見出し画像

『wonderful world』(1999)

この話は、わたしが愛してやまないバンド「スーパーカー」の同名タイトル曲からインスパイアされ、高3の時に書いた、ルーズリーフ7枚の小説。
登場人物名も、メンバーのお名前から拝借しています。
フルカワミキさんにファンクラブ(現在は廃止)を通じて読んでもらい、
感想をもらったのはいい思い出。
執筆当時17才だったわたしの、”誰も知らない遠くに行ってリセットしたい”願望を書いたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

*基本的に執筆当時の原文ママです。

             *
ある日、あたしの家のポストに、差出人不明の手紙がきていた。
その中には、こんな手紙が入っていた。

7月7日、12:00
若草山のてっぺんに
1000年に一度しかあらわれない
ワンダフルワールドの入口が。

「バッカみたい」
内心そう思ったけど、なんだかわくわくしている自分に気づいた。
ワンダフルワールドって、どんなところだろう?
もう、傷つかなくてもすむところだろうか?
だったら、行きたいな ――――

              *
手紙がきて2日後、電話があった。
「もしもし。古川さんのお宅ですか?」
知らない男の子からだった。
「僕はジュンジ。ミキちゃんだよね?!」
「ァ、ハイ。あの ――― 」
「手紙きたでしょ?ワンダフルワールドへの案内状。
 あれにね、書いてあったんだ。君とこいって」
あたしはもう一回手紙を見た。すみっこの方に、同伴者:石渡淳治ってあった。
「行く?」
その男の子はきいた。
ちょっと、返事に困った。
「ジュンジくんも、傷ついてるの?」
あ、何言ってんだろ。返事になってないし。
「ミキちゃんは、傷ついてんだね」
あたしは黙りこんだ。
「じゃあ、行こうよ。
 ワンダフルワールドに」

            *
あたしの家は、おっきな会社の社長のパパと、
       お金の大スキなママと、
       傷ついたあたしと。
そんな、へんちくりんな、アンバランスな家族。
とてもツメタイ家族。
息苦しいけど、ここしかあたしの居場所はないから。

社長の娘ってことで、たかられて、いじめられた。
学校に、”あたしの場所”というポストはない。
あるのは、”金持ちの社長の娘”というレッテルだけ。
そんなのイヤ。

どこに居てもすごく苦しくて、死にたくなる。
けど、死ぬために苦しくなるのもイヤ。

どこかに、遠くに、もう傷つかなくてもいい、
そんな場所があるなら、そこに逃げてしまいたい。

これがあたし、古川美季(16サイ)の今の願い。

            *
「ワンダフルワールドに、行ってみようかな」
強く、そう思った。
顔も知らないジュンジくんが言ったコトバのせいかもしれない。
傷ついてるんだったら、行くべきだよって。
あたしの願いが、叶いそうな気がする。

カレンダーを見てみた。
「7月7日は・・・」
うそ。もう2日後だ!
時間がないや。
もう一度、手紙を机の引き出しからひっぱり出した。
そして、よーく読んでみた。
最初に読んだときは4行しかみていなかったことに気づいた。
同伴者と一緒でないと、ワンダフルワールドには行けない。
一つだけ、自分の宝物を持っていくこと。
そんな注意書きがあった。
あと、同伴者の名前とTEL番号。

ちょっと、ドキドキしてきた。

「宝物かァ」
あたしはクローゼットをゴソゴソ開けて、いろんなモノをひっぱり出してみた。
   読まなくなった本。
   着なくなった服。
   ラクガキだらけの画用紙。
   レゴのおもちゃ。
「あ、」
奧のほうから、ほこりにまみれた編みぐるみがでてきた。
ちょっとマヌケな顔したくま。
思い出した ―――― 。
まだ、パパが社長じゃなくて、
   ママが今ほどお金がスキじゃなくて、
   あたしもいやされていた、小さな頃。
ママがあたしのために編んでくれたんだ。
あったかかった頃の、あたしの宝物。
「これ、持ってこ」

”宝物”が出てくるまでに散らかしたモノたちを、一つ一つ見てみた。
   小学校の時の作文。
   レポート。
   ん?
   黒ぬりされた教科書。
   やぶかれたノート。
自分の傷口にふれてしまった気がした。 チクチクした。
ナミダがこぼれてきた。

編みぐるみのほこりをはたき、それを抱えて階下に降りた。
ママの部屋のドアをノックしてみた。
「何?」
10000円札を、ずっと数えている、ドルマークの目をしたママがいた。
「この編みぐるみに見覚えない?クローゼットの整理してたら出てきたの」
札束を数える手は止まらない。
ドルマークが一瞬だけ、くまになった。
「ナニ、この汚いくま。そんなの捨てて、新しいのでも買いなさい」
ママは、10000円札を一枚渡し、出ていくよう促した。

