われるようになったのは約1000年前(諸説ある。アーユルヴェーダの薬としてターメリックが使われていた)で、唐辛子が使われるようになったのはたかだかここ400年ほどの話だ。では唐辛子がインドに入る前のインド料理は辛くなかったのだろうかと疑問に思うが、実際にはマスタードが大量に使われており、辛いものも多かったようだ。マスタードペーストを使用した魚料理は今でも東インド一帯に残っている。
『チャラカの食卓』の舞台はアフガニスタンやパキスタンも含めた西北インド一帯なのだが、東インドに古い文化が残っているのはなぜなのだろうか。西方の中央アジアから人が移動してくると共に既存の文化が融合して塗りつぶされ、新たなものに生まれ変わったということか。
ご存知のようにインドはとてもクソでかい国なので海からは遠い場所が多い。冷蔵技術も発達していなかった2000年前は、海沿い以外の地域では基本的に川魚を食べていたと思われる。インドの川魚を食べると臭みが強く皮にぬめりのあるものが多いが、今回は比較的臭みの少ない信州の鯉を使用した。身近で手に入る海の魚だったらサバとかでもいいかもしれない。、
玉ねぎやトマト、ターメリックや唐辛子を使いたくなるその気持ちをグッと堪えて、砂糖と塩だけで味付けしたら出来上がり。結局は煮魚なので、火が通るまで煮た後にはいったん冷ますのが大事。その間に味が染み込むのだ。
ダーナー・キッチャーチー
キッチャーチーは要するに今でいうところのキチュリで、お粥。現在のインド料理のキチュリは豆を入れて作られることが多い。豆はダール、つまりひきわりの状態に加工してあると火が通りやすくなるのだが当時はまだなかった。
そこで煮えやすくするための工夫として「ダーナー」という空炒りする調理方法が使われた。つまり、空炒りしてから煮るお粥なのでダーナー・キッチャーチーという名前なのだ。とってもわかりやすいね!
オディシャにあるお寺の動画などを見ているとしばしば登場する、供物として献上されてきた野菜を素焼きの壺で炒めて煮る料理のイメージ。新大陸から新しい野菜が伝来する前なので使える材料が限られている。今回は人参とウリを使用した。ザクロ、バナナ、マンゴー、クルミ、アーモンド、ウリ、レンコン、ニンジン、サトイモなどは昔からインドで食べられていたようだが、じゃがいもやナス、トマト、カシューナッツなどは新大陸から伝来した食材だ。
お米はカリジラ米を使用。kalijeeraというのは言葉の意味ではkali(黒)とjeera(クミン)で黒いクミンという意味なのだが、見た目は真っ白で小さな粒のお米である。ゴビンドボーグという小粒の香り米が手に入ったので贅沢に使用した。
今回のレシピでは仕上げにゴマをトッピングした。インドでは油のことを「Taila」といい、ゴマを指す言葉「Tila」から生まれた語だという。油といえばすなわちゴマ油のことで、英語でoilという言葉がoliveから派生した事実と似たような関係がある。
実際に食べてみた
参加者全員に協力してもらいながら調理を進め、2つの料理が出来上がった。2000年前の道具を使って当時の作り方をしていたらこんなにスムーズには仕上がらなかったかもしれないが、我々は現代の調理器具を使っているので2時間程度で無事に全て完成したのであった。
出来上がったマツィヤラとダーナー・キッチャーチーをカレーライスのように一皿に盛り合わせ、いざ実食。
マツィヤラは分厚い鯉の身に脂がよくのっており、湧き水で育てられたためほとんど臭みがない。濃いめのタマリンドで煮込まれているので、まるで魚の味噌煮を食べているかのような錯覚を受ける。玉ねぎやトマト、ターメリックや唐辛子を入れたら確実に美味しくなるだろうなと思いながらも、その物足りなさが一層古代インドのことを思い起こさせた。骨が大きくて硬いので手で食べると食べやすい。
ダーナー・キッチャーチーは一般的なお粥より水分が少なく、野菜が混ざった炊き込みご飯のような仕上がり。ニンニク生姜を多めに入れてしっかり炒めているので、素朴な中にもパンチがある味だ。米粒は多少崩れているが、お粥よりは原型をとどめており炊き込みご飯のよう。
お米は1kgあったので一人あたり一合弱はあったのだが、わりと皆さんペロリと完食していた。あまりにもうまみ成分が少ないので、前情報なしに食べたらたぶんそんなにおいしくはないのだが、いにしえのインドのものだよと言われたら確かにそんな気もしてくる、不思議な料理だった。
参加者の感想
参考文献
今回のレシピは、『チャラカの食卓』に掲載されているものをアレンジして使用しています。
レシピ
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