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道化に拍手を。できれば花を。

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就職浪人大里君と山形に住む水島さんのなんともヘンテコな話
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#小説

犀川堂のこと-金沢小風景②-

 金沢には2本の川が流れています。浅野川と犀川です。「女川」という愛称の浅野川に対して犀川は「男川」と呼ばれ市民に親しまれています。市街地である片町付近に流れる犀川には犀川大橋という橋が架かっていて、そのすぐ近くに「古書 犀川堂」があります。

 今にもペシャリと潰れそうな外観、店内に入るとどこからともなく漂う黴臭さ。どれも私の知的好奇心を刺激して仕方ありません。大学に入学してすぐにこの店を見つけ

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植物の図鑑-カリガ版-

〈12ページ 「紫陽花」〉

大家さんに今月分の家賃を納めに行くと庭に紫陽花が咲いていた。紫陽花は青と紫があり何気なしに眺めていると大家さんが「欲しいの?」と尋ねた。私自身は部屋に飾るような人間ではないが、水島さんなら喜ぶかもしれないと思った。そうだ、これを口実に水島さんと会話できるかもしれない。私の脳内の妄想は次第にエスカレートしていき、この紫陽花があれば水島さんと会話ができると錯覚してきた。

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闇に泳ぐ金魚-金沢小風景⑤-

大学の掲示板に「加賀友禅灯ろう流し」のポスターが貼られてあった。普段は興味がなく見過ごす私が今年は行ってみようと決意したのは掲示板で水島さんと友人の真瀬さんが行こうとしているのを偶然聞いてしまったからである。しかも2人は浴衣を着ていくという。灯ろうが浅野川を流れていく幻想的な光景とそれを見つめる浴衣姿の水島さん…行かない理由を見つけるのが難しいではないか!私は2人に気付かれぬようゆっくり後ずさりし

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動物の図鑑-カリガ版-

〈64ページ「雨蛙」〉

 彼女が「こんにちは」と挨拶したから僕も「こんにちは」と挨拶した。

 彼女はもう夕暮れなのに日傘を差して遊歩道から見える田んぼを眺めていた。田んぼに水が入ると風が冷たくなる。冷たい風に乗って今年も雨蛙が賑やかに歌い始める。彼女はずっとその歌に耳を傾けていた。僕が彼女に話しかけようとしても言葉は雨蛙の歌にかき消され彼女の耳には届かなかった。仕方がないので僕も彼女の隣で田ん

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植物の図鑑-カリガ版-



〈139ページ 「バラ」〉

前略

 お元気ですか?私は帰郷して3ヶ月経ちますがまだ生活に慣れずにいます。あなたのいる街が恋しくて、たまに落ち込むときに思い出しては胸が張り裂けそうになります。

 さて、あなたに貰った「白雪姫」が咲いたので写真を贈ります。最初につけた蕾がすごく愛おしくて、咲いてからは自分だけのものにしたくなって切り花にしました。あなたが「君に似ている」と言ったのはどういう所

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植物の図鑑-カリガ版-

〈452ページ 「ヤグルマギク」〉

水島さん

 お手紙ありがとう。それとサクランボもありがとう。手紙にはサクランボよりも咲いたバラのことしか書いていなくていかにも君らしい手紙だなと読んでいて微笑ましくなりました。サクランボは食べきれなかったので、大家さんに分けました。大家さんからはお礼にと庭の花を貰いました(ちょうど庭の草むしりをしていたのです)。名前の知らない花だったので調べたらヤグルマギク

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月歩堂についての覚書き

月歩堂についての覚書き

大学を卒業して実家の山形に帰郷した私はある日、郵便受けに摩訶不思議な冊子が入っていることに気付きました。冊子には「月歩堂商品カタログ」と書いてあります。誰に宛てたものかわからなかったので、とりあえず祖母に尋ねました。祖母は懐かしそうな顔をして「田所さん、まだ元気にやっているんだねぇ」と呟きました。興味が沸いたので詳しい話を祖母から聞いてみることにしました。以下は祖母の脱線気味の話を私が理解した範囲