やっぱり、ツメタイわ。
「ワンダフルワールドに行こう」
そう決めた。

            *
次の日、編みぐるみを抱いて、学校にも行かず窓辺に座っていた。
ママは怖いくらい、何も言わない。
金さえあれば、あたしが居ようと居まいと関係ないのだ。
(すごく、サミシイ事実なんだけど)
ボーっと空を見ていた時、電話が鳴った。
「もしもし?」
「ミキちゃん? ジュンジだけど」
あれ?なんでこんな時間に電話かけてくるんだろう?
「ジュンジくん、学校は?」
沈黙が流れた。
「ツマンナイカラ、イッテナイ」
「やっぱり、ジュンジくんも傷ついてるんだ」
「それを、”傷”というならね」
手元のくまを見た。
「ジュンジくんは、宝物ナニ持っていくの?
 わたしは、小さな時、ママが作ってくれた編みぐるみ」
「タカラモノ?ナニ ソレ?」
「あたしの手紙には書いてあったよ。宝物を一つ、持ってこいって」
なんか、ガサガサいう音が聞こえてきた。
ちょっと、シーンとなった。
さみしくなった。 トギレタ・・・。
「モシモシ? ごめんね。
 やっぱり宝物なんて、僕の手紙には書いてないよ。
 その代わりに、ワンダフルワールドの入口が現れる場所の地図が描いてある。
 若草山って、どこだっけ?」
若草山って・・・。この町のハズレの、急な斜面のある、へんちくりんな山。
「ジュンジくんのイエって、どこ?」
「9ストリートだよ」
「同じ町だね。
 若草山に行くなら、バスしかないよ。本数少ないよ、このバス。
 それも12:00にてっぺんに着くなら、10:00くらいにふもとにいなきゃ・・・」
なんだかジュンジくんの様子が変だな、と思った。
そして、こんなにも「ワンダフルワールド行」に熱心な自分に驚いた。
「ジュンジくん?」
コボレテキタ コエ。
「ミキちゃん。  ワンダフルワールドに行くの?」
すぐには何も言えなかった。 心の中はその気なのに。
「僕は、今になってすごく迷ってる。
 またツマラナイ所だったらイヤだし」
ジュンジくんのそのキモチが、わたしには痛いくらいよくわかった。
昨日までの自分と、全く同じだから。
「ねェ。 今から家出れる??
 会ってさ、若草山に行く前にあって、話してみたい」
「イイヨ。じゃあ、5thアベニューにあるカフェテリアで待ってる」
あたしは着がえをして、バッグにくまを入れて、そっとそっと家を出た。

            *
あたしは平日の昼間の、わりとした道に原チャリを走らせた。
ジュンジくんはどんな男の子だろう?
あたしにとって男の子は、学校にいる、たいしたことのない生物だったから。
カフェテリアまではあっという間だった。
店の前に、一人の男の子が立っていた。
「ミキちゃん?」
あたしはメットをはずしてうなずいた。そして、その顔をよーく見た。
かっこいい。
そんなフレーズがまさしくぴったりで、学校にいた子とは全然違った。
2人して中に入った。
コーヒーをたのんだ。
「ミキちゃんはどうしてワンダフルワールドに行こうと思ったの?」
あたしは話した ――― 。
   どうして自分が傷ついてると思ってるのか。
       社長のパパと、金ゴンのママのこと。
   学校のこと。 ――― 貼られたレッテルと、あるはずでないポスト
「でもね、本当に行こうと思った理由はね、ジュンジくんのひと言なんだよ。
 傷ついてるんだったら行くべきだよって」
ジュンジくんは黙っていた。
「ジュンジくんは?」
「僕は・・・。」
彼も話してくれた。
   家のこと。
   学校のこと。
「ワンダフルワールドに、行くよね?」
ジュンジくんは何も言ってくれない。
「でも・・・」
「行こうよ。いいんだよ。逃げようよ、こっから。
 もう苦しみたくなんて、ないでしょ。
 あたしもそう。
 ずっと逃げ場を探していたの」
彼はコトバを探しているみたいだった。
とてもセツナイ時間だった。
「行く。
 僕も、ワンダフルワールドに」
彼はニッコリと笑った。
なんか、ドキドキしてきた。 胸に、ナンカこみあげてきた。
初めて、生きてる気がした。

