迷える衆生(唾玉録 三)
第五回までは、五日分の『川』ノートと雑記帳の二部構成である。もともと自分の迷いの話を書いていたから、「迷える衆生」と名付けたのだが、分量の都合から消してしまった。消したということも含めて、「迷える衆生」としておきたい。
『川』ノートについても、書き終えてみて、不満がある。そもそも読み進めながら取ったノートをそのまま公開するというのは、余り蕪雑に過ぎるのではないか。しかし、始めてしまった以上はけじめをつけたいし、こういう気の抜けた、ダラダラした書き物も、人により場合によっては好まれることもあろうかと思って、公開するのである。日記のつもりで書いたのだから、日記だと思って読まれると嬉しい。
井伏鱒二『川』ノート
前回書き忘れたのでここに記すが、『川』ノートは第十九日で完結する。
第六日
これまでのところ、まず岩が、次に松の木が、鷲が描かれて、その岩の根もとから湧き出た水が水たまりをなして流れていく、そうしてまだ人の気配のない、上流に架かった土橋に三年に一度、何のためか人が通るというところまで追ってきた。
今回は、もっと下流、住人がおり、子供も遊びに来るような淵の話である。住民と言ってもこれは何ものかも何をして暮らしているのかもよく分からない。そればかりか、これもまた井伏好みと言っていいのであろう、グロテスクな容貌である。
裏返しにされた眼球によって読者を驚かせたと思えば、すぐに焦点を別のものに移している。だがこれは驚きを和らげるものでは全然なく、「小型の風鈴みたい」な蜂の巣は、その球形でもって「地球儀」のような眼球のイメージと共鳴し、一層浮き立たせるのである。
この老人はどうやら怖い人ではない。彼は「子供たちが淵にとびこむ騒ぎをききつけると、まだ蜂は巣立ちしないかとたづねたりする」し、「子供たちの騒ぐ声が大好きである。かすれ声で早口にしやべる子供は誰それの息子のまた息子であるとか、泳ぎながら絶えず鼻をすする子供は誰それの嫁の孫であるとか、さういふことまでもこの老人は知つてゐる」のである。老人の正体が少しだけ明らかになるのは、その少し後である。
代金の払い残しが利息で膨らんだことを説明する段落を挟んで短い段落がある。
この短い段落を以て、盲目の老人の話は終わるのである。
さて、「かすれ声で早口にしやべる子供は誰それの息子のまた息子であるとか、泳ぎながら絶えず鼻をすする子供は誰それの嫁の孫であるとか、さういふことまでもこの老人は知つてゐる」という一文は印象が明らかで見事である。子供たちの細かい所作と、彼らの家族と、老人との関係だけでなくて、さらに家族同士や、ある家族のこれまでまでも、想像させる。この淵から少し降りたところに、彼らが住み、出産したり結婚したり葬儀をしたりする村があるに違いない。その村の人々と、老人は何らかの憎からぬ関係を持っているのであろう。瀬良のご主人には苦しい記憶がこびり着いていたとしても、他の人々にも、また瀬良のご主人に対しても、恨みを抱く様子はない。老人が気の毒なのは「貧乏を苦にして」いるからであって、騙されたからでも蔑まれたからでもない。
さて、ご飯が炊けたから今日はここまで。今回は子供たちの様子を飛ばしてしまったから明日はその話だ。
第七日
老人の話は、淵で遊ぶ子供と一つの話として語られているから、本来それらを切り離して読むわけにはいかないのだが、前回は老人をはっきり輪郭付けておくために敢えてそれだけ注目してみた。
さて、子供たちはどう描かれているだろうか。最初は、蜂の巣の出てきた引用の直後である。
と、こうしてまた前回引用した箇所に続いていく。
それにしてもひどい子供たちだ。老人は目が見えず、蜂の巣を怖がって、可愛らしい声に向かって尋ねているというのに、子供の方ではそんなことなど構わず悪口である。「一般に子供たちといふものは、見せものを見に行つたときは寧ろ陳列された片輪ものを尊敬するくせに、その他の日常の場所では極端にこれを軽蔑する」と語り手は言う。なるほど道理であると思う。どんなものでも場面場面によって別物になりうることも、子供たちが各々の判断を勝手に固持することも。