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植物の図鑑-カリガ版-

〈867ページ 「ラベンダー」〉

前略

 お元気ですか?山形はだいぶ暑くなってきました。金沢も同じですよね。それでも時折吹く草花を揺らす風が心地よくて立ち止まってはつい見入ってしまいます。特別、何かあるわけでは無いのだけれど、あなたに手紙を書いてみたくなって筆を取っています。手紙はいいですね。時間がゆっくりと過ぎていきます。

 そうそう、庭にラベンダーが咲いていました。私が以前、母の日に贈っ

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植物の図鑑-カリガ版-

〈235ページ 「クロタネソウ」〉

水島さん

 お手紙ありがとう。元気そうでなにより。この間、大家さんへ家賃を持って行ったら庭に細い茎にボールのようなモノがちょこんと乗っかっている奇怪な植物が生えていて大家さんに聞いてみたところ「クロタネソウ」という植物の実なのだそう。君はクロタネソウ、知ってましたか?

 そうそうこの間、生活費を工面しようと愛読書の『イタリア・ルネサンスの文化』を売るため犀

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迷走金沢人生の袋小路-金魚売り捜索編-

少し前、金沢のPRポスターの文言は「奥が深くて迷ってござる」だった。この文言通り私は絶賛迷走中だった。新卒という黄金切符を歩いているうちにどこかに落とし、第二新卒という銀色切符の半ばが燃えカスとなっているのを漫然と見つめいてる。しかも明日、水島さんが金沢に遊びに来るらしい。私は部屋にだらりと寝そべり水島さんを如何にして喜ばすか考えていた。金は無い。吉報も無い。このままでは金沢に来るのを楽しみにして

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迷走金沢人生の袋小路-闇夜の金魚釣り編-

空を泳ぐ金魚は金沢大学近くの山の頂にあるらしい。ここは綺麗な星空が見える金沢市民ならば誰でも知る有名なデートスポットである。オンボロの軽トラをガタガタ揺らし山頂に着くと随分と綺麗な星空が広がっている。満天とはこういう空のことをいうのだろう。

金魚屋のオヤジは釣り竿とバケツを軽トラから取り出し崖にドカリと腰掛け「釣るぞぉ」と言うので私は自分の釣り竿とバケツを用意しオヤジの隣に座った。竿の先には糸が

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印象 金沢 昼

〔水島京子〕

山形から金沢までは5時間位でしょうか。最近は新幹線が走るようになってこれでも随分近くなった気がします。朝早く自宅を出発して着いたのは昼過ぎでした。4か月ぶりの金沢はさほど時間が経ってないにもかかわらず別の街になったような気持ちになりました。学生時代よく行った店は閉店しその場所に新たな店が生まれていることに驚くばかりです。

駅に着くと片町までのバスに乗りました。目的は犀川堂へ行くこ

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印象 金沢 夜

〔大里征二〕

 少しの睡眠のつもりだった。一晩金魚を釣り続けて明け方に自宅に戻り布団に横たわると糸が切れたように意識が無くなった。そして、気が付くと夕方だった。最初は明け方だと思っていたが、携帯を見ると18時でメールが1件届いている。水島さんからだった。急いで開くと犀川堂の前で可愛らしい女の子と写った画像と共に「金沢に着きました。今、犀川堂です。隣はアルバイトの笠井さん」と書いてある。私はガバと

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闇に泳ぐ金魚 再び

メールを送っても返って来なかったので大里君とは会えないと思っていました。金沢の夕景を犀川大橋からボォーっと眺めていたら聞き覚えのある声がしました。声の方を見ると汗だくの大里君が立ってました。大里君の手には透明なビニール袋がぶら下がっていて、よく見ると袋の中には金魚が一匹入っています。金魚すくいでもしてきたのでしょうか。大里君がペコリと頭を下げて私も同じくペコリと頭を下げるとなんだか可笑しくなって笑

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