「あ、”手紙”見せてくれる?」
互いに届いた手紙を交換してみた。
ジュンジくんのには、電話で言ってたとうり、地図が描かれていた。
文面も、最初の4行は同じだけど、注意書きは違った。
同伴者:古川美季
の一行に、なんだかくすぐったくなった。
手紙を読むジュンジくんの横顔に魅かれている自分がいた。

明日の打ち合わせを少しした。
「ジュンジくんはバイクかなんかないの?」
「うん」
「じゃあ、うしろのりなよ。メットないけど、この町ならバレないし。
 バス代もうくし、バラバラに行くよりずっといいよ」

            *
「それじゃ、明日。
 ワンダフルワールドに行けるといいね」
「絶対行けるよ。 僕はそう信じてる」
「バイバイ」
去っていくジュンジくんが見えなくなるまでその後ろ姿をずっと見ていた。
なんか、傷がいえてきているような気がした。
     (ちょっとだけど)
そして、さっきのドキドキが復活した。
 なんだろ。コレ。
  今までずっと平たんで、平凡で、無表情で、
  味気のない今までの短いあたし史の中で、
  初めて芽吹いたキモチのような気がする。
ジュンジくんが行ってしまってから、ずいぶんと経って
あたしは原チャリにエンジンをかけた。
なんか、胸がチクチクした。
「どうしたんだろ、アタシ」

家に帰った。 何も変わりばえのしない我が家。
ママはベッドに寝ていた。金庫と金だらけの部屋で。
自室に入り、ママと同じようにした。
天井をじろじろ見ていた。 白い平面。 別に何の変哲もない。
そこに、ジュンジくんが現れた。
初めて知った、男の子だった。
学校の女の子は、フツウだったらいつもあんな風なんだろうか。
また、チクチクしてきた。
「あ゛―― 。 なんだろう」
イライラしてきた。
そこの、傷の痛みが重なり、すごく激しく痛んだ。
「ジュンジくん、イタイヨ」
バッグからくまをとり出し、強く抱きしめた。

            *
あたしは、ワンダフルワールドに行けた時のために、両親に手紙を書いた。

          パパ、ママへ

     私はワンダフルワールドに行きます
     1000年に一度しか、行けないんです。
     宝物に、ママの作ってくれた編みぐるみのくまを連れてきます。

     バイバイ

                               ミキ

なんか、遺書を書いて、今から自殺でもするような気分だった。
2人の元から離れることを何とも思わない。
怖くも、淋しくもなんともない。
やっぱりあたしは平たんだ。

けど、その夜はすごく興奮してなかなか寝つけなかった。
  手紙は机のど真ん中に置いた。
  クローゼットのドアには、明日着るつもりの白いノースリーブワンピ。
  イスには、くまを入れた小さなポシェット。
  天井にはジュンジくん。
「おやすみ」
あたしはアメリカンキルトを頭からかぶった。

            *
その日 ― 7月7日、star festival ― の朝は、とてもそわそわしていた。
白のノースリーブワンピを着て、一人で朝ごはんを食べた。
あ、この服じゃ原チャリは乗りにくいし、山登りも辛いかな。
でも、ワンダフルワールドにはこれを着ていきたい。
まあいいや。
草ですりきれても、この白がいいのだ。

まだ寝ているママ。
ドア越しに、バイバイした。
そして、ドアを開け放した。おもいっきり。
ポシェットに、くまを確認した。

「バイバイ、アンバランスな古川家!」
もうすぐ、あたしの願いが叶うかもしれない。
原チャリにエンジンをかけ、またがった。
(やっぱりちょっと乗りにくいかも)
ジュンジくんの待つところへ風を切った。

            *
ジュンジくんは別にフツウのかっこうをしていた。
初めて逢った時より男の子っぽく見えた。
ドキドキのイミと原因が少しづつわかった気がしてきた。
「おはよう」
片手には地図をもっていた。
「そのワンピースかわいいね。
 すごくミキちゃんに似合ってる」
そんなことジュンジくんに言われるために着てきたわけじゃないけど、嬉しかった。
「行こっか」
あたしは一つ忘れていた。
ジュンジくんを後ろに乗せるんだった。それも自分が言い出したんだ。
まず、あたしが前に乗った。
ジュンジくんがうしろに。あたしの腰に、おそるおそる手をまわした。
「くすぐったいっ!
 もっとギュッとしていいよ。あたしの運転荒いから」
ジュンジくんがくっついてるカンジがした。  ぴとって。
すごく あったかかった。
初めて、その、人のあったか味に触れた気がした。神秘的だった。
  あ、これが人間ってヤツなんだ。
  あたしって生きてるんだわ。
ワンピースのすそが風にひらひら揺れてた。

若草山が見えてきた。そこからはすぐだった。
バイクを駐車場において、登山道と書いてある看板の方へと進んだ。
やっぱり、この服は歩きにくかった。足元はオールスターにしたけど。
そんなあたしの手を、ジュンジくんはひっぱった。
     10:12 a.m
タイムリミットまで、あと1h48m.