ところで、子供たちが「水の底で互に相手の鼻をつまんで」いた理由であるが、これは私にはわからない。他の箇所で、子供たちが水にとびこむ時に必ず鼻をつまむことは繰り返し言われているから、子供たちは水の中で鼻をつまんでいることを何にも増して優先されるべきことと思っているのであろうが、わざわざ相手の鼻をつまむというのはどういうわけか。仲の良さを確かめるためか、それともスリルを楽しむためか、いずれにせよ、二人の子供は水中にいる限り互いに離れることができないことは確かである。
さて、ここで、全集の同じ巻に収録されている「『川』の出版」から引用しておこう。これは、『川』が単行本として出版されるに当って、その版元の広報誌に載せられたものだそうだ。
我々の鑑賞が「この川の沿岸に住む不幸の人たち」の一人ないし何人かに行き当たった今、この作者の弁明に注意を向けておくが無難であろう。確かに「地球儀の老人」はあまり魅力的に過ぎる。その妙な容貌にしても、人柄の良さにしても、村の人々との関係にしても、気の毒な境遇にしても。しかしここで描かれているのは寧ろ川だと言うのである。確かに、子供たちが泳ぐところ、子どもたちのいなくなった後で老人の耳に届く音、老人が貧乏している原因の段段畑の水田に水を供給するもの、それは川である。それでも老人や子供が魅力的に過ぎる余り、そちらばかりに注意が向いて、あたかも背景のごとくに美しく縹緲と流れてゆく川に目が行きにくくなるのは如何ともしがたい。われわれは、これ以降を読んでいくときにもその点には十分留意せねばなるまい。また、それと同時に「不幸な人たち」の魅力も存分に味わわねばならない。
第八日
今日は家族が訪ねてきてお供をしていたので『川』はお休みである。
その家族を待つ間、書店で暇をつぶしていたところ、宮沢章夫の『時間のかかる読書』という本の表紙が目に入った。この『川』鑑賞ノートの「前書き」で触れた、横光利一の『機械』を十一年以上かけて読んだという、あれである。手にとってパラパラしたところによると、宮沢氏はそれ以前に一度、『機械』を通読しているらしい。私も『川』は以前イイカゲンに通読した経験があるので、同じである。イイカゲンに読んでも何となく面白かったが、如何せんイイカゲンであったが為に面白さは「何となく」しかつかめなかった、その無念というか、心残りが、再読を促した次第は、私と宮沢氏とは同じであろう。
しかし宮沢氏は、冗談のつもりで書き始めたということであった。実際読む遅さにかけては、私は氏に及びもつかない。ただ私がその真似をすれば、結局つまらない悪ふざけになるのが関の山という気がして、とてもそんな気になれない。つまりは、これまで通り1,2ページづつ読み進めていくというだけのことだ。
言及しておいた本と出会ったので、ちょいと思ったことを書き留めたまでである。
第九日
昨日は別の文章を書くのに掛り切りになっていて、『川』は読まず仕舞いだったので、今日は本当は十日目なのだが、九日目だけが飛ばされていたら何だか妙に目立つだろうと思うので、便宜上今日が九日目だということにする。
さて、話は地球儀の老人と子供たちの所まで来た。次は「黒い色の木の橋」があって、その傍に六軒の家があるというところの話である。一番端の家には仲の良い木挽の夫妻が住んでいる。二人子供があったが、一人はテンカンで川に落ちて死体も上がらず、一人は蛍を追って橋から落ち、「石の上に両腕を重ねて死んでゐた」。この表現も簡潔で印象がくっきりしていて巧いと思う。その続きはこうである。
ここに、愛すべき我らが不幸なる人々の一人の姿が描き出されている。突発的な怒りのために我が家の箒を蹴飛ばす亭主、そしてその時彼の足下では冷たい両腕が重なっていることをまだ知らない亭主。愛児の霊の前でわけのわからないことを喚きたてる善良で不幸なる亭主。「なぜ蛍は川しもから川かみにとんで行つて、それから川かみで蛍は行きどまりになる心配はないか」。人は時に妙な思考に取り憑かれるものである。なるほど筋は通っているが、その筋は錯乱した人でなければ見つけて来ることはできない。