ジュンジくんの手はおっきくて、すごくあったかかった。
パパとママ以外に初めて触れた人の手のような気がした。
過去に誰かに触れていたとしても、傷の中に埋め込まれていた。

「ミキちゃん、この登山道だとてっぺんには行けないよ!!
 8合目までだって。
 そっからは自力だね」
山自体はそんなに高くはないのだけれど、登る人もそんなにいないらしい。
ジュンジくんがそのことに気付いたのは歩き始めて30分以上たった、
4合目をすぎた頃だった。
2合目、3合目の合図の看板に、
“8合目まで残り△△合“
と描かれていたからだ。
ふと後ろをふりかえると、9ストリートの街が一望できた。
「ミキちゃん」
ジュンジくんの手が離れた。
ぬくもりの消えた手は淋しかった。
「行こう ―― 」
うなづいて、急いで歩いていった。

           *
1時間弱で8合目までは登ることができた。
登山道がとぎれて、その代わりに大っきな看板が立っていた。
“ここからは危険なので立ち入らないで下さい“
つばをゴクリと飲み込んだ。
ジュンジくんは再びあたしの手を取った。  (フタタビ、ヌクモリ)
「行こう」
てっぺんに誰が言ったことがあるのだろうか?
看板のうしろ、本当に目立たないところに、人の踏み込んだ跡があった。
「ジュンジくん、道があるよ、あそこに。
 きっと、てっぺんに行った人はいるんだよ。
 もしかしたら、その人たちもワンダフルワールドに行ったのかもね」
その道は思ったよりも歩きやすかった。
時計を見た。  ――― 11:12 a.m.

急いで ―――

道は途中でとぎれた。けど、なんとか歩いては行けた。
もう、どこを歩いているのかもわからなかった。
わかっているのは、今ここにジュンジくんと2人で、ワンダフルワールドに行くこと。
上に上に、登っていった。
「てっぺんって、あとどれくらいかな」
息切れして、ちゃんと話せない。ノドもガラガラになっていた。
「きっともうすぐだよ」
ジュンジくんが言ったコトバが本当かうそかは別として、あたしはほっとした。
足は傷だらけ、白いワンピはすそが赤くなっていた。
握っている手も汗で湿ってきた。
木々が立ちはだかり、草花が邪魔をした。そして急な斜面。
急な斜面を登りきると、視界が開けてきた。

            *
「ねぇ、ここ山頂じゃないの?」
さっきとは景色が全く違って、とても美しくすがすがしかった。
どこまでも花畑が続いていて、ここでも充分、とか思ってしまった。
「あ、ジュンジくん、地図!」
彼がポケットから出した手紙の地図によると、花畑の先に森があり、
そこにいく道があるらしい。
「森??」
左右を見回してみた。
あたしの立っている位置からななめ右に、かすかに緑が見えた。
「何時?」
ジュンジくんはあたしの時計を見た。 ――― 11:46 a.m.
森は遠そうに見えた。
「急ごう」
ジュンジくんの手を、今度はあたしから取って走った。
草をかきわけて、走った。
森が2人から遠ざかっている気がしてたまらなかった。
とにかく走った。 死ぬくらい、走った。
森の入口が見えてきた。 まだ距離がある。

入口に着いた。 道についた。 ゆっくり進んだ。
時間が気になった。 ――― 11:54 a.m.
「ジュンジくん、急ごう。あと6分しかないよ!」
2人は走った。その道はとても暗くて、喰われそうだった。
暗い道を走りぬけると、広場に出た。
ジュンジくんは地図を取り出した。
「広場の真ん中だ。 急ごう」
――― 11:57 a.m.
つないだ手は、ほどけていなかった。

森全体がさわさわしていた。
“何か来る”     直感でそう思った。
UFO? 恐怖の大王? 天使? 神さま?
わかんないけど、とても偉大なモノがくる予感を、走りつつ覚えた。
これが、ワンダフルワールドに行ける前兆なのかな?

急いで。
そして行こう、ワンダフルワールドへ。

            *
「ミキちゃん、あそこに大きなキラキラした、揺らめく影が・・・」
――― 11:58 a.m.
ダッシュした。
ブラックホールのキレイ版(?)のような大きな入口があった。
ゴクリ、と一息飲んだ。
くまを取り出した。
ジュンジくんも地図を取り出した。
「コレみたいだよ。 今何時?」
――― 11:59 56s a.m.
「どうすればいいの?
 すいません! ワンダフルワールドに私たちを連れていって!」
―――12:00 p.m.
あたしはジュンジくんの手を取り、入口に飛び込んだ。
視界がパーっと開けたけど、まぶしすぎて見えない。

スト―――ン。
落っこちていく気がした。時空を、空間を、時限を、時代を越えてる気分だった。
目をつぶって、一人のような気がしてすごく怖かった。
けど、ジュンジくんの手だけ、つながってるのがわかった。

「痛――い」
「腰打った」
2人して叫んで目を開けると、さっきの森と似た広い所に出た。
「ここがワンダフルワールド?!」
立ち上がって、周りを見まわしてみた。
「キレイ・・・」
花と緑。メルヘンの世界のようなお城。
チューリップの周りをただようスワロウテイル。

何かが、胸の中からスーっと抜けていく気がした。
そして、同時にドキドキしてきた。
不意に、ジュンジくんの手を離した。
ジュンジくんが横に立った。
ドキドキの正体は100%分かった。抜けてったモノの正体も。

            *
「ジュンジくん。何か胸の中スーっとしなかった」
「した。きっと、ここはワンダフルワールドなんだよ」
あ゛ー。ドキドキが120%になってきたよ。どうしよう。
ジュンジくんの顔をまともに見れない。
とても人間ぽい今の自分に、さらにどうしていいのかわかんない。
「ミキちゃん?!」
あたしは困って、座り込んでしまった。
「あのね・・・ジュンジくん」
「ん??」
「あたしたち、いやされたんだよ、きっと。さっき抜けていったのは”傷”だよ。
 それに、生まれ変われたんだよ、2人とも」
顔が赤くなってきた。
「ミキちゃん??」
「ジュンジくん。どうしよう。 さっきからドキドキ止まんないの!!
 あたし、こんなキモチになったの生まれて初めてだから、どうしていいのかわかんないの!
 パニックしてきたよ ―― 。 助けてよ――」
16才にして初めてあたしに芽吹いた感情 ―― ”恋”ってヤツ。
ジュンジくんはあたしと同じように座り込んで、あたしの手を取った。
「どうしたの?落ち着いて。 ミキちゃんらしくないよ」
大きく深呼吸した。
「あのね・・・。
 ジュンジくんといるとドキドキするの。すごくドキドキするの。
 けどすごくホっとして、あったかくてさ・・・。
 初めて生きてる気がしたの」

ジュンジくんは黙っていた。
「ミキちゃん、僕も一緒だよ。
 初めて5thアベニューで見た時、フツウの人とは違うなーと思った」

互いの気持ちを言い合って、一番緊張する時間が流れようとした時、
光がさした。

そっから、もう記憶がとんだ。

            *
次に気がついた時には、若草山の8合目に2人して倒れていた。
     手をつないだまま。
「ここは?!」
8合目の看板が見てた。隣にはジュンジくんが。
時計を見た。 ――― 12:00 p.m. 7.7.
「時間が戻ってる」
「生まれ変われたのかな?」
手持っていたハズのくまがない。
ジュンジくんの地図も。
白いワンピースの赤いすそも、純白に戻っていた。
すり傷も消えていた。

「さっきのがワンダフルワールドだったのかな?」
「”傷”がいえたから、そうじゃない?」
ふと、互いの気持ちを言いあってしまったことを思い出し、恥ずかしくなった。
「ミキちゃん、帰ろう」
手をつないで、登山道をゆっくりと下った。

「ジュンジくん、生きてるって スバラシイね」
「ここもきっとワンダフルワールドになりうるよ。自分たち次第で」
「うん」

下りきった時、日は低い位置にきていた。
原チャリは無事だった。
黙って2人乗りした。
5thアベニューのカフェテリアの前にジュンジくんをおろした。
「ミキちゃん」
あたしは止まった。
「また探そうよ。
 2人のワンダフルワールドを」
「うん。きっとね」

家についた時、あたしにきてた手紙はなくなっていた。

                                      The END

この話のあとがきに、こんなことを書いてあった。

最初の設定では恋話はなく、ジュンジくんがミキちゃんの前から消えるわ、
ワンダフルワールドにはたどりつけない設定だった(らしい)
それに、さらに短い予定だった(らしい)
あと、2000年に野外ライブでスーパーカーを見た時、
ミキちゃんが白いノースリーブワンピを着ていたらしく、
個人的に鳥肌立った(らしい)

いいなと思ったら応援しよう!