木挽の亭主はトラホーム(今はトラコーマというのが一般的らしい)で眼医者に行き、女房はそのことを自慢にしているが、二軒目の養蚕家夫婦も、遠い村落で自分たちがどんな立派な人たちと知り合いになったかを喋り散らす。これでこの土地の風土の半分は分かったようなものである。
第十日
七日目に引用した「『川』の出版」及び単行本の序文によれば、『川』は構想としてはまとまった一つのものであるけれど、発表の仕方としては「四部作」であって、その元の題はそれぞれ「川沿ひの実写風景」「川」「洪水前後」「その地帯のロケイシヨン」である。そして、「川沿ひの実写風景」は、丁度今読んでいる六軒の家のところで終わる。今日はこの部分を終いまで読む。
三軒目は店屋、四軒目は俥夫、五軒目と六軒目は空家であるという。が、この四軒については、話が断片的であってよく分からない。川との関係で言えば、店屋の出戻り娘は隣の養蚕家兼結婚仲介人と仲がよく、手紙を、といっても仲介の用向きではないのだが、貰って、嬉しいけれど父親に見せたくないので破って川に棄てた、という次第と、俥夫はいつも段段畑で耕作をしているということ、また何のためか、家鴨を飼っていることが書かれている。
他に、気になるのは、地球儀の老人に畑を売りつけた「瀬良さん」が出てきていないことである。四軒目の俥夫は「丹下さん」に呼ばれてお酒を御馳走になることが書かれているが、この「丹下さん」も正体不明である。この作品では、正体不明の人物にだけ名前が与えられるという慣わしなのであろうか。ここで一旦短編として終わるということからしても、また以前通読した時の記憶によっても、彼らの正体が明かされることはなさそうである。そういえば、地球儀の老人の住む淵に遊びに来るという子供たちはどこから来たのだろう。この六軒の家には、そんな子供がいることは書かれていない。
いや、人の住処は川沿いだけではない。森の中に住む人だっているに違いない。気付いてみれば至極当たり前なのだが、なぜか今まで気付かずにいた。語り手は、ほんの間接的に、川から離れて住む人たちのことも語っているのである。
小此木君の負け顔
我が同人、小此木君が先週、「電気音響変換器と囁きについての試論、メルカディエとボールドウィンの発明とその創出の背景についての一仮説の検討」というのを書いている。その内容は「イヤホンというのは、囁き声に触発されて発明されたのではないかと考えたが、どうもそうではなさそうだ」というものである。言葉の遣い方にしても、文章の構成にしても、決して褒められた代物ではないが、あえてこれを言挙げするのは、これには彼の性行の主因のごときものが、書き込まれているように思うからである。そうしてその主因は、彼言うところの「極、小作家」たる彼の今後の作物を見る上での興味深い指標となるに違いないと思うからである。
被害妄想と被害者面
発明というものは大抵、意図して生まれるものでなく、たまたま発見されたものがたまたま実用性を持っていたというところに生まれるものであること、それから、これまでになかったものが生まれてしまった後の考えを、それが生まれる前の立場にも当てはまるかのように考えることを、人はアナクロニズムと呼んで斥けるということ、このくらいのことは多くの人の知るところである。知らずとも、たいてい苦もなく了解されることであろう。ヘッドフォンの発明者が、自分の発明を取るに足らぬと考えたことは、だから、自然であるし、イヤホンについて「私だけに届く囁きのようだ」と無邪気な空想を逞しくするのは勝手だが、イヤホンのない世界で同じような思いを抱いていた人がいると仮定するのは無茶である。
さらに、何かそういう可愛らしい空想に基づいて生まれた発明が良い発明で、単に実用的なだけの、夢を伴うことなく生まれた発明が悪い発明だなどということもない。小此木君は、科学や真理という言葉と、神秘やロマンスという言葉を、あたかも対概念かのごとく扱っているが、それは誤りである。たとえ神秘を知らない科学者がいたとしても、その責は科学者にあるのであって科学にはない。真理の光で神秘を塗り潰せると思う人が愚かなのは、科学のせいではない。それが分からなければ、決して無駄にはならぬから、一つ科学史の勉強をされるがよい。小此木君は、科学と真理から神秘を擁護しているようでいて、その実、神秘を矮小化し、貶めただけだ。彼の被害者振った言い草は、結局その矮小化の表現に外ならない。
葛西善蔵の被害妄想
私が彼の調子のこの点に引っ掛ったのは、彼の小説もまた同じ調子に貫かれていたからである。彼の小説は被害妄想っぷりが見事であって、そこに愛嬌があるのだが、あのような不用意な作文において同じ資質が露呈したからには、それが彼の地金に外ならなかったわけである。では、それは良いことなのか悪いことなのかといえば、私はどちらとも言い兼ねる。
私の念頭にあるのは葛西善蔵であって、彼は本当に被害妄想を起こし、それに基づいた小説を書いて見事に成功している(特に有名なのは「子をつれて」で谷崎精二を悪人に仕立て上げていることである。谷崎は、半年経ってから「僕の邪推だった。今謝るよ」と言われて唖然としたと報告している)。
私は葛西に対して、ものの見方が未熟であるなぞとは別に思わない。すると、被害妄想それ自体は別に言うほどのことでもないわけだ。葛西は、世間に複雑な思いを抱き、人を誤解し、悲観したり傲慢になったりするけれども、そのいちいちの感情が純粋で、その根底には人間に対する底抜けの信頼があり、しかもそれが文章によってよく表されているから、被害妄想があっても、むしろそういう考え方をする彼の方に幾らか分があるようにすら思わせられる。友人を冷酷な男だと誤解していても、そんな冷酷ではだめだと彼が握りしめる理想があまりに清く美しいために、誤解かどうかなどどうでも良くなる。というのは、誤解が解けたにしても、たしかにそんな理想と比べたら断然冷酷であるには違いないのだから。つまり、誤った認識も、それが清く逞しい要求に根差すものである限り、世間のだらしなく濁った有様を明るみに出すが故に、ある種の真を含んでいるのである。
小此木君の性行には、そういう強靭さが感じられない。彼の場合、被害妄想と被害者面は、結局主観的な執着に帰着するので、共感を寄せられる所が少ない。「負けた、負けた」は結構であるが、どうせなら相手の懐に潜り込んで、そうして急所を突かれて負けるのでなければ、負け甲斐もない。
貧弱さ及び貧弱さの貧弱さ
話を戻して、イヤホンと囁きについての文章に即して言えば、まず、イヤホンから囁きを連想し、イヤホンの発明者の耳元で囁いた何者かに思いを馳せるのは、彼の美しい想像力のなせる技であって、我々としてもそれについていくのはなかなか楽しい。しかしそれは明らかなアナクロニズムには違いないので、実際の発明者を調べれば失望が待っているのは当たり前である。失望した彼は、自分の美しい空想をにべもなく否定された悔しさに、現実を否定してみせる。彼が葛西善蔵に似た姿を見せるのはここである。
重要なのは、ここで、読者の目にアナクロニズムは明白であり、読者には、彼の空想が主観的で貧弱であることが、はっきりと分かっていることである。その時点で、彼の空想は、面白いのは面白いが現実にそのまま通用することはない無邪気な空想になっている。無邪気な空想は、空想である内は誰もが楽しめるものだが、その外に引っ張り出された途端、惨めな無力を晒すばかりである。彼が現実を否定しようとも、その賭金が場違いな空想である限り、否定された現実は我々の現実ではない。つまりは、彼が悔し紛れに放った拳は現実には当たらず、彼自身の空想を虐めるだけだったのだ。
更に言えば、いわゆるドン・キホーテ的な感動、即ち、見当違いな発想に基づいて情熱的な行動をする人物に対して、感情移入はしないままに、起こる感動、更に言い換えれば、自分は彼のようには行動しないけれど、彼は確かに彼なりに深刻に生きていると、確信させられる際に湧き上がる感動、そういう感動も、彼の文章にはない。それは、それほどの情熱が感じられないことと、小賢しいような書き方に起因するのではないかと思う。
要するに、彼は間違えており、その上間違え方が中途半端なのである。まるで、よく周りを見ていなくて蹴躓き、腹立ち紛れに地面を蹴りつけて、却って足を痛めるが、その足は痛そうでもなく、自分は馬鹿だなどと反省した素振りすら見せるからいよいよ同情できなくなる、そんなものを感じる。威勢がない。
同じことを繰り返すようなことになって、恐縮である。私は私の感ずるままを素直に書いたまでである。「負けた、負けた」と彼は言うが、私にこう言われたのも「負けた、負けた」になってしまうのだろうか。
デカルトの暫定道徳について
私は耳にしたことがないから実のところよくわからないが、「親ガチャ」とか「国ガチャ」とかいう言葉が人口に膾炙しているときく。言葉が流行るというのは、その言葉に託す心が瀰漫しているということだ。
とはいえその心というのも別にそう新奇なものではない。「ガチャ」という言葉が新趣向の装いを見せているだけで、その装い自体は古着のボロで出来ている。身辺の特定の事情が、出生地であれ血筋であれ星座であれ、自分の一生を揺るぎなく決定する(してしまっている)という信念は、昔からあったろう。
私には、ネット上などで「親ガチャ」等の言葉を見るたびに、デカルトの『方法序説』の一節を想起する習性があるのだが、その思想自体が新奇のものでないとすれば、この習性もデタラメとはいえまい。
その一節を以下に掲げる。
『方法序説』の第三部は一般に「暫定道徳」の部と呼び慣わされているが、以前デカルトの新書を読んだ時、この部分には特に感心した。検索すると、やはり色々と紹介なり研究なりが簡単に見つかるようである。
ショーペンハウアーは『幸福について(原題は「世知についての箴言集」)』の序文で、これから幸福な生活を送る方法について論じると言っておきながら、自分の哲学によれば幸福な生活などはないのだが、と但し書きをしているが、私はこれを読んだときにも感心した。
要するに、哲学的な知は少なからず常識外れであり処世上の役には立たないということで、処世知と哲学的な知は用途が違うのだ。用途が違うから見かけ上矛盾していても問題はないわけだ。デカルトの「暫定道徳」も、所詮は暫定的なもので、哲学的な基礎付けは全く無いのだが、だからといって重要性が低いわけでは全然ない。ヘーゲルは「ミネルヴァの梟は夕暮れ時に飛び立つ」という有名な言葉を記したが、ミネルヴァの梟が飛び立たないうちも我々の生活はずっと続くのである。
デカルトほどの聡明な人物が、「長い修練とたびたび反復される省察」に耐える必要を認めた「暫定道徳」が不要になる時は、果たしていつのことになるのか。この「暫定」とは、後でどうせ不要になるものという意味ではなく、これが不要になる時が永遠に来ないと言うことは許されない、言い換えれば、人間が永遠に無知蒙昧であやふやな生き方をするのだと信ずべきではない、という意味である。何らかの確実な知を獲得して、確実で強力な道徳によっていずれ幸福な世界がもたらされるというのがデカルトの信念であって、その信念からすれば不確実な道徳はあくまで暫定的だと言わざるを得なかったまでで、差し当たり無知蒙昧であやふやな人生を生きざるをえない我々にとっては、その「暫定」性は当面問題にならない。
そう思ってデカルトの言葉に耳を傾けてみれば、生活の苦労が滲む親爺のしゃがれ声の様だ。それは、私一人の勝手な想像かもしれないが、私はそのデカルトが好きだ。彼の言葉は決して込み入ってはいない。